第五十五話 最強の結末
「ふ、ふふふふ……とんだ邪魔が入ったわねぇ……」
セルビアは気絶したフリから立ち上がると不気味な笑みをしながらますます目を怒りに見開かせて幸助と巴の二人を睨み付ける、二人はそれぞれの得物を構え直すと眼前の敵を静かに見つめ直す。
「ぐちゃぐちゃにされる覚悟はしているのかしらぁ……?」
「おや……存外、国の王女様というのは粗暴なようだね、恐ろしいものだ」
セルビアの聞くものをゾッとさせる言葉にもむしろ幸助は余裕の笑みを持って答える、その余裕と挑発に頭に血を昇らせたセルビアはヒビの入った左腕を振って口を開く
「『直れ』! 」
その一言でまるで時間を巻き戻したかのようにみるみる左腕は元の姿を取り戻していく、拳太はその光景をまるで悪夢でも見ている気分で眺めていた。
「おいおい……せっかく与えたダメージもパーかよ……」
改めて最強たらしめる勇者の恐ろしさを感じた拳太は、冷や汗を掻きながら『電磁装甲』を展開させる、だが幸助は緊張を解すように剣の柄を軽く叩くとチェーンの様子を確かめながら何でもないように言う
「そう悲観する事もないさ、彼女にも確かに弱点は存在する、そこを突くんだ」
「弱点?」
聞き返す拳太に巴はそうと返事をして言葉を続けていく
「さっきもしていた事だけど……彼女、なんであの強力な魔法を連続で使わないか疑問に思ったことはない? ううん、それ以前の問題のハズよ」
「それ以前……!! そうか!」
拳太はセルビアの魔法に考えた時にハッとした気分である考えへと至る
そう、そもそも『言霊魔法』が文字通り『言ったことが現実になる力』なら戦う必要すら無いのだ。敵に『死ね』と言えば済む話である
セルビアの性格的に、別に使わないからやらないのではなくて、使えないからやらないのだ。
つまり、『言霊魔法』も万能ではない、強力な反面、制限は確かに存在するのだ。
「分かったようね、なら大丈夫、きっと勝てるわ」
まず、『死ね』等、言葉で直接攻撃する事が無いことから『人体に直接影響させる事はできない』のだろう
自分や仲間をテレポートさせる事ができていたため、例外はあるようだが拳太達にそれをしてこない辺り、すぐに出来るものではない
「随分と舐めてくれるわねぇ……そんなに惨たらしく殺されたいのかしら?」
「なら今すぐかかってきたらどうだい? もう腕は元通りみたいだけど」
「……ッ!」
そして、『言霊魔法』は現在『連続使用ができない』
これは恐らく、拳太との交戦以降に付いた後天的な弱点だ。
前に一度拳太と戦った時にはその魔法を惜しげもなく使用し、森一つを丸々武器にする程の猛威を振るっていたが、今はある程度の間隔を置かないと再度『言霊魔法』は使えないのだろう、放つ魔法も局地的な吹雪だったり、小規模の爆発とかなり威力が落ちている
あの左腕はその弱点をカバーするためのものでもあるのだろう、だからセルビアはまず優先的に腕を直した。
「なら……あの腕を壊して、修復させる暇も無くしちまえばいいって訳だな」
「そう言う事だ。さすが頭の回転が早いね」
感心するように賞賛する幸助、だがセルビアは口を歪めると見下すように腕を広げた。
すると彼女の周りの雪が舞い上がり始め、恐らく彼女の魔力が高まってきている事を感じさせた。
「やれるもんならやってみなさい雑魚共がッ! 貴方達がおしゃべりしている間にもう準備はできた!」
「奇遇だね、僕もだよ――『鎖蛇演奏』」
幸助の宣言の後、まるで指揮棒のように振るわれた剣に呼応する形でセルビアの周りから突如、七本の鎖が伸び、彼女の体、そして首を縛り付けてしまった。
「何っ……!? いつの間にこんな……!」
「悪いけど、このまま落ちてもらうよ」
苦しげに呻くセルビアにも容赦せずに幸助は鎖を締め続けている
伸び出た鎖は紫色に妖しく輝き、刃は付けられてはいなかったが強い締め付けがあれば人間に対してならば十分なダメージが入る、事実セルビアの表情はますます苦痛に歪められており、伸ばした手の指先は震えていた。
「なめ、るな……! 『砕けろ』!」
それでも彼女は、鎖に指を挟ませて強引に隙間を作り出すと『言霊魔法』を発動させる、対象は勿論、翠鳥幸助の操る鎖だ。
しかし、鎖はセルビアと触れている部分にヒビが入っただけで粉々に砕け散る様子はなかった。
驚愕に目を見開くセルビアに幸助は得意気な顔で答える
「その鎖は『吸魔性』でね、君の魔法から魔力を奪わせてもらった……と言っても、流石に君程の魔法は完全に防ぐ事は無理なようだけれど」
「グ……クソが! クソが! クソが! 私の魔法を! こんな小細工でぇぇぇぇ!」
自分の誇りにも等しい『言霊魔法』に泥をつけられたセルビアは激昂を顕にして人とは思えぬ力で鎖を引きちぎろうと足掻く
「……マズイね、このままでは壊れる」
予想以上のセルビアの力にこれ以上の拘束は不可能と判断した幸助は、鎖の拘束力を緩めて再び地の中へと押し戻す。
それとほぼ同時にセルビアが左腕を振りかぶり、幸助を八つ裂きにするべく飛びかかった。
「消えろ雑魚!」
「――まったく、私が居るのを忘れてない?」
セルビアが幸助に攻撃を加える寸前、突如彼女と幸助の間の空間が風船のように破裂し、呆気なくセルビアの体は逆方向への空中へと放り出される
「な、にぃ……!?」
空中に放り出されつつも、戦闘の経験を積んでいたセルビアは彼らの周囲を観察する事ができた。
するとそこには先程は気づかなかったが拳太達を囲むように無数のシャボン玉が漂っているのが見える
「『水泡機雷』、注意力が散漫ね」
シャボン玉は望月巴が持つ鉄の棍から出ていた。あれは叩くための武器でなく、シャボン玉の形を調整するための武器なのだろう
「どいつもこいつも……小賢しい手段でコケにしやがってェェーーー!!」
獣のように両手さえ地面に着けながらセルビアは吠える
自分達が散々手こずり、そして一度は敗北した最強の勇者を圧倒するその光景を、拳太は唖然とした表情で眺めていた。
「なんだ……テメーら滅茶苦茶強ぇじゃねーか!」
驚きの声を上げる拳太に二人は本心から嬉しそうな笑みを浮かべる
「そう言ってもらえると光栄だね、遠藤拳太」
「でも、彼女の『言霊魔法』が厄介なのは依然として変わらないわ」
巴はそこまで言うと、拳太に手を差し出す。自らの存在を誇示するように、受け入れるように
「仲間として、一緒に戦ってくれるかしら? 拳太」
差し出された手を、拳太は眺める、迷うように顔を上げると二人は頷いた。
絶対に味方だと、伝えるように
「ああ」
拳太は、その手を握る事にした。
強く強く、自らの意思を固く伝えるように
「任せろ!」
遠藤拳太は、別に自分を守ってくれたからだとか、セルビアと戦ってくれるからだとか言う理由で信じた訳ではない
ただ、なんだか言葉では言えないけれども、心のどこかで信じられると感じた。
拳太らしくない非合理的で、なんの根拠も無い理由だったが、それは確信に近かった。
強いて理由を上げるなら、仲間達と同じ目をしていたからかもしれない
「胸糞悪くなる事してんじゃないぞォ!」
セルビアが脚のバネを最大限まで伸ばして拳太達に突っ込んでくる、左腕を盾にして突っ込んでいるため、泡の爆弾にも構わずに真っ直ぐやって来る
「くっ! 『泡弾連打』!」
「『蛇の結界』!」
巴は棍を銀のトレイに見える程に回転させ、次々とシャボン玉をマシンガンのように打ち出し、幸助の鎖が網のように重なりセルビアの行く道を阻む、彼女のスピードは多少落ちたがそれでも回避するよりセルビアの腕が切り裂く方が速い
「くっ――!?」
「――オラァ!」
セルビアが二人を切り裂く寸前、拳太が二人を腕に抱えると足に魔力を集中させて、電磁力を全力で爆発させた。
「――『電磁強打』!」
拳太が無意識に新たな技名を口にする、それと同時、爆発した電磁力によって拳太達は上空へと舞い上がっていた。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない、助かった……」
「いつの間にそんな技覚えたの? 便利ね……」
脇に抱えられた二人はそんな会話を交わしつつ地上の様子を見る、そこにセルビアが深くしゃがみ込み、僅かに口を開いた。
『限界強化』
『腕を硬く』
『風より速く』
その三つの単語が聞こえると同時、セルビアは放たれた砲弾のように拳太達の元へと唸りを上げて向かってくる
「何ッ!?」
「くそっ! テメーら離れろ!」
かわす時間も無いと直感した拳太は二人を手放すと自らの背後を『電磁強打』によって爆破させ、セルビアの元へと同じように一直線に突っ込んで行く
「ケンタァァァァァ!!」
「オオオラァァァァ!!」
二人が轟音を上げて激突し、雪を被った森の青空に閃光が散った。