part2 ソリッグ
「やああぁぁ!」
常に暗雲立ち込める山の中、その道中に潜む岩を纏ったような大きなトカゲ――ブラウンリザードと対峙する一人のラビィ族の少女がいた。
「僕が止めを刺します! 貴女は足止めを!」
「うん! 分かった!」
彼女の名前はバニエット、六年前、お爺様に命じられて『時流れの山』へと修業に赴く際に、急遽共に山に入って以来一緒に戦ってきた女だ。
最初こそ上手くチームワークが取れなかったり、足を引っ張られる事もあったけど、彼女の勤勉さも相まって今では共闘して山の狂暴な魔物を倒す仲だ。
「『精霊武技』……『剣・風ノ色』!」
彼女がそう宣言してブラウンリザードの前で剣を切り上げると、それに合わせるように鋭さを持った風の暴風が狭い扇状に広がっていく
「GAAAAAA!?」
ブラウンリザードはその巨体と纏った岩のおかげで体を舞い上げられる事は無かったものの、彼女の放った風の斬撃がその巨体の身体中を刻み、怯ませていく
「『精霊武技』『槍・地ノ色』!」
そして風が止んだと同時に、僕の『精霊武技』によって作られた大木のように巨大な槍が、ブラウンリザードの心臓ごと胴体を貫き通した。
「今日は随分と調子が良かったですね、とても技を二つ覚えたばかりとは思えません」
「ううん、ソリッグくんも手伝ってくれたからだよ」
一日の狩りを終えて、僕たちは小屋へと戻っていた。
小屋の中には新しい武具を作るための鍛冶施設が整っており、そこは暖炉の代わりとしても使用できた。
「ハハ……そう言っていただけると光栄です」
バニエットさんはいい人だ。親しみやすく、謙虚で僕のような人間にも対等に接してくれる
「それに、ケンタ様に色々と戦い方も教えてもらったし」
ただ、彼女がよく話題に出す『ケンタ』という人物が出てくると、言い様の無い不快感が僕を襲う
まるで重たい霧が全身にのし掛かるような気分にさせられるのだ。
「ケンタ様……ですか、やっぱり指名手配されるような人物ですし、何か信用できませんね……」
彼女を不快にさせてしまうと分かっていながらも、この言葉を言ったのももう何回目だろうか……当の本人はもう慣れたのか、笑顔を保ったままに僕の言葉に反論する
「もう! 何回も言ってるじゃない! ケンタ様は――」
それから夕食の時まで彼女は『ケンタ』について僕に語って聞かせた。
多少の美化は入っているのだろうが、それはそれだけ彼女が『ケンタ』を大切に思っている証拠でもある
仲間が楽しそうな笑顔で話しているのに、僕はその間何も楽しく感じられなかった。
「ん……」
夜中、寝心地の悪さに目を覚ました僕は起き上がって水を飲むことにした。
「バニエットさん……?」
だがそこで、同じ部屋で寝床を共にしているハズの彼女の姿が見えなかったため、小屋の部屋を探し、次に外に出た。
「! いた……」
案外、バニエットさんはすぐに見つかった。すぐ近くにある麓を見下ろせる高台に登って何か考え事をしているようだ。
声をかけようとも思ったが、静かな時間に横槍を入れるのも無粋に思った僕は、魔物が来たときのために見守ることにした。
「ケンタ様……」
ふと、彼女の口からその名前を耳にする、その瞬間やはり僕の胸のうちに重圧がやって来る
「なんなんだ……この感覚は」
呟きつつ、彼女の様子を継続して見守る、すると彼女は意を決したように腰から剣を抜き、空へと掲げた。
「私、もっと強くなりますから、貴方と一緒の場所へ、たどり着いてみせますから…………だから、待ってて下さい」
その自らに誓いを立てる様子を見て、歪みなど見当たらない一本の筋を通す姿を見て、僕は思わず口にした。
「……………美しい」
そしてその言葉を口にした時、僕は気づいた。
――あぁ、僕は、彼女にどうしようもなく惚れている
こうして、僕は齢十八歳にして初めての恋という感情を知った。