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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
間章5 修業開始ともう一人の反逆者
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part3 ある男子生徒

「ハァ……ハァ……クソッ!」


俺は、後悔していた。早く勇者なんて止めれば良かったと


「んー、やっと大人しくなったねー、よかったよかった」


俺は、後悔していた。目の前で笑う、男だか女だか分からない奴をさっさと殺せば良かったと


「いやぁ……! 離して! 離して下さい!」


俺は、後悔していた。目の前の彼女一人さえ助けられない自分を














「やっと訓練が終わったか……」


そうぼやきながら街道を歩く男――俺の名前は『風蒼戒(ふそう かい)』、聖桜田丘学園の一生徒で、今は勇者召喚によって呼び出された『勇者』の一人だ。


ただ、俺には真面目に勇者をやるつもりなんて無い、あの不良と同じ訳ではないが、見ず知らずの人間のために戦うなんて真っ平御免だった。

だからと言って真っ向から反抗するなんてバカな真似をする気にも慣れなかった俺は、身分を隠して『冒険者』として活動していた。

いつか金が貯まったらこっそり脱走しよう……なんて思っていた。


けれど、そんなボンヤリとした思いはある日からガラリと変わる事になる


「あ、フソウさーん! こっちですよー!」


そう言ってこちらに元気よく手を振る帽子を目深に被った少女がいる、彼女こそが俺のこの世界で出来た初めての大切な人……『家族』とまで言える人物だ。


「ああ、『セルピー』……バレずに済んだかい?」


彼女の名前を呼び、後半の言葉は声を潜めて話す。

彼女もそれに答えるように小さな声で俺の耳元に囁きかけた。


「はい、大丈夫です……私が『エルフ』であることはまだバレてません」


帽子の中で得意気に長い耳を動かしているのが、彼女の正体の何よりの証拠だった。


俺と彼女の出会いは冒険者の依頼の中で偶々助けたと言う至ってありきたりで、ほんの少し探せば腐るほど出てきそうなシチュエーションで、仲良くなった過程も『助けられたお礼に』とまたありきたりな物だった。

しかし、端から見れば飽き飽きするような物でも、俺にとっては新鮮でかけがえの無いものだ。


「そうそう、もうすぐ準備が完了するんだ。そしたら君を故郷まで送り届けるよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


そして、もうすぐ俺もこの国から旅立つ時が近づいていた。

思えばこの二ヶ月間、順調に事が運んだと思う


「いやいやー、それだと困っちゃうんだよねー、何せ貴重なエルフだもん」


だからなのだろうか、唐突に同じ学園の制服をダボダボに着た中性的な奴が現れて


「!?」


「だから、ちょーっと痛い目に合ってもらうよー」


奮闘虚しく、セルピーを捕らえられてしまったのは














「グッ……」


俺は地面に横たわっていた。いつの間のにか降り始めていた雨によって出来た水面には、負けて無様に倒れている俺の姿が鏡のように正確に映っている


「ふぅー、『表側』にしては強かったねーふそーくん」


目の前の勇者は指から糸状にしてある魔力を消して俺を見下す、セルピーを捕らえられた事もそうだが、俺はコイツの術に手も足も出なかった。


「さて、エルフの彼女には『造魔』になって貰わなきゃねー」


そう言うと奴は胸のポケットから人差し指分程の妖しい紫に輝く石を取り出す。

魔石にもその原石にも該当しないそれは、見ているだけで悪寒を抱かせるような、言葉にするなら『悪意』とか、そう言う負の感情を詰め込んだような石だった。


「ま、待て……まってくれ……」


その石を、目の前の奴はセルピーに差し込もうとしている、『造魔』と言うのは何なのか知らないが、それがとてつもなくマズイ物である事だけは伝わった。


「じゃーやっちゃいますかー」


奴は、勇者と呼ばれた奴は本当に楽しそうに、愉しそうに笑顔を浮かべると


「待てぇぇぇぇーーーーーーーーッ!!」


俺の悲痛な叫び声も虚しく、セルピーの体内に入っていった。


「う、ううぅ……」


石が体に入りきった時、一瞬だけ全身が紫に光った後セルピーは口や耳、果てには目から黒く禍々しい何かを溢れ出させ始める、誰がどう見ても異常事態……なのに俺は倒れている事しかできなかった。


「セルピー! しっかりしろ! セルピー!」


「キャアァァアアaaaaaaAAAAAAAAA!!」


彼女の悲鳴は途中からおぞましい怪物の唸り声へと変質して行き、禍々しい何かは一筋の糸となって彼女の体を包み込んでいく


「う……うわぁぁ!!」


その余波によって産み出される圧倒的な風圧が俺というちっぽけな人間を押し出し、吹き飛ばしていく、さながら人を拒絶していくように


「V……VV…………」


そこからどんどんとグロテスクな肉塊を作り出して、それは人形を象っていく、引き裂くような音と、気分の悪くなる水音を俺の耳に響かせながら、影を落としていく

影はみるみる内に大きくなり、俺と小さな小屋ぐらいなら影で覆い隠せる程に肥大していく


「セ……セルピー」


そんな光景を見て、もはや言葉さえまともに紡げない状態になりながら俺はただ茫然とその様子を見ていた。

そして――


「VAAAAAM!」


やがて出来上がったそれは、耳が尖り長い金髪の生えた何処と無くセルピーを模したような、そして切り絵の絵本から飛び出してきたような現実味の無い5~6mの化け物が出来上がっていた。


「……セルピー?」


名前を呼んでみる、彼女の返事が聞こえない

好物を出してみる、彼女の歓声が聞こえない

思い出を掘り起こしてみる、彼女の微笑みが見えてこない

辺りを見渡す。彼女が――どこにもいない


「ウソ……だろ……セルピー」


ウソだ。ウソだ、ウソだ、ウソだウソだウソだウソウソウソウソ―――


そんな現実を認めたくなくて俺はただひたすら同じ単語を心と体で繰り返す。

しかしそんなことをしても目の前のセルピー……いや、化け物に何も変化は無い


「ウソじゃないよー、彼女は『造魔』……有り体に言っちゃえば心も無い『魔物』になっちゃったんだ」


俺の隣からクソ野郎の耳障りな声が聞こえてくる


何が魔物になっちゃっただ! 元はと言えば、お前がやったんだろうが!

お前が居なければ! お前さえ居なければ!


そんな俺の悪鬼のような形相を向けられてもクソ野郎は涼しい顔をしている、お前の思いなんて知ったことか、そうとでも言いたいような顔だ。

俺はその澄ました面をぐちゃぐちゃにかき回してやろうとして


「……本当だってねー、ぼくだってこんなことしたくはないんだよー」


そんな白々しい嘘をクソ野郎は口にする

ぶっ殺してやる、そう思って地面に落ちたままのナイフを拾った時、額に指を行き着けて奴は口を開いた。


「えんどーけーたくんって知ってるよね?」


急に真面目になったクソ野郎の顔を見て、俺は攻撃の手を止めてしまっていた。


「遠藤拳太……?」


確か、二ヶ月前にヒルブ王国に逆らって、指名手配までされた不良の名前だ。

突然そんなやつの名前が出てきて困惑する俺を差し置いて奴は続ける


「おーさまがえらくご立腹でねー……なんとしてでもけーたくんを殺せって言ってるんだよ、この命令もその一つさ」


「……お前はさっきから何が言いたい!」


痺れを切らして飛びかかろうとした時、額に当たる指が急に熱を帯び始めた。

その熱さに怯む隙に奴はその本題を口にする、熱さで呻いていたハズなのに、その声はよく響き、俺の中に入っていった。


「つまり、何もかもけーたくんのせいって訳、ぼく達勇者が汚れ仕事をする事になったのも、このエルフちゃんが『造魔』にされたのも」


「拳太の……せい?」


合理的に考えればそれは違うだろう、セルピーが今まさに化け物になってしまった原因は間違いなくこのクソ野郎なのだから

しかし、なぜか段々とその理論の方が正しいのだと心が納得してきていた。

まだ疑問の残る俺に、奴は天使のような笑みを浮かべて俺の頬に両手を添えて、真っ直ぐに目を見て言ってくる


「そう……けーたくんが居なくなればぜんぶぜーんぶ解決するよー、君のエルフちゃんだって……元に戻せるよー」


――天啓


さっきまで憎しみしか感じてなかった奴の言葉が、今は俺の何よりの救いになっていた。

俺はそれに全く違和感を抱くこともなく手に持ったナイフを見つめる


「遠藤拳太……そいつさえ居なくなれば、いいんだな?」


「うん! きっときっと、素敵な未来が待ってるだろうねー」


力強く、可愛らしく頷く奴を見て俺は決意を固めた。


「……行ってくる」


「うん、行ってらっしゃーい」


奴に手を振られながら俺は駆け出していた。

理由は簡単、遠藤拳太を殺すため、そしてセルピーを助け出すためだ。


――俺の名前は『風蒼戒(ふそう かい)』、今はセルピーだけの味方で、彼女に有益な人物以外の敵だ。

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