第六十六話 趣味も好機
「がっ! く、ぐ……ぐぁ!?」
薄い明かりに照らされた洞窟の中、爆発が起こったかのように激しい砕撃と、甲高い金属音が響き渡る
拳太はブラックオーク達の猛攻に手も足も出ず、その両腕の筋肉を痛め続けながら攻撃を弾き続けていた。
『Booooooo!!』
なかなか仕留められない拳太に業を煮やしたのか、より一層その鳴き声を怒りに染め上げてブラックオークの一体が頭上へと高く、その圧倒的な質量を持つハンマーを軽々と振りかぶった。
「っ!」
その動作の十分の一も見届けない内に拳太はその軌道の真横へとその身を投げ出した。
直後、鈍い風切り音が聞こえると同時、衝撃が大気を震わす。
かわしたにも関わらず、皮膚を引っ張られてしまいそうな衝撃波に拳太は思わず顔をしかめた。
『ブゥ!』
「何っ!?」
だがそれを深く感じる間もなく、拳太の眼前には彼の投身の軌道上に合わせ横に凪ぎ払うように振られたハンマーが広がっていた。
拳太は咄嗟に自分の胴体と地面の隙間から『電磁強打』を繰り出し、急激な上昇に吐き気を催しながらもギリギリでハンマーの打撃を回避する
その光景を見て、彼は確信した。
偶然では決して産み出すことはできない、連携された攻撃、それが意味する答えは――
「間違いねぇ……テメー、調教しやがったな!」
「その通り、念には念を……と言うやつだ」
予想はしていたが、改めて敵方からそう伝えられると溢れてくる冷や汗を拳太は止めることができない、恐らく仕込まれた技術自体はそこらのチンピラが身に付けているような取るに足らない、稚拙なものだろう
それでも、有るのと無いのとでは雲泥の差が生まれる、それが力押しがほとんどの魔物であるならば尚更だ。
ただでさえ人間よりも圧倒的な力を持つ厄介な魔物が、技術をつけて襲ってくる、それも二体同時にだ。
その事実を実感するだけで、湧き上がる絶望感は半端なものではなかった。
「畜生……畜生ッ!」
それでもやるしかない
攻撃を受け流す度に削れ、欠け、刻一刻と限界に近づいてくるナイフを見やりながら拳太は攻防戦を継続していく、その様子を、いっそ冷酷なまでに風蒼は観察していた。
◇
「だからさー、何度やったって無駄だって、ゆっくりお茶でも飲んでようぜ?」
事態は完全に停滞していた。
何度剣で斬っても、鎖で叩きつけても、レイピアを刺しても、シャボン玉で爆破しても、間鷺は全てを『無かったこと』にしてしまう、作り出された真っ赤な地面がその過程を表しているが、間鷺自身には何も残ってなどいない、幸いなのは効果範囲は自分のみのため、それで反撃されないのと、間鷺自身が驚くほどに弱かったことだろうか
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……レネニア! 今どこまで進んでるのよ!?」
「……駄目だ」
すがるように張り上げた望月の声、しかしレネニアは口惜しげに首を振ると作業を中断して首を俯かせたまま立ち上がった。
「これは魔脈の魔力で作られた魔方陣だ……絶えず魔力の質が僅かだが変質している、これでは術式に介入できない……」
「そんな……どうにかならないのですか!?」
今にも泣きそうな声でアニエスが訪ねるが、レネニアの優れぬ顔を見ている時点で出てくる答えなど明白なものだと、その場にいる誰もが理解していることだった。
「魔脈に乗せて魔力を流すこと位しか……」
「そんな……では、この結界を破壊するのは……」
「ああ、不可能だ」
躊躇いもなく言い切るレネニアの言葉を受けて、幸助は疲労と落胆からか膝から地面に崩れ落ちる、残りの面々も打つ手なしの現状には心が折れたのか、粗い息を吐きながら戦意を喪失していく
そんな彼らの様子を、間鷺は何もせずにただ静かに嘲笑っていた。
「……いや、レネニア、魔力は流せるんだよね?」
「? ああ……」
だがそこでふと、レベッカが確認するような調子でレネニアにできることを訪ねる、彼女の肯定の返答を聞き、一人ぶつぶつとレベッカは何かを呟いている
「……どうした? 何か案があるのか?」
「うん、賭けになるけど、一つだけなら」
幸助の疑問にレベッカは僅かに頷きながら地面を指差す、魔方陣の刻まれた事以外、なんの変鉄もない灰色の地に指を立てながら、彼女は口を開いた。
「皆、今からありったけの魔力を、この中へと流して欲しいんだ。できるだけ深く!」
「魔力を……流すだけなのですか?」
「うん、それだけでいい!」
アニエスに力強く返すレベッカを間鷺は面白げに見守る、彼に少なくとも邪魔をする気がないことを悟った彼女は隠すこともせずに作戦を話していく
「上手く行けば、この結界を破壊してケンタの元まですぐに行ける!」
「……少なくとも、やってみるだけの価値はありそうね」
「しかし、まさかそんな事を思い付くとは……趣味も侮れないものだな」
望月が覚悟を決め、レネニアが半ば呆れるように笑った後、それぞれがレネニアを中心として地面に両手を着き、目を詰むってありったけの魔力を溜めていく
「おお~、キレー」
やがて光へと可視化する程に溜められた魔力、それが産み出す光景に間鷺は素直に感嘆の息をもらし、直後に光は全て地の中へと導かれるように吸い込まれていった。
◇
眼孔を焼き尽くすような光ともはや認識するだけの余裕を持たせない爆音、人も魔物も例外なく、その場にいた彼らが最初に認識したものだった。
「――――っ!?」
『ブギィーーー!?』
ブラックオークが拳太を押し潰さんと突撃して来た瞬間、それが脳を埋め尽くしてそれまでの過程を全て消し飛ばす。
戦闘も敵意も滅茶苦茶になった中、まず最初に立ち直ったのはブラックオークの体に隠れて被害の少なかった遠藤拳太だ。
「オラァーー!!」
隙だらけのその姿にすかさず『電磁強打』による爆発的な推進力でその首めがけてナイフを突き出す。
『ゲッ!?』
なんの抵抗もなくナイフはその首筋へと到達し、首回りの脂肪を押し退けて頸動脈へとその刃を伸ばす。
根本まで押し込むと同時にナイフは折れてしまったが、致命傷を負わせるという最後の役目は果たせた。
勢いよく吹き出る血潮、それが尽きる前にブラックオークは地面へと倒れ、二度、三度の痙攣の後にその体を動かすことは無くなった。
「クッ! しまった!」
次に回復した風蒼が忌々しげに歯噛みした後、舌打ちひとつ挟みながら爆発の起こった方へと視線を移す。
その直後に間鷺が風蒼の横へと姿を表し、彼と同じ場所へと目をやっていた。
「こんな中途半端に『戻った』って事は……ああ、ゴメン風蒼くん、失敗したみたい」
「だから魔方陣の場所は念入りに調査しておけと言っただろう……ッ!!」
今にも掴みかかりそうな勢いで問い詰める風蒼に、両手を上げて諌めながらも小馬鹿にした笑みを絶やさぬ間鷺
二人が完璧ではないが油断している間に離脱しようと拳太が動こうとした時、爆発の方向からいくつもの人影が走ってきていた。
「拳太! 無事!?」
声をかける望月に、魔力の使いすぎの影響かバテはじめているレベッカ、彼女を担ぐ幸助にその肩に乗るレネニア、並走して治療魔法をかけるアニエスが目に入った。
「やむを得まい……!!」
だが彼らが駆けつけるよりも早く風蒼は地面に降り立ち、その左腕を不定の液状に変化させながらそこら中に撒き散らしていく
「!! 止まれッ!」
レネニアの一喝に一同が足を止めると同時、触手のように形を変えた液体が鼻先を掠めて壁に激突する
「足止めを頼んだぞッ!」
それだけを叫ぶと、どうなっているのかを確認することもなく風蒼は足を拳太へと向け、懐から一本の短剣を引き抜いた。
「多少予定は狂ったが……貴様の敗北は変わらないぞ、遠藤拳太!」
「どうかな……あいつらを舐めるんじゃねーぜ!!」
心強い味方の存在に、知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。
仕切り直しのように拳太は拳を握りしめ、向かってくる敵を見据える、ブラックオークは先程の衝撃に完全に沈黙し、間鷺と言う男もレベッカ達の方へ向かっている
相手は一人で、人間、ならば勝機はある
そう心を持ち直した拳太に、風蒼は左腕を構えながら突っ込んでいった。