第五十四話 リベンジマッチ最強
「終わったぜ」
「ふう……全く、ヒヤヒヤしたよ!」
拳太とレベッカの二人は馬車に戻ると村からの追手が無いとも限らないためすぐに出発した。馬車はあっという間に村から離れていき、今では豆粒程に見えるぐらい離れていた。
いずれ完全に見えなくなるだろう
「…………元気でな、ありがとう」
拳太は離れ行く村を見ながら、今までの思いを込めて呟く、聞こえていないのは十分に分かっていたが、それでも言わずにはいられなかった。
「それで、これからどうする? 次は何処を目指す?」
頃合いを見計らって、レネニアが拳太に声をかける、バニエットを送り届けるという当面の目的を果たしたのだ。宛もなく旅をする訳にもいかない、拳太達にはまだ目的が残っているのだ。
「……順当に考えると、『レベッカを送り届ける』だな、魔国まで送るのは多少面倒だが、どこにいるか分からない造魔の製造者を倒すよりかは幾分か楽だ」
「……けど、人間の私達が入れるのでしょうか? 何だかアドルグアより入り辛そうなのです」
アニエスは不安げな面持ちで呟く、彼女の懸念は尤もだ。
それにシスターであるアニエスとしてはあまり魔族の国とは関わりたくないのだろう、レベッカを嫌ってはないが、決して魔族に苦手意識を抱いていない訳ではないのだ。
「あっ! ちょっと待って! それもっと後にしてくれていいかな!?」
地図を広げて唸る拳太に、レベッカが言い忘れた伝言を思い出したような様子で詰め寄る、拳太はそれに押され気味になりつつも、理由を聞き返す
「どうしてだ?」
「ボクは大蝙蝠も倒したし、証拠の素材も手に入れたから別に帰ってもいいんだけど……でも正直これだけで帰っても仕方ないんだよ、他の領主候補……ボクの兄弟の方がずっと強い、家督争いに勝てないんだ」
「つまり、新しい手柄が欲しいってか?」
レベッカは魔族の中でも断トツに実力が低いと見られている
今となっては分からないが、レベッカが強くなったことなど実家が把握しているハズもない、実力を示すには新たな手柄を手に入れる方が手っ取り早い
「そう言うこと! 造魔の事件を解決したってなればきっとボクは出世街道まっしぐらさ!」
片手を腰に当て、もう片腕を力瘤を作るような力強い格好でレベッカは赤い瞳を輝かせて拳太に力説する、しかしそんな彼女をレネニアが冷めた表情で見つめていた。
「……一応釘を刺しておくが、造魔の技術を盗んだりは」
「あ、それはしないよ! 大丈夫!」
「そうか、ならいい」
レベッカの答えに満足したのかレネニアは威圧感を解くと何時も通りの澄ました顔に戻ってベルグゥの肩に座り直した。
その二人のやり取りを見ていた拳太は、不意に服の袖を誰かに引っ張られた。その方向に視線を向けるとそこにはアニエスが片手に大きな筆箱程の木箱を持ってこちらを見ていた。
「どうしたアニエス、それ何だ?」
「バニエットちゃんからなのです、『ケンタ様へ今までのお礼に』とのことなのです」
拳太はアニエスからその木箱を受けとると、スライド式となっている蓋をゆっくりと開いていく、その木箱の中には、赤い布が入っていた。取り出して広げると、それは一つの帯のように長くなっていく
「これ……マフラーか?」
取り出したそれは桜のような薄い桃色で出来ており、マフラーの両端には拳太を象徴するような雷のマークが上手く編み込まれており、丹念に作られた逸品であることが伺える、触れているだけで暖かいマフラーだった。
「あと、『いつか直接感想を聞きにいきます!』……と言っていたのです」
「そうか……全く、いつの間に一丁前になったんだろうな? こうもまっすぐ反抗されるとは思わなかったぜ」
嘆くような台詞だったが、拳太は寧ろ楽しそうに肩を竦めて、早速マフラーを首に巻く、思ったより長かったので巻いた後もかなり垂れ下がったが、一応は考えられているのか地面に着くことは無かった。
「ホッホッホッ……子供の成長とは、早いものですなぁ」
感慨深げに呟くベルグゥを傍目に拳太は外を見る、もう村は見えなくなっていた。
「別に、オレ達の子供じゃねーんだけどな……ま、心境は同じだぜ」
そのような会話を交わしている内に、馬車は街道から森へと入っていった。
「……なぁ、今って冬の季節なのか?」
「い、いえ……そんなハズは、無いのですけど……へくちゅ!!」
森に入ってしばらく、突如雲がかかっていた訳でも無いに関わらず大雪が降り始めた。辺りの道は白く染まり獣道が見えなくなってしまう、遭難を避けるために現在は馬車を止めていた。
「ああもう、アニエス鼻水出ちゃってるよ! ……にしても寒いなぁ」
どうやら寒さに弱いアニエスは先程から縮こまってどきどきくしゃみをするぐらいに寒さで震えていた。
レベッカは寒さに強い魔族だったのか、半袖短パンといった見た目にもかかわらず少し寒いと言うだけで至って健康体だ。
「ったく、このままじゃ凍えちまうぜ……焚き火の枝を取った方がいいか」
幸い、周囲は森なのですぐ近場でも燃やすための木はすぐに集まるだろう
そう判断した拳太は立ち上がって馬車の外へ出るべく扉に手をかける
「少年、寒くないのか? マフラーがあるとは言え……」
レネニアはそんな拳太に心配そうに声をかける、だがそれは尤もだ。
今の拳太は前を閉めた学ランにグローブ、そしてバニエットが編んだマフラーだけで、特に目立った防寒具は着ていないのだ。
「ん? 不思議とこれ着けてると全身が暖まるぜ」
「マフラー一つでそんなハズは……」
拳太の言葉にレネニアは呆れ顔でマフラーの一端を持ち上げる、だがマフラーに触れた瞬間にレネニアの表情は一変してしげしげと手に取ったマフラーを眺め、やがて納得した
「どうした? このマフラー何か仕掛けがあんのか?」
「このマフラーに使われている糸は通電性だ。どうやら少年が無意識に放つ微弱な静電気を熱に変えて君自身に送っているみたいだ」
きっとバニエットが拳太に合うものに仕上げるために、素材を厳選して作ったのだろう、あまりその方面に詳しくないレネニアでも高級品の中でもレアなものが使われていると確信する事ができた。
「じゃあ、ちょっくら行ってくる、留守頼んだぞベルグゥ」
「畏まりました」
拳太は扉を開くと、雪の降る外へと向かっていった。
「……全然晴れねーな、もうすぐ昼だってのに」
吹雪の隙間から見える明かりの位置を確認しながら拳太は雪を掻き分けて枝を集めていた。
もうそれなりの時間を採取しているが、雪は一向に晴れる気配がない、むしろ風が強くなって段々と視界が悪くなってきた。
「……やベーな、そろそら戻らねーと遭難しちまうぜ」
枝もそこそこ集まったため、服の雪をある程度払ってから馬車の元へと戻ろうとした時
不意に言い知れない殺気を感じて拳太は飛び退いた。
結果としてその行動は正しかった。
つい数秒前まで拳太が立っていた場所に水晶のような物が飛来し、雪を巻き上げながら深く地面へと突き刺さったのだ。
「なっ――!?」
唐突な攻撃に、拳太は全身の肌が寒気立った。
もしあと少し動くのが遅ければ水晶は拳太の頭に直撃し、その中身を地面へとぶちまけることになっていた事だろう
水晶の飛来方向に目を向けると、雪の向こうから白を踏みしめる音がする、やがてその足音の主を視界に入れた時、拳太は思わず絶句した。
「…………ッ!?」
それは女だった。
月光を束ねたようなブロンドの髪は左目を覆う程に伸ばされており、元々は美しいと思われる肌には幾つもの傷が走っており、口裂け女のような笑みを浮かべて、翡翠色をした右目はギラギラと獣のように輝き、拳太を捉えていた。
「ひっさしぶりねぇ」
そして何より特徴的だったのはパズルピースを当てはめるようにつけられた水晶だった。
耳にあたる場所は翼のような物がパタパタと凪いでおり
時折見える右目には肉眼では出せない宝石のような輝きを放ち
下顎は普通の物と変わらないように見えるが、顎間接に見える大きなネジのようなものがそれを作り物だと語っていた。
そして左腕は、竜のように凶悪な爪を持った大きな手が特徴的な、正に刃を取り付けた腕となっていた。
そして、それらを持つ女は誰か拳太は知っている、その原因を作ったのは間違いなく自分自身なのだから
その女の名は――――
「セルビア……ヒルブッ!」
名を呼ばれた彼女は、とてもとても楽しそうに、嬉しそうに笑って
「ケェェンタァァーーー!!」
獣のように、遠藤拳太へと飛びかかった。
「ッ!!」
その人間とは思えないような速さに拳太は倒れ伏すように身を屈める事によってすれすれをかい潜る、彼女の左腕が拳太の髪の先端を数本刈り取った。
「ぐっ……!」
「まだまだァ! 『固まって飛べ』!」
セルビアはその勢いのまま拳太の方へ振り向くと左腕を地面に突き刺しブレーキ代わりにする、派手に地面を削る左腕は巻き込んだ雪を石のように固めると彼女の言葉に従って次々と拳太に雪の弾丸を浴びせる
「うわァ!」
立ち上がった直後の拳太にはそれを回避する術が存在せず、圧倒的な質量を伴った雪の大群に押し潰され、庇った頭以外が雪の中へと埋もれてしまう
「くっ、そ……!?」
悪態をつきつつ雪から脱出しようとした束の間、その一瞬にも満たない時間でセルビアは既に拳太の目前へと迫っており、左腕の刃を刺し込もうとしていた。
「――オラァ!」
拳太は咄嗟に『電磁装甲』を全力で前方にだけ展開させて己に纏わりついた雪をさらに圧を掛けることによって氷にしてセルビアに打ち出す。
「くっ! 小賢しい!」
そして全力で展開した事による強大な反作用で拳太は背中の雪ごと後ろへと押し出され、彼女との間に距離ができる
「新しい武器を持っているのはテメーだけだと思うなよ、これはテメーが切っ掛けで手に入れた力だ」
拳太は全身に『電磁装甲』を張り直してセルビアと対峙する、セルビアは忌々しげにその様子を見、さぞかし不快そうに舌打ちを漏らした。
「そんなカスみたいな力で、粋がってんじゃないわよクソがァァァァ!」
セルビアは口を開いて『言霊魔法』を発動させようと舌を動かす。
一体どんな指示が出るのかと拳太は無意識的に彼女の口内に注目した。
そして、彼女が喋る瞬間に、拳太は確かに感じた。
彼女の口内から抜刀するような鋭い音と共に舌が数枚に別れる所を
『爆ぜろ』
『砕けろ』
『腐れ』
彼女の口が動いたのは一瞬、一言分しか声を発してなかった。
だが拳太の耳には同時に、複数の単語が己の耳に入り、そしてその通りに雪を含んだ地面が爆ぜて、頭上の木の枝が砕けて拳太へと槍のように降り注ぎ、避けようと踏み出した一歩先が腐って足が埋まってしまった。
「な、にぃ……!?」
慌てて足を引き抜こうとしても、もう遅い、木の枝の槍は『電磁装甲』により軌道をずらしていくが、それでも数本は拳太の頬を掠め、赤い線を作っていく
「くそ、舐めるな!」
腕を振るって枝を全て叩き折った拳太はセルビアに反撃しようと拳を構えるが、既に拳太の視界には彼女の姿が消えていた。
「どこに……?」
拳太はセルビアの姿を探そうと首を動かして探すがどこにも見当たらない、まさかこの視界の悪い中上から襲いかかることは無いだろう、となると――
「下か!」
拳太は踏み抜く勢いでその場で足踏みすると彼の周囲の雪が波打つ水面のように巻き上がり、茶色の地面を晒す、そこには水晶の腕が潜められていた。
「ざぁんねん、それは囮よぉ?」
だがセルビアは拳太の斜め後ろ――上空から奇襲をかけてきたのだ。
「――――!!」
一体どんな術を使ったのか、視界が最悪となった猛吹雪の中、正確に拳太の背後へと回って左腕の凶刃を振り上げる
だが、それを予想していたかのように拳太の蹴りが左腕へと叩き込まれ、透明の水晶に亀裂と言う名の白線を築いた。
「なっ!? 何故!」
「同じ相手のフェイントに二回も掛かる程……バカじゃないぜ!」
そう、拳太は前に一度その身をもって『言霊魔法』のデタラメさを味わい、それを上手く活かした戦い方に翻弄されたのだ。
そして、そんな目に合ってなお学ばないほど拳太は怠け者ではなかったと言うだけの話
「オオオオォォ!!」
拳太はセルビアの胴へとボディーブローをかますと彼女の体を浮かせて数秒の時間を作り出す。
「ぶっ飛びやがれ、最強」
拳太の全力の拳が、セルビアの顔面へと叩き込まれ、作り物のパーツの一部を粉々にさせながら彼女は吹っ飛んでいった。
「はぁ……はぁ……」
吹雪も止み、恐らくその原因であろう女は完全にのびていた。
拳太はその事実に一息つき、『電磁装甲』も解除していた。
だが、ここで拳太は一つ考えるべきだった。この戦いで、最初に叩き込まれた攻撃は『何でできてて、どんな方法でとばされたのか』を
「!?」
気絶したハズのセルビアの左腕が持ち上がり、それは拳太の方へと向けられる、そしてセルビアの左腕の凶悪な爪は文字通り、彼の方へと『射出された』
「しまっ――」
回避も防御もする暇無く、拳太の胴に刃が向かう、彼は強大な危機を前にして自分に迫る刃をスローモーションでハッキリと見ることができた。
だから、迫る刃が横から入った『鎖』に阻害され、砕かれる光景も目に焼き付いた。
「「!?」」
拳太でも、セルビアでもない第三者の介入に、互いの時間は止まり、思考の海へと没する
だが、拳太には覚えがあった。この鎖、いや、鎖を使った戦いをする者を
「ふう……間一髪、と言った所だね、戦う相手は違ったみたいだけど」
声がする、とても懐かしい気がする、敵として戦ったハズの男の声が
「突然雪と爆音が響くから、まさかと思って来たら……正解だったわね」
声がする、とても懐かしい気がする、鬱陶しいお節介焼きの女の声が
「久しぶりだね、遠藤拳太、今度は味方として参上したよ」
「拳太! 怪我はない? 大丈夫なの?」
拳太は声の方向に振り向くと、長身の男と、その傍らに居る女に驚愕の声を上げた。
いるはずのない人間に、拳太の頭は混乱した。
「テメー等は!? 何でここに!」
拳太の問いに男、『翠鳥幸助』は悠然と笑みを浮かべていた。
「まぁ、僕達にも思うところがあったと言うことさ」
「とにかく! 今はこの状況をどうにかするわよ!」
そう言うと女、『望月巴』は左右の腰に着けてあった棒を引き抜くと、接続して一つの棍にして構える
敵は『最強の勇者』であるにも関わらず、二人は恐れを微塵も見せる様子もなく、拳太の隣に立っていた。