第六十四話 ヒルブの闇
馬車を進ませ続けて暫く、馬も2日間ぶっ続けで歩き続けた影響か疲労の色が濃く、緊急の事態を考慮した結果休むことにした。
「ここなら奇襲も受けないし、体を休めることができるだろう、一応言っておくが、崖の方には近寄るなよ、ここでは何が起こるか分からん」
「ケンター! 見てみて! たくさん魔石があるよ!」
ある程度開けた場所で休憩を取っている中、レベッカは目の色を変えてあちこちを駆けずり回り、時々屈み込んではその両手一杯にただの石ころに見えるものから宝石のように色とりどりの光を放つ結晶を取っては荷物に詰めていた。
「おい、あんまり遠く行くなよ、あと採るのもほんの少しにしやがれ」
「えー? 大丈夫だって! これくらい!」
「ふざけんな、以前同じ事言って遭難したこと、忘れたとは言わせねーぜ?」
「うっ……」
拳太の容赦の無い指摘にレベッカは言葉をつまらせる、それが確固とした事実な上、もう少しで食料も尽きかけた経緯もあるので拳太に譲る気はない、そんな拳太の心情など露知らずレベッカは何か説得の材料は無いものかと左右に視線を逸らしてあたふたと手を動かす。
「……あっ、ケンタ! こんなのなんてどうかな!?」
そこでレベッカは中でも力強い赤の輝きを持つ指の先ほどはある一つの魔石を拳太の眼前に持っていく
露骨な話題そらしと分かっていながらも頭ごなしに否定するのも哀れに思った拳太はため息を吐きながら彼女の話題に一端は合わせようと口を開く
「何がだ? 宝石には見えるが、別に売り払う宛なんてねーぞ?」
「もう! ボクがただの石を持ってくるわけないでしょ! ちょっと見ててね……」
レベッカに言われた通り魔石を見つめていると、彼女が石に魔力を通したのか段々と輝きは増していき、その光は炎の形をたどっていく、その危うさを感じる明かりに、拳太は漠然と嫌な予感を抱いた。
「お、オイオイ……」
「………………うん、そろそろだね、そぉ―れ!!」
気合いの入った掛け声と共にレベッカの腕が振るわれ、彼女の手から放射線を描いて赤い魔石が離れていく
そして地面に着くと同時に、空気の破裂する音と共に魔石は爆風と化し、周囲の草花を消し飛ばし、後には黒ずんだ土と細い煙のみが残っていた。
「……これが『爆魔石』! 火の元から手頃な武器に――」
「ふざけんな! とんでもねー危険物じゃねぇか!!」
爆音と拳太の怒号を聞き付けて何事かと仲間達がぞろぞろと集まる、レベッカの胸ぐらを掴み上げる拳太と魔石を片手に揺さぶられる彼女を見て大体何をしたのかを察したのか、呆れの表情を一斉に向ける、アニエスでさえ遭難の被害者になったせいなのか責めるようなじっとりとした目をしていた。
「……レベッカさん、私も流石に怒るのですよ?」
「ふぅ……全く、君は問題を起こすのが趣味なのかい?」
「お前には言われたくないよこのロリコンホモ男!」
嫌味ったらしくため息を吐く幸助が癪に触ったのか、威嚇する犬のように噛みついてくるレベッカ、その剣幕に一瞬呆気にとられたがすぐに眉を寄せて表情を変えた。
「ロリコンはともかくホモ男は撤回してもらおうかッ!」
「ロリコンはいいんだ……」
「事実だろう?」
もう隠す必要もあるまいと言わんばかりの毅然とした態度の幸助に望月が覚めた目線をやって頭を抑える、そんな彼らの様子を今まで静観していたレネニアが立ち上がる
「君たち、遠足に来てるんじゃないんだ。少しはしゃぎすぎ――」
とそこまで言った時、何かに気づいたのかはっと己の口にした言葉を反復するように顎に手をやって思案に耽る
「どうしたのですか?」
「……妙じゃないか?」
レネニアはキョロキョロと辺りを見渡し、依然洞窟が静寂を保っている事を確認した後、声を潜めて一同に話す。
「こんなに騒いで……いや、ここまで来て未だ魔物と遭遇しないなんて、まるで――」
「――待ち伏せされてるみたいだ、か? 残念ながら正解だ」
タイミングを計ったかのような第三者の言葉が割り込まれると同時に、挨拶代わりと言わんばかりに、遠目からでも大岩ほどもある炎の球がうねりを上げて飛び込んでくる
「――!?」
「テメーら、伏せろっ!」
どんどんと光と熱が迫り、避けることも叶わない中で、拳太が咄嗟に弾かれるように前に飛び出して、その腕を突き出した。
すると炎と指先が触れあった途端、炎は瞬く間もなく散らされ、僅かな火の粉と余熱が彼の横を通り抜ける
「やはり魔法は効かないか……面倒な相手になったな」
「でも、どーせ風蒼くんの事だから対策してるんだろー?」
暗闇となっている洞窟の奥、低い男の声と調子の軽い男の声が流れてくる熱風に乗って拳太達の鼓膜を刺激する
そして、やがて静かな光に照らされて表された敵の姿に、拳太達は戦慄した。
「ああ、俺の敵じゃない」
「なっ……テメー、そりゃ、まさか……」
動揺が口を突いて出、拳太は意味のなさない言葉を紡ぐ、次いでレネニアが間接部が軋むくらいに歯を食い縛ると苦しげな様子で呟いた。
「体の……魔物化……造魔!」
新たに表れた白い制服の二人の勇者、その一人の左腕は、ゼリーのような透明感のある肉質なものに成り果てていた。