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理由も、目的なんかも、ない! 俺は異世界で生きる!  作者: アンリミテッド・ツヴァイ
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第1話 九重さん、会社マジでやめちゃったの?


「どうした?」

「ああ、俺、仕事やめるんだ。じゃ」

 そう言って、俺、九重夏生は退職した。同僚にやめると告げただけ。でも、それでなにが悪い? 俺は自由が欲しかった。毎日毎日、くだらない仕事に、上司との付き合い。体裁のためならどんな不道徳も通る世界観。俺はこの国に、資本経済に、社会全体に、人類という種に、地球という惑星に失望し幻滅していた。付き合いきれなかった。スマホを地面に叩きつけ、粉々に破壊する。ネクタイを抜き取って、電信柱にくくりつけ始めた狂気の沙汰を見ても、通行人は俺を見ようとせず、スマホをいじっていた。そりゃあ力士も怒るわ。

 俺はエジソンが嫌いだ。あいつが電気なんて見つけたから、寝る時間も惜しんで人間が働かなくちゃならなくなった。そりゃあ、夜勤や夜警は太古の時代だってあったろうさ。でもそれは嫌になったり無理になったりしたらやめられただろうし、それにふさわしい報酬をもらっていたはずだ。そういう対価もなしに労働を強制させられる。生きていくためには仕方ない。これっておかしくないか? 絶対おかしい。

 だから、俺は異世界に転移することにした。

 以前、会社の忘年会の帰りに路地裏でゲーゲー吐いてたら、心配してくれた占い師の女の子がいた。黒いローブにやや桜色がかったセミロングの髪。青い目をしていて、その空のように透き通った視線が俺の心を射抜いたってわけ。そして、変なパンフレットと一緒に、「これを使えば、あなたはあなたにふさわしい世界にいけます」と妙な回転式拳銃をくれた。

「は、なにこれ?」と俺が聞き返した時にはもう、占い師の少女はおらず、「占い 一回500円」の札が置かれたテーブルと椅子だけがそこに残されているだけだった。ここまでなら、いわゆる週刊ストーリー○ンド、俺はそれを使ったら不幸になった……っていうのがオチになりそうだが、現実は違った。ためしにその鉄砲を撃ってみたら、俺んちに異世界への扉が開いてしまったのだ。銃声がしたので大家に怒られたが、それだけで済んだ。ビバ、無関心社会。暴力団の根城にでもなっていない限りは、銃声なんてクラッカーとして処理されるようだ。

 その拳銃の銃弾は、窓ガラスでも割るようにこの世界に風穴をあけ、異世界への窓を作り出した。向こう側には森とか川とか、豊かな自然があるようだった。まるで奥多摩だ。俺は意気揚々と、その世界へ飛び立とうと思うんだけど、最後に心のこりがあった。

 寂しいのだ。

 向こうにいって、この世界を覚えているのが俺だけ、それはつらい。「ファミチキ喰いて~」っていったら「ファミチキたべた~い」と答えてくれる頭のあんまりよくないおっぱいの大きな日本人女性が、まあ要するに嫁が欲しいのだ。

 だから俺は嫁をハントすることにした。いや、誘拐なんてしないよ? ちゃんと事情を説明して好みの女の子についてきてもらう。それが、俺がこの世界でやる最後の仕事だ。

「すいません!」

 俺は道ゆく、黒スーツを着た女性に声をかけた。女性が振り返る。モデルかアイドルのように整った顔……まだ新卒かもしれない。俺はにこやかに拳銃を彼女に突きつけた。

「俺と、異世界にいってください! できれば結婚を前提として!」

 キマッた。いや、キマってる。俺の頭が。こんなセリフでオッケーをしてくれる女性はいない。ま、シャレだよシャレ。さっさとこんな国は捨てて向こうへ……と俺が踵を返そうとした時、むんずと女性が俺の腕を掴んできた。なんぞ?

「わかりました……」

「えっ?」

「つ、つれて……つれていってください……私を……この地獄から……うっ、ううっ、うわああああああ~~~~~ん……」

 女性はいきなり崩れ落ちて泣き始めた。ええ……このひともブラック企業に心身ともに吸い尽くされた人だったのか。たしかに幸うすそうな美人だったが……と思っていたら、いきなり俺は横から殴られた。なんなんだよもう。

「貴様! いきなり女性を泣かせるなんて、生かしておけない!」

「はあ?」

 突然あらわれた身なりのいい銀行員ふうの男が、俺を殴った拳を突きつけてきた。なんだこいつは。

「もう大丈夫ですよ、お嬢さん。お怪我は?」

「うぇぇぇぇぇん……うぇぇぇぇぇぇん……」

 女性はとにかく我が身と普段のストレスが耐えきれないものらしく、ひたすら泣いていて事情を説明してくれない。まずいぞ、ここでおまわりさんでも呼ばれて緊急逮捕されたら、拳銃を没収されてしまう! そのまま実刑判決でも出れば俺のいく異世界は地元の刑務所だ。ふざけやがって……そんなこと許されてたまるか!

 俺はキッと銀行員を睨みつけた。金持ちそうな、自分が正しいとばかり思い込んでいる哀れな男……だが、この国は、そして女どもは、こういう男が好きなのだ。人を支配し、思い通りにし、理屈やルールで世界を縛ろうとする。詳しい事情を聞きもせずに、人相の悪い(他称)俺を殴りやがった。許せねぇ……成敗してやる!

 俺は拳銃を銀行員に突きつけた。銀行員はため息をつく。

「そんなモデルガンで脅すなんて、愚かな男だ……」

「愚かなのはおまえだ! ……誰も自分を守ってくれない世界で、生きるか死ぬか好きにしろ!」

 そして、俺は白昼堂々、銀行員の男に『占い師がくれた鉄砲 MARK.1』をぶっぱなした。ガァンと銃声が鳴り響き、そして男の胸に風穴が空いた。

 異世界へと続く穴が。

 男は自分の胸の風通しがよくなっちゃったことに「え? え?」と混乱していたが、

 ビュゥゥゥゥン……

「えっ、うわっ、な、なんだこれは!? あああああああ~~~~~~っ……」

 ムスカのような哀れな声をあげて、銀行員は自分の胸の穴に裏返しになって吸い込まれていった。あとにはなんの変哲もない、駅前の風景が戻ってきた。

「うわっ、人が、人が消えた!」

「あいつがやったぞ! あのネクラそうなやつだ!」

「殺して! 誰かあいつを殺して! 人殺しよ!」

 理由ができればすぐに人死を見たがる救いようのない国民ども……殺してないっつーの。いや、死ぬかもと思ったが、まぁ異世界に転移したっぽいし、べつにそれほど罪じゃないだろ。ま、搾取する側だったあいつにとって、たぶん平民とかにならざるをえない異世界の居心地がどうだかわかりゃしないが……俺はとりあえずまだ泣いてる女性を掴んでひっぱりあげた。

「おい! いい加減に泣き止めよ!」

「ひぐっ……ううっ……」

「いくんだってば!」

「ど、どこに……」





「異世界だよ!!!!!」




 俺は足元に拳銃をぶっ放した。マンホールが砕け散って、異世界への続く七色の光が迸る。女性のスカートがめくれあがるほどの風が吹き上がり、はためく社員証らしいIDカードに印刷された『七綱千優』という名前を俺は見た。このひとが、俺が持っていく唯一の荷物。この、俺になにもくれなかった世界から奪い取る、無二のトロフィー。どんな運命が待っているのかわからない、彼女とだって敵対するかもしれない、それでも俺は……

『俺にふさわしい世界』に、いく!





「だあああああああああああああああああああっ! クソ上司てめぇマジ死ねよバ――――――カァ!!!!!!!!! あっ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」


「えっ、あっ、そういう……くっ、クソ上司ーっ! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」





 現代社会が作り出してしまった悲しい社畜の絶叫がこだまする中、俺達二人は無限の光のなかへと落下していった……


よろしくおねがいします。

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