5-21
大公領付近 キール
大公領からほど近くに陣取ってから数日。
見張りの兵から、『妙な一団が出てきた』と報告を受けた私は、単身遠目から確かめに行った。
「……なるほど、確かに妙な一団ですね」
その一団の何が妙なのかと言うと、兵装がほとんどない流民に槍を持たせただけの一団なのだ。
おそらく大公が、大量の流民をどうしようにもなくなったので、槍などを持たせて前線に立たせようとしているのでしょう。
「さて、どうしたものですかな……」
このまま行かせても良し、ここで奴らを叩いて引き返させても良し。
死に物狂いで来られては面倒極まりないが……。
そんな事を考えながら遠眼鏡を覗いていると、一団の中に女子供も混じっているのを見つけた。
「なんともゲスな。老人くらいならまだ理解できよう。女子供まで入れるとあっては、許せませんね」
見張りの兵は……、居た。
中衛に少し、後衛に少し。
先導しているのは、兵士ではなく流民なのか。
敵の動きを見ながら、私は何度か頭の中で作戦を練っては消し、練っては消した。
そして、当初の作戦に近い形で動くことにしたのだ。
「兵たちに伝令を、すぐさま騎乗してこの集合地点へ。兵装は遠距離主体としてください」
「はっ!」
私の近くに控えていた兵が急ぎ拠点に戻っていくのを見送り、私はもう少しだけ敵兵を見続けるのだった。
1時間後、兵装を整えた兵たちは集合地点に集まっていた。
遅れて到着した私を見つけると、一気に張りつめた空気に替わる。
「少し遅れてしまいましたな」
「いえ、そのような事はございません。兵員500名、ご指定の遠距離兵装で集合完了しております」
「うん、ご苦労様です。ではこれから作戦を申し伝えます。まず、我らのすべきことは、敵中衛と後衛にいる指揮官の撃破です」
「敵指揮官の見分けは付きますでしょうか?」
「安心なさい、敵の主力は流民です。敵が擬態しているのでもなければ、使い物になる者たちではありません」
私がそう言うと、兵たちから驚きと嘲笑の笑いが少し漏れた。
だが、次に私が口を開くまでには、それらは一瞬で消えた。
ただ、どうやら彼らは流民と思って侮っているのだろう。
「なので、敵指揮官……。まぁ普通の兵装をしている者を狙って矢を当てなさい。極力流民には当てない様に」
私がそう言い切ると、少しチャラけた様子で一人の兵が質問してきた。
「キール指揮官殿、当ててしまった場合は、どうなるのでしょうか?」
「ほぅ、君は馬上で弓引くくらいで狙いを外すと? そんな者は他に居ないと思うが、帰ってからが楽しみですね」
私の答えを聞いた兵たちは、先ほどまでの流民相手という侮った空気から一変した。
まぁ、それだけ私とアーネット殿の特訓は恐ろしいものなのだろう。
「さて、他に質問のある者は? ……居ないね? では作戦に移る。各自そのまま私に続いて全身を」
命令を静かに下すと、兵たちは静かに馬蹄の音だけを発しながら私に続くのだった。
流民軍 指揮官
見渡す限り薄汚い流民の群れ群れ群れ。
正直やっていられない。
長年忠勤に励んできていたが、まさか最初の隊長としての役目が流民のお守とは。
私もやってられないが、兵たちも同じだろう。
私の部隊の兵たち数名が、この流民の監視に当たっている。
我々の任務は、敵に流民を押し付ける事か、流民を死に物狂いで戦わせることだ。
「隊長……、本当にこれやるんですか?」
そう言って声をかけてきたのは、まだ入って間もないひよっこだ。
右向け右もできないが、人手が足りない現状使わなければならないのが辛いところだ。
そんな彼がやると言ったのは、流民を必死に戦わせる際に言い渡された方法だ。
それは、下がってくる者を斬り殺して前進させる、というものだ。
「しょうがねぇだろ? 上の言う事には絶対なんだ。お前もそれを分かって入隊したんだろが?」
「いや、確かにそうですけど、そうなんですけど……」
ケツの青いひよっこには、どうやらまだまだ甘えが抜けねぇみたいだ。
こんなことなら、もっと徹底的にしごいて刷り込んどくんだったな。
一々こんな事で躊躇われては面倒極まりない。
そんな事を考えていると、端に置いてた兵が流民を使って伝令を飛ばしてきた。
「た、隊長さん! 敵が来ただ! 数は500? くらいだって言ってただ」
「500? たったそれだけか?」
俺が驚いたのも当然だ。
何せこちらは数万の大軍なのだ。
その数万を相手に、敵はたった500名で突っ込んできたのだ。
「頭の中が勇者な奴は色んな所に居るもんだ。おい! 端で対処する様に伝令を送れ! 勇者を英霊にしてやれってな!」
俺が伝令にそう伝えて走らせる。
少ししてまた伝令が走ってきた。
「よう、英霊にはできた……」
「敵が、指揮官を一矢で撃破! 流民が引き返しています! 空いた場所を敵がこちらっ!」
伝令が言い終わる前に、頭に矢が突き刺さり絶命した。
「敵が来たぞ! 槍を構えろ!」
「ひぃぃ! お助け! お助けぇ!」
「かぁちゃん! かぁちゃん!」
俺が命令を下そうとしたら、そこかしこから阿鼻叫喚が響いてきた。
「ちょっと待て! てめぇら逃げるな! 戦えっ! たたかっ!」
次の瞬間、俺の目の前はブラックアウトするのだった。
次回更新予定は12月10日です。
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