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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第十一章 新月下の刃
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第六十五話 完封戦法

「貴様……自分が何をしているのか、分かってるのか!?」


「目的のために力を求めた。当然の事だろう?」


声を荒げるレネニアにも全く感情を動かす素振りを見せずに風蒼と呼ばれた男は答える

彼は勇者の証明でもある白い制服を隠すように裾が赤黒く染まっている深緑のコートを纏っている、その為腕は手ぐらいしか見えなかったが、彼の造魔の腕を表すにはそれだけで十分すぎた。


「全く、クールすぎるよ風蒼くん、折角有名人に会ったんだからもう少しにこやかにしないかい?」


彼の影から抜け出すようにして現れたのは、彼とは対照的にこれといって特徴のない男だった。

背も平均、筋肉も無く、特別顔が印象的でもない、服を変えてしまえばそこら辺の町人と言われても全くの違和感を感じさせない出で立ちの男である


「ふん、馴れ馴れしくするな間鷺(まさぎ)、俺はお前を信用してない」


「やだなーもう、さっきは少し乗ってくれたくせに……」


だが彼は終始笑顔だった、それは現れたときも、風蒼に睨まれたときにも変わらずに口許を歪め続けているその事も相まって、彼は見た目とは裏腹に不気味な存在感を放っていた。


「さて、無愛想な風蒼くんは置いておいて……こんにちは! 僕は『間鷺真(まさぎ まこと)』、こっちのザ・ダサコートは『風蒼戒(ふそう かい)』、二人ともちょっと汚れ役の勇者をやってるんだ。よろしくね!」


見るだけならば満点の明るい自己紹介を終えた間鷺は、反応を期待するかのような眼差しで拳太達の方へと向き直る、ぞっとした顔色をしたまま固まっている彼らに満足したのか、口許の歪みを軋ませた。


「さてと、僕達のお仕事は例によってそこの不良くん何だけど……ちょっとゴメンよ!」


不意に間鷺は懐に手を伸ばし、中から一つの玉を取り出す。手榴弾かと警戒して身構える一同を尻目に、間鷺はそのまま地面に叩きつける、瞬間、中から土煙が鬱蒼と彼らを差別無く覆い尽くす。


「ゲホッ! ゲホッ! あ、あいつらどこに――」


思わず目を細め、両腕で庇った顔の隙間からの視界、拳太はそこから左腕を振りかぶる風蒼の姿を捉える


「――くっ!」


拳太はすぐさま『電磁装甲マグネット・コーティング』を一部展開させて庇った腕をガードに使う、拳太の予想通りに風蒼の魔物の一撃が叩き込まれ


「――なっ!?」


その一撃の重さを理解した時と同時、拳太はそのまま急激に移り変わる視界に頭を揺らされながら吹っ飛ばされた。


「がっ!?」


「拳太!」


「おっと、悪いけど僕と付き合ってもらうよ!」


派手に煙幕から投げ出される拳太に望月がすぐさま追いかけようとするが、その前に間鷺が地面に手をつき、彼らの足元から一つの魔方陣が浮かび上がり、その円に合わせた半透明のドームが形成される


「これは……防護魔法!?」


「僕達を閉じ込める気か!!」


「ご名答、邪魔はしてほしく無いんだよねぇ~僕たちとしてはさぁ」


挑発するように大袈裟に両腕を広げる間鷺、狭い防護魔法の範囲内では逃げ場は無く、数の上で圧倒的に不利だというのに、それでも笑みは相変わらずであった。


「どうする……あの様子じゃ無策って訳じゃなさそうね」


「でも、速くケンタさんを助けに行った方がいいのです」


彼らは身を寄せあって会話を悟られぬように耳打ちする、望月とアニエスが焦った様子で呟くが、レネニアは彼女らを諌めるように首を振った。


「相手がどんな攻撃をするか分からない以上、迂闊に突っ込むのは遠慮したい……時間さえ稼げば、私が魔力を分析すれば解除できる」


「でも、その間に拳太が無事な保証は無いでしょ!? ボクは行くよ」


「レベッカの意見に賛成だ。僕と君の魔法は似通っている……連携攻撃で行くぞ」


幸助は地面を踏みしめると砂利の擦れる音と共に剣を引き抜き、開いた鎖から更に、切れ込みから刃を新たに展開させていく、レベッカも周囲の塵を巻き上げながらレイピアに風を纏わせて何時でも飛ばせるようにしていた。


「やる気? やめたほうがいいよ、僕とじゃ勝負にならない」


一切の得物を持たず、構える様子すら見せずに明るく言い放つ間鷺の、今度はれっきとした挑発


「ふ、二人とも待て!」


二人はレネニアの制止さえも気に留めずに攻撃した。

鎖が、剣が左右正面から間鷺の元へと殺到する


「『縛られし蛇(チェーン・スネーク)』!」

「『見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』!」


鉄と風の暴力は、なんの障害もなく突き進んでいって、そして――





「……痛つつ、派手にやりやがって」


壁に座り込むように埋め込まれている拳太は、ほんの数瞬の間、目眩のような感覚に蝕まれていたが、やがて意識が回復すると立ち上がって地面へと着地、服についた砂や埃を払い落としながら周囲を見渡す。


「あの崖の下か? 厄介な場所だな……」


「随分と呑気なものだな、遠藤拳太」


上から響いてくる声に拳太はすぐさま構えながら振り向く、そこには左手に笛を握った風蒼が立っており、拳太を冷たく見下していた。


「テメーこそ、こんなときに演奏会か?」


「ふん……俺がわざわざただの笛を持ってくるはずもない、まぁ見ていろ」


そう言って笛に口をつけて風蒼が軽く息を吹き込む、笛が音を発することはなかったが、それと同時に左右の通路側から二体の魔物が呼び寄せられるように重たい足音を立てながら出て来る、その姿を確認した拳太は一気に己の体から血の気が引くのを感じた。


「マジかよ……こいつらは!」


「そうだ、この魔脈に生息し、そして最も貴様に有効な魔物……」


その魔物は黒い体表を纏った人形で、局部を隠す腰巻きのみを身に付けており、大きな鼻に、鋭い牙、そして与えられたのか金属製のハンマーと、何より特徴的だったのは生半可な打撃など弾き返すようなとても分厚い脂肪だった。


「雷耐性に特化したブラックオークだ。精々足掻け」


『プギョオオオオオオ!!』


相性最悪、勝ち目はない、会ったら逃げろとレネニアに散々教え込まれ、記憶に植え付けられた豚の怪物が、拳太めがけて同時に突進してくる


前後左右、逃げられる場所は、どこにも無い


「くっ……そおおおお!?」


せめて早く援軍が来ることを期待して、懐から取り出したナイフと『電磁装甲マグネット・コーティング』を展開させた。

何度もちらつく最悪の未来を振り払うように、拳太もまた地を蹴って加速する





「ぎゃあああ!?」


「はっ?」


思わずその声を出したのは幸助だった。

てっきり何かしらの対応はされるものだと身構えていた幸助達だったが、意外なほどにすんなりと間鷺へと直撃した。

あっさりしすぎて、逆に手応えが無いほどである


「……何も起きない?」


ぶっ飛ばされて倒れ伏す間鷺に、しばらく警戒の視線を投げ掛けていたレベッカは、何もないことを知るとレイピアを鞘の中に納めた。

漠然としないが、もう敵に立ち上がる気配はない、勝利したと言ってもいいだろう


「……レネニア、解析急いで」


「あ、ああ……」


レネニアの止まっている手を目撃した望月は、釈然としないながらも魔力を分析しようと再び作業を開始する

レネニアもレネニアで思うことがあるのか、その手は少し遅れていた


「……とりあえず、治療して縛っておきますか?」


「それがいいでしょうね、死なれても困るし……」


血の水溜まりを作っている間鷺の姿を見て杖を握りしめるアニエスに、望月が拍子抜けだと言わんばかりにため息をはく、確認を終えたアニエスは縄を取り出そうとして


「えぇ~初登場の敵さんには活躍させてくれないと酷いんだぜ? ましてや僕、モブじゃなくて勇者なんだし」


と、そこに、場の雰囲気に不釣り合いな口調が捩じ込まれてくる、言葉を発した本人は何事もなかったかのように、へらへらと笑っている


「――!?」


その様子を見た者達は、あるものは戦慄し、あるものは混乱し、あるものは思考が白くなり、あるものは青ざめ、そしてそれを見つめた者は愉快に、愉悦に染まっていた。


「おいおい、そんな幽霊に会ったような顔をしないでくれよ! この通り、ピンピンしてるだろ?」


「そ、そんな……さっき確かに、『見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』が完全に入ったはず……! 立ち上がれる傷じゃない!」


「そこを立ち上がってこそ、勇者ってもんじゃないか、まぁ魔族なんかにゃ分かんないかなこの美学?」


驚くレベッカを一笑に嘲ける間鷺、だがレベッカにはそれに怒るだけの気力も余裕もかき消されていた。

だが彼の様子を観察していたレネニアが静かに口を開く


「出鱈目を言うな、貴様、ダメージなど……いや、服の傷、血の痕すら()()()()()()()()()()ではないか」


その指摘に間鷺は呆けた顔をした後、面白そうに肩を竦める、彼女の言う通り、彼の姿は先程と同じものへと巻き戻っていた。


「ありゃりゃ、ばれちった……流石、立ち直りが早いね、年の功ってやつ?」


「ふん、そのスキル……おぞましい貴様にはお似合いだな」


吐き捨てるような表情をする彼女に大満足と言わんばかりに彼の笑みはいよいよ最高潮を迎える、そこに笑顔本来の明るさや爽やかさなど微塵もなく、見るもの全てをドロドロの不快感に陥れる粘着質なものだった。


「そう……『やり直したい、無かったことにしたい』と言った思いの集大成とも言えるスキル『現実逃避(エスケイプス)』! 効果は、さっき見せた通りだよーん」


手品師の種明かしの如く言いきる間鷺に一同は動揺を隠せない、彼の笑みも手伝って全員の全身から嫌な汗が吹き出ていた。


「それじゃあ……あいつを倒すのって……!」


「だから、言ったろ? 僕とじゃ勝負にならない」


彼は笑う、嗤う、楽しそうに、愉しそうに、ピエロよりも滑稽に笑う


「だって、勝負することすら成立しないんだもん」


誰よりも弱かったが故に、誰よりも『勝てなくなった』勇者らしからぬ勇者、それが間鷺真だった。

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