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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第十章 魔族襲来、獣人は英雄を見るか
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第五十八話 魔将のカタナ

「……手加減、だァ?」


魔族、オディルークは拳太の言葉に額に血管が浮き出る程に怒りを露にすると、まるで糸を引かれた人形のように不自然な動きで起き上がった。


「クソにも満たねェグズの人間がナマ言ウじゃねェか……何様だァ?」


腰に下げた曲剣――カトラスと呼ばれるそれを鞘から抜き放ち、まるで多くの血を吸い、それを結晶化させたような刀身を拳太へと向ける


「わざわざ言ってやる義理はねーぜ、そう言うテメーこそ随分と偉そうだなぁ……弱いものいじめしかできねーくせに」


拳太は相手を鼻で笑って挑発する、オディルークはその様子にますます苛立ちを募らせていったが、そこを耐えて拳太に見下すような嘲笑を返した。


「オイオイ……この『魔将』の一人であるこの『オディルーク』様を知らねェなんて相当のモグリなんじゃねェのか? 世間知らずは可愛そウだよなァ」


「『魔将』……?」


聞き覚えのある単語に拳太はしばらく口を閉ざして記憶の海をかき分けてその単語を探していく

そうしている内に、その単語はかつてアルッグという街にて出会った『ディルグス』と言う名の魔族が名乗りの時に似たようなことを言っていた事を思い出した。


「あの紫毛むくじゃらの仲間ってヤツか?」


「ハッ! アんな筋肉バカと一緒にすんじゃねェよ……つーことはあんたがケンタか」


拳太の言葉から、オディルークは相手の素性を推測し、探し物が見つかったとばかりに嬉しそうな笑みを広げた。


「魔王サマの命ってヤツでよォ、強制的に連れてかせてもらウぜ?」


「やれるモンならやってみろ」


それを最後に二人の間から言葉の応酬は消え失せ、代わりに拳太は青白い電撃の火花を、オディルークは剣を握る力を互いに段々と高めていく


「……レベッカ、そのガキ頼む」


レベッカは何か言いたげに、しかし何を言ってももうこれから起こることを覆せないと悟ったレベッカは一言だけ拳太に残した。


「……分かった。無理しないでね」


その言葉に拳太は短く了承の返事を返し、レベッカは少しだけ未練を残してその場を子供と、彼女の父親を連れて立ち去っていった。


「ウラァァア!!」

「オラァァァ!!」


立ち去り、戦場に立っているのが二人だけだと互いに察した時、一陣の風と共に魔族の将軍と人間の不良がぶつかり合った。


「――!?」


拳太がオディルークに向けて拳を放つ寸前、眼前に迫る輝きに危機を感じて焦って半身を捻る、すると拳太が予想した通りそのすぐ側を一本のククリナイフが風に紛れて通り抜ける


「へェ、中々イイ勘してんじゃねェか!」


ホッとする暇もなくすぐさまオディルークの剣が拳太の体を切り刻もうと胴体を狙って迫ってくる

剣の刀身は凹凸に富んでおり、あんなので斬られたら治療は困難になるだろう


「くっ!」


回避しきれないと判断した拳太はすぐさま『電磁強打(マグネ・クラッシュ)』を自分の近くで発動させる

ほぼ密着した形で爆発した磁力は拳太の体を大きなハンマーで殴り抜いた時のように風に吹かれた紙切れのように吹き飛ばす。

勢いが強すぎたのか拳太の体は瓦礫の山の一つに激突するまで止まらなかった。


「ゴホッ! ゴホッ!」


激突によって巻き上げられた粉塵に咳き込みながらも拳太は目を開いてオディルークを捉えようと首を上げる

その瞬間にはもうオディルークの顔面が視界一杯に広がっていた。


「――ッラァ!」


どの方向からオディルークの斬撃が飛んでくるか分からない拳太がとった行動は、どこかの方向へ賭けて跳んだ事でも、後ろへと距離を取ることでも、ましてや逃げ場の無くなる空中へと飛び出すことでもなかった。


「グォ!?」


即ち、前へ――拳太の覚悟を決めた突進の頭突きがオディルークの顔面へと深く突き刺さり、彼の剣を振る速さを僅かに鈍らせた。


「飛べ!」


そして、その隙を逃さずに拳太の雷を纏った一撃がオディルークの顎を打ち抜いた。


「ガフッ!」


拳太のアッパーカットを食らったオディルークは地面に摩擦の跡を残しつつも途中で体勢を立て直して鼻から垂れていた鼻血を拭って口元を歪ませる

それが怒りから来るものではないと理解した拳太は、同時に猛烈な嫌な予感を感じ始めていた。


「アァー……ちっとはやるよウだなァ……これなら少しは楽しめそウだァ!」


直後、オディルークのカトラスが変化を起こした。

刀身に使われている赤い結晶体が波のような突起状に変形し始めたのだ。

それと同時に、オディルークの体から何か得たいの知れない力が膨れ上がっていく


「ウウウLLLAAAAA!」


正しく竜の如き唸りを上げながらオディルークがさっきの何倍もの速さで拳太の元へと弾丸か、それ以上のスピードで肉薄してくる


「――――!!」


回避できたのは奇跡に近かった。

なんとなく腕の振り方から来そうな方向を察知した拳太は考える暇もなく倒れるように飛び込んでいく


その直後、一瞬前まで拳太の右腕に当たる部分を不可視の衝撃が通り抜けた。

拳太がそれを斬撃だと理解するまでには既にオディルークは次の構えを取り始め、再び拳太へと狙いを定めている


「ぐっ!」


起き上がる間に斬られると瞬間的に嫌でも分からされた拳太はそのままの姿勢で、地面の石や建物の破片が肌を傷つけ、服の中に入っていくのも構わずに拳太は転がる


そして拳太の理解が正しかった事を証明するように起き上がるよりも早い一回転、それと同時に拳太のすぐ後ろへと剣が突き刺さり、強すぎる刺突が空間にまで作用したように拳太の体があっけなく吹き飛ばされていく


「うあぁぁ!?」


視界が何度も反転し、音もまともに拾えない中でも拳太は何とか立ち上がろうと、手が地面に着いたと辛うじて分かった瞬間に腕と脚にありったけの力を込めて立ち上がる、酷い吐き気を催し、頭に連続した鈍痛が響き渡るが拳太は知らないフリをしてオディルークを正面に捉える


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


荒れる息を整えながら、拳太はオディルークの攻撃をできる限り冷静に、客観的に思考する


「――速くはなったが、避けれねー程じゃねー……!?」


だが、その直後に感じた頬に走るぬるりとした感覚がその予想を突き崩す。


その場所に触れると、グローブを着けていたため具体的な感触は分からなかったが、グローブ越しにも感じる僅かな熱と、目に写る赤色、この戦場の中でもハッキリとするむせ返るような鉄臭さ――それは確かに、遠藤拳太の血液だった。


「な、に――?」


今度は傷口と思われる場所に手を当ててみる、そこに感じる傷の痛み方から石や破片で付いた掠り傷ではなく、鋭い刃物で深く切られたものだとハッキリと感覚で分かった。


「何が何やら分からねェって顔してんなァ、まァ無理もねェ」


オディルークは余裕の笑みをしながらその場で乱暴にカトラスを地面を削りながら闇雲に振り回す

全然距離が足りておらず、方向も拳太の方へと向いていなかったハズの一撃は、剣を振り切った直後に拳太の胴へと複数の傷を同時に作り出した。それもバニエット特性の頑丈な衣服を『貫通して』ではなく、『まるで最初から無かったかのように』通り抜けた。

その証に、着用している学ランはおろか、その下の白いカッターシャツまで無傷である


「何、だ……何が起きている?」


一般的に考えられるのは、風魔法による不可視の斬撃だがこれは当てはまらない

最近はあんまり活躍してないが、拳太には『正々堂々』があるのでどれだけ風魔法の威力が山一つを易々と切断するほどにあったとしても、拳太本人には傷一つ付けることはできないし、仮にそうだとしても衣服を避けて斬りつけるなど非効率もいいとこだ。


ならば、やはり秘密は変形した剣にあると踏んだ拳太はその破壊をしようと全身に『電磁装甲マグネット・コーティング』を展開する、そして胴体部分の出血を押さえるために強めにしてあるが、それは同時に拳太の体を圧し殺しかねない凶器にもなる、早めに決着をつけなければならないだろう


「クソッ……援護が来るまで持つのか……?」


少々情けない台詞だが、今の拳太では単体で眼前の敵に勝利することは難しいだろう

刻々と悪化していく状況の中で、拳太は拳を握り締めた。
















「何!? オディルークだと!?」


レベッカがラビィ族の少女を安全な場所へと置いてきた後、町中に止めてある馬車に向かってちょうど他の探索を終えたメンバー達に事の詳細を話していた。


「『魔将』とも言っていたし……間違いないよ!」


「あ、あの……そのオディルークって人はどんな魔族なのです?」


レベッカやレネニアが話を進める一方で、魔族の事情に詳しくないアニエスが訪ねる、幸助や巴も、『魔将』というニュアンスから相当な実力者であることは予測できるのだが、具体的な強さが思い浮かばないためその詳細を知ろうと、レネニアに注目する


そんな三人の視線を集めながら、レネニアは静かに、そして重々しくその情報を開示した。


「端的に言ってしまえば……『一対一ではまず勝てない』という者だ」















「グフッ!?」


もう何度目か、数えるのも煩わしい程の傷を負って拳太は地をボロ雑巾のように転がる

何度オディルークの元へと飛び込んでも、出鱈目に振り回したカトラスによってダメージを受け続けて、『電磁装甲マグネット・コーティング』によって全体的な強化が行われた状態でないと、まともに歩けるかも疑問になっているほどだ。


そんな中でも拳太が戦闘を続行できるのは、やはり強めに『電磁装甲マグネット・コーティング』を張り続けていたのが大きい


確かに体にかかる負荷は無視しきれる物ではないが、それを差し引いても結果的な身体能力の上昇、そして何よりも出血を抑え続けられる事だ。

普通ならあまりの傷の多さに血液が不足してそのまま倒れてしまう所を、傷という出口を磁力で無理矢理蓋をする事によって完全とは行かずとも正常に近い血液の循環を保つ事ができるのである


「オ、オオラァァァァァ!!」


だが、もう拳太の残り魔力は少ない、元々多い方ではなかったし、常に魔力を消費して展開する『電磁装甲マグネット・コーティング』は拳太の強力な武器であると同時に、魔力的にも自らの身を削る諸刃の剣なのだ。


それをさらに強くして使っているのだ。

拳太の直感で、持ってあと十五秒、それ以内にオディルークを何とかしなければならない


「ハン! 何度やったって同じなんだよォ!」


二秒経過、オディルークがこれまでのように一直線に飛び込んできた拳太の拳を回避すると、適当に振ったカトラスによって拳太の腕がまたしても唐突に不可視の斬撃の餌食となる


「ここだぁぁぁぁ!!」


三秒経過、拳太はその場で思いきり腕を引く、するとそれに呼応するようにオディルークの背後から子供ほどの瓦礫が飛び出してくる


「何ィ!?」


四秒経過、瓦礫に背中を押されながらもオディルークは見た。

自分を押し出す瓦礫の端から左右幾つも細長い光沢を持つ線――ワイヤーが延びている事に

そこまで目撃して彼は拳太の今までの無謀とも言える突撃の意味を理解する


「まさか……この仕掛けの――!?」


六秒経過、拳太の突き出された腕がオディルークの胸元を掴み上げ、彼の手首から幾つもの光が一瞬の音を散らせながら迸り始める


「オオオオオラァァァァァァァァ!!」

「グアアァァァァァアアアァァア!?」


七秒経過、拳太の手首の光がオディルークの全身へと回り、辺りに激しい光を撒き散らす。

いくらオディルークが魔族と言っても生身である以上、特別な耐性を持っていない電撃を直接食らわされてしまえば当然、ダメージを受けてしまう

そして拳太の追加の魔力消費で残り時間が加速的に削られていく

オディルークが耐えきるか、拳太の電撃がオディルークを倒すか


「い、けええぇぇぇぇ!」

「ガ、キガァァァァ!!」


八秒経過、拳太の電撃はまだ衰えない、オディルークもまだ倒れない


「ぐ、おおおおお!」

「ウウウウUUUU!」


九秒経過、電撃の勢いがやや弱まり始めた。だが、それでも拳太はオディルークを掴む腕を離さない


そして――――















「はぁ……はぁ……ケンターーー!」


レベッカの叫びが、青白い光の光源へと放たれる、しかし直後に光は消失し、先程まで聞こえていた激しい電撃の音も途絶えていた。


「ど、どうなっちゃったのです!?」


「とにかく、今は彼の元へ!」


足の速いレベッカ、幸助、巴の三人が先行して現場へと飛び込む

そこで彼らが見たのは瓦礫の一部からたくさんの煙が漂っている事と、そこに二つの人影が佇んでいる事だけだった。


「拳太! 大丈夫!? 返事をして!」


巴の呼び掛けにも両者はやがて何の動きもない、やがて片方の人影が倒れると、もう片方の人影がこちらへと歩み寄って来た。


「拳太!」


いてもたってもいられなくなった幸助が拳太の無事を確認しようと煙の中へ向かおうと一歩足を踏み出す。


「――危ない!」


だが、人影を見る内に顔色を変えたレベッカが幸助を咄嗟に引き寄せた事によって幸助の体が後ろへと下がる、その直後、一秒にも満たない差に幸助の鼻先ギリギリの空間を、何かが削り取った。


「アァ、クソ、全く……人間だからと甘く見すぎたぜ、あと二秒続けられてたら負けてたかもなァ……」


「――!!」


煙の中から姿を現した物に、三人は戦慄する

全身が焦げてこそいるものの、カトラスを握る腕も、地に立ち上がる脚も今だ健在なままに歩み寄ってくる一つの影


「う、嘘だろう……?」


思わずそう呟いた幸助の視線の先には、手負いながらも依然として殺気を放つオディルークの姿があった。

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