第五十七話 当たり前の理由
前章のあらすじ
バニエットと別れた拳太、無事に彼女を送り届けるといった目的を果たせて安堵するのもつかの間、『三正勇者』の一人であり最強の勇者である『セルビア・ヒルブ』が再び拳太の前に現れる
『電磁装甲』と戦いの中で得た新たな力、『電磁強打』を駆使して戦うも、セルビアに追い詰められてしまう
そんな拳太の窮地を救ったのは、彼女と同じ勇者であるはずの翠鳥幸助と望月巴であった。
二人の助けもあって九死に一生を得た拳太は仲間と合流し、二人を加えて今後のことを話し合う
その時、二人からヒルブ王国が新たに行おうとしている恐ろしい計画、『第二次勇者召喚計画』の詳細が明かされようとしていた。
「…………」
悲痛な沈黙が、馬車内を包んでいた。
それほどまでに、『第二次勇者召喚計画』は非道を極めた残酷すぎる衝撃性を伴っていたのだ。
「……拳太、僕は君に頼みたい事がある」
そんな中、幸助が拳太に向かって口を開く、重たいままの空気の中、幸助の声が放たれた。
「君になんの利益も、やる義務も無いのは分かっている、だけどこの計画を止めるのに協力して欲しい」
「もちろん、出来る限りのサポートはするし、なるべく無茶はさせないわ……だけど、貴方の力が必要なの」
巴も申し訳なさそうな顔で拳太に頼み込む、その顔を見る限りは断られても仕方無いと思っているようだ。
肝心の拳太は、表情一つも変えないで思案に耽っていた。
確かに、拳太にはこの計画を止めなければいけない義務もなければ、止めようとする正義感だって持ち合わせてはいない、拳太にとって顔さえ知らない他人がいくら死のうが正直『知ったこっちゃない』と言うのが本音だ。
「いいぜ、受けてやるよ……いい加減指名手配犯にされっ放しなのにうんざりしてきたからな」
だが、個人的にはヒルブ王国に歯向かう理由は十分過ぎるほどにある
自分に散々な事をしてきた事も、バニエットをいつしかメッタ打ちにしてきた事もそうだし、思い返せば数えきれない程の恨みがヒルブ王国にはあるのだ。
それに、レネニアとの約束、『造魔を全滅させる』はいつかしようと思っていたし、そうなればどの道ヒルブ王国と決着をつけるのは遅いか早いかの違いだ。
「拳太……! ありがとう!」
感極まったように拳太の両手を握って頭を下げる幸助
しかし拳太はドン引きしたように身を後ろにするとかなり嫌そうに口を開いた。
「いきなり両手握るなんてテメー……ロリコンな上にホモなのか? 救いようがねぇな……」
拳太の思いもよらない発言に幸助は目を見開いて驚愕する、彼は反射的に拳太の言葉に食ってかかった
「なっ!? 違う! 今のは感謝の気持ちを示しただけだ!」
しかし拳太含めた全員の反応は冷やかだ。しかし対して親しいわけでもない男の両手を、しかも瞳を輝かせて握ったのだ。無理もないだろう
「幸助、あんた……うわぁ」
「さ、流石にちょっと無いのです……」
「……何だかボクも背筋が寒くなっちゃったよ」
「悪くはない、性格は悪くないのは分かったのだが……」
「……発言は控えさせていただきます」
その怪奇に向ける視線に幸助は冷や汗を流しながら身振り手振りで必死に言葉を紡ぐ
「ま……待て! 待ってくれ! 誤解なんだーー!!」
だが、幸助の必死の弁解も虚しく、彼の半径1m内に近付くものはいなくなった。
「悪かったって、テメーはホモじゃねーよウン」
「フフ……気休めは結構さ、フフッ、フフフフ…………」
物資の補給のために首都に戻る途中、幸助はずっと馬車の隅っこで指を弄くりながら沈んでいた。
その姿をアドルグアに入国する際にメイド服のコスプレをさせられ、レネニアに弄ばれた記憶を思い返した拳太は流石に気の毒に思って彼のフォローに回ったのだが、今一つ効果は無い
「私も悪かったわ、貴方が……そう、例えちょっと変な趣味でもいい人なのは一緒に旅して知ってるのに……」
「巴、君は僕を庇いたいのか傷つけたいのかどっちなんだい?」
巴もしどろもどろになりながらも幸助をなんとか励まそうとするが、つい言葉に本音が混じってしまい余計に幸助の精神にダメージを与え続ける結果となっていた。
「いや本当に悪かったって、オレは別にテメーがマジでホモだなんて…………思ってねーしよ」
「だったらなんで今間が空いたんだい!? もの凄く不安なのだけれど!!」
拳太の信憑性の低さに幸助は大声を上げて突っ込みを入れる
と言っても拳太は本当に幸助が男色家であるとは思ってはいない
あの発言は暗い雰囲気のメンバー達をほんの少しでも和ませようとした拳太なりの冗談のつもりだったのだ。
「なぁアニエス?」
「ええと……とりあえずもうちょっと離れるのです……」
ただ、幸助を本気で怖がるようになってしまったアニエスを見てやり過ぎたと拳太は反省した。
「さて、そろそろ『グリーン・ネプチューン』にたどり着く頃だが……何か騒がしいな」
レネニアが怪訝そうな顔をしてベルグゥに視線を寄越す。それだけで主の要求を汲み取ったベルグゥは外の様子を伺いながら口を開く
「方角は首都に、城下町の中央部分を中心としているようですな……鳥が多く飛び立っています故、少なくとも穏やかな状態とは言いがたいでしょう」
ベルグゥが告げるその内容に、レネニアは少し考え込むように顎に手を当てると顔を上げてベルグゥへと指示を飛ばす。
「行ってみないことには分からない、ベルグゥ、急いでくれ」
「承知致しました」
ベルグゥは手綱を振るわせると、馬がそれに応じるように嘶きを上げて蹄の音の間隔を早めた。
「はア~……どイつもこイつも骨がねェなァ」
町の中では戦場が作り出されていた。
自然物を掘り出して作られた建造物は巨人が引っ掻いたような大きな傷跡をいくつも残し、崩れた瓦礫からは黒い煙が漂って退廃的な淀んだ空気を生み出していた。
そんな中、一人の男――竜のような尾を持ち、肌も緑色で白い目をギョロつかせた針金のように細身な魔族を中心とするように倒れた人影による円が築かれていた。
「しかも殺しもダメとかつっまんねェ仕事押し付けやがって……」
その嘆くような彼の言葉を反映するように周囲の兵士たちは皆一様に呻き声を上げてこそいるものの誰も死んではいなかった。それどころか血液の一滴すら土の上や住居の壁にぶち撒かれてはいない
「ちっ……アーア、獣王は何やってんだ? せっかくこの俺、『オディルーク』様が来てやってんのに、『精霊使い』の一人も寄越さねェたァ舐めやがって」
苛ただしげに舌打ちを漏らし、貧乏揺すりのように尻尾を何度も地面に叩きつける、竜の尾が地面にぶつかる度に決して少なくない量の土が巻き上げられた。
「お父さん!」
とその時、一人の少女の声が飛び出して聞こえてくる
「アァ?」
「お父さん! しっかりしてよぅ……お父さん!」
その方向へと振り返ってみるといつの間にか来ていたのか白いふわふわの髪をした耳の垂れたラビィ族のまだ小さな少女がいた。
彼女は並みいる兵士達の中から一人に寄り添って大粒の涙を溢れさせながら必死に呼び掛けている
「なァんだ……? あんた、何でこんなとこに居んだァ?」
「ひっ!」
オディルークは曲剣を肩に担ぎながら少女の元へと歩み寄る、彼女は恐怖に目を見開いて全身を痙攣でも起こしたかのように震わせ始めた。
「このクソガキがァ、力も無いクセに戦場に出てんじゃねェよ」
自らの体から威圧的を噴出させて目の前の少女を威嚇する、それだけで少女はこの世の終わりにでも遭ったかのように恐怖を顔に表していくが
「や、止めて! お願い、ひどいことしないで!」
それでも彼女はそこを動かなかった。恐怖に体が言うことを利かなくなったからではない、むしろ父親の体に覆い被さって少しでも盾になろうと勇気を持って立ちはだかっている
「さァて、ね……悪イ子には、オシオキだァ」
その姿に苛立ちを覚えたオディルークは、嗜虐的な、捕食者の笑みを浮かべると足を処刑台のギロチンのようにゆっくりと持ち上げて眼前の少女を排除しようと力を溜めていく
「往ね――ッ!?」
その足が少女に振られ、彼女に当たるかどうかといった時、突如としてオディルークの頭部に横殴りの衝撃が襲いかかってきた。
その衝撃に彼は無様に地面を転がり、結果として少女に足が当たる事はなかった。
「……こんな子供にまで手ェ出すなんてよ」
声が聞こえた。それは少年の物だ。
この戦場の中、気負う事もなくただ平淡な、それでいて何よりも感情の籠った声を発する
「魔族ってのはアレか? オレ以上の……ヒルブ王国並のクズなのか?」
「……魔族の一員としては、全員がそうじゃないと言いたい所だけどね」
次に聞こえてきたのは少女の声、それと同時に風が吹いてきた。
その風がラビィ族の少女の頬を撫でるように通りすぎていく
「……オマエ、何だ?」
声の方向に振り返ったオディルークは、困惑したような声を出した。
何故なら、そこにいたのは、ロクな魔力も持たない『赤目』の魔族と
「生憎と、ラビィ族には思い入れがあるから……手加減、できねーぜ!」
彼の中で最も弱いとされている、金髪の人間の少年がその身に合わないプレッシャーを伴ってオディルークの前に立ちはだかっていたから
遠藤拳太は、怒りを覚えていた。
それは、今まで共に旅をしてきた『ラビィ族の少女』が痛め付けられようとしていたのも理由の一つだが、根幹の部分としては、人として当たり前の、ごく普通のものだった
彼は間違っても正義の味方等ではない、顔も知らない他人のために働く気なんて更々ないし、対して親しいわけでもない人物のために命がけで頑張るなど、それこそ死んでもゴメンな人間だ。
だが、目の前で苦しむ人を見て何も思わない程薄情では無かったし、子供――即ち弱者を自分の都合だけで一方的にいたぶる強者が許せるほど寛大でもなければ、達観してもいなかった。
ただそれだけの、人間として持っていて当然の理由だった。