第六話 拳太の戦闘
獰猛な笑みを浮かべる拳太に対し幸助もまた笑みを浮かべた。
理由は単純だ、幸助には『拳太に絶対勝てる』と確信しているからだ。
「残念だけど、君は勝てないよ、絶対にね」
「戦う前からそんなこと言うなよ、弱く見えるぜ?」
拳太の舐めきった態度に額に血管を浮かべた幸助は怒りに震える手で一振りの剣に手をかける
それは普通の剣にしては細く、レイピアと言うには太く長い貴族でも使いそうなきらびやかな装飾の付いた剣だった。
「これを見ても同じことが言えるかな? もっとも、見る事ができればだけどね」
それは一瞬だった。
拳太が幸助が抜刀した瞬間に見せた刃の輝きに危険を察知して横に飛び退くと同時、拳太の立っていた地面が小さな風切り音の後、破裂するかのように砕けたのである
遅れてやって来た風圧に拳太の学ランが団扇のように単発的な音を何度も立てながら揺れる
「……ッ! 何かしてくるとは踏んだが、ここまでか!」
もしあの威力の攻撃が命中したらと考えると拳太の全身からは嫌でも冷や汗が出、感覚を過敏に反応させる
いくら喧嘩が達人並みに強いと言われても所詮彼は人間だ。
地面を砕く程の攻撃を食らったら当然、それに見合ったダメージを受けてしまい一溜まりも無いだろう
「魔法?」
最初は常識ではあり得ないその現象に思わずそう考察して一連の出来事を捉える
だがそこまで考えた時に拳太はある一つの違和感を覚えた。
それは幸助の行動である、もし魔法を使って攻撃するのならばまず抜刀する必要は無い、剣で攻撃する素振りも見せなかった事からあの行動には剣に注意を向けさせるのと同時に、先程の攻撃に何か必要な動作が含まれていたのだろう
「……いや、違う」
そう思って何が起こったか改めて観察しようと地面に目を向けると、砕けた地点から光る線が走っている、よく見るとそれは細かい鮫の牙の様な刃の付いた小さなチェーンの集合体だった。
その小さいながらも凶悪な牙を持った集合体が、一つの線を描きながら幸助の剣の柄まで伸びている
「成る程ね……剣を囮にしたチェーンの鞭って所か?」
相手の攻撃の正体を見破った拳太は口元にしてやったりな笑みを浮かべながら幸助を見る、彼は意外そうに目を見開くと逆に拳太を挑発するように肩を竦めた。
「おや、まさか一回で見抜くとはね、大樹でさえ三回見るまで分からなかったと言うのに……」
大袈裟な程に仰々しい様子で言い放つ幸助に拳太は口元の笑みを消して緊張した面で幸助を見据える、その自信満々な態度が彼の不安を静かに駆り立てていくのだ。
「そう、これが僕の武器、風魔法でチェーンを操り縦横無尽に攻撃する、名付けて『縛られた蛇』!」
拳太に攻撃の正体を見破られても幸助は取り乱す様子は無い
それほど『縛られた蛇』に自信があるのだろう
「へっ、テメーがにやけ面を浮かべてられるのも今のうちだぜ」
「ほう? ではどのような面にすると言うのかね」
実際のところその通りで、拳太も余裕そうな態度をとっていたがこの技には手をこまねいていた。
せめて少しでもあれがあれば……そう思い拳太は腰のポーチをまさぐる
「さて、『ある』確率の方が高けぇんだけどな……」
そして見つけた。
「よーし、ぶっつけ本番だが……やってみっか!」
そう呟くと拳太は全身に力を込め、一瞬だけ身を縮めて全身を利用したバネによって瞬間的に加速して幸助へと放たれた矢のように一直線に向かっていく
「確かステータスを覗く魔法を使った時そのイメージをした……ならッ!」
拳太は己の体から雷が発生するイメージをする
すると拳太の全身からバチバチと音が鳴り、青白い閃光を纏った火花が彼の頭頂部から足先にかけて駆け巡っていく
「むっ!? 雷……この短期間で『合成魔法』を……!?」
魔法を使って来ると踏んだ幸助は素早く剣を振って風を操り3本のチェーンをそれぞれ別の方向から拳太に向かってそれこそ蛇のように変則的な動きで迫っていく
「うおっ!? 危ねぇ!」
まず3本同時に拳太に突っ込んで来る、拳太は横にステップの要領でかわす、次に近くにあったチェーンが拳太に向かって来る、拳太は体を反らして回避する、チェーンがそのまま地面ごと切り裂こうと落ちて来る、拳太は全身をひねり地面を転がる
「クソッ、サーカスの芸人じゃねーんだ、ぜ!」
軽口を言う合間にもチェーンは次々と拳太に向かって襲いかかってくる、拳太は素早く身を起こすと姿勢を低くして走ったり時には縄跳びの様にジャンプしてチェーンを回避していく
「……なかなかしぶといね、潔く諦めたらどうだい?」
そうして逃げ続けている内にとうとう壁際まで追い込まれてしまった。彼の周囲には三本のチェーンが囲むように広がっている
「ケッ、すると思うか? 弱点だらけのテメーを倒すなんざ簡単なんだぜ」
「ほう? この『縛られた蛇』を破れると?」
そんなものは無いとでも言うかのように余裕を持って問いかける幸助に、拳太もまたやれと言うならやってやると応えるように好戦的な笑みを浮かべて言い放つ
「自分で気付かない程マヌケなのか? テメーはそれを使う時、集中してチェーンを操らなきゃならねーからお前自身は動けねぇ、それが決定的な隙になるんだよ」
拳太がこんなにも短時間で技の正体を暴き、あまつさえ弱点も見破った事が意外なのか、幸助の動きがピタリと止まり、今度こそその動揺を僅かながらに表に出す。
「……へぇ、君にしては頑張った。よく僕の弱点を見破ったね……だがね!」
幸助は柄を振り上げ、それに連動して囲んでいたチェーンが上空から拳太を包み込む様に迫って来る
「それでこの技が破れるか! 遠藤拳太! 貴様は所詮、負け犬なのだーッ!」
チェーンが迫る、ただの人間には脅威となる、最悪の場合は命すら刈り取る刃を持った鎖が拳太に向かう
しかし拳太は動かない、遠藤拳太はなにもしない、呆れたように首を振るだけだ。
「やれやれ……だからマヌケっつったんだ。」
そしてその一本が首に触れる直前、拳太は迫るチェーンの一つを『素手』で、掴み止めた。
愚の骨頂としか言えないその行動は、しかし拳太の拳から赤い血液が流れ出ることはない、チェーンも完全に動きを止めて無力な物と化していた。
「何ッ!?」
「言ったろ、『弱点だらけ』ってなぁ」
幸助はそれに動揺して残り2本のチェーンも止めてしまう
さながら、蛇に睨まれた蛙のように
「馬鹿な……そのチェーンには細かく鋭い刃が付いている、そ、それを……それを素手で受け止めるなんて……」
動揺し切っている幸助に拳太はゆっくりと左手の人差し指を向け、口を開く
「テメーがマジもんなマヌケだから教えてやる、そんな細かい刃、あんだけ派手に地面にぶつけまくれば壊れるに決まってんだろ」
幸助はハッとして拳太の掴んだチェーンを見た、遠くてよくわからないが、確かにボロボロになっているように見える
「だが、残り2本は健在! これで終わりだ!」
再び左右からチェーンが迫って来る、しかし拳太は怯むどころか笑いを浮かべている
「待ってたぜ、この瞬間をよ!」
拳太が思いきりチェーンを引っ張りビンとチェーンが張る、それを片方のチェーンにぶつけ、そのままもう片方のチェーンにぶつける、すると二つのチェーンは拳太のチェーンを軸にしてグルグルと巻き付き、複雑に絡み合う、そこを拳太は素早く紐で括る
「紐が無かったらほどかれる心配があったが、持ってた様でよかったよかった。」
拳太は馬鹿にするかのように幸助を見る、幸助は顔を真っ赤にしてチェーンをほどこうと足掻いている
「ああ、そうそう、奪われた武器はさっさと捨てた方が良いぜ、じゃねぇと利用されるからなぁ……こんな風によォー!」
拳太の全身から再び弾けるような音が走り、電気が光る、剣の柄が金属だった事を思い出した幸助は慌てて手放そうとしたが、もう遅い
電流がチェーンを走り、柄を走り、幸助に走った。
幸助は激しく全身を痙攣させた後、力なく膝から地面に崩れ落ちた。
「さてと、この勝負……オレの勝ちだな?」
辺りは静かだった。ここに来た人達は勇者である幸助勝つと思っていたからだ。特に国王はポカンとしている
「じゃあオレは帰るぜ」
バニエットの元へ向かった拳太はこの世界の時計を取りだし、ふと思い出した様に思った。
ーーーーなんとか昼飯は間に合いそうだな、と