第七話 エゴイスト達
「すごいですすごいです! ケンタ様カッコよかったです!」
「そいつはどーもよ」
拳太が戻るとはしゃいだ様子のバニエットが拳太に向かって駆け寄って来る、彼女は走りの勢いに任せて拳太に飛び付く、拳太は多少仰け反りはしたものの問題なくバニエットを抱き締める。
「う、うぐ…………」
仕方がないと思いながらも本人も気づかない内に満更ではない表情でバニエットを撫でていると意識を回復させたらしい幸助が立ち上がる
「……バニィ、下がりな」
「は、はい……」
拳太はすぐに顔つきを戦うときの物に変え、バニエットを庇う様に前へ出る、幸助は拳太の電撃でボロボロになった自分の体に鞭打って立ち上がり、あらんかぎりの力で武器を構える
「やめとけ、加減が効かねぇ攻撃なんだ。次食らうと死ぬぜ? 多分な」
だが、拳太の忠告も聞き入れずに幸助は立ち上がる、彼の体は、もうボロボロに傷ついているはずなのに、立ち上がるだけでも精一杯のはずなのに
「僕は……負けない、お前の様な奴に……! その子を……!」
それは、きっとバニエットのためだ。
例え勘違いだったとしても、会ったばかりの一人の少女のために彼は立っているのだ。
幸助の様子を見て、拳太は少し彼への評価を修正した。
「なかなかタフな正義感だな、けど無駄だぜ」
そう、彼の正義感は無意味だ。
拳太は別に、彼の正義感そのものが無意味だと言っている訳ではない、理由は単純、『拳太は何も悪くない』
バニエットとは確かに奴隷と主人という決して対等な関係ではない
しかし、そんなもの関係なしに彼らの間には確かな絆ができはじめている、それはただ単純に拳太がバニエットを押さえつけるだけでは決してできるものではない
拳太とバニエットを見たばかりの幸助に言うのは酷なことかもしれないが、彼は早とちりせずもっと様子を見たりするべきだった。
自分だけの判断で決めつけた正義はあまりにも醜い、そうなれば意志の強さ関係なしにその正義はただの『エゴ』になってしまう
「ま、テメーの正義感自体は誉めてやる、次があったら人の話をちゃんと聞くんだな」
拳太は再び幸助を気絶させようと手心を加えた拳を振り上げる、しかし拳太の前に四人の人物が立ちはだかる、花崎大樹と彼の想い人だ。
「拳太! これ以上お前の好きにはさせないぞ!」
端正な顔つきの男が拳太へと確かな意志をもって前へ出て
「大人しくその子を解放して降参しなさい」
赤い髪の少女が睨み付ける様に拳太を見据え
「あの、拳太さん……今ならまだ間に合いますよ?」
長い髪の少女はオドオドとしつつも呼び掛け
「突っ張るのは結構やけど、これ以上やるってんならウチが相手になるで!」
口元に笑みを浮かべた関西弁の少女が、その手に持った弓を拳太に向ける
彼らは次々と拳太に言葉を投げる、その瞳には『悪は許さない』とありありと語っている、だが、それだけだ。彼らはただ漠然とした正義感で拳太の前に立ちはだかっている
それが、遠藤拳太は許せない
彼はふつふつと湧いてきた怒りを飲み込みながら口を開く
「ハァ……お前ら漫画のヒーローみてぇにクドクドクドクド……自分が常に正しいと思ってんのか? 自分で言うのもなんだけどよぉ、オレとバニィの様子見てまだそんなこと言うのか?」
「どーせ適当な事言うて騙してんねんやろ?」
「拳太さんが優しいとは……思えないです。」
決めつけ、自分の都合の悪い部分は自分の思い込みで片付ける、拳太は、怒りを段々押さえられなくなる、心が叫ぶ
――――――こんなやつが居るからオレは地獄を味わった!
――――――こんなやつが居るから皆オレから離れて行った!
――――――こんなやつが居るから…………アイツは死んだんだ!
「いい加減にして下さい!」
バニエットの声が闘技場に響く、その大きくも頼りない声に拳太はハッと我に返った。
「ケンタ様は酷い人じゃありません! 騙してなんかいません!」
気付けば、いつの間にかバニエットは拳太と花崎達の間に立ちふさがって大声を上げていた。
その様子が面白く無いのか、闘技場に来ている観衆達は皆して顔をしかめている
「それが間違いなんだよ、いいかい? 拳太は――」
「出鱈目を言わないで! だって……だってケンタ様は!」
花崎の言葉を遮ってバニエットは続けて言葉を紡ぐ、しかしそれでも花崎達が怖いのか目には涙が浮かんでいるし、その両足も絶え間なく震えていた。
だが、バニエットはその場から退かない
「私を買って、あの暗くて寒い場所から出してくれました!」
それは、拳太にとってはただの偶然、たまたま望月の言葉が思い出された影響で、たまたま奴隷を買う気になって、それがたまたまバニエットであっただけの話
「今まで買ってきた人たちと違って暴力だって振るいませんでした!」
それは、面倒だっただけだから、拳太にはバニエットを殴る理由など一つも持ち合わせておらず、人を殴って楽しむ趣味も無かったからやらなかった。
拳太でなくとも誰だってそうする、自分の疲労を嫌うごく当然の理由
「お腹が空いて、ご飯を沢山食べ過ぎても怒りませんでした!」
それは、元々は自分の金ではなかったから、人目もあったし、それに関しては途中から気付いて安物のスープしか食べさせなかった。
「怖い時は一緒に寝てくれましたし、服も買ってくれました! たくさん、たくさん、優しくしてくれたんです!」
偶然、全て偶然だ。
その全ての行動理由は気まぐれであり、常識であり、誰にでもあったかもしれない当然の事、拳太である必要は無いし、バニエットである必要も無い
――だが、バニエットはそれでも退かない
「それ以上ケンタ様をいじめるのなら……」
バニエットは拳太を庇う様に両手を広げ大樹との間に割って入る――その小さな体で
バニエットは震える体を押さえて、涙を目に溜めながらもとどまっている――まだ幼い心で
「私、戦います!」
バニエットは決して離れない――拳太との約束の為に
何故なら、拳太である必要が無くても、バニエットである必要が無くても、そうなったのは二人だから
例え偶然の重なりあいだったのだとしても、二人の間にあったあの暖かい時間は、変わりのない、代わりのない事実だから
そんなバニエットを見て、拳太は小さく鼻で笑って自嘲する
バカな奴だ、と拳太は思った。それは好いている訳でもなく、特別扱いした訳でもないのに拳太を一途に思うバニエットに向けてなのか、それともそう考えながらバニエットの身を案じている自身に向けたものなのか
「何やってんだか……オレはよ」
――――――『拳太くんは、優しいままでいてね……』
かつて言われた言葉を思い出す。とても大切だった人の言葉
これは自分のエゴだ。と拳太はこれから自分が行おうとする行動を省みて思った。
あの約束はもう破ってしまったし、今さらバニエットを助けたってかつて彼が犯した罪が精算される訳でもない
だけど、拳太はもう、大事な者、これから大事になる者、もう誰も失いたく無かった。
「じゃあ、君は少し大人しくしててね、大丈夫、すぐ終わるから」
「い、いや! 離して!」
大樹はバニエットを押さえ、連れていこうとする
自分だけのエゴに染まった、己の悪を自覚しないその手で
そんな事、遠藤拳太は許さない、彼は動く
「おい―――」
「―――なっ」
ゴッ! と皮と骨が擦れる音が響く、大樹が反応するより速く拳太の拳が突き刺さる、大樹は体を半回転して地面に倒れる
「ベタなセリフだけどよ……言わせて貰うぜ」
拳太は顔を上げた。その眼には諦念や無気力な色は消え、今、目の前の未来を掴もうとする、拙いながらも眩しく輝く一人の少年の光が宿っていた。
「汚ねー手で、そいつに触るんじゃねぇぜ! このエゴ野郎!」
拳太の雰囲気は完全に変わっていた。
―――――今、確実に、彼の物語は進み始めた―――――