第八話 スキル『正々堂々』
「おおおおおおおお!!」
遠藤拳太は駆け出す。
―――たった一人の少女を守るために
―――たった一つの約束を守るために
―――拳太の物語を再び始めるために
その拳を振るう
「させない!」
大樹のハーレムの一人の赤髪少女が拳太に割って入る
拳太の拳と彼女の持っていた何かが激突し、闘技場全体に渡る大きな金属音を響かせる
「……へぇ、槍か」
どうやら彼の拳を防いだのは彼女の身長を軽く追い越す程の無骨で大きな鉄の槍だ、最初は鈍く光る銀色だったのだが、次第に少女の髪色に合わせるかのように薄い赤い光を発し始める、明らかに何か――少なくとも拳太には良くない事が起こる前兆だ。
「食らいなさい!」
やがて光が強まりそこから彼女の鉄槍が荒々しく炎を吹き始める、かなりの熱を帯びているはずなのに、槍は溶けることもなく拳太の拳を受け止め続けていた。
それを見、熱を感じた拳太の直感が警鐘を激しく鳴らし、思わずその場から飛び退いて距離を取る。
「まずっ!」
「もう遅いわ! 湖南さん、千早さん今よ!」
後ろに控えていた湖南と呼ばれた文学少女の杖の周りからは幾つものソフトボール程の大きさの水の球が、千早と呼ばれた関西弁少女の弓からは矢をつがえるような形で風の棒が出現してそれぞれをこちらに向かって構えている、彼女らはどうやらもう何時でも発射可能らしい
「あの、すみません! ちょっと痛いですよ!」
「ま、これでも食らって頭冷やしよ」
二人の言葉を皮切りに炎球、水槍、風の刃三つの魔法がそれぞれの音を鳴らして発射される、あっという間にこちらへとやってくるそれは、拳太の足が地面を踏みしめる頃にはもう目と鼻の先にあった。
「くっ……そぉぉぉ!」
迫り来る速さから避けられないと悟った拳太はできるだけダメージを押さえる為に、激痛は覚悟して即座に左手を盾の代わりに突き出した。
そして左手にとうとう三つの魔法が触れる寸前となり、彼は襲い来る痛みと衝撃に備えて歯を食い縛った。
「……は?」
「……え?」
―――――だが、拳太はなんとも無かった。
彼女らの魔法が手に当たった瞬間、まるでパソコンの電源を落とした時のような間の抜けた音を立てて消滅させたのだ。
放たれた魔法は、確かにそこに存在していた。
その魔法は確かに、触れるものを破壊してしまう力を伴って拳太の元へと飛来したのだ。それは決してフィクションではない
だが、拳太が触れた瞬間に、その存在自体が無かったことになったかのように消滅したのだ。
「……オラァ!」
数秒の間戸惑った両者だったがいち早く持ち直した拳太は彼女らに向かって駆け出す。
慌てて構えた赤髪少女だったがもう遅い、彼女が行動に移す前に拳太はもう彼女へ拳が十分に届く場所へと踏み込んでいた。
「はぁ!」
拳太は拳を握りしめて眼前の少女へと風のような速さで詰め寄る、その拳を見た彼女はガードをしようと槍を拳太と自分の間に掲げた。
しかし拳太は殴るために踏みとどまるような事はせずに自らの体を少女と槍の間へと滑り込ませる、そのフェイクに当然、彼女が反応できるわけもなく拳太が肉薄するのを許す。
互いの息遣いさえ分かる距離の中、拳太は拳を開いた。
「オオオ!!」
「きゃあ!!」
拳太は赤髪少女の腕を掴むと背負い投げの要領で文学少女こと湖南に向けて思いきり投げ飛ばす。
少女の体は弧を描き、重力に手を引かれながら湖南へと飛んでいく
「あ、きゃ!」
湖南はそれに全く反応できずに赤髪少女もろとも派手な音を立てて地面に叩きつけられ、彼らの踏みしめる闘技場の土を僅かに揺らす。
二人は視覚も聴覚も滅茶苦茶にする衝撃にそのまま抵抗する間もなく意識を刈り取られた。
「香織!」
関西弁少女の千早が赤髪少女の名前を叫ぶ、だが意識の無い香織はそれに反応する事もなくだらしなく手足を投げ出している
今の今まで派手な喧嘩とは無縁だった千早にはその光景はとてもショッキングなものに映った。思わず目を見開き、倒れ伏す友の姿に釘付けになる
その光景を作り出した拳太は特に狼狽えることも、迷うこともなくその動揺の隙を突いて千早に迫る
拳太には、それが些細なものに感じるほどに確かな思いを持って足を踏み出していた。
「くっ! 調子乗んなやぁぁぁぁ!」
激昂した千早が矢をつがえ、次々と風の刃の魔法を放つ、だが拳太は当たるのも構わず突っ込んで行き、風の刃も拳太に触れた瞬間に音を立てて消滅する。
まるで、最初から結果を分かっていたように彼は迷わない
「よく分かんねぇが、この『正々堂々』ってスキル……魔法を打ち消すみたいだな」
確認するかのように一人呟いた拳太はとうとう千早の目前に到達する、拳太が拳を握り締めるのを見て千早は防御体勢を取る、先程の攻防をきちんと目撃していたのか、拳太の体が入り込む余地のない場所での防御体勢だ。
だが、拳太には焦りはない、寧ろ笑みを浮かべて彼女へ向かう
「ばーか、下ががら空きだぜ!」
「がッ……!」
拳太は拳を振らず千早の足の指を踵で容赦なく踏みつける
きっと同じ手を食らうまいとする対応すら彼は折り込み済みだったのだ。
そのあまりの痛みに体勢を崩した千早の顔面に拳太の拳が振り抜かれる、彼女は勢いを失ったボールの様に飛んで倒れた。
「拳太ァァァァァ!」
叫び声に振り向くと大樹が怒りの形相で拳太に向かってまるでバイクが走るスピードで迫り、背中に背負っていた鞘の無い大剣を留め具から引き抜く
カウンターを食らわせてやろうと彼の突撃に合わせて拳太が迎え撃つように拳を振るう、しかしその拳は空を切る
「もらったァァ!」
一瞬だけ花崎を見失う拳太だったが、どこにいるかはすぐに分かった。花崎の声は拳太の頭から響いてきたのだ。
「なッ!?」
大樹は拳太が拳を振る直前に飛び上がり、拳太を上から斬り捨てようと大剣を振りかぶる
少し前の遠藤拳太ならここで諦めて負けを認めるだろう
しかし――拳太は諦めない、自分を信じる少女のためにも、負けられない
「オラァァァ!」
今の姿勢では完全な威力を出した拳は振れない、だがそれでいい
拳太の目的は殴る事では無い
「何!?」
大樹の大剣は下から表れたチェーンに阻害され、大きく軌道をずらされる、拳太の拳はあの時、幸助のチェーンを結んだあの紐を握っていた。
「いつの間に……!?」
よく見ると拳太の近くには意識を朦朧とさせている幸助がいる、彼が地面に突き刺したままの剣から、束ねられたチェーンが延びていた。
「さて……これで逃げらんねぇな……」
大樹は降り下ろし直後のため回避ができない、辛うじて拳太の方を見るともうすでに拳を振っていた。
その様子がスローに見える大樹の視界に、拳太は口を開いた。
「ぶっ飛びな」
電気を纏った全力の拳は、大樹を文字通りぶっ飛ばした。