第六十話 正義の鎧
すみません、長らくお待たせしました。
なぜ遅れたのかと申されますと、私用が今まで忙しかったのと、単純に文章が書けなくなった……スランプと言う奴です。
ですが物語の展開は最後まで考えておりますので失踪はしません
もしかしたらこれからも色々問題があるかもしれませんが、差し支えなければ更新した時にちょびっとでも見ていただけると幸いです。
「ウオオオオオ!!」
「ぐぅっ!?」
花崎大樹は獣のような唸り声を上げて踏みしめられた硬い地面を砕きながら一直線に突撃していく、その苛烈な猛攻に拳太は発汗しつつも大剣の側面に添えた手の甲を半ば強引に振り抜く事によって刃の行き先を変え、込めた力の反作用で花崎から距離をとる
「前より、力が強い……!?」
その行為一つで軽く息切れを起こした拳太は花崎が放った明らかに人から外れた化け物じみた怪力に戦慄を覚える、流石に以前戦ったドラゴンの幼体程の物ではないが、それでも十分に素手で人間を葬れるほどには強化されている、例え『正々堂々』で軽減できたとしても戦闘に致命的な支障が出るダメージを受けてしまうのは確実だろう
「アアアアア!!」
突撃によって浮いていた足の裏が着地すると同時に間接を痛めるのも構わずに強引に足首を骨の軋む音を立てつつひねって拳太の方を向く、その次の瞬間には地面を蹴り砕きながら花崎は拳太がとった距離をはじけた火薬から飛び出した弾丸の如く一瞬にして詰め、肉薄する
「野郎ッ!」
単調な突撃を弾き、そして拳太の拳が花崎の顔面を打ち据えようとしたまさにその時、突如横槍として入り込んできた風の塊が拳太の足元を砕き、踏ん張る足場を失った彼の体勢が大きく傾くようにしてずれた。
「――!?」
「そこだァァァ!!」
その隙を花崎が逃す筈もなく、すかさず大剣を地面に突き刺して体の位置を固定して、勢いのついた突撃をそのまま遠心力へと変換して拳太の脇に鈍器のような強烈な蹴りを見舞った。
「ご、ふ――っ!?」
拳太は防ぐ間もなく、体を独楽のように半回転させた後に頭から地面へと落ちる、幸い首の骨は何事もなく無事だが、打ち付けた衝撃で意識に靄がかかり、体の節々から痛みが訴えられてくる。
「ぐ、ううう!!」
それでも何とか反撃を試みようとして立ち上がると、花崎は大剣を足場にした跳躍によって三度目の突撃を拳太に敢行していた。
しかし、流石に三度目となれば拳太にも慣れが生まれてくる、花崎の突撃をなんとか半身を直角に回避したことによって再び反撃の機会が訪れる
「――させないっ!」
「なっ!?」
だがそこで物陰から一人の少女が剣を持って花崎と拳太の間へと躍り出てくる、拳の金属板と少女の剣が甲高い音を響かせる中、花崎がゆっくりと語り始めた。
「――俺は学んだ。俺たちだけじゃ、お前には勝てない」
それは、拳太が徹底的に教え込んだこと、二度と自らの元へと来ない様に、もう戦わずに済むようにと考えた拳太が、彼らを根本から否定したこと
そして彼らを殺さないようにと優しい心の訴えに、最低の行為で応えたこと
その拳太の甘さとも言える心が、花崎の歪んだ心を作り出していた。結果論となるが、あの時いっそのこと殺してしまう方がまだお互いのためになったのかもしれない
「だったら話は簡単だ」
――何故ならば
「俺達が紡いだ『絆』――仲間たちで、お前を倒す!」
――今の今まで彼が『守りたい』と願った人々に、人殺しの業を、咎を、罪を背負わせようとしているのだから
「要するに数の暴力か! わかりやすいこって!!」
拳太は忌々しげに唾を吐き捨てると花崎を睨んでいた。
それは状況の不利によって出たものなのか、現状の花崎を嘆いたものか、それともこうなった原因を作ってしまった自分自身にか
◇
「くっ! こいつらどこから来たの!?」
「この子達……見覚えがあるぞ! 以前花崎達が助けた女の子達だ!」
拳太と切り離されたアニエス達は折邑、草薙、湖南を筆頭とした集団に襲われて防戦を強いられていた。
中には元々ただの村娘な子もいるのか、強さはバラバラで動きも統一されているとは言いがたいが、それでもレベッカ、ベルグゥ、幸助、巴の四人に粘れるだけの実力があり、その上数はおよそ五十と段違いのものになっている
「や、やりづらい……迂闊に倒せないわよ!」
それに加えて元々ただの人間であった彼女たちを手に掛けられる程冷徹には成りきれず、戦闘員であるレベッカ達には戦闘能力の低いアニエスとレネニアを守らなければいけないのでさらに苦戦を強いられる
「レネニア、どうするの!? このままじゃ全滅だよ!」
レベッカが襲いかかる少女達をレイピアで一蹴しながら悲鳴のような声で尋ねる、レネニアも必死に何かを唱えているが、やがて悔しそうに歯噛みしながら断念した。
「すまないが、敵の中に掛けられる魔法を阻害する奴が多くて八方塞がりだ。解析しようにも、自己防衛型の阻害魔法ではこちらと繋がらない、だから集団の中に埋もれられてしまって探すのにかなり手間がかかってしまう!」
「ではどうする? 敵もローテーションを行うだけの連携はしてきている、回復役を倒そうにも、そこには強力な猛者たちで一杯だ」
幸助が状況を分析しつつも『縛られし蛇』で敵を近づけないように振るいながら呟く、その額には汗が滲んでおり、魔力量にも余裕がないことを示していた。
「考えられる中で一番いいのは、少年があの勇者を生け捕りにしてくれる事だが……!」
レネニアが飛んでくる魔法を事前に察知し、その情報を元に指示を出しながら切羽詰まった様子で呟く、もし彼女の体が人形でなかったならこの場にいる者達と同じく玉のような汗を流していたことだろう
「無理でしょうね、きっとあそこにも一対多数で挑んでる、流石に二度も負けて一騎討ちに拘るほどアイツはバカじゃないはずよ」
望月が焦りの表情を含んだ様子で拳太の吹っ飛ばされた方向に視線を向ける、そこからは金属同士のぶつかり合う音と、時折飛んでくる花崎の魔法の痕跡である土の欠片、拳太が放ったであろう雷撃の光が不規則に発生していた。
「となると、ボク達の独力で切り抜けなければいけない訳か……!」
『見えざる騎士』を駆使して雨のように飛んでくる矢や魔法の逃げ道を周辺の者達を薙ぎ倒す事によって切り開く、そしてそこから彼らが目指す場所は一つ、敵が最も集まって行動している、ある一点であった。
「なら、あの三人を倒す事しか道はないな」
確認を取るように幸助が呟く
そう、彼らが目指しているのはリーダーシップを取ってこの急ごしらえの軍団の連携の元となっている近距離部隊担当の折邑香織、遠距離部隊担当の草薙千早、そして現在彼らが向かっている魔法部隊担当の湖南有子の三名だ。
幾ら集団で押しているとは言え所詮は急造、ただでさえ簡単な連携でガタが出ているのに、数に安心して油断ができているのか一人一人の攻撃がかなり杜撰である、無論追い詰められれば本気を出すだろうが加減しながら戦っているレネニア達にそれはなかった。
「……よし、今だ! やれ!」
「応っ!」
「任せて!」
そして、十分に近づいた所で、幸助とレベッカの二人の風魔法が地面を叩き、土と戦いによって生まれた塵が煙となって辺り一帯を覆った。
◇
「……ったく、挑発にも乗らねーとは参ったぜ」
拳太はその後、幾度も花崎に反撃を見舞おうと時に回避と共に接近し、時に電撃による道の限定や誘導によってその拳を当てようと試みるが、その度に彼を庇う女性達に尽く邪魔をされてしまって防戦一方であった。
「俺のこの仲間が、貴様を倒す!」
「うざってぇ……!」
いかに拳太が強いと言っても素手での戦闘では数で迫られた時に限界がある、かつてナーリンの軍団と戦ったときには数はそこまで多くなく、目標を防ぐものが無かったために倒すことができたが、今度は無尽蔵かと錯覚するほど四方八方から邪魔が入る
「いっそ、恐ろしい程のモテっぷりだなぁ、ハハハ……」
追い詰められて、焦りや恐怖が一回転しておかしくなってしまったのか、膝をついた拳太の口許には引きつった笑みが浮かんでいる、絶え間なく流される冷や汗が時折入り、口の中は集中を削ぐ不快感を伴う塩辛さに満ちていた。
「終わりだ、拳太!」
その弱りきり、明確に隙を見せた拳太の様子を好機と見たのか、今まで積極的な攻勢を見せていなかった花崎がここぞとばかりに温存していた魔力を解放し、土から岩石を飛ばす攻撃魔法と共に強化された肉体を弾丸のように飛ばしていく
拳太が再び立ち上がる頃にはもう距離は目と鼻の先、回避も防御姿勢を取ることすらも間に合わないだろう
敗北が、拳太に音を立てて迫り狂っていた――。
「それを、待ってたぜ……!」
――だが、拳太はそれを待っていた、チャンス到来だと告げると握りしめた拳を飛んでくる岩石に宛がう、そうなれば当然、『正々堂々』によって岩石にかかっていた加速現象が消え去る、これだけなら拳太はただ拳を潰すだけであろう、だがそれでも拳太の笑みに歪みはない
「何を――!」
ここで一つ花崎が放った魔法について補足を入れよう、彼が使った岩石は『魔力によって生成したもの』ではなく、『地の中の岩石に干渉したもの』であるため岩石そのものは拳太の正々堂々で消し去ることはできない、これは花崎が拳太と交戦し、その他にも戦った者達との情報交換によって学んだ事による手段である
加速現象が消えても速度が0になるわけでもないので攻撃魔法の脅威は引き続き継続される、それに消せたとしても、花崎の斬撃が来るのだから決して危険を防げる訳でもない
「お返しだ。味わいやがれ」
たが、そこに拳太の拳に『電磁強打』が加われば話は別だ。
通常の人間では出せない力を、高速で岩石の進行方向と逆に射出する、そうなると当然、岩石は力に耐えきれずに砕け、それでも尚向かってくる力の流れに従って進む
「なっ――!?」
即ち、拳太に放たれた岩石の砲丸は――――
「土の味を、存分にな!!」
――――無数の小石の散弾となって、纏めて花崎に牙を剥く
「ぐ……あ……!?」
拳太への止めとして一直線に飛び、全力の一撃を見舞おうと大剣を振りかぶっていた花崎にその散弾を防ぐ手段はない、声を捻り出すことさえ許されずにその全身に余すところなく無数の弾丸を叩き込まれる
「自分の弱点は、自分が良く分かってんだよ、当然だ。じゃなきゃ今頃とっくに負けてる」
突如として一斉に、寸分違わず隙間なく叩き込まれた衝撃に、あらゆる五感を麻痺させながらも花崎の耳は辛うじて拳太の声を聞き取っていた。
「だったら、それを何とかするための手段を用意しとくのも当然なんだよ」
何度も点滅を繰り返す視界の中、花崎の目は確かに拳太の不敵な笑みを写し取っていた。
その笑みは、その顔は花崎の脳裏から今までの敗北の記憶を引き出すのには十分すぎるものだった。
(負ける……俺は、また負ける?)
思い出す。最初の敗北を、たった一人の少女さえ救えず、眼前の悪魔に連れ去られる様をただ何もできずに地を這いつくばっているだけであった。
(拳太に勝てない……悪に勝てない?)
思い出す。徹底的な敗北を、次こそはと前よりも厳しい修行鍛練を自らに課し、何度も挫けそうになったし、死にかけたことも幾度か経験した。
その末に仲間達との絆を深めつつ、新たな力を手にしてリベンジを挑んだ。
結果は再び敗北、しかも今度は国からの信用も失った。
(そんなの……そんなの……)
絶対に負けられないという願い、敗北の屈辱、そしていつまで経っても遠藤拳太を越えることができないどうしようもない劣等感が花崎の胸中から全身へとドロドロに混ざりあって浸透していく
「認め、られるかぁ……!」
その灰暗い泥の思いが花崎を立ち上がらせてた。その到底正義とは程遠い感情に、以前までは感じたことすらなかったその思いに何一つ疑問を挟む間もなく燃やしていく
「拳、太ァァァ……!」
「お、おい! 花崎……テメー何を!?」
拳太の狼狽える様子を歯牙にもかけずに花崎は点を仰ぐ、祈るように、目指すように、戦いの炎によって灰色に染められた空を
「俺に……力を、もっと力をォォォォォォ!!」
花崎が獣と違わぬ、渇望の咆哮を上げたときにそれは起こった。
まるでできの悪い英雄憚のように花崎の右手首に付けられていた腕輪が発光し、周囲から同じく光を発し始めた蛍ほどの大きさの淡い光の球を吸い上げ、それに合わせて花崎の姿も変貌していく
「な……な……!?」
拳太は変わり果てた花崎の姿に最早言葉も出せずに恐ろしさを感じていた。
花崎は周囲の土から鋼を形成して自らを格とした一体のゴーレムを造り出したのだ。
全長5mは超している銀色の甲冑に、細やかな装飾の施された処刑台の刃のような剣、その姿は圧倒的な力と共に花崎の執念を表していた。
「な……何て奴だ……!」
その怪物と成り果てたかつての勇者の姿に、拳太は目を見開いて呆然とすることしかできなかった。