第六十三話 最短ルートへ
前章のあらすじ
バニエットとの別れを済ませ、再びアドルグアに戻った一行、『第二次勇者召喚計画』の阻止のために対策を練ろうとした矢先、魔将を名乗る一人の魔族によって国が荒らされてしまう
駆けつけた拳太達が辛うじて撃退するも、続けて狂気に飲まれた花崎大樹の襲撃に苦戦する
仲間を危険にさらしてまでゴーレム化した花崎を、ベルグゥが身を危険にまで晒して危機を打破、彼の過去を知り、拳太達はついにヒルブ王国へ乗り込もうとしていた。
二日後、旅立ちの準備を終えた拳太達は馬車に集まって今後の方針を定めるべく、木製の床の上に地図を広げていた。
アドルグア自然国からヒルブ王国までのルートが何本かの線によって表されている
「まず、通常の街道を使った……つまり、これまでの旅路を逆戻りするルートだけど、ここは止めておいた方がいいと僕は思う、『第二次勇者召喚』まであと三週間と時間がないし、多数の敵が待ち伏せているハズだからだ」
幸助はそう言って一番太い線に斜線を引く、途中色々あったが、役二ヶ月ほどかけての道のりではとても間に合わないだろう、どれだけ短縮しても一ヶ月以上縮める事はできない
「じゃあ……直線的にヒルブ王国に行くの? 魔脈が近くて魔物も強力なのに?」
レベッカもまた一つの線に斜線を引く、魔物は通常、魔力の多い場所であるほど発生しやすく、また溜め込む魔力が多ければより強力なものが生まれることから魔脈の近くなどは近寄れない、しかしヒルブ王国とアドルグア自然国に限らず、この世界の国境の大半は魔脈によって分けられている
「じゃあ、転移石で一気に移動してしまうのはどうなのです? もしかしたらケンタさんにも作用するかも知れませんし……」
アニエスが点と点による移動法を提案するが、望月が静かに首を横に振った。
「作用しなかった時、ここに拳太を一人置いていってしまうわ、勇者に狙われる危険性や確実に計画を止めるには拳太のスキルが必要であることを考えると承諾しかねるわね……」
「……では、もうここしかないな」
そこに、レネニアが地図のある一点を指差す、そこは先程レベッカが斜線を引いた少し上の魔脈の上、国境に広がる山の一部だった。
「ここに何かあるの?」
「ここには向こう側……つまりヒルブ王国に通じる地下洞窟がある、そこそこの広さもあるし、障害物の多いここなら魔物との戦闘を極力避けて行けるだろう」
「けど、魔脈の上なんだろ? 万が一魔物との戦闘になる可能性だってある以上、あまり強いのはゴメンだぜ」
拳太のもっともな言葉にも、レネニアは問題ないとでも言うように変わった様子はなく言葉を続けていく
「洞窟中に自生した大量の植物のお陰で空気中の魔力密度も比較的薄いし、外から入ってくるのを除けば強い魔物は発生しないハズだ」
「成る程な……それに魔物の頻発する場所なら勇者の襲撃も考えにくいだろうぜ」
「ああ、並外れた実力の勇者でも強力な魔物との連続戦闘は避けたいだろう」
そこまで話したところで羽のペンを動かして改めて地図に線を引き、細かい通り道も決めて書いていき歪なルートが出来上がっていく
「これが、考えうる最短ルートか……」
「このルートで留意するべき事は、さっき言った魔物達の脅威、そしてヒルブ王国に潜入した後の動向だ、君は協力者がいると話していたが、その物達とはどこで合流する予定なのだ?」
レネニアが幸助に問いかけ、他の者達も同じように顔を幸助と望月の方へと向ける、二人が視線を交わしたあと、幸助が口を開いた。
「第二次勇者召喚計画は幸い、王都から離れた『風見の塔』で行われる予定らしいです、恐らく最初から造魔にする人材ですから、人目につくのは避けたかったのでしょう」
幸助達の出した結論に全員が頷いた後、本題へと移るために今度は望月が地図に指差しながら話し始めた。
「協力者はその少し北に行った、周囲に広大な湖を持つ離島……万年雪の降る『コロージ島』に向かう予定です」
「よし、ヒルブ王国からのルートも大幅に絞って…………これで完成だ」
「じゃあ……テメーら、腹は括ったか?」
拳太が馬車全体を見渡すように呟くと、それに応えて各々が首を縦に振った。
◇
「ここが魔脈か……なんか嫌な場所だな、空気が陰湿だぜ」
「えっ? そうかな……なんだか元気が出てくるし、何よりいい魔石が採れるからボクは好きなんだけど……」
「魔石で得をするのはレベッカさんだけだと思うのですよ……」
準備を終え、一部の人に挨拶だけを行ってそそくさと出発してから早二日、途中勇者の妨害を警戒していたが、特に襲撃されるような事もなく、軽口を叩ける程に心に余裕が生まれてきていた。
「レネニアさん、周囲はどうです?」
「……周囲の魔力が濃くて少し分かりづらいが……不審なものは見当たらなかったぞ」
現在は山道を通り、地下洞窟の入口に向かって馬車を走らせている、御者はベルグゥの代りに望月が務めており、道案内のレネニアと共に周囲の警戒に当たっている
魔力の影響か、やや紫の入った夕暮れ時のような重たい鉛の雲が空を埋めつくし、目に映る視界も瞼を重くさせる様なものと化していた。
「……! こっちへと風が吹き続けているわ」
「なら、もうすぐだな」
手に出したシャボン玉の振動から風の流れを読み取っていた望月はレネニアの指示と併せて馬を走らせ、遂に洞窟への入口へとたどり着いた。
「よし……前日確認した通り、ここから先は地形も相まって魔物との遭遇率が格段に上がる、隠れられる場所は多いが、それは魔物も同じこと……つまり奇襲を受けやすい、更に言えば勇者が来る可能性も捨て切れない」
レネニアがそう言って一同を見渡すと、全員が何時でも戦えるようにと、各々の得物を固く握りしめた。
緊張が強いのか、冷や汗を掻いている者もいる
「いいか、なるべく先手を取られるな、そして逃げに徹するんだ……ここでは戦いが長引けば長引くほど死ぬと思え」
最後の確認に全員が深く同意したのを見届けたレネニアは再び振り返って望月に指示を出す。
彼女はレネニアの指示を受け取りながらなるべく音を立てないように洞窟中に入っていく
まるで巨大な魔物の口のような場所へと入っていく一同を、一人の男が見ていた。
「待っていろ……セルピー」
◇
「……まだ抜けられねーか?」
「少年、その質問は五回目だ。まだ一時間も経ってないぞ……」
「そうだったな……すまねぇ」
暗く、先の見えない洞窟を馬車が通り抜けている、道を確保するために馬車には松明が付けられているが、それでも速度を出して走るには心もとない、安心どころかむしろ松明を付けたことによる奇襲を心配しなくてはならなかった。
「くそっ……このままだとおかしくなっちまいそうだぜ」
以前レベッカと共に挑んだ洞窟では殆ど一本道であった上、出てくる魔物の知識とその対処法も出来ていたために落ち着きをもって進むことができたが、今回は話が別である
レネニアから気候や空気中の魔力の密度からある程度出現するであろう魔物を絞ってはいるが確実ではない、ましてや強力な魔物ばかりが出る魔脈付近ともなれば倒せないものも多い
「ケンタさん……私たちが側にいるのです、だから安心してください」
「アニエス……」
いつの間にかそうなっていたのか、震える手の上にアニエスの小さな手が添えられる、彼女も同じく震えを残していたが、触れた手のひらから伝わる暖かさに拳太は平静さを取り戻したようで、感謝を表すように彼女の手を握り返した。
「ありがとな、もう大丈夫だ」
「……すまない、実は僕も少し怖くてね」
「いや、みんな怖いのは当たり前でしょ、ボクなんてケンタに会う前にお腹貫かれたし」
その様子を見た幸助の下心など露知らずにレベッカは企みをぶち壊しにする発言を放つ、幸助に微妙な視線を注がれているのにも気づかずにレベッカは己の得物であるレイピアの手入れを始めた。
「そういや……テメーらは落ち着いているように見えるが……大丈夫なのか?」
自分と違い、目に見えた動揺が無い事に疑問を感じた拳太は眼前の二人、そして馬車の外にいる望月にも問いかけた。
「まぁ……僕と巴は魔物との戦闘経験が多いからね、似たような状況も経験したし、少しは慣れたさ」
「魔国の貴族なんて社会の構造上、下手をすればそこらの平民よりも死にやすいからね、今更怖じ気づいても仕方ないよ」
「……そうだよな」
現代よりも圧倒的に近しい存在となった『死』に向き合う覚悟など、とっくにできてあることを伺わせる瞳を見て拳太は己の未熟さを痛感する、彼らと違い、拳太は今でも死を覚悟できている訳ではない、何時だって命含めた大切なものを失いたくないからがむしゃらに戦っていただけだ。
そこに信念も強い意志も存在しない
「……よし、そろそろこの暗闇から抜けられるぞ」
「ん……魔物の奇襲は無いようね……」
レネニアと望月の呼び掛けに反応して、一同は馬車から顔を出し、暗闇を穿つ一点の光に目を細める、やがてその光が視界一杯に広がり、次に目が慣れ始めた時、映る光景に思わず息を飲んだ。
「わぁ……きれいなのです」
「こいつは……中々だな」
地に生えた植物と所々から突出した結晶が藍色の空間を作り出しており、そこら中を漂う光の粒子が幻想的な雰囲気を醸し出している
「見とれるのはいいが、今は目的地を目指すぞ」
戒めるレネニアの言葉に反応して、馬が嘶いて再び歩を進めた。