表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第十二章 キミというヒト
84/86

第六十八話 夕暮れ

「……ぐ、く…………」


海底から浮上するようにゆっくりと意識を覚醒させた拳太がまず感じ取ったのは定期的に揺れる固く冷たい床と時折聞こえる馬の嘶き、そして穏やかに自らの体を撫でる風の存在だった。


「……目覚めたか」


聞き慣れない声をかけられ、いったい誰のものなのかと違和感を感じながら拳太は己の瞼を穏やかに、ゆっくりと開く


「……! そうか、オレは確か……!!」


ハッキリとした視界の中に自らを打倒した男、風蒼戒の姿を捉えた拳太は眉間に皺を寄せてすぐさま立ち上がり、後ろ手に縛られたロープも焼き切って握り締めた拳を構える


「やめたほうがいいんじゃない? さっきボッコンボッコンに殴られて負けたんだし」


調子の軽い声に振り向くと、にこやかな笑みだけが特徴的な男――間鷺真が手に持った手綱を揺らして弄びながら拳太の方を伺っている


「真面目にやれ、お前はさっきの戦闘でも役立たずだったんだぞ」


「はいはい、過ぎたことを引きずっちゃうとモテないよー?」


「黙ってやれ……!!」


イライラが頂点に達しかけている風蒼の様子に間鷺は「おお、こわいこわい」と全く反省した様子を見せずに肩を竦め、手綱を握り直して顔の向きを戻す。


「ケッ、舐めやがって……随分と杜撰な拘束なんだな?」


「お前程度、逃げに徹されても再び叩きのめせる」


「……チッ」


実際にそうやって敗北した拳太は、言い返す言葉が見つからずに負け惜しみの舌打ちを放つと思い切り荷馬車に座り込んだ。


「それがいい、俺も無駄な体力を使わずに済む……」


風蒼も適当な場所に座ると首を傾けて目を瞑る、恐らく不意をついた程度では破れないと言った意思表示でもあるのだろう

迂闊な行動ができない拳太は忌々しげに風蒼を睨むと、沈みゆく夕日を見上げた。

雲が多いのか、星はそれほど見えず、不安を煽るような黒々とした空だった。


「あいつら……無事だろうな?」





「――ぷはぁ! や、やっと出られた……」


瓦礫の重なる洞窟の出口、幾度かの作業の末、道具や魔法を駆使してやっとの思いでレベッカが人一人通れるぐらいの穴を大岩に穿った。


「おーい! 出口ができたよ! 早く出よう!」


「……む? ようやく、できたのか?」


「ええ、だからもう少しだけ頑張って、幸助!」


「辛いところはないですか? すぐに治療魔法をかけるのです!」


瓦礫の中の空洞――幸助が咄嗟に編み込んだ『縛られし蛇(チェーン・スネーク)』の防護陣の中、魔法を維持させ続けて今にも意識を途切れてしまいかねないほど疲労困憊の幸助、それを魔力回復薬、及び治療魔法で励まし続けるアニエスと望月、そして周辺の様子をずっと探っていたレネニアがレベッカの呼びかけに腰を上げる


「先ほどの造魔も、他の魔物の反応もない」


「きっと、さっきの爆発で逃げた魔物がまだ戻ってきていないのね、好都合だわ」


望月はすぐに鉄棍を構えてすぐに駆け出そうとしたが、それをレネニアに道先に立たれることによって制止される


「待て、今追いかけるのは無理だ、こちらは馬車を回収しなければいけない、それに……」


「ぼ、僕のことなら大丈夫だ……これくらい…………ッ!!」


レネニアの視線を受けて幸助は必死に立とうとしたが、最早その全身に力などかけらものこっておらず、剣を杖がわりにしても崩れ落ちるだけだった。

地面に伏そいかけるその体をアニエスが慌てて小柄な体で必死に支える


「わわわわ!! 無茶なのです! コウスケさんは二時間も魔法を使いっ放しだったのですよ!?」


アニエスは懸命に幸助の身体を持ち上げようとしていたが、いかんせん小さいアニエスと長身の幸助では上がりきることなどありえず、地面に引きずられながら移動していた。


「いくら勇者といっても、魔族でもフラフラになるような連続の魔法使用だからね……ボクも肩を貸すよ」


「……すまない、こんな時に」


肝心な時に自分だけダウンしてしまったのが許せなかったのだろう、いつになくしおらしい様子の幸助にレベッカは仕方がないやつと思いながらそっと微笑む


「いいっていいって、君はロリコンだけど悪人じゃないからね」


「……一言、余計だ」


「はははっ、君のが移ったのかもね」


冗談に反応できる程度には元気のある幸助にホッと胸をなで下ろしながらレベッカは改めて幸助を背負いなおす、少し勢いが強すぎたのかと隣から呻き声が聞こえてきたが、レベッカは聞こえないふりをして歩き出す


「全く、もっと自信もちなよ? 君がいなきゃボクら全員瓦礫の下敷きだったんだから」


「……ああ、努力するよ」


顔を出してきた月を見上げながら足場の悪い岩だらけの上で準備を進めるレベッカ達

反撃の闘志はまだ、衰えてはいない





「さぁ~って、もうすぐ屋敷につくよーっと……はぁー、つかれたなー」


風蒼達に大人しく付いて言って暫く、肉体が疲れとダメージを蓄積していたせいか、座っている間に眠っていた拳太はその声で慌てて目を開ける

ここは敵地の真っ最中、寝ている間に何をされるものかわかった物ではない


「随分呑気だな、同じ俺に言えた義理ではないが」


「どーせやることもなきゃロクな抵抗もできねーんだろ? 寝て体力の回復でもしたほうが建設的だ」


「違いない」


拳太の精一杯の強がりにも風蒼はあっさりと返答し、さっさと手荷物を纏め、立ち上がって降りる準備を進める


「ノリ悪いだろー? そのダサコート僕といるときもこんな調子でさあ、退屈で仕方なかったよ」


「間鷺……黙って仕事をしろと何度言ったらわかる?」


「へいへーい」


そんな会話を勧めているうちに、次第にある建物の輪郭が見えてくる、かなり大きなシルエットから目の前の建物が件の館なのだろうと拳太は当たりを付ける

しかし、一見大きいだけで何ともないような建物も、敵の本拠地と認識しているせいか、強烈な威圧感を与えてくる


「いや、これは……」


しかし、頭の奥に引っかかるような感覚から拳太はそれを『()()()』としてはっきりと感じ取っていた。


「おーい、早く行こうよ、()()()()()()()()()()()()()()()、風蒼くんがまた面倒くさいよ?」


「ああ……!?」


あまりに自然に言ってのけた間鷺に無意識に相槌を打った拳太だったが、彼の言葉がしっかりと行き届いた時、拳太は思わず体が凍りついた。


「あいつ……オレの考えていたことを……!?」


口笛を吹き、無防備な背中を見せながら前を歩いていく間鷺の姿に、拳太は暫く呆然と見送っていた。





館の中に入っても、やはり違和感が拳太の脳裏から消え去ることはなかった。

むしろ、館の内装や、窓の数、飾られた装飾品の数々を視界に入れる度にその感覚は静かに浸透していった。

拳太に建築学の知識はないため、具体的にどこが変なのかを掴むことはできなかったが、それでも何かがおかしいことだけは素人の拳太でも確信を持つことが出来るほどだった。


「……脱出路でも探っているのだろうが」


あちこちに視線をやっていたせいか、風蒼がこちらを一瞥して口を開く


「お前はここから出られない、絶対にな」


自信ではなく、ただ事実を述べるような風蒼の様子に、拳太はますます違和感を増し、いよいよ何かに感づき始める


「――まさか」

「おおっと! 目的の部屋に付いたよ! さあ! 入った入った!」


拳太がその正体を口に出そうとした瞬間、隣を歩いていた間鷺が突然拳太の顔を押しのけてまで大仰に腕を広げ、大声で騒ぎ出す


「……フンッ!」


「ギャーース!!」


それがとうとう風蒼の堪忍袋の限界だったのか、造魔の左腕を躊躇う様子もなく間鷺に叩きつける、尋常でない力で振るわれたそれは、間鷺の上半身を壁に埋め込むほどだった。


「馬鹿に邪魔されたな……入れ」


既に開けてある扉の傍らで部屋の奥を指差す風蒼に促されるままに、拳太は部屋に入る


「やーやー、久しぶりー……ってゆーほど前じゃないけど、この世界だとずっと前のことみたいだよねー」


「なっ!? テメー……」


子供部屋のようにポップでカラフルな部屋の中、一人の人物がダボダボの袖で手を振っていた。


「なんで、ここにいやがる……!!」


拳太よりも頭一つ分は低い身長、茶色っぽい麦のような髪、そして男とも女とも取れる幼さの残った可愛らしい顔立ち、それらの特徴を持つ者は――


「えっへへー、ぼくの館によーこそー」


「――社茲…………穂ッ!!」


かつて拳太達に倒され、牢の中へと引き取られたはずの『裏』の勇者

宿敵、社茲穗が満面の笑みでこちらを迎え入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ