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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第十章 魔族襲来、獣人は英雄を見るか
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第六十二話 正義と英雄

今回で第十章完了です

「ぐ、うう……」


「……目ぇ覚めたか?」


木目とくり抜かれた窓から日の光が差し込むグリーン・ネプチューンの樹の一室、その王宮の大樹の一室で花崎大樹はゆったりと意識を浮上させていく

眼前に拳太の顔があってもしばらくはぼんやりしていたが、やがて意識が明確になったのか顔色を変えて立ち上がろうとする


「うっ……!」


「まぁ落ち着け、こっちだってもう手荒なマネはしたくねーんだよ……疲れてるしな」


だが、手首や足首に絡んだ鈍い光を放つ頑丈な金属製の楔がそれを押し止めた。

花崎は忌々しげにそれを眺めた後、拳太に射殺さんばかりの視線を投げ掛ける


「今更俺に何の用だ、悪魔め!」


己の自由を奪われてなお、花崎はその意思を曲げることなく拳太にぶつけている、彼の心を一度へし折った反動か、その強さは輝く刃のようにより精強な物へと変貌させていた。


「……オレも回りくどいのは嫌いだ。だから核心から言わせてもらう」


そのような花崎の様子を見て呆れたのか、それとも一周回って感心したのか拳太は軽く肩を竦めるとそれを戻すと共に大きなため息をつく、面倒臭げに耳を掻くと花崎の方へと顔を寄せた。



「お前、()()っからオレを殺る気ねーだろ?」


「――なっ」



単純明快に出された拳太の一言に花崎は凍りついたかのようにその動きを止める、瞳だけが拳太を追う中、なんとか頭部の硬直は解けた花崎は先程までとは明らかに違った様子で捲し立て始めた。


「な、何をいってるんだ。俺は――」


「根拠ならいくらでも言えるぜ、何なら丁寧に説明してやろうか?」


だがその言葉を勢いごと封じ込んだ拳太は言い聞かせるように人差し指を立て、それを花崎の眼前にまで突きつけてくる


「『完全な不意打ちはしなかった』とか、『途中で自分だけで向かってきた』とか色々あるが、一番気になるのはこれだ。『なぜ本気で攻撃しない』?」


それは戦った拳太が、いや戦った拳太だけが気づく事ができた確かな事実であった。

確かに花崎の放った攻撃の全ては人間が食らえば致命的な一撃になるような威力を持っていた。

だが、その殆どは手足に狙いを絞られており、決して死ぬような位置へ攻撃が飛んでくることは殆んど無く、あったとしてもダメージにならない流れ弾か、攻撃の際に明らかな予備動作をしたり、鈍い動きでの戦闘を行っていたのだ。


「あの状態で長引けば、仲間でも自分でもタダじゃ済まねーはずだぜ、それが分からねぇテメーじゃねぇだろう?」


その言葉に返ってくる反応は無く、花崎はただただ拳太から目を逸らして下を俯いただけだった。


「テメーも本当は分かってんだろ?」


だがそんな状態の花崎を気に掛けることもなく拳太はその口から言葉を続けていく、幸助と違って、拳太は指摘の言葉を浴びせることには容赦しない


「少なくとも今、自分が戦うべきなのはオレじゃないって事をよ」


「お、俺は……」


花崎は何かを言おうとしていた。それが反論であることは明白だが、言い返す物が何一つ思い浮かばなかったのか、数回口を動かしただけで終わってしまった。


「でも、俺は……どう、受け止めたらいいんだ」


替わりに出たのは自らを正当化する物ではなく、自らに問いかけるような呟き、拳太は何も言わずに見ているだけだったが、一度蓋をした思いを解いた花崎はそんなこともお構い無しに喋り続ける


「ああ、本当はずっと前に気づいていたさ……気づかないはず無いだろっ、誰にも迷惑かけてない魔物の討伐だって、ただ素材のためだと言われて乱獲したし、女子供も関係無しに獣人の人々をヒルブ王国から追い払ったりした。他にも特に悪人に見えなかった人とかを家族共々投獄した事も……」


「酷ぇもんだな、結局テメー自身が正義じゃねーじゃねぇか」


「それでも俺はっ、信じたかった……仲間だと思ってた奴を信じたかったんだ……ッ!」


拳太の一言に何も言い返せず、言い訳のような言葉しかでない悔しさか、俯いた花崎から数滴の雫がかけられた毛布へと吸い寄せられた。

静かに涙を流し続ける花崎を見かねたのか、それとも最初から言うつもりだったのか、呆れたように頭を掻くと再び口を開いた。


「じゃあ信じればいい」


「え……?」


「信じればいいじゃねーか、そんなに大事な人ならよ」


「だけど……それじゃだめだ。人は正義で無きゃならない、それがない行動なんて……何の意味もない!!」


言葉が終わると同時に花崎の頬を衝撃が襲った。

思わず顔をのけぞらせた花崎が見たものは手のひらを振り切った拳太の姿、感じる痛みから平手打ちをされたのだと分かった花崎は、何故だがその一撃が今まで食らったどの拳よりも重く響いた。


「別にテメーがテメー自身を否定すんのは構わねー……だが、テメーが今までしてきた行動を否定するのは許さねぇ」


強い意思を持って拳太の瞳が花崎を見据える、その輝きにはまるで引力のように花崎の脳裏にまで届いていた。

逸らしたいはずの視線は、しかし意思に反して自分も真っ直ぐに見つめている


「不本意だがテメーの行動で救われた人間は確かにいる、それを間違った事なんて、絶対に言わせねぇ」


そう、そうでなければ、もし彼の行動は『誰のためにもならない』のなら、あの時の花崎に味方をする少女は誰一人としていなかった。

花崎は拳太によって世間からの信頼を落とされたはずなのに、そんなものは関係無いと彼女達は集ったのだ。


他の誰でもない、花崎大樹のために


「テメーが考えるべきなのは正義のためにだとか皆のためにだとか国のためにだとか世界のためにだとか、そんなことはどうでもいい、『テメーは何が守りたくて』、『テメーは何を信じたい』んだよ!」


その言葉に花崎は何かに気づいたように拳太を見上げる


(そうか、お前は――)


「……言いたいことはそれだけだ。後は勝手にしろ、その上でもう一度オレ達の敵になるんなら、今度こそ躊躇いはしねーぜ」


部屋を後にする拳太の後ろ姿を見ながら、花崎はただ、純粋に気づいたことを口に出していく


「ただ、必死なだけなんだな……」





「いいのかい拳太? 花崎を説得しないで……」


「ありゃあ他人にどうこう言われてどうにかなる奴じゃないと思うぜ、オレは」


部屋を出た先にいた幸助と並んで拳太は木目の太い廊下を歩いていく、時折覗く窓からは鳥たちが飛んでおり、空を自由に行ったり来たりしている

拳太はそれを横目に見ながら幸助に口を開いた。


「それで、ベルグゥの容態は?」


「一命は取り止めたみたいだ。でもしばらくは動けないって」


「戦線復帰は無理、か……キツくなっちまったな」


ベルグゥは活性化が終わった直後に血を吐いて倒れてしまい、慌ててこの王宮の治療室に運び込んだのだ。

レネニア曰く、話すにしてもベルグゥの許可が取りたいため今まで時間を取っていたため、なぜ倒れたのかはまだ分かっていない


「彼ほどのベテランを失ったのは痛いが……僕達には他にも仲間がいる、彼らと合流するといいだろう」


そしてとうとうベルグゥの眠る個室へとたどり着いた拳太達、そこは以前拳太が造魔に飲み込まれてしまった際に負った火傷を治療するのに使った部屋で、今は静まり返っていた。

彼らはゆっくりとノックをした後、レネニアの返事を聞いてドアを開けた。


「ああ、そこに腰掛けてくれ」


ベルグゥのベッドの横に置いてあるテーブルに居座る彼女に促され、拳太達はベルグゥのすぐ側の椅子二つに座る、葉っぱをクッション代わりにした椅子は落ち着かないのか拳太はしばらく頻りに体勢を変えたりしていた。


「さて、許可は貰ったものの何から話せばいいのか……」


やがて二人がレネニアに向き合った時に、彼女はそのような前置きの後、レネニアはベルグゥの事を初めからゆっくりと話し始めた。


「まず、彼は人間の冒険者だったんだ。今と違って無口なやつでな、彼のパーティーにはよく依頼をしたが、その時は無愛想なやつだと思っていたさ」


どうやらベルグゥはギルドに所属していた数ある冒険者の一人で、当時若手であった新人達の中でも抜きん出た実力を持っていたパーティーだった。

ベルグゥを含めた前衛の戦士が三人、魔法の火力担当が二人、回復及びサポート役二人とかなりバランスが取れていたらしい


「決して英雄のような輝かしい戦果を挙げてきたわけではないが、確実な仕事ぶりに彼らはどんどんと出世してな、新米時代からの付き合いだったから、私もそりゃあ喜んだものさ」


遂には国などの公的機関からの重要な仕事も何件か任されるほどの出世街道を歩み、一時期は正式な騎士として買収の話も持ち上がる事もあったが、それは断ったらしい。


「……そして、私とベルグゥが主従関係を結ぶに至る事件が起こった」


そこから先は、レネニアは神妙な顔をして二人に語り始めた。

その様子に無意識のうちに拳太達は姿勢を正して聞きに入る、外から聞こえる鳥の鳴き声が、やたら大きく聞こえた。





『くっ……! おい! 誰か居ないのか!?』


その時は確か、ある沼地で見たこともないドラゴンが出現したという依頼を受けていてな、丁度、造魔の研究に携わっていた私は嫌な予感がして彼らが赴いている現場に急遽向かった。


『ハーキン! ベルグゥ! ミネッサ! トーマス! ナナリー! エルク! タパパドゥ! ……誰か返事をしてくれ!』


だが、そこは妙に静かだった。動物の鳴き声一つ、虫の囁く音一つ無かったのだ。

まるで、最初からそこには何もないと言わんばかりの静けさを保っていた。


『う……レネニア、さん……?』


『! ベルグゥ!』


そんな中、微かにベルグゥの声が聞こえてきたものだから、私は足がもつれるのも構わずに大慌てで向かったよ


『う……こ、これは!?』


だが、そこで見たベルグゥの姿はそれは酷いものだった。

全身のあちこちに傷や泥を被り、流れる血と混ざりあってひしゃげた鎧の銀の輝きなど、欠片も見当たらなかった。

だが何より目についたのは、その鎧や泥の隙間から見える染料で染め上げたかのように紫色の肌、腐りきって潰れた果実みたいになった皮膚だった。

それがほぼ浸透しきった毒だと気づくのにしばらくかかった。


『な、一体何が……いや、先ずは治療を……!!』


『いい、んです……レネニアさん……これじゃ、もう……ゴホッ! ガバッ!』


『喋るな、傷に響くぞ……!』


ベルグゥ自身の言う通り、普通の治療魔法ではもう彼は完全に出遅れだった。

だが私は幸いにも少しでもその場で延命する手段を有してはいたからそれを施そうとした。

その時……私の予感は的中した。


『グルルルゥ……!!』


『なっ……あいつは……まさか!!』


そいつの姿、私には見覚えがあった。

当然だ。何故ならそいつは、私自身が作り上げた初めての造魔だったからだ。


『くっ! ……すまない、ベルグゥ!』


直接的な戦闘力に乏しく、もう手段を選べなくなってしまった私は、ベルグゥにある魔法を施して、その場を切り抜けた。





「ベルグゥの肌が紫のままなのも、それが原因だ」


「おい、ちょっと待て、結局ベルグゥが倒れた原因は何だ? その魔法が関係しているのか?」


あんまりにも長く、重たい話にとうとう痺れを切らした拳太が急かすようにレネニアに問い詰める、彼女も長話し過ぎた自覚はあるのか特に機嫌を悪くする素振りを見せずに口を開く


「簡潔に述べると、私は彼に時間を操る魔法をかけた」


「時間を……?」


「ああ、私の得意研究は時間でな……膨大な魔力に、かなりの手数がいるもののある程度は時間を操れるようになったのだ」


そう言ってレネニアは眠るベルグゥへと視線を向ける、拳太達も同じように視線を寄越していたが、拳太があることに思い至ると再び顔をレネニアの方へと向ける


「魔法だったら、オレが触れた時に正々堂々が発動する筈だぜ、それはどう説明つけるんだ?」


「この魔法は少し特殊でな……常にかけ続けていないと瞬く間に効果が切れてしまう、だから少年が消しても、私がまたすぐにかけ直せば問題ない、かなり魔力は食うがな」


「それで……そんな致命傷を負っても生き続けられる魔法って、何なんですか?」


訪ねてくる幸助に答えるように、レネニアは一枚の紙を取り出し、大量の魔方陣の書かれた図を彼らに見せつける


「私はこの魔法を『繰り返し(ダ・カーポ)』と命名した、効果は時間が一定経つと、初めの状態に戻る……寿命などの例外はあるが、大抵は元に戻る、それを利用してベルグゥの毒が回るのを防いでいる、しかしこの魔法も完璧ではない、肉体の活性化など、処理すべき事項が増えすぎると一時的に効果が弱まって今回のように倒れてしまうのだ。」


それは正しく、生き地獄と言っても過言ではない効果を生み出しただろう、死に至る毒の苦しみを、ベルグゥは何度も味わっているのだ。

それも、寿命が尽きるまで、ずっと


「すぐに解くことも考えたが……『どうしても造魔を討ちたい』という彼の思いを無下には出来なくてな……」


その後の言葉が続かず、しばらくの間沈黙がのし掛かる、雑音一つ混じらない中、レネニアは独白のように、懺悔のように呟いた。


「私は……この選択が正しかったのか、未だに分からない……元を正せば私の研究のせいでベルグゥの仲間を奪ってしまった……人を幸せにしたくて開発した魔法も、ベルグゥを苦しみの牢獄に閉じ込めただけだ……」


拳太も幸助も、何も言えずにいたが、やがて何か言葉が浮かんできたのか拳太がしどろもどろに話していく


「あー……何つーかさ、テメーは別にベルグゥを苦しめたいから研究をした訳じゃねーんだろ?」


「当たり前だ」


「じゃあ……間違っては無かったんじゃねーか? 本人も、納得してるみてーだしよ……」


「だが、そもそも私があんなものを作らなければ、ベルグゥの運命をねじ曲げる事も……」


レネニアの煮え切らない様子にため息をつきながら今度は幸助が話していく


「そんなこと言い出したら、包丁で犯罪が起きたとき、世界中の包丁製造者を罰しなくてはならない世界が出来上がりますよ、悪いのはその技術を悪用した人達でしょう?」


それに、と一旦言葉を区切ってから確かな意思を持って幸助は言霊を放った。


「生きていれば何とかなる……なんて楽観的なことは言いませんけど、死んでしまったら何もできませんよ」


レネニアはあちこちに顔を向け、最終的にベルグゥの寝顔を見つめると困ったように頬を掻いた。


「そう、か……そうだな……」


「……さあ! 話が終わったなら早く旅の支度ですよ!」


幸助は切り替えるように大声で立ち上がると足幅広く部屋を出ていく、拳太もそれに追随して部屋を後にし、レネニアとベルグゥだけが残った。


「……レネニア様」


「! ベルグゥ、起きたか」


タイミングよく目を覚ましたベルグゥに、よもや先程の会話を聞かれていないかと思考の片隅で邪推するレネニアであったが、微かに開いた瞼から覗ける目の様子からそれは無さそうだと判断したレネニアはひっそりと息をつく


「決戦には『彼ら』を……連れていってください」


「……しかし、いいのか? 無事に戻ってくる保証はできないぞ」


「フフ、物言わぬ人形に遠慮はいりませぬ……何より、私が彼らの一人になっていたのならそれを望むでしょう」


「……分かった。連れていこう」


レネニアもまた己の準備のために立ち上がり、窓の隙間から部屋を出ていこうと壁をよじ登って行く


「――だからお前も早く来いよ? ベルグゥ」


最後にそれだけを言い残して、レネニアの姿はベルグゥから完全に消え失せた。

戦いの傷を残しながらもヒルブ王国への侵攻を開始した僕達、協力者へ合流する途中、暗殺者達によって拳太と僕達は分断されてしまった

対立する勇者、『風蒼戒』に完全な対策を取られ、窮地に陥る拳太

絶体絶命の状況の中、生き残るために拳太は足掻く


次章! 拳勇者伝!

『新月下の刃』


僕達が来るまで耐えてくれよ、拳太!

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