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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第十二章 キミというヒト
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第七十話 深夜

「…………」


拳太が案内された部屋は意外にちゃんとしており、明かりとベッドだけの簡素な作りではあったが、使われている素材もひと目でいいものである事が伺える、拳太は学ランを脱ぐと自分の身ごとベッドへと投げ出して、明かりのスイッチである紐を引いて白黄色の光を消し去る


「今まで、考えても……いや、目ェ背けてただけか……クソッ」


拳太の中に渦巻くのはやり場のない憤りと、胸の内に溜まる後悔だけ、社茲の言葉に対する答えなんて出ないままただ鬱屈とした思いが増していくばかりだ。


「今更とか、我ながら遅すぎるぜ……」


ここにアニエスでも居るなら、すぐにでもどうするべきか聞けるのだろうが、生憎、今側には誰もおらず、拳太は答えの出ない問いを延々と続け、そうしている内にやがて眠気がやってきて、そのまま拳太の意識はまどろみに落ちていった。





「グッ……! ようやく、退けたか……」


レネニア達は進行を続けていたが、行く手を魔物達がことごとく阻みそれをを倒す事に手間を取られ、誰も彼もが疲弊して、最早拳太の捜索どころではなくなってしまった。


「どうする……このままでは僕たちがまず全滅するぞ!」


鎖を鞘に仕舞い込んで、幸助が息も絶え絶えにそう叫ぶ、無理を押して戦闘を行ったせいか顔色も土気色で汗ばんでおり、今にも地に倒れ伏してそのまま死んでしまいそうなほどであった。


「どこかに隠れられるような……雨宿りにちょうどいい小さな空洞があればいいのだけれど……」


「そう都合よくあるとは思えないが……だからといってこんな場所で野宿はできないな、ここではどの方向から襲って来るか分からない上に、鬱蒼とした森のせいで直前まで魔物の接近に気づけない可能性も高い」


現在はレネニアの魔力探知のおかげである程度接近してくる存在を察知することができるが、全方位に集中しては精度は当然落ちるし、依然濃霧はそれに伴った魔力を漂わせ、彼女の探知そのものを狂わせてしまう


「ふっふっふ~……」


とそこに、先程から黙り込んでいたレベッカが不意に調子のいい笑い声を上げ始めた。

余りにも状況にそぐわない彼女の様子に一同は揃って怪訝な表情を浮かべ、何度か互いに顔を合わせた後、代表して幸助が尋ねることにした。


「……急にどうした? レベッカ」


待っていましたとばかりに鼻息荒く腕を組んで、レベッカは濃霧の向こう側を指さした。

そこにはうっすらとだがシルエットがあり、その先が行き止まりであることを示している


「ないなら作ればいいんだよ! 幸いすぐそこに出っ張った土壁があるし、あそこなら空洞の一つを作ってもそうそう落盤は起きないはずだよ!」


レベッカの言葉に一応は納得したようだが、それでも疑問の尽きない提案を望月が改めてレベッカに問いかける


「それは……そうかもしれないけど、でもどうやって? まさか地道に壁を削ってなんて言うつもりじゃないでしょうね?」


無いとは思いたいが、何処か抜けてる――平たく言ってしまうと少々馬鹿なレベッカなら言いかねない、そんな望月の懸念を他所にレベッカはどこから取り出したのか自分の半分程の大きさの袋を持ってきて、その中身を曝け出した。


「ご心配なく……じゃ~ん!」


「そ、それは……!」


その中身を見た者たちは一様に思わずその場を飛び退いて戦慄する、赤い輝きを放つ指先一つ分のそれは、袋の中から溢れ出さんばかりに詰め込まれ、夜の森を炎のように照らしていた。


「い、いつの間に『爆魔石』を……」


「あの魔脈から抜ける時に拾ったんだ! ちょうど暇もあったしね!」


洞窟を崩され、削岩作業をやっている最中に混じっているのを見つけては持ち出していた袋に詰めたのだと誇らしげに説明するレベッカ、最早怒りを露わにするものはおらず、ただただ深い溜息を吐き出すだけだった。


「レベッカさんのその執念、いっそ尊敬すらするのです……」


疲れた様子で脱力したのか、修道服が泥に汚れるのも構わずアニエスはその場にへたれ込んだ。


「じゃあ、いっくよー! えーい!」


そうして一息入れた後、レベッカは壁に近寄って大きくかぶりを振り、魔力を込めた後に土壁に向かって全力投球する、壁とぶつかった瞬間に爆魔石は一瞬のきらめきを残して派手に爆散する、サイズが小さいがために大きな爆発にはならなかったが、それでも土壁を削るには十分な威力を備えていたようだ。


「もういっちょー!」


それからも、レベッカの全力投球は続く


「ゲホッ! ゲホッ! ちょっとレベッカ! もう少し加減しなさいよ!?」


「おえっぷ!? ゴホゴホ……」


「いや、加減以前に彼女はもう少し頭を回す必要があると思うね、僕は……」


「ま、まだまだー! 」


土を吹き飛ばし、砂埃を舞い上げ


「あいたぁ!? レベッカさん、石が飛んできたのです! 危ないのです!」


「だ、大丈夫……ちょっとくらい平気だから……」


「って、レベッカさんが一番ボロボロなのです!!」


石を巻き上げ、辺りを熱気で覆い


「も、もう少し……もう少し……」


「……いや、ちょっとはペースを開けろ、保たんぞ」


うるさいほどの爆音を鳴らし続け、レベッカが疲弊しきった後にようやく


「……ふぅー! やった! 後は砂や砂利を片付ければ馬車を入れられるね!」


ついに、袋の中身のほとんどを使い切って全員が入れるサイズの空洞を作り出すことに成功した。

まだやるべき作業は残ってはいるものの、十数分でこの空間を作り出した魔石の力にはその場の者たちは素直に関心を示す


「むぅ、魔石に魔法の媒体以外にこんな使い道があったとは……傍迷惑だったが」


「僕らも見習うところはあるね……反面教師の部分もあるけど」


「そうね、魔法一辺倒よりはよっぽどいいかも……やり方は考えなくちゃだけど」


「私も今度教えてもらうのですよー……もう怪我は懲りごりなのですけど」


「……ゴメンナサイ」


そのことに関しては弁明のしようもなかったため、レベッカは素直に両手を合わせて背を曲げ、頭を下げる

その後は汚名返上とばかりにレベッカは後片付けに他の者より一層奮闘し、あっという間に作業は終了した。


「さって! 一通り片付けたし、後は……って」


肩を伸ばし、馬の手綱を飛行としたその時、道中で何度も聞いた獣の唸り声がすぐ近くで響いてくる、その音に顔を青ざめさせながらレベッカ達は武器を構える


「あ、あれ!? なんで急に魔物が……」


空洞に響く唸りに冷や汗を流すレベッカに、残りの一同が同時にため息を吐く


「十中八九、さっきの爆破工事のせいね、むしろ遅かった部類だわ」


「……そうだな、まぁ仕方ないな」


「ちょ、ちょっと! そんな目でボクを見るのやめてってば!」


「ええい! さっさと片付けて休むぞ! 勇者二人は前衛で敵の足止め! シスターは後衛で回復と補給の準備! 私達は中衛で援護だ!」


いつまでもじゃれ合っている面々に叱責を飛ばしながら、レネニアもまたその瞳を暗い洞窟に輝かせ始める





「!」


「……あらら、近いね~」


風蒼と社茲が同時に顔を上げ、同じ窓の方向を見据える、人の肉眼と感覚では何が起こっているか、何があるのかを感知できないほどの小さな振動だったが、確かに感じられる連続したそれは、二人に警戒心を抱かせるには十分だった。


「まいったな~、いくら近場とは言えもーここまで来ているなんて」


「……移動するのか?」


玩具を弄る手を止めて困ったように頭を掻く社茲に、風蒼は必要なことだけを静かに聞き出す、その声は何処か不安げな色がにじみ出ていた。


「いーや、それはしないよ、一応君との約束はまもらなくちゃねー……」


「……そうか」


社茲の返答に風蒼はいつの間にか強張っていた肩から力を抜き、本人も気づかぬうちに小さく息を吐く、その様子を社茲は口元こそ笑みを作ったままだが、ややばつが悪そうな顔で眺めていた。


「出かけてくる、少し帰りが遅くなるかも知れない」


「……まだちょーせーは出来ると思うけど」


引き止める社茲に風蒼は首を横に振って答える、そう答えられることは分かっていたのか、社茲は何も言わずに道具を準備し始める


「ここでやれと? どさくさで奴を連れ戻され、彼女に万一の事があるのに?」


「……そっかー……そーだねー――ごめんねー?」


相槌の後、社茲からは自然と謝罪の言葉が出た。

それがどういった意味を持つのか、その認識が両者の間で噛み違わないか、それはこの場にいる彼らにも分からないことだった。

だから風蒼は何も返さず、社茲もわざわざ聞きなおすことはしない


「ねー、こんな時だから言っとくけどさー」


「何だ?」


「きみってばくーき読めないし、ノリは悪いし、センスはダサいし、すぐ怒るしで大変だったけどさー」


道具の準備で、一度も風蒼に顔を向けないままに社茲は彼に次々と辛辣な言葉を投げかけていく、風蒼もまた部屋の風景を見つめているため社茲の様子は伺えない


「でも、きみはずっと一生懸命だったから、ぼくは好きだなー」


「…………」


それでも今、二人の心は通じていた。

過ごした時間も短ければ、異世界に来る前から交流があったわけでもない、ましてや仲が良かったどころか、憎しみ憎まれの関係からスタートした険悪な仲だった。

しかしだからこそ、二人は互いのことをよく理解していたし、分かり合えることもあったのだ。


「帰ってきたらさー、いっぱいお菓子あげるよ、間鷺くんとみんなでパーティーとか、どう?」


「……間鷺とだけはゴメンだな」


「あはは、じゃあふたりっきりだねー」


取りとめもない冗談を交わし、社茲は荷車につめる樽や袋、箱などを次々と風蒼に渡して行く、その全てを左腕で難なく持ち上げる風蒼は窓を開き、荷物が通るように無理やり広げながらその身を乗り出す。


「……まぁ、喧嘩以外にもたまには付き合ってやる」


「わーい、ふそーくん、やっさしー」


「フッ……調子のいいやつめ」


最後にほんの少し微笑んでから、風蒼は館から飛び降りた。

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