5ショートストーリーズ2 その2【可愛い女】
喫茶店で一組のカップルがテーブルを挟んで座っています。女の方が一方的におしゃべりを続けているみたいですが…
だからさ、あんたの、そのウジウジした処がもうたまんないの
よ！ そりゃ、最初は『優しさ』っていう一言で、総て許されて
いたんだけど。でも、言葉を変えれば優柔不断ってコトなのよね。
それにさ、ハッキリゆうけど、あんたセンス悪いしさ、見た目も
なんでこの私が？ って思うくらいにブスなんだもん！
考えてみれば、前の男と分かれた直後で落ち込んでる時に誘われ
て、そのままずるずると付き合ってきたんだもんね。
まあ、私も前の男がイケメンで、別れた原因が男の浮気だったも
んだから、あの時はいい男が信じられなくなっていたんだよね。だ
けどさ、あんたと一緒に歩いてるとこ、友達に見られないかってビ
クビクするのもうイヤだしさ。
そうだよ！ 私はずっとあんたと一緒のとこを見られるのがイヤ
だったんだよ！ 分るでしょ？あんたも薄々気づいてなかった？
なんで二人で歩く時、私、帽子をいつも深めに被っていたのかっ
て。
そうだよ！ 帽子で顔を隠していたんだ。だからクラブで踊る時
も、映画を観る時も、場違いだなって思いながらも、いっつも帽子
を被ってたんだ。勿論、あんたと一緒の時だけね！
それにさ、あんたと食事に行く時は決まって定食屋かラーメン屋
なんだもん。そりゃあ最初は新鮮だったわよ。だって、それまで私
をそんな所に連れてく男は居なかったからね。最初に定食屋に行っ
た帰り、思わずこんな素敵な食事は初めてよ、なんて言っちゃった
けど、それを真に受けてその後ずーっと同じ定食屋だなんて信じら
れない！
たまには他のお店に行かない？ って私が言ったらラーメン屋
で、その後はずっと定食屋、ラーメン屋の繰り返しなんだから。
それにさ、覚えてる？付き合い始めてすぐに私の誕生日が来て、
あんたも私にプレゼントをくれたわよね？ あんた私に何をくれ
たか覚えてるの？ ぼーっとしてるから忘れちゃったでしょ？
いいわ、思い出させてあげる！ あんたは木彫りのこけしをく
れたのよ。高さ30センチ位の木彫りのヤツを。ちょうど出張で伊豆
に行ってさ、そのお土産も兼ねて木彫りのこけしを。
しかも定食屋で「はい、これ！」って渡してくれたんだったわよ
ね？ 包み紙に伊豆土産なんて書いてあってさ、開けてみたら30セ
ンチのこけし。私、目がテンになっちゃったわよ！
あんたは「結構高かったんだ」なんて自慢しちゃってさ、私がい
つまでも黙っていたら「高いからってそんなに気にしなくてもいい
よ」って言ったんだわよね。私、定食屋のテーブルの上に30センチ
のこけしを載せたまま、これどう処分しようってコトばかり考えて
いたんだから。
それにあんたと喫茶店に行くと、決まってあんたは最初にトイレ
に行くのよね。自分で気がついてるの？ そういうとこ。まぁ、気
がつかないから、いっつもそんなコトが出来るんでしょうけどね。
それだけならまだ許せるけど、決まっておっきいのがいっぱい出
た！ ってあんたは言うのよ。ジョークのつもりなんでしょうけど、
いっつも決まってそう言うのよ。お店のお客さんがクスクス笑うと、
あんたも嬉しそうに笑うんだわ。
私は恥ずかしくてあんたの言った言葉が聞こえない振りをしてる
と、もう一度あんたは大きな声でこういうの。「おっきいのがいっ
ぱい出た！」って。
ちょっと、聞いてるの？ まだまだあるわ！
私が他の男と歩いてたりすると、後で決まってあんたは、あの男
誰？ って態度をするの。ハッキリそう聞けばいいものを、そうす
るんじゃなくて、遠まわしに探りを入れるみたいにするのよ。昨日
何時頃僕はどこどこに居たけど、君はどこに居たの？ なんて風な
カンジでさ。僕はこんなタイプの男は嫌いだけど君はどう？ なん
て聞いてくるコトもあったわよね？
そのあんたが嫌いなタイプが、私と一緒に歩いていた男そのもの
なんだから何て答えていいか、いつも困っちゃたわよ。
それに私と歩いている時でも、女の子とすれ違うと、決まってあ
んたは振り返るのよ。それが可愛い子ならまだしも、ブスな女でも
あんたは必ず振り返るんだわ。あんたはその度に私を侮辱している
のと同じってコトにちっとも気づかないんだから、どこまで鈍感な
んだろうと呆れちゃうのよ。
それに何かある毎に、うちの母さんは、って口癖も、もう我慢な
らないの！ この味噌汁美味しいけど、うちの母さんが作る方がも
っと美味しいよってコトから、今君の着てる服、うちの母さんも同
じようなの持ってるってコトまで、もう何から何までうちの母さん
が、って言葉がついて回るんだわ。マザコンの男なんてもうサイテ
ーなんだから！
なによ？ 私がこれだけ言ってるのに、あんたまだ笑ってんの？
冗談で言ってる訳じゃないんだからね？ なによ、その許すっての
は。何？ 今度は帽子をプレゼントするって？ ええっ？今度はデ
ニーズにも連れて行くですって？ 俺はお前を許すですって？
なによ、これだけ悪口を言われても笑って許すのはなぜなのよ？
え？ 聞こえないわ！ 声が小さすぎて！ なに目を指差してんの
よ？
英語でなんて言うかですって？ それに手を出して親指だけを曲
げて、それ、どういう意味なのよ？ よん？ 『し』ってコト？
それになに手を振ってんのよ？ ああ、『て』ってコトね。え
っ？ カレーの中身？ ご飯にかけるやつですって？ ルーのコト
かしら？ 続けて声に出していってみろ、ですって？ あんたとき
たらこんな時までハッキリしないんだから。そんなんだからどうし
ようもないのよ。いいわ、最後のお願いだと思って聞いてあげる。
え～っと、目は英語で『アイズ』でしょう。それから四じゃなか
った、「し」か。それに「て」と「ルー」。続けると アイズ・し
・て・ルー？ 合図してる？
なに合図してるのよ？ ちょっとどういうコトなの？ ん？ 目
は単数形でお願いですって？まったく、もう最初からそう言えばい
いじゃない。グズなんだから！
え～っと、そうすると、「アイ」・「し」・「て」・「ルー」…
……？？？
まったく、あんたって人は馬鹿なんだから！
いいわ、お腹も減ってきたことだし、食事にでも行きましょうか。
きょうは定食屋もラーメン屋もイヤよ。分ったわ、デニーズでいい
わよ。ふふっ、たまには私が奢ったげる。
え？ 何だか急に優しい顔になったみたいですって？ あんたは
私が居ないと何にも出来ないんだから。私じゃないと誰も相手をし
てくれないもんね。何嬉しそうな顔してるのよ？ グズグズしない
で早く行きましょう。
ねえ、マスター、お勘定、ここに置くわね。あっ、それからこの
帽子だけど、悪いけど捨てておいてくれない？ うん、今日の服に
あんまり合わないからさ。ううん、そんなんじゃないって。じゃ、
よろしくね。
ほら、あんた行くわよ、グズグズしないの…
可愛い女の定義も色々ですよね…
