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第五十一話 拳太の兎

『グリーン・ネプチューン』にそびえ立っていた王宮はなんと巨大な樹木を元とした物であった。

太い枝の上に設備を立てたり、樹木の表面にレンガや魔物の革や骨を組み立てて補強していたりしていたが、人工物という感じは湧かなかった。


その大木の根本に門が設置されており、その側には二人ほどの門番がいる、門も大樹を加工した物となっており、どことなく香りが――表現するとしたら、『風の匂い』と言うべきだろうか


「王女様、おかえりなさいませ! この度はリヒテン様の救出、おめでとうございます!」


「いや、家族として当然の事だ。それより早く父上に報告に行きたい、通してくれるか?」


「ハッ! 今すぐ門を開きます!」


木製のおかげか、それともこの木の特徴なのか、あまり音を立てずに門は開かれ、ライオン女達は馬車を引き連れたまま中へと入った。

それが可能なほど、この木は大きかった。















「……この調子だと、明日には目覚めるそうだ」


「本当ですかっ!?」


その後、兵隊たちを各々の持ち場へと解散させ、自身も馬車から下りたあと拳太を集中治療室へと送った。

今は処置も終わり、全身を薬に浸したという緑色の包帯に全身を巻かれており、拳太はまるで服を着たミイラのようになっていた。その彼の側を、仲間達が佇んでいる


「それで、父上に詳しく報告したところ、その……この者をいたく気に入ったそうで、体調がよくなり次第会いたいのだそうだ」


「……何? それは本当か?」


言いづらそうにするライオン女に、嫌そうに返したレネニアを見てベルグゥを除く三人は悪い予感を抱きつつ彼女に訪ねた。


「え、えーと……この国の王様ってそんなに……その……まずいのですか?」


「不味いなんてものじゃない、あの筋肉バカは一度気に入った物は何がなんでも手に入れようとする……少年とは致命的に相性が悪いぞ」


ベルグゥもその王と面識があるのか疲れたようにため息を吐く、そのいつもの彼らしからぬ様子に、そしてそこまで言われているにも関わらず冷や汗を掻いて目を逸らすライオン女を見てしまうと悪い予感が確信に変わりつつあった。


「……一日で用件が住めば行幸なのですが」


「……すまない、無理そうだ。父上は愛娘家なのでな、長くなりそうだ……」


同時に再びため息をつく二人、そんな会話を交わしながら、その日の夜は更けていった。















「……むぅ?」


そして深夜、与えられたそれぞれの部屋の一つで眠っていたバニエットは、ふと目が覚める、与えられた部屋は棚やランプが置いてあり、甘い果実の飲み物まで付けられていたことから並大抵の宿屋では敵わない程に設備が充実してあることが伺える


「うぅー……トイレ……」


そして目が覚めたと同時に突然な尿意に動かされて宛もなく廊下をさ迷う、一応トイレの場所は伝えられていたが、この城が始めて訪れた事と、設置された窓から入ってくる月明かりと、手に持っているランタンしか頼れる光源が無かったため、なかなか目的の場所へとたどり着けずにいた


「ええと、次の曲がり角は……?」


片手に広げた城内図を見ながら歩いていると何やら物音がする、この時間に人が出歩くのも不自然に思ったバニエットはその場所へと導かれていくように歩を進めていく


「ここ……ケンタ様の?」


廊下の木目に見覚えにあるバニエットは、この先が拳太が現在も眠っている集中治療室であることを思い出した。


「もしかして……!」


拳太が目を覚ましたかもしれない、そこまで考えたバニエットは居ても立ってもいられずに拳太の元目指して駆け出していく

だが、その喜色満面の表情はその少年の部屋の前へと辿り着いた時、音を立てて凍りついてしまった。


「えっ?」


部屋の前には一人の人物が立っていた。

窓と窓の合間に当たる場所に立っていたため、どんな人物か見ることはできなかったが、一つだけハッキリと視認できる物があった。

月明かりの光に当てられて輝く一振りの斧、その人物はその凶悪な輝きを宿した物を持ったまま拳太の部屋に入ろうとして


「ダメェェーーーー!」


バニエットは出せるだけのありったけの力を身体に乗せて、その人物は強烈な体当たりを食らってその身を数歩後ろへとよろめかせた。


「はぁッ……! はぁッ…………!」


バニエットは体当たりした後すぐさま腰に備え付けているもうすっかり使い慣れたショートソードを引き抜く、そして相手を見据えようと顔を上げた時、彼女は見た。


「! その服は……!」


一瞬だけであったが、相手の腕が月明かりに照らされた。

すぐに引っ込められたが、目にはっきり焼き付いたのは男と思わしき手と、聖桜田丘学園の白い制服の裾だった。


「貴方も勇者なんですか!」


「………………」


その男は何も言わず手に持った斧を自然体のまま手放す、手放された斧は当然重力に従って落下していき、重い音を響かせて廊下に突き刺さる、その時、斧の側面に魔方陣が浮かび上がり、瞳の描かれたそれは紫の禍々しい明かりを漏らし始める


「その絵……あの時の造魔の!」


バニエットには見覚えがある、その瞳と、そこから伸びて魔方陣を形作る触手のような線を持つそれは忘れようもない、数日前に激闘を交わし、拳太に重症を負わせた人の手で作られた魔物と同じであった。


「貴方なんですか! あの造魔を作ったのは!」


「…………」


バニエットの問いかけにも答えずに、その人物は彼女に背を向けて逃げ出そうとする

当然彼女も追おうとしたが、斧の魔方陣が放つ光が瞬間的に膨れ上がり、バニエットの視界を白く染め上げ、足を止めてしまった。


「くう! う……」


思わず腕で目を覆い、そして次に彼女が目を開けた時に写ったのは


「け、ケンタ……様?」


虚ろな瞳でバニエットを見据える少年の姿だった。


「ケンタ様? 起きたのですか? 傷は……」


バニエットはその少年の元へと駆け寄り、捲し立てるように問いかける、なにしろ今、目の前の少年はまだ着けておかなければいけない包帯を外しており、外を出歩いているのだ。


「アァ……」


「!?」


だが近寄った少年から人の放つものではない、不気味な鼓動を耳に入れたバニエットは半ば本能的に距離を取った。

その直後、バニエットの立っていた場所に少年の拳が突き刺さり、木の廊下に多くの亀裂が入った。


「ケンタ様じゃ……ない!」


確信したバニエットは改めて眼前の敵に剣を構える、外見だけ見ればそれは完全に拳太と同じ格好をしており、口元に妖しい笑みを浮かべていた。


「オオヴヴヴ!」


偽物の少年は人間では到底出せない脚力でバニエットに肉薄すると、その拳を降り下ろす、回避不可能だと悟ったバニエットは鞘を添えてその拳を自身から逸らし、拳は廊下に新たな亀裂を生んだ。


「うぁっ!」


受け流したにも関わらず、落石を手で受け止めたような衝撃は、バニエットの体が数瞬浮くほどであった。


「オオオオオヴァヴァヴァヴァヴァヴァァァァァァ!!」


「動きまで……!?」


怪物のような力を伴った少年の拳は本物と同じような動きでバニエットを追い詰めていく、彼女は避けるのが精一杯で壁や廊下の亀裂をいたずらに増やし続けるだけだった。

一部は下の階層が見えるほどで、このままでは崩壊が起こるのは時間の問題だろう


「くっ! ええーい!」


バニエットは一瞬の隙間を縫って少年から距離を取ると、自分と少年の間に脇に挟んでいたランタンを投げつける、投げつけられたランタン壁を作るように炎を噴出させ、少年の姿をあっという間に視界から消してしまった。


「ケンタ様……熱かったらごめんなさい!」


心の中で本物の少年に詫びながらバニエットは助けを呼ぼうと動き始める


「ヴァァァァァァァ!!」


だが、炎の壁の中から何かが高速で飛来し、バニエットの頬の側を掠め、彼女の皮膚を薄く削り取る、飛んでいったそれは、バニエットの進行方向の壁に突き刺さると、その通路を何かが広がり塞いでしまった。


「っ!?」


バニエットは飛来した何かがなんなのか確かめようと視界を横に向ける、するとそこにあったのは造魔と同じ色、形をした触手の束だった。


「まさかアレは……造魔!?」


その触手は掠めたことで位置を把握したのか、まるで枝を生やすように新たな触手を展開してバニエットの元へと一斉に襲いかかる


「とにかく今は逃げないと……!」


バニエットは辛うじて残っていた唯一の通路、下の階に向けて跳躍した。















「グ……『見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』ォォ!」


「おい、無茶をするな! まだ病み上がりだろう!」


「あわわわ……!あ、あっちからも来たのです!」


同時刻、他の四人はレネニアの指揮の元、突如襲撃して来た触手に対抗するため固まって応戦していた。

だが何時までも絶えず襲いかかる多数の触手に加えて、その触手に有効打を与えられるレベッカがまだ本調子で無いことが災いして防戦一方となっていた。


「チッ! ベルグゥ! 後ろの部屋へ退くぞ!」


「御意! 追撃は私が打ち払います!」


レネニア達は入り口が一つしかない部屋へと退避すると、そこを拠点として触手の迎撃を再開する、入り口が一つしかないため触手の対応はしやすいが、それは彼らにもう後がない事を示していた。


「くそっ! 少年の事も心配だが、ラビィの少女はどうした!」


「み、見つからないのです! ひょっとして、もう……!」


悲観的になるアニエスに、触手達を凪ぎ払いながらレベッカが顔だけを僅かに彼女に向けて怒鳴った。


「バカな事言わないで! バニエットならきっとケンタを助けに行ってるよ! だって――」


レベッカは再び襲撃の手を激しくしてきた触手に対応するために顔を戻す、だが言葉はそのまま続いた。


「バニエットは拳太の弟子でもあるんだよ!? そう簡単に負ける訳ないじゃん!」
















「はぁ! はぁ!」


バニエットはとにかく走り続けた。迫る触手を時には逸らし、時にはかわし、時には切り捨てた。

だが彼女は足を止めてしまった。スタミナが尽きてしまったのもあるが、彼女の前にも後ろにも触手が気色の悪い水音を立てながら蠢いていたのだ。端的に言うと、彼女は追い詰められてしまった。


「くっ……もう逃げられない……!」


触手は直接バニエットを襲う言葉はせずに壁に添って彼女を包み込むように触手を展開させる、窓も塞いでしまう辺り、万に一つでも彼女を逃すつもりは無いようだ。


「それなりの知性はあるそうですね……!」


バニエットが忌々しく睨み付ける先には、妖しく照らされる触手の空間から靴の音を響かせて姿を現す少年の姿があった。

変わらず浮かべられる薄い笑みは、これから獲物を食する喜びにうち震えているようにも見える


「オオオオヴァ!」


「ハッ!」


二人は同時に跳躍する、少年は拳をバニエットに叩き込もうと獣のように飛びかかる、彼女はその動きを見切ったかのように真上に飛び、剣を突き立てようと構え直す


だが壁から伸びた触手が彼女の足を絡め、大きく体勢をぐらつかせる


「キャ……!?」


「オヴァ!」


こちらを振り向き、邪悪な笑みに変えていた少年の顔が映った刹那、少年の腕が伸びてバニエットの胴へと矢のように向かっていき、そして直撃した。


「ガハッ!!」


革の鎧が守ってくれたため、死ぬような傷にはならなかったが、それでもその重すぎる衝撃は、彼女の体を吹き飛ばし、吐血させるには十分すぎた程だった。


「ぐ、うう……」


地面に落ちる前に彼女の体は壁から伸びた触手に縛られ、眼前の少年と強制的に視線を合わせられる、その笑みを浮かべながら迫り来る死の権化に向けてバニエットは


「ふ、ふふ……」


笑いかけた。


その異様な行為に、知性が反応したのか、それとも造魔としての直感が違和感を与えたのか、少年は笑みを消し、怪訝なものとなってバニエットを見据える


「明るいですね……私も、貴方も、いや、この空間の隅っこまでもが見える程に……」


唐突に語られた言葉に、少年は戸惑うように、縫い付けられるようにその足を止める


「どうしてだと思いますか……? ()()()()()()()()()()()()()()()のは」


少年は目が離せない、ラビィ族の少女から、その苦しくも勝利を確信したような笑みから


「……上を見てください」


バニエットに言われるがままに上を見る、視界に映ったその天井はボロボロであり、壊れた一部からは上の様子が伺えるような穴さえ開いていた。


そして、その穴からは『オレンジ色の光』が漏れ出ていた。


「そう……ここは私と貴方が暴れまわった廊下の! 真下なんですよ!」


バニエットはまだ縛られていない腕で握り続けていたショートソードを天井に向けて投げると、天井に刺さった場所――造魔の少年を中心として天井の崩壊が始まる


「――――!?」


スローモーションに流れる、その光景を見ながらほぼ理性が残っていないながらも、彼は理解した。

――本当に追い詰められたのは自分の方だったと


「ギャアアアアァァァァァ……!!」


断末魔の悲鳴をあげて少年は炎に包まれ、焼かれていく


「貴方の動きはケンタ様と同じようでしたが……」


触手の拘束が解かれ、服と鎧を叩いたバニエットは不敵に笑う

まるで、遠藤拳太のように


「策略性は、そうでも無かったみたいですね」


拳太の兎は、燃え盛る炎に照らされていた。

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