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聖光教会神殿内 総主教パウエル13世
王城を退城した私は、その足ですぐさま王都の神殿に向かった。
あの忌々しき亜人め! この私を公衆の面前で罵倒するなど!
思い出しただけでも腹立たしい! しかも奴は黒の髪に黒の瞳ではないか!
「こうなったら、宗教の力の偉大さを教えてやらねばなるまい!」
そう考えた私は、すぐさま神殿の布告官を呼びつけて命令を伝達した。
その内容はこうだ。
1、先ごろ入城した亜人どもは、不心得にもこの王国を支配しようと企んでいる。
2、亜人どもの長は、黒髪黒目の魔族である。
3、亜人どもを排除せねば、我ら人間が奴らに排除される。
4、聖光教会総主教の名において、亜人どもに天誅を下す軍を招集する。
「以上だ! すぐさま布告をしろ!」
「かしこまりました!」
布告官が、慌てて出て行くのを見送りながら今後の事を考えていた。
貴族連中は、どうやら一人では対抗する気があるのは、数人で当てにはできないだろう。
だが、そんな事関係ない。
私には、数十万、数百万の信徒が居るのだ!
彼らを煽り、焚きつけ、奴らにぶつけ続ければ!
「フフフ……、フハハハハ! やれる! やれるぞ! 総主教から法王にだってなれるぞ!」
王城謁見の間 ディークニクト
調印も無事? 終わって、俺は謁見の間でアーネットとセレスとキールの4人で卓を囲んで話し合っていた。
「恐らくだが、あの総主教はこちらに牙をむいてくるだろう。何かしらの動きを見せる可能性がある」
「まぁ、あの手の方は動くときはさっさと動いて、姿をけしますからな」
俺の言葉に、キールも賛同してくる。
古今東西、宗教家が野心を持って成功した例は少ない。
特に、あそこまで露骨に野心を持っている奴は、どう考えても軽挙な行動に出るのが見えている。
「では、今から突入して押さえてくるか?」
「いや、多分今から行っても、もう居ないだろう。そんな事よりも民衆に対してアピールをしないといけない」
「アピール?」
突っ込みたがるアーネットを言葉で抑えながら、俺は続けた。
「まず、第一に安全を保障する旨をセレス女王名義で出してもらう」
「私の名義でか? 今さっき降伏すると言ったところでか?」
「だが、この件に関しては貴族しか知らない。ならばまずは安全の保障をして安心させるのが先決だ」
「な、なるほど」
「次に、敵対する者には容赦はしないと通告する。これは俺の名義で出す。もちろんその最初の一文に『セレス女王の布告に従わない者は』とつけておく」
「なるほど、それでディークニクトたちの行動に正当性を持たすのだな」
俺は、首肯して話を続けた。
「更に、パウエロだっけ? あの総主教にも懸賞金をかける」
「パウエル13世ですな。懸賞金とはいったい?」
「簡単な話だ。教会関係者なら捕まえた者が総主教、その他の者なら一生遊んで暮らせるくらいの報奨金を出すというんだ」
「なるほど、敵の内部に不和の種を蒔くのですな」
「まぁ、芽吹くのはあちらの状況が悪くなった時だけどな。それでも無いよりはマシな手だ」
それにこの手の種で被害を受けるのは、一番上の奴だけだ。
なにせ、常に暗殺の脅威と戦わなければならないのだ。
それも、戦況が悪化するたびにその危険性は増していく。
「最後に、敵の施設を占拠する。その時に、無抵抗な神官は全て確保し、抵抗する神官は全て排除する様に伝えてくれ」
「武力で無理矢理やっても大丈夫なのか? いつものお前なら何かしら策を練るだろう?」
「え……?」
「え? ってなんだよ! 俺だって考えてはいるんだからな! まったく……」
アーネットからの意外な一言に、俺は一瞬言葉を失ってしまったが、俺は気を取り直して理由を話した。
「あぁ、すまない。意外だったからな。で質問の件だが、恐らくその心配はない。むしろ奴らに立て籠もる場所を渡す方が、危険性が高いと俺は思っている」
「確かに、兵に関しては王都の住民の殆どが信徒なので、数万の大軍が居るような状態ですからな」
「そう言う事だ。どれくらいの規模があるにしろ、壁と寝る場所を奴らに無償提供する意味はない」
俺がそこまで言うと、アーネットは頷いて席を立った。
その様子を見て、俺が頷くと彼は中庭へと移動するのだった。
「私が恋人だったら、嫉妬しそうなくらいの意思疎通振りね」
「確かに、目と動作だけで意思疎通できるのは、中々おりませんからな」
俺とアーネットの様子を見ていた、セレスとキールが茶化してくる。
「まぁ、何といっても100年以上の付き合いですからね。これくらいできても不思議じゃないですよ」
俺が何という事もないといった感じで話すと、二人は目を見合わせてお手上げと言わんばかりの表情をするのだった。
次回更新予定は11月21日です。
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