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第四十八話 造魔の素材

「少年、次は右のポイントを撃て!」


「おおおおお!」


レネニアの出した指示通りに拳太は照準を合わせて引き金を引く、それによって弾き出された鉄製の矢が唸りを上げて眼球の化物の触手を地面と縫い合わせる

眼球の化物はその矢を引き抜こうとしてすぐ側の触手を這わせるが


「『見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』!」


その触手はレベッカが放ったレイピアによって次々と切り裂かれていく、黄色く粘着質な液体を撒き散らしながら触手達は力無く地面へと放り出された。

液体が地面を溶かしているらしく、液体と地面の境界線から白い煙が立ち込めてくる


「っ! ベルグゥ、避けろ!」


「御意!」


しかしそれは囮、レベッカがレイピアを放っている間に馬車を叩き伏せようと太い触手が煙ので視界が塞がっている中から倒木の様に拳太達に迫ってくる


「予想よりも知恵が回るようですな……しかしッ!」


ベルグゥは手綱を揺らして馬達に指示を出し、狭い森の中を最小限の動きで回避していく

触手が拳太達のすぐ隣に激突していき、それによって発生する衝撃は彼らの体の芯まで揺らし、多大な土煙を巻き上げさせて嫌でもその重すぎる質量と威力を思い知らされた。


「っ! 下からも!」


バニエットが焦った様に告げる、そして彼女の言葉通りに地面が盛り上がりを見せ、次の瞬間には固い地面の面を突き破って無数の触手が一瞬にして表れ馬車に殺到する


「くっ! 『見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』!」


レベッカがレイピアを再び射出して幾つかの触手を斬り捨てて、そこから生まれたほんの僅かな隙を突いて馬車が通り抜けて行く、そのたった一つのミスが即座に死を呼ぶギリギリの攻防に誰もが額に汗を浮かべ、余裕を奪っていった。


「おいレネニア! このままじゃいずれ追いつかれるぜ! まだ目を撃っちゃダメなのか!?」


「ダメだ! あと七本は縫い付けないと奴自身の動きで避けられる!」


レネニアの言葉を裏付けるようにレベッカが牽制に放つ風魔法の刃を不自然な動きで次々と避けていく、そして余裕の無いこちらを嘲笑うように、人と魔物の圧倒的な力の差を見せつけるかの様に瞳を愉快そうに歪ませる


「チッ! デカブツらしくノロマでいたらどれだけ楽だったんだろうな!」


「言っても仕方ないよ! ケンタ、早く撃って!」


レベッカの必死の声を聞いて拳太は射撃の反動に耐えつつ体ごとバリスタを回転させながら次々とポイントに矢を撃ち込んでいく、時折レベッカの風魔法で軌道を修正されつつ全て狙った場所へと吸い込まれるように命中していく


「あと……一本!」


拳太が最後のポイントを撃とうと矢を装填すると同時、今度は周りから触手が飛び出し、今までとは比較にならないほどのおびただしい数の触手が、肉の壁を形成して馬車ごと拳太達を押し潰そうと地面を削りながら押し寄せてくる、恐らく今度は使える全ての触手を使ったのだろう


「なっ!? あの野郎まだこんな事が!?」


「『 見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』! 『風の刃(ウィンド・カッター)』! ……ダメだ! 壁が突破できない!」


レベッカの刃は肉の壁に傷を付けさえすれ、突破するには全く威力が足りてなかった。拳太が矢を放っても無駄撃ちになってしまうのは眼に見えているし雷も同じだろう、飛び越えようとしても一度の跳躍で20m以上上昇する術を拳太達は持ってはいない、森の木を踏み台にしても同じだろう、届かない距離が精々数メートルに変わるだけだ。


「……クソッ! ボクに……ボクに魔力があったら!」


レベッカは悔しげにレイピアを握る、普通の魔族ならその膨大な魔力を使って強力な魔法を駆使してこの肉の壁程度なら軽く吹き飛ばすだろう、しかしレベッカは魔力が低い、人間と比べれば十分に上位に入る部類だが、所詮は気休めである、今レベッカが持っているものと言えば消耗した魔力に一振りのレイピア――


「――刃?」


とレベッカは己が手にあるレイピアを見つめる、レベッカの脳裏にはある一つの過去が蘇っていた。それは拳太と出会ったばかりで、『見えざる騎士(インビジブル・ナイト)』がまだ修得出来なかった頃――
















「風の刃?」


拳太がレイピアにどのように風を纏わせるかを説明している時、レベッカは拳太の言葉におうむ返しで首をかしげた


「それって『風の刃(ウィンド・カッター)』の事? でもケンタは使えないって……」


「いや、そっちじゃねーんだ。まぁ……魔法であることには変わりねーんだが……」


拳太はどう言おうか悩んでいるのかしばらく空の方向へと目を逸らしつつ頭をかいていた。しばらくすると拳太は己の拳をレベッカの前に掲げる


「いいか? この今上げてるのがテメーの剣の浮いた状態だとする、さっきテメーが言ったのが……」


拳太はもう片方の手を開くとそこから雷を発生させる、雷は拳太の拳の上でまるで意思を持ったかのように球となって浮かんで不規則にあちらこちらへとゆっくり飛んでいく


「この独立した雷の事だ。そんでオレが言ったのが……」


拳太は掲げた拳にも雷を発生させる、しかし今度は拳太から独立する事無く拳太の拳の周りを徘徊している


「この付属された雷の事だ。テメーはこの雷を風の刃としてレイピアに纏わせて威力を上昇させる」


拳太が説明し終えてもレベッカは腑に落ちない顔で唸っていた。拳太は説明の仕方が悪かったのかともう一度一から言おうとしたところレベッカに口を指で塞がれた。


「うーん……ケンタの言いたい事は分かったんだけど、風の刃なんか纏わせて意味あるのかなぁ? そりゃ血が着かなくなるから便利そうだけど元々は空気だから威力なんてたかが知れてるだろうし、魔力の消費量を増やしてまでやることかな?」


レベッカの質問に拳太はなんだそんなことかといった表情を見せるとレベッカの指を退けてその疑問に答えるべく口を開く


「そりゃテメーが風の刃を全然使いこなせてねーだけだ。テメーは無駄に力が入りすぎなんだよ、斬れればいいんだから厚さは要らないし大きさだってそこまで必要じゃねぇ、風で刃を作る基本は『薄く鋭く』だ。本の受け売りだがな」


拳太はそこまで言うと己の懐からナイフを取り出す。その刃は確かに薄く出来ていた。


「なるべく薄く、形を崩さず、それでいて風の勢いは強く、だ。

……まぁ、まずはその前に鉄の刃を持ち上げなきゃならねーがな」
















「あの後、結局『刃を付与すると浮かせるための風と反発しあってしまう』ってやめにしたんだけっけ……」


レベッカはそこで意を決する様に顔を引き締めるとレイピアを鞘に仕舞うと、触手によって作られている肉の壁に体を向けた。


「……レベッカさん?」


とそこでバニエットは不思議な物でも見るような目でレベッカを見つめていた。

しかしそれも無理からぬ事だろう、なぜなら彼女には今何も無いのに()()()()()()()姿()()()立っていたからである


「レベッカ……テメーまさか?」


「アハハ……流石にケンタは分かるか」


レベッカは悪戯がバレた子供のように困った笑顔を向けると、再びあるはずのない剣を握って目を瞑る


そう、今からレベッカが行おうとしているのはどんな岩をも切断してしまう風を刃の形成だ。レイピアに纏わせる事は不可能ということが分かり、レベッカがついぞ使う機会を失った技術


だが刀身自体が()()()()()()()()()()()、話は別かもしれない


レベッカはそんなあるか無いかも分からない可能性を信じて実行しようとしていた。


しかしレベッカが持っていたのは『刃を付与する技術』であって『刀身自体を作る技術』ではない、形成しようとする度に中身のない刃は歪んで形が維持できずに崩れていってしまう


「……レネニア、サポートしてやってくれ、あいつが何をしようとしているかすぐに分かるハズだ」


「分かった。もうこれに賭けてみるしかあるまい」


レネニアはレベッカの肩に乗り移って共に目を瞑る、しばらくするとそよ風と同時にレネニアの口が動き始めた。


「風の形成を開始、太さは3cm、長さは基本を1.4mとして延長して5m……」


レネニアの言葉に合わせるように風がレベッカの手元に集まってくる、それは彼女の手元に渦を巻いて集まっており今か今かとその出現を待ちわびている


「形は手元から先を全て菱形に統一、そこから角度調整を行い極限まで角を鋭くした平行四辺形に……」


渦巻く風にも鋭さが増していき拳太達を煽る風は勢いが強くなってくる、ほんの少しの小物程度なら巻き込まれてしまいそうだ。


「風の循環ルート形成完了……魔法名、『疾風の太刀(エア・ブレイド)』!」


魔法名を口にすると同時にレベッカの瞳が開かれる、その赤い瞳は爛々と焼けただれるように輝いており、夜の闇にさえ紛れはしないだろう


そして、彼女が両手を掲げると同時に風が産み出され、それが一つの剣になる、目には見えず、質量さえ感じさせないはずのそれは触れるもの全てを両断する力を放っていた。


「VAAAAAAAAAAAAAAM!」


魔物のような荒々しくも猛々しい咆哮をその喉から響かせながら、腕を、牙を、刃を振り下ろした。


結果は一瞬で終わった。


振り下ろされた物は既に消失し、彼女の瞳の輝きも無くなっていた。

馬車も、拳太達も、迫り来る肉の壁も全てが止まった。

果たしてそれは一秒にも満たない刹那だったのか、それとも数えるのも億劫な程の永遠に近い時間だったのか


不意に、肉の壁が纏めて断面からずり落ちる事によって時間は動き出した。


後から遅れて断面から大量の黄色い粘液が溢れ出てくる、それは壁付近の地面を覆い尽くす程となっており、その中に触手を失って移動できなくなった眼球の化物が疲弊したように佇んでいた。


「はぁ……はぁ……どう……? やればできたでしょ……?」


「……本当に、よくやってくれたぜレベッカ」


レベッカの疲れきった笑顔に応えるべく拳太はバリスタの引き金に指をかけると狙いを定めていく、狙った先は本体と思われる眼球の瞳


「こりゃテメーの評価大幅に修正しなきゃなんねーな……上の方に」


拳太が狙いを定めて終えて、止めを刺そうと引き金を引こうとした時――


「待て、撃つな! 撃つと貴様らを斬る!」


「――あぁ?」


獣人達の兵士に囲まれていた。
















「ったく、イキナリ人を拘束しやがって……あと少しだってのによ」


手首に巻き付けられた縄を弄りながら拳太は呟く

拳太達は先程通り過ぎようとしたテントの集落まで連れてこられてその一つに軟禁されていた。


縄はほんの少し雷を出せばすぐに焼き切れるだろうが、現在進行形で獣人に囲まれているため意味はないだろう、因みにアニエス、ベルグゥも同じ扱いを受けている上レベッカに至っては厳重に簀巻きにされている。


バニエットのみが拳太達と同じ部屋で軟禁を受ける程度で済んでいる、レネニアはリーダーかと思われる女性の獣人に耳打ちをすると二人でどこかへ行ってしまった。


「待たせたな」


その言葉と共に拳太達を見下して入ってきたのは円い耳を持ったライオンを連想させる女性だった。

凛々しいと言うには野獣のような荒さが残っており、獣の牙のような大雑把ではあるが鋭さを備えた雰囲気を醸し出していた。


「……それで? わざわざ魔物退治を邪魔立てするとはどう言う了見なんでしょうかね?」


「ち、ちょっとケンタさん! 言い方にも気を付けないと……!」


何処かのお偉いさんだと解釈した拳太は口調こそは丁寧だったが言葉の内容は極めて挑発的な物であった。

何せレベッカが殆どの魔力を絞り出してまで作ってくれたチャンスをむざむざ無駄にされたのである、拳太の苛立ちは最高潮に高まっていた。


「フン、まぁいいだろう、今回は幾らかこちらに非がある、レネニア殿の顔に免じて教えてやる」


見ると、レネニアも相当不満げな顔で憤慨していた。やはり止めを刺せなかったのは造魔を一度潰した者として思うことがあったのだろう


「まず貴様らは造魔を作るには何をするか知っているか?」


女の問いに拳太はレネニアとの会話を思い出していき、造魔の情報を引き出していく


「『残酷と表すのも生ぬるい程の過程を踏む必要がある』……だったか?」


「イマイチ具体性を得ないが……正解だ」


女は少しだけ納得いってないと言った表情をしたが話を進めていくべきだと判断したのか、特に何も言わずに会話を続ける


「詳しい過程は省くが……あの造魔にはこの国の第四王女……私の妹の『リヒテン』が格として使われている、だからあいつを殺してはいけない」


「……は?」


拳太は思わず声を漏らした。アニエスやバニエット、レベッカも絶句しており、レネニアに顔を向ける、真相を訪ねるために


「……一概にそうとは言えないが」


レネニアはそう一言前置きしてから告げた。


「知能を備え、尚且つ強い造魔を作るなら……人間の様な知的生命体、特に獣人のような生命力に秀でた個体を使うのが最もてっとり早い」


知るべきではなかった知識が、魔女の口から語られた。

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