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前編

私立日吉ひよし高校、美術部は明日の文化祭の準備に追われていた。

多くの文化部化活動している中でも、この美術部はレベルが高いと校内で評判。

だが、そんな事など気にも留めない美術部の面々は、相変わらずちょっと変わった雰囲気で過ごしている。


椎野(しいの)くん、暗幕は?」


その中でも部長の恵地(めぐみじ)イクは、歴代の部長の中では珍しいくらい『普通』。


「全部そろえてある。…少し落ちつけ、部長だろ」


対して、落ち着きながらチェックシートに印を書き込んでいく彼は、副部長の椎野ユウト。

無機質な口調とは裏腹に、彼の眼鏡の奥には、少し優しそうな感情が見え隠れしていた。

椎野の言葉に、イクは苦笑する。


「ごめん。

三年目の文化祭とはいえ、実際に仕切るのは初めてだからつい…。

そういえば、エリナちゃんは?」


「お前が後輩と準備室に行っている間に帰ってきたよ。

今はチラシの準備に入ってもらっている」


暗幕を紙袋から出しながら、イクは椎野に礼を言う。


「ありがとー、椎野くんがいてくれるとマジ助かるわ」


イクの言葉に、チェックをしていた椎野の手が一瞬止まる。


「…………別に、仕事だから」


その頃、美術部顧問に明日の書類を渡し終えた紫藤(しどう)エリナは、印刷室に向かっていた。

彼女の長く美しい髪、大きく澄んだ瞳に、すれ違う者たちが皆振り返る。

彼女は文化祭で学年一の美少女を決める文化祭イベントで歴代ナンバーワン『プリンセス』に選ばれた、誰もが認める美貌を持っていた。

…が、彼女の顔に笑顔が浮かぶことは少ない。

もともと表情の変化に乏しかった。


「——…アキ、ストーカーで訴えるわよ」


 彼女の冷たい言葉をかけられても、後ろに立っている彼はへらへらと笑っていた。


「冷てぇー。

さっきまで一緒にいた仲じゃーん」


だらしない制服に校則違反の金髪の彼、雪原(ゆきはら)アキラ。

先生からは叱責の嵐だが、抜群の運動神経と英国ハーフという反則的美貌のため、男女生徒共に絶大な人気を誇る。

エリナと同じように、一年から学年一の美男子、『プリンス』に選ばれていた。


実はこの『プリンス』・『プリンセス』に選ばれた者たちは、主催主である演劇部の舞台を手伝うことになっている。

二人は三年連続なので、今回の劇で主役を任されていたのだ。


エリナは無表情のまま、さっと印刷室のドアを開ける。

アキラはへらへらしたまま、その後を追う。


「美術部忙しーんだろ? 手伝うってー」


嫌そうにアキラを一瞥してから、エリナはコピー機のスイッチを入れた。


「うっわー、きつい! 

そーんな眼でヤローを射殺すなよー」


「気持ちが悪いからよ」


「そーんなこと言うとぉー…」


エリナはぴくり、と肩を動かす。


「……アリサさんに、怒られちゃうぜー?」


アキラの言葉に、エリナは唇をかみ、勢いよく振り返った。


「お姉様の名前を軽々しく呼ばないでっ!」


コピーを開始する印刷機。

その印刷音だけが二人の沈黙を乱した。


「名前呼んだだけだろ」


気楽そうなアキラの声に、エリナはまた唇をかむ。

彼女の可愛らしい唇からは、さらに赤い血がにじんでいた。

二人は汚れた床を見つめ、目を合わさない。


「未練がましいのよ、馬鹿っ」


「まだ諦めてねーよ!」


音を立ててドアを閉め、アキラは印刷室から出ていった。

残されたエリナは、コピー機に寄りかかりながら座りこむ。


「…馬鹿ね、本当に」


彼女のすすり声は、印刷音にかき消された。

 


アキラはいらいらする気持から逃げるように、屋上へ向かった。

外は日が傾き始めている。

さっきまで昼だったのに、と寝そべりながら、アキラは空を見上げた。


彼は陸上部の文化祭準備をさぼっていた。


「…俺はサイテーだな」


ため息。

部活をさぼったことを反省しているのではない。

エリナの『未練がましい』という言葉が、彼の胸をえぐるように突き刺した。


アキラはエリナの姉であるアリサを、ずっと好きだったのだ。

……しかし


『お姉様はロンドンに留学されたの』


――その恋は、あまりにも遠く、


『婚約者。知らなかったの?とても素敵な方よ』


――あまりにも残酷で。


『だから、アキ。お姉様の邪魔、しないでよね』


――それはあまりにも痛かった。

エリナからその事実を聞いた時から、アキラの心の時間は止まったままだ。


前にも後にも進むことのない恋。

苦しみから逃れるために刹那的な恋を楽しんだ。

そして自己嫌悪というサイクル。


「なにやってんだか…」


「あ、なんだ、雪原か」


屋上の入り口に、イクが立っていた。


「何してんの? 

…って部活の手伝いは? 

最後なんだから、気ぃ張って手伝いなよ!」


イクの叱責に、アキラはいつものようにへらっと笑う。


「いーんだよん。

特別扱いされてんのー、俺は」


「良くないよ、これで最後の文化祭なのにっ!」


呆れながら、イクはアキラの隣に座る。


「そーゆー恵地は?

もしかしてサボり?

それとも俺に会いにきた?」


「ち・違うわよ!

あたしはただ、一緒に帰る相手を探してて、声が聞こえたから覗いただけ」


ふーんと寝そべった姿勢のまま、アキラは目を閉じる。


「………じゃあ、俺と帰る?」


「はっ? な、ええっ?」

 

激しく狼狽するイク。

その様子を見て、アキラは腹を抱えて笑う。


「焦り過ぎだし!

腹いてぇ〜、面白いリアクションするよなー恵地って」


「なによそれ! 

変な間入れるからよ!

…もうっ、笑い過ぎ!」


「ごめんごーめん。

ただの冗談だよ」


無邪気に笑うアキラ。

イクはあっそ、と言っていたが、内心がっかりしている。


「確かエリナなら印刷室にいたぜ。

たまには一緒に帰ってやれよ。

…じゃ、また明日な」


さっと立ち上がり、惠地の返事も待たぬまま、アキラは屋上のドアを閉める。

ちょうど階段を降りた先に、椎野が通りかかった。


「あ、しいちゃんっ。

一緒にかっえろーぜっ」


「嫌だね」


満面の笑みのアキラに背を向け、椎野は全速力で逃げた。

――しかし、相手は天下の雪原アキラ。

結局、そこそこの運動神経の椎野は、校門前でアキラに肩を掴まれた。


「追いかけっこ? 

好きなら好きっていえよぉ」


「…今、嫌いより殺したいのほうが強くなった」



なんだかんだと言いつつも、二人は一緒に下校した。

この二人は校内でも異色の組み合わせで一見仲が悪そうだが、これでも中学からの付き合いだ。


「さっき……屋上で恵地に告白でもされたのか」


「おや、盗み聞き?」


ふんとそっぽを向く椎野。

彼には、イクがアキラに想いを寄せていることくらい、すぐに分かった。

でも女好きナンパ男のアキラを好きになって幸せになることはないだろうと考え、ユウトはそれとなく諦めさせようとしていた。


「相変ーらずしいちゃんは恵地、好きだよなー。

さっさと告れよ、眼鏡外してさー」


アキラ曰く、『ユウトが裸眼だったならプリンスの座は危うかった』らしい。

しかしそんなことにユウトは全く興味がなかった。


「…俺はいいんだよ。

で、どうなんだ?」


彼の興味は、恵地イクのこと。


「だーから、告られてねーって。

それに恵地のことは、その辺の女みてーにテキトーに扱ってねーだろ。

大切に、ちゃんと『友達』やってるよ」


少し真剣な眼差しで、語るアキラに、椎野は小さなため息を吐く。

分かってるよ、と椎野は心の中で呟いた。

名字で呼び、一定の距離を保っている。

観察力に優れている椎野は知り合っていくうちに、アキラの優しさを感じ取っていた。

…だから椎野は、イクとアキラの距離に干渉することをやめた。


「そーいやさー高校最後なんだよね、文化祭ー」


バス停に着き、二人はベンチに座る。辺りはもう夜の匂いが広がり始めていた。


「しいちゃんはM大で、俺はスポーツ推薦でW大。

卒業したら、私服で会うことになるんだよなー、俺たち」


制服の雰囲気とは違う、私服の自分達。

再会する時、ようやく自分たちが高校生ではないということを実感するのだろう。

アキラの言葉に、椎野は妙に納得した。


「卒業式にお前が髪を黒くして制服をきちんと着たら、風紀委員は泣くんじゃないか。

最後くらい委員長の心残りを晴らしてやれよ」


「そーかもな、最後に先生に敬語で握手でもしてみるか」


くだらない冗談に笑いあう二人。

ふと黙り込むアキラ。

それに気づいた椎野は、アキラの顔を見る。

さっきまでのへらへらした表情はなかった。

遠くを見るような、暗い顔。


「―――最後、ね。

確かに最後のきっかけかもしんねーなー」


アキラの独り言に首を傾げる椎野。

ありがとう、と椎野に笑いかけるアキラは、本当に嬉しそうな顔をしていた。


「電話、してみるわ。最後だしな」


ようやく彼ら二人の前に、バスがやってきた。

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