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美しかったから

作者: 金魚

 春の終わり。新しい環境に嫌気が差す。

 夏の終わり。長い夏休みを無為にすごし、焦燥感が募る。

 秋の終わり。一年を振り返り、自分が何もしていないことに気づく。

 冬の終わり。安定を求め、変化を拒む。

 僕は気づく。一年を通して、何もしていないことに。

 桜、向日葵、金木犀、枯れ葉の香りは僕の嗅覚を刺激し、涙腺を勝手に働かせる。

 家に独りでいるのならば涙を流れるまま放置してもいい。しかし、今いる場所は道のど真ん中。初秋、朝の通学途中だった。

 朝日を背に受け、両の人差し指と親指を使って即席ファインダーを作る。カメラマンがよくやりそうなポーズだ。ファインダーの中では僕と同じ学校の制服を着た人たちが歩き、会話し、おどけていた。

 僕は手を下げる。いい瞬間ではない。写真を別段撮りたくもならない光景だった。

「うぇーい、光川おーっす」

 ツーブロックの髪形をワックスでガチガチに固めた男子が、僕にのしかかる。

「うぇーい、おっはよ。お前、今日の小テストの勉強した?」

 僕は努めて楽しそうに話す。

「するわけ! 零点ワンチャンあるわ」

「フルチャンの間違いだろ。言うて、俺も零点ワンチャンある」

「それなー。光川君は、そのおしゃれなツーブロックをキメる時間で手いっぱいで、小テストの勉強する時間ないんだもんねー」

「それはお前も同じだろ!」

 ツーブロックと戯れる体を装っている同じくツーブロックの僕を、僕が遠くから見ているような気がする。バカだ、周りに合わせて生きているお前は愚かだ、と。

 どうやら僕は孤独が嫌で周りに合わせて生きている写真好きのサッカー部らしい。十七年の人生で得た結論だ。唯一の趣味である写真撮影以外は人に合わせ、趣味さえも陰キャラだと言われてバカにされるのが嫌で隠している。高校生的、日本人的には文化部よりも運動部のほうが好ましいようだから。

 ツーブロックとふざけながら教室に入るとクラスの視線を浴びる。男子は羨望の視線を、女子は憧れの視線を僕とツーブロックに傾ける。スクールカースト上位特有の特権だ。下よりも上のほうが気持ちいいに決まっている。

 こんな気持ちになる度に、僕の背中を僕がつつく。わかっている。愚かだと。

 隣の席の女子が見ている。スタイルは普通、顔は中の上、冴えなくて目立たない感じの女子だ。髪を低いところで一つに結わえているのが、彼女の冴えない印象を一層強めている。

 冴えないやつは僕をじっと見た後すぐ窓のほうに向き直る。いつもそうだ。

「何、俺の顔にゴミでもついてる?」

 我ながらベタな台詞回しだ。陳腐すぎて吐き気がする。

 女子は答えない。無視か。そのときツーブロックが叫んだ。

「おい光川、歯に海苔挟まってるぞ! ダッセェ!」

 クラス中に笑い声が爆発した。僕は爆笑してクラスを見渡した。皆笑っている。

 僕は今ムードメーカーの役割を果たしたのだから、孤独にはならない。そう思った。


 部活は月曜から土曜まである。日曜は休みだ。サッカー部はそれほど強いわけでもなく、進学校なのであまり部活に力を入れていない。だから休みである日曜日、僕はよく一人で写真撮影に行く。

 この日もそうだった。僕は一人でヒガンバナを撮影しに来ていて、誰とも話さず、自分と花だけに集中していた。

 風景を撮るのに適しているというメーカーの一眼を手に取り、ファインンダーを覗く。落ち着いた色調、つまり色遣いなのがお気に入りだ。

 カメラのせいか日陰のせいか、赤いヒガンバナは青みを含んでいる。

 構図は三分割構図にして、目線をここに集めよう。花に水滴がついているから瑞々しく映るな。背景をぼかすと主題を明確にできて、三分割構図がより効果的になる。

 こうやって理性的に突き詰めて撮影するのが好きだ。そこには一切、感情だとかいう不安定なものは存在しないのだから。

 逆に言うと、僕は人間を撮影するのがとても苦手だ。人の感情が切り取れない。

 でも僕はそれでよかった。人間を撮る気は元々ない。人の感情ほど関わるのも感じるのも難しいものはない。

 いろいろな角度、場所からヒガンバナの群生を撮り、満足した。そして帰ろうとした。

「いいね、可愛いよー」

 静かな花畑に声が響いた。

 四十はいったであろう男が一眼を構え、少女がポーズをとる。少女は目を細め、口角を上げ、笑っている。

 ヒガンバナを背景に人を撮っているらしい。男も楽しそうに写真を撮っている。

 僕はそれを横目に帰ろうとした。

「待って、光川」

 女の声。知らない声だ。僕は無視した。

「サッカー部の光川。ここで何してるの」

 僕は振り向いてしまった。

「やっぱりあんただ。雰囲気違うね」

 少女が僕を見ている。よく見るとスタイルは普通、顔は中の上。見方によっては、冴えているようにも冴えていないようにも受け取れるその女は。

「隣の席の橋本。その手に持ってるカメラ、あんたの? ちょっと見せてよ」

 あまりに強引だった。


「へぇ、こんな感じの撮るんだ。花やら景色ねぇ…… いつもの光川とはイメージ違うかも」

 彼女は僕のカメラの画面をじっと見ている。

「そっちから話しかけてくるとは思わなかったわ。いつも俺を見てるだけだからさ」

 当たり障りなく、フレンドリーに。早くこの場所から離れようと、僕は彼女のご機嫌を伺う。いつものように。

「早くこの場所から離れたい?」

 彼女が真顔で僕を見る。

「一つ言わせてほしいな。それだけ言ったらもう満足だから」

 いつも彼女が僕を見た後窓を見やるように、彼女は冷めた目をした。

「写真に感情がない。感情。あんたも同じ。ツーブロックと話してるときも感情がない。そんなんだから写真にも感情が乗らない。映したいもの、意図してることははっきりとわかる。でも、ストーリーがない」

 彼女は目を逸らした。

「上っ面の感情浮かべてるだけのくせに、私より友達多くて、好かれて、だから人を見下して、それで安心してるあんたが気に食わない」

 視界が眩んだ。立ちくらみか。正しいことを言われたショックか。

「……私があんたを気に食わないことなんてどうでもいいよね。ごめん」

「俺は……毎日楽しいよ。バカやって、友達に囲まれて、勉強ちょっとして、サッカーして、彼女できねぇって叫んで……」

 表情筋が強張る。彼女に僕の気持ちがバレる。僕の学校での地位が揺らぐ。それが嫌で。

「友達できないって悩んでるならさ、今度皆で一緒に遊ぼうよ。すぐ仲良くなれるって」

「そうやって私を見下さないで! あんたのくせに!」

 彼女の目から滴が零れ落ちた。頭が痺れたような気がした。

僕は震える手でカメラを構えた。ファインダーに彼女を捉え、シャッターを切る。

「何で撮ったの」

 彼女が僕を睨む。

「美しかったから」

 彼女が目を見張ったのがわかった。

「君の、僕を嫌う余りに爆発した感情が美しかったから」

 画面にさっき撮った写真を表示させて、彼女に向ける。

「ほら。僕の、最高傑作だ」

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