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第四十九話 一の友、千の民

「造魔の素材が、人……?」


拳太は呆然としていた。レネニアが残酷すら生ぬるいと言うものだから、生半可の物は想像してなかった。

だが、それは拳太の予想を遥かに越えた。越えてしまった。


「……そうだ。もともと少し予想していたが、そこの女の言葉で確信した」


レネニアは苦虫を噛み潰したような表情で顔を伏せている、ライオン女は冷静を取り繕うように口を開いた。


「現在貴様らが弱らせてくれたあれを捕獲してリヒテンを元に戻すための実験を開始している、心が痛むが……これも彼女のためだ」


「なるほど……だからこんな所にたくさん兵士さんのテントがあったのですね」


アニエスは納得するようにしきりに頷いていた。

しかし拳太はそれでいいのか、と何かが引っ掛かるような違和感を感じていた。

その答えを探るべく周囲に目を配ってようやく気づいた。


兵士達はよく見ると怪我をしている者が多数存在していた。恐らく件の造魔を捕らえるために負った傷だろう、そして怪我人の数から見るにそれは一度や二度ではない、きっと何度も失敗して今回になってやっと捕らえられたのだろう


そしてレネニアが怒りの形相を浮かべて口を開く


「つまりこいつは自分の妹という一人のために大勢の兵士を犠牲にしていると言うわけだ。仮にも王女の一人ならどのような判断をすべきかすぐに分かるだろう!」


レネニアの言葉にライオン女は一瞬息を詰まらせるような顔をしたが、すぐさま襲いかかるような勢いでレネニアの言葉に噛みついた。


「なっ……! いくらレネニア殿と言えどその言葉は聞き捨てならん! 私はただ、妹を助けたいだけだ! それにもう捕獲はしたのだからこれ以上被害が広まることは――」


「そんな保証がどこにある! 造魔の力、知らないとは言わせんぞ!」


二人の言い争いはどんどんと激しくなっていく、だが二人の論が平行線を辿っており、一向に終わる気配が無い、その場に居るものが頼りなく様子を見ている中、拳太はため息を一つ吐くと手首の縄を焼ききってレネニアをつまみ上げた。


「な、何をする少年!」


「なぁ、もう放っておこうぜ、時間の無駄だ」


「しかしこうしている今でも――」


「何言ってもコイツ等は聞きやしねーよ、それにこれはアドルグアの問題だ。オレ達が首突っ込むモンじゃねぇ」


その言葉に後が続かないようにレネニアは口を詰まらせた。だがまだ諦めきれないらしく拳太に向かって必死に言葉を募らせる


「ならば造魔はどうする!? あれを放置しろと!?」


「流石に本格的に危険になったら国が処理するだろ、もうわざわざオレ達が出る幕はねーよ」


レネニアは今度こそ完全に沈黙した。その姿に拳太は罪悪感を覚えなくともなかったが、それ以上にもうこの問題とは関わりたくなかった。


「国のゴタゴタに巻き込まれてる暇なんざねーだろ、それよりバニィの故郷に行かねーと」


拳太は他の仲間の縄を焼き切ると側にあった荷物を回収してテントの出口へ向かう、彼女達にしても厄介者はさっさと消えてほしかったのかそれを止める者は居なかった。


「邪魔したな」


そう言い残して拳太はテントの外へと出ていった。

















「少年っ、もういいだろう! 放せっ」


「ん? ああ、悪い悪い」


未だに自身をつまみ続けている拳太に抗議するように手足をジタバタと動かして己の存在をアピールするレネニアに対し、拳太はまるで丸めた紙をゴミ箱に入れるかのような気楽さでベルグゥの肩へと彼女を放った。

ベルグゥは彼女を優しくキャッチし、いつもの場所へと軽く手を添える


「全く、動物のようにつまむとは……」


「え、えーと……これからどの道を通るんですか?」


機嫌を悪くしたままブツブツと文句を言うレネニアを片目に見やりながらバニエットが気まずそうに頬を掻いてそう尋ねた。


「ふむ……多少遠回りになりますが完全に森を抜けた獣道を使用します。あまり使われていないため分かりづらいとの事ですが……この際、致し方ありません」


ベルグゥはいつも通りの表情と声音で告げる、彼も彼でレネニアと同じような思いを抱いているだろうに、それを少しも表に出すことはしなかった。


「じ、じゃあ……早く出発しようか……はぁ、はぁ」


「レベッカさん! 大丈夫なのですか!?」


まるで熱でも出ているような様子のレベッカにアニエスが心配そうに駆け寄る、しかしレベッカは笑顔を顔に張り付けると勢いよく立ち上がって腰に手をあてて胸を張った。

しかし、それが虚勢だと言うのは無理につけた笑顔と荒い息、震える体を見ればすぐに分かった。


「だ、大丈夫……魔力を使いすぎただけ、だか、ら……」


「レベッカさんっ!」


言い終わる前にレベッカの身体はぐらつき、力があっという間に抜けて地面に倒れ込む、アニエスが途中で支えたため頭は打たなかったが、依然として苦しそうだ。


「……魔力が命の魔族が魔力を失ったらなる症状だ。しばらく休めば問題はない」


「え、えっと……魔力回復薬を飲ませた方が良いでしょうか?」


ポーチから薬の瓶を取り出したバニエットにレネニアは黙って手を突きつけて制止する、飲ませない方がいいと理解したバニエットはもとの場所へと瓶を仕舞った。


「今、彼女の身体は熱が出るくらいに魔力を発生させている。そんな状態の中、魔力回復薬なんて飲ませたら魔力が暴走して最悪死亡するぞ」


「は、はい……」


レネニアの恐ろしい説明に顔を青ざめさせながらバニエットは何度もうなずく、と拳太がその間に荷造りを終えたらしく馬車に乗り込んでいた。


「そろそろ行こうぜ、いつまでもこんな場所には居られねーよ」


「そうだな……ベルグゥ、あまり刺激を与えない運転を頼む」


「畏まりました」


こうして拳太達は馬車を発進させ、テントの群を抜けていったのだった。














「……どうなるんでしょうか、あの造魔」


誰もが無言で馬車が進んでしばらく、外を何となしに眺めていたバニエットがふとした様子で呟いた。


「さあな……助かる時は助かるし、ダメな時はダメなんじゃねーのか」


拳太はもう関係ないと言うことを強調せんとばかりに寝っ転がって目を瞑る、拳太のその態度に苛立ったのかレネニアは頬を膨らませて膝を揺すり始めた。


「無責任だな、全く……」


「無責任も何も、もう向こうがなんとかするって言ってたんだから手の出しようがねーだろ……面倒事に首突っ込むのはゴメンだぜ、オレは」


それ以降、馬車内に会話が交わされる事は無かったが、一人の少女は拳太の言葉を頭の中で反復し、ふとある事を考えていた。


「だったらどうして……私達を助けたんですか?」


「あん? 何か言ったか、バニィ」


「あ、いえ! 何も!」


自分の思いがいつの間にか口に出ていたのか、慌てて手を振って誤魔化す。拳太も詳しく追求するつもりは無かったのか、特に何も言わずに起こした頭を再び下げて腕を枕にした。


そして、その時こぼされた一つの言葉が、機敏な耳を持つ彼女にだけ届いた。


「そんなモン、オレにもよく分かんねーよ……」


「……!」


目の前の少年の呟きに、丸い目を更に開かせてバニエットは驚愕した。

それは自分の言葉が聞こえていた羞恥によるものか、それとももっと別の事なのか

何か言葉をかけようとして、しかし何も言うことが見つからない彼女は、視線を拳太に固定しながら頭の中を言葉でかき回し続ける


「――えっ!?」


そしてその思考を中断させるように彼女は地鳴りの音を聞いた。


「どうした? バニィ」


「何か……来ます! 向こう……あの方向からッ!」


バニエットの指差す先――それは先程拳太達が立ち去ったこの国の王女の一人であるライオン女が率いる軍隊の滞在地点だった。


「はぁ!? いくらなんでも早すぎんだろ!? 何やってんだアイツ等!?」


「大方、その場にあったものの急ごしらえで作った拘束具では捕らえきれなかったのだろう! ……クッ、だから早く始末しろと言ったというのにッ!!」


あまりの急展開に驚きを隠せない拳太にレネニアが己の憶測を口にする、そうすることで自分を含めた面々達に冷静さを取り戻そうとしているようだ。


「ど、どうするのですか!? レベッカさん、まだ起きれないのですよ!?」


「分かっている! ベルグゥ、飛ばせ! 捕まるなよ!」


「御意!」


ベルグゥは手綱を一層振るわせて馬を急かすように煽る

だがそれが災いしたのか、それとも先程の戦闘の疲れが残っていたのか突如目の前に現れた触手への対応が遅れ、慌てて回避した先の急斜面と激突して拳太とレネニア、そしてレベッカが馬車の外へと放り出されてしまった。


「うおお!?」


「くぅっ……! 無事か少年!」


「ああ、けどレベッカも飛ばされちまったぜ!」


「何!?」


周囲を見渡してレベッカの姿を探す拳太とレネニア、すると彼らの目に入ったのは一本の触手に持ち上げられ、今にも危害を加えられかねないレベッカの姿があった。

魔力をほとんど失った彼女は抵抗どころか、指先ひとつ動かす事さえ出来ておらずにぐったりと手足を放り出していた。


「レベッカ! この野郎!」


拳太は地面から再び出現した造魔に向かって雷を纏った拳を振り上げて駆け出す。

素早く懐まで飛び込んだ拳太に造魔は触手を出す間も無く閃光を放つ拳を


「なッ!?」


「――――!」


当てられなかった。

横から入って来た銀色に阻まれ、彼の拳は甲高い金属音を撒き散らす程度に収まってしまった。


「あれには私の妹が居ると言っただろう……!」


「テメー……! この後に及んでまだ言うか!」


拳太の攻撃を阻害したのは軍隊の長であるあのライオン女であった。

剣の側面の中心で寸分狂わずに拳太の拳を受け止めたのだ。


「貴様! 我儘はこれまでにしろ! 今まさに犠牲者がでる直前なんだぞ!」


「我儘? たった一人の妹を助けたいと言うのはそこまで悪と言うのか!」


レネニアの糾弾にもライオン女は悪びれもなく言い放つ

だが確かに、彼女の言い分も分からなくもない、愛しい身内を助ける方法があるのならば最後まで諦めたくないと言うのが普通だ。


だから拳太は、煮えたぎる怒りを堪えて口を開いた。


「分かった……奴は殺さねー……」


拳太の言葉にレネニアとライオン女は共に唖然とした表情で彼を見据える


片方はその言葉が本気かどうか

片方はその言葉が正気かどうか


後者を考えた者はその結果が出る前に直ぐ様顔を険しくさせて興奮したようすで次々と言葉を放つ


「少年!? 何を言っている!? 彼女がどうなっても良いのか!?」


「いい訳ねーだろッ!!」


「!」


拳太から放たれた気迫と剣幕にレネニアは圧される、人形のはずなのに、その声量には鼓膜を破って直接脳を揺さぶるような響きだ。

その力に大量の言葉を出すはずだった彼女の口は閉じられた。


「けど、逆の立場ならオレもこうする、だから協力する!」


そう、拳太にも目の前の彼女を責める資格は無い

そもそもの発端はあの造魔を作り出した者だ。

ならば争うべきなのは少なくとも彼女ではない、拳太はそれをよく理解していた。


「私が言うのもなんだが……本気なのか?」


「ただし、本当に仲間がやられる寸前までだ。それ以上は譲る気はないぜ」


「ふん……いいだろう!」


言葉と同時にライオン女は描くように剣を振るう、虚空を通りすぎるだけだったそれは、レベッカを捕らえていた触手を両断した。


「私の剣の足を引っ張るなよ小僧!」


「テメーこそ、手ェ抜くんじゃねーぜ!」


共に並んだ両者はそれぞれの構えを取って造魔へと突撃した。













「ケンタ様!」


馬車から飛び出したバニエット達は拳太達の元へと向かい、そして息を飲んだ。


ライオン女の繰り出す剣撃は、まるでそこが一つの舞台になったかのように美しい踊りの様だったのだ。

差し出す手のように剣を突けばその直線上にある触手が串刺しになっていき

独楽のように剣を回せば、それだけで彼女を中心とした小規模の竜巻が巻き起こる


しばらくその光景に見とれていた一同だったが、レベッカの元へと向かっているレネニアを見て我に返り、彼女の元へと向かった。


「レネニアさん、レベッカさんは大丈夫ですか!?」


「怪我はしてないのですか!? 治癒魔法……は使えないのですよね?」


「ああ……誰か道具を持ってないか? どうやら落下の際に少し擦りむいたようだ」


「あ、私がするのです!」


アニエスが手早く消毒液と布を取りだし、軽い処置を施していく、バニエットは踊る剣撃をその両の瞳に焼きつけていた。


「……あれは『精霊武技』、さらに付け加えるなら『剣舞式』と呼ばれる代物だ」


「精霊武技……ですか?」


「ああ、魔法が極端に使いづらい体質の獣人がそれでも魔法に似た現象を起こせないかと四苦八苦した結果編み出された獣人の武器と言うべき物」


レネニアの説明を聞きながら、バニエットはその光景を輝く瞳で眺めていた。


「……ふぅ、ここは私達だけで準備をするか……ベルグゥ、手伝え」


「承知いたしました」


レネニアとベルグゥの二人は馬車を引っ張り、道具を取り出し始めた。














「うおっ!? ったく、手抜きすんなとは言ったけど、よぉ!?」


拳太も一応ナイフに電気を通し続ける事による熱を使って自らに迫る触手を焼き切ったりしていたが、体を動かす大半の理由は、彼女の剣撃に巻き込まれない為であった。


「おいコラァ! ちっとはこっちの事も考えやがれ! さっきからテメーの攻撃がこっちにも飛んで来んだよ!」


「ほう、これだけやってまだ巻き込まれていないとはな、どうだ? 私の隊の見習いになる気は――」


「ねーよ!」


もしかしたらこれまでの口喧嘩の報復かと邪な事を考えながら拳太は必死に体を捻り、飛ばして触手と剣撃の隙間を掻い潜っていく、ライオン女はそれを感心するように一瞥すると、口元をライオンらしく獰猛な笑みに歪める、拳太はそれを見た瞬間に猛烈な寒気に襲われた。


「さて、そろそろ仕上げだ。せいぜい死ぬなよ? 小僧」


「はぁ? 今度は何して――」


拳太が問いただす前に、今まで彼女が切ってきた触手の傷口から太陽の光と見まごうほどの暴力的な光が溢れ、見るものの網膜を刺激する


「おいおいおい! これってまさか――――!」


拳太が徐々に強烈になっていく光を見て、足を動かしながら己の予測を口にする


そして彼がそれを言いきる前に拳太の予測通りの結果が起き、予想以上の爆発に拳太の体が宙を舞った。


「――ごっ!?」


次に拳太の意識がハッキリしたのは地面に全身を叩きつけられてからであった。

痛覚の警報に苛まれながら拳太は青空を見る


「上の木が殆ど吹き飛ぶ程ってどんだけだよ……」


やがてその意味を理解した拳太はゆっくりとした動作で起き上がりながら呟いた。


「加減は苦手なのでな、力の向きを変えた」


爆発の間近にいたというのに先程と変わらぬ姿をしたライオン女に拳太はため息を吐く


「……全身に防火剤でも撒いてんのか?」


「そのボウカザイとやらが何なのかは知らんが、特別な道具など使ってはおらん」


「……アフロまみれにでもなっちまえ」


もう突っ込む気力も失せたのか、拳太は立ち上がりながら純粋な悪意をぶつける


「で、アイツは? あそこまでやりゃ死んじまうじゃねーのか」


「私がそんなミスをするか、見ろ」


彼女の示す方向を見ると、たしかに造魔はまだ生きていた。

ただし今度は眼球だけが残り、もう触手を隠し持っている様には見えない、今度こそ無力化出来ただろう


「ったく、コイツとコイツを作った奴のせいで酷い目に遭ったぜ」


拳太が悪態をつきながら腰を下ろす。と彼らの元に足音が響いた。


「ケンタ様ー! 大丈夫ですかー!?」


「おうバニィ! 一応怪我はないぜ!」


こちらに駆け寄ってくるバニエットに拳太は手を振って応える、本当は全身に鈍痛が走っているがその内治るものに無用な心配をかけさせることは無いだろう


とその時、その気の緩んだ一瞬を狙ったかの様に造魔から三本の触手がそれぞれへと鞭をしならせるように迫る


「えっ――!?」

「なっ――!?」

「グッ――!?」


三人はそれぞれの咄嗟の行為を行った。


バニエットは剣を抜き

ライオン女は既に迫る触手を切り捨て

拳太は一瞬だけ逡巡するとバニエットに触れる寸前の触手にナイフを投げて地面と縫い付けた。


「ぐあっ!」


何の対応もされなかった拳太へ向かった触手は彼の体に巻き付くと、そのまま自らの元へと引きずり込んでいく


「ケンタ様!」


「待て!」


バニエットが悲痛な声で剣を造魔の瞳へと投擲しようとしたが、それは当然ライオン女に阻止される


そした拳太は引きずり込まれる瞬間、ほんの少し世界の時間が緩やかになり、そして自分に巻き付くものの正体を理解した。


「コイツ、自分の視神経を――!」


瞳が粘液を飛ばしながら開き、口のような物が見えた所で拳太の視界が黒く染まる


「ケンタ様ぁぁぁーーーーー!!」


バニエットの泣き叫ぶ声を最後に、拳太は音さえも聞こえなくなった。

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