第四十六話 アドルグア入国
前章のあらすじ
アルッグという街にたどり着いた拳太達はまた運が悪かったのか、それとももはやそうなるのは必然なのか、トラブルに巻き込まれて魔物の襲撃にドラゴンまでついてきた。
そして更に、魔将を名乗る魔族によってレベッカに変化が
事態はそれだけに留まらず、社茲穂とその配下の兵団が押し寄せてくる
一度はアルッグの警備隊、そしてその隊長であり領主の『パーグ』と共に退けるが、それは社茲による作戦の前哨戦に過ぎなかった。
翌日、街の子供を人質に取った社茲によって拳太は一度倒したドラゴンに追い詰められてしまう
機転を効かせたレベッカとバニエットによって拳太は危機を脱して社茲を撃退する
だが社茲はまだ街の住民を操れる術を残しており、それを使って住民達を自害させた後それを拳太の責任にするという恐るべき切り札を用意していた。
しかし、発動寸前に魔力、魔法の解析を終えたレネニアによって阻止され、今度こそ社茲穂を倒すことに成功する
そして、拳太達はついに、バニエットの故郷のある国、『アドルグア自然国』へと足を踏み入れようとしていた……。
「さて、そろそろアドルグアにたどり着く訳だが……一つ問題がある」
馬車の改造を終えて旅立ってから三日、国境に沿って敷かれた矢鱈大きな門を備えた万里の長城の如き砦を前にしてレネニアは真剣な顔で拳太達を見渡した。
「どうした、いきなり真顔になって」
その理由に心当たりの無い拳太は読んでいた『冒険者の心得』という題名の本から顔を上げ訝しげな表情をしてレネニアを見る
拳太の他にもレネニアに注目する面々達にレネニアはうむと相槌を打ってから口を開いた。
「私達はアドルグアに入国する、しかし今のアドルグアは極度の緊張状態でな……元々の排他主義も相まって獣人以外は入れん」
排他主義という言葉に拳太は心底嫌そうな顔をして眉をひそめる、彼自身ヒルブ王国の人間至上主義のせいでバニエットやレベッカに不憫な思いをさせたし、危険に晒してしまった事さえある
「はぁ……何だ? また『自分の種族が一番』なんておめでたい脳みそ連中がおっ立てた糞にも劣る妄言か?」
負の感情を隠しもせずにぶちまける拳太にレネニアは思わず苦笑する、不謹慎ではあるが出会った最初に比べて拳太の性格が年相応に正直になりつつあるのを彼女は少し嬉しく思った。
「いいや、アドルグアの排他主義は不条理な差別を目的とした物ではないぞ少年、なるべくしてなった。と言うべきか……」
「それって、『バレーズ』の実力主義に似たような感じ?」
レベッカの例えにレネニアはそれだ。と指を向けて笑いかける、イマイチ要領を得なかった拳太とアニエスはお互いに顔を見合わせて頭上に疑問符を浮かべている
「ふむ……そうだな、私が言うより実際の国民に聞いた方がいいだろう
そう言うわけだラビィの少女よ、君の故郷の他種族の対応の理由をなるべく詳しく話してみろ」
「ええっ!? わ、私ですか!?」
バニエットは戸惑いつつも拳太とアニエスに向き直ると一つ咳払いをしてから人指し指を立てて説明を始める
「ええっと、私達獣人が人間に奴隷として扱われているのは知っていますよね?」
「ああ、行く街行く街に嫌でも見かけたぜ」
「一番よかったパーグさんの所の街でも獣人はあくまで奴隷だったのです……」
拳太は苦々しい表情を浮かべて、アニエスは悲しげに目を伏せる、そんな二人に声を掛けようとしたバニエットだが、話を長引かせてしまうのも申し訳なく思って続ける事にした。
「はい、人間には奴隷、そして魔族にも同じような扱いを受けるのが殆どなんです」
「あ……そう言えばボクの故郷でも獣人の奴隷は居たっけ、支配しやすくて頑丈だから便利ってお父様も言ってた。
……まぁ、当時力が無かったせいなのか獣人達に同情してボクはあんまり賛成しなかったんだけど」
レベッカも申し訳なさげに眉を八の字にして頬を掻く、そこまで聞いて合点がいったのか拳太は一つ頷いて嘆息をつき、片手で顔を覆って空を仰いだ。
「なるほどな……他種族から自分達の身を守るためか、それなら納得だ」
「しかし、話し合いで解決出来ないというのはなんとももどかしいのです……」
とそこでレネニアが手を叩いて話を中断する、再び全員の視線が集まったのを感じてレネニアは本題に入る
「さて、と言うわけで今のままでは入国ができんのだよ」
「じゃあどうすんだ? まさか強行突破なんてするわけにはいかねーし」
拳太の心配を余所にレネニアは人形の体のくせに得意気に鼻息を吐く、その動作に拳太含めた一同は思わずフラストレーションが溜まった。
「安心しろ諸君、この時の為に実はある変装道具を屋敷から持ってきていたのだ」
「変装道具……? 私達が見たときはそんなもの見当たりませんでしたが……」
怪訝な顔をするバニエットも気にかけずレネニアは荷物の山へと飛び込んで行き、時折物を飛ばしながら奥へと進んでいき、戻ってくる時にはあるものを掴んでいた。
「これだ!」
「わぁ~! これは凄いですね!」
「いや、レネニアこれお前……」
それを見てアニエスは目を輝かせて食い入る様に見つめて、拳太は思わず顔をひきつらせながらそれを指さしている
「なんだ少年、やはり君の世界の物か?」
「オレの世界の物も何も……それネコミミじゃねーかァァーーーーッ!!」
拳太の叫びが馬車に響き渡った。
「よし、通ってよし……次の者!」
アドルグア入国用の門の中には獣人の門番達が訪れる者全てを平等に審査していた。
とは言え通るものの殆どが奴隷から抜け出した獣人の冒険者だったため通行を止められる者は皆無だった。通行止めするのは精々国から許可を貰った人物以外の他種族である
とそこで門番達が一様に無駄な動きを止めて仲間と目を合わせた。
「……『匂う』ぞ」
「ああ……他種族の匂いだ」
「ヒルブ王国の匂いだな……チッ、嫌な匂いだ」
その匂いの元であるやたら武装されているが装飾の多い、アンバランスと言った方がいい馬車がやって来る、馬車の馬は門番達の前まで進むと小さく嘶いて歩を止めた。
「よし、先ず中の者は全員前に出ろ、誤魔化しても匂いと音で察知するから無駄だ」
門番の言葉に黙って中の人物は出てくる、始めに出てきたのが青い髪の女だった。
頭に大きな羊の角を持っているが、魔族特有の赤い瞳をしているし、匂いもバレーズのそれだった。
「貴様、魔族か? 名を名乗れ」
「ええっと……ボ、私はレオーネと申します。えと、父親が魔族で……その、ハーフなんです」
レオーゼと名乗った女は言いにくそうに目をそらした。それを見て門番達の殺気が一気に霧散する
実はレオーゼのような入国希望者は大勢いる
奴隷の獣人の女に無理矢理迫って子供を作ってしまうのだ。
大抵その子供は下ろされてしまうが生んだら生んだでその子供ももれなく奴隷である、そこで彼らはアドルグアへと向かうのだが以前までは受け入れられずに迫害の生活を送っていた。
しかし今代の獣人王がそれを哀れに思ったのかハーフも受け入れることにしたのだ。
「……そうですか、無粋な事を聞きました」
「い、いえ……」
レオーゼはどこかビクつきながら少し先に進む
それと同時、肩に人形を乗っけた奇妙な筋骨粒々の人間が降りてきた。
しかし肌の色が紫なため獣人か魔族かも判別がつかない、門番達が困り果てていると肩の人形が口を開いた。
「驚かせてしまってすまないな、しかしコイツの身分は私が保証する、安心しろ」
人形の言葉に門番達は当然、眉をひそめて睨み付ける、正体の分からない者に身分を保証されてもなんの意味もないのだ。
しかし彼女を見た老兵の門番はしばらく思案した後、驚愕に顔を染めた。
「貴女はもしや……レネニア様ではありませんか?」
老兵の言葉に人形は嬉しそうに艷のある微笑みを浮かべると彼に目を向けた。
「ほう? まだ私の名を知る者がいたとはな」
「当然です! 貴女のお陰で一体世界中のどれだけの人達が命が救われているか……!」
老兵は感激に体を震わせている、しかし直ぐに姿勢を正すと一人の門番としてレネニアに向き直った。
「申し訳ありませんが、残りの者も調べさせていただきます」
「構わんよ、その前に一応コイツの事を紹介しよう」
「私、レネニア様の執事をさせていただいています、ベルグゥと申します……以後、お見知りおきを」
丁寧に深々と頭を下げたベルグゥに門番達も釣られて頭を下げる
そして次に出てきたのは獣人の少女だった。
まだあどけなさが残っているもののその身なりは立派な冒険者であり歳にしてはそこそこの実力を持っているのが伺えた。
「バニエットです!」
元気よく挨拶した彼女に不審な点は見当たらず、匂いもまんま獣人の物だ。
次の者を呼ぼうとしたとき馬車の中から声が聞こえた。
「ほら、早く出てください、後は私達だけなのです……そんなに首を振ってもダメですよ! 諦めて前に出ましょう、つっかえちゃうのです!」
争うような声に門番は首を傾げて馬車の扉の役割をしている布に手をかける、レネニアの方を見ると彼女は黙って頷いた。
それを了承の意と受け取った門番は一気に布をひっぺがすとその中身を覗いた。
「あ……」
そこに居たのは驚いた顔をしてこちらを見る金髪をした獣人の癖に何故かシスターの格好をした少女と
――メイド服に身を包み、細長いツインテールを結った同じく金髪の獣人の少女が顔を赤らめてこちらを見つめていた。
「こんにちは! 私はアニエスというのです!」
シスターはすぐさま満面の笑みを顔いっぱいに広げて門番に挨拶をする、門番はアニエスを注意深く観察する、見たところ何か隠している様子は無い、匂いも少し薄いものの獣人の匂いがちゃんとする
「そちらは?」
門番は次にメイド服の獣人に目を向ける、しかし彼女は顔を逸らして何も言わない
不信感を募らす門番に感づいたのかシスターが慌てた様子で口を挟む
「あ……えーと、『姉さん』は召使いとして雇われた時に色々あってですね、その……」
「……失礼しました」
アニエスの説明に納得したのか門番は頭を下げて馬車から離れる、そこでレネニアが捕捉するように口を開いた。
「そいつはエリーゼ、 私のメイドだ。ククク……中々可愛いぞ?」
「そ、そうですか……」
愉快そうに笑い声を漏らすレネニアに引き気味になりつつも門番は礼をして手元の紙に何やら書き込んでいく
「……これで点検終りました。どうぞお通り下さい」
「うむ、ありがとう……ああ、それと」
「どうかしましたか?」
「獣人王に『近いうちにレネニアが来る』と伝えてくれ、訳あって目立てないから、内密にな」
「了解しました。必ず伝えます」
「頼んだぞ」
レネニア達は馬車に乗り込むと門を通過し、アドルグアの領域へと入っていった。
「次の者!」
門番達は次の審査へと移る、彼らの仕事は続いていく――。
「ふざけやがって!」
アドルグアに入国してしばらく、メイド服からいつもの学ランへと着替えた拳太は顔の赤らめを羞恥から怒りへと変えてカツラとネコミミを床へと叩きつけた。
思いきり叩きつけたのに対してあまり大きな音を立てなかったのが拳太に妙な虚しさを与える
「フッ……少年、そう物に当たってはいけないぞ、ふふっ、ふふふふふふ……」
「うるせーよ! なに笑ってんだ! 元はと言えばテメーのせいだろうがァァァ!!」
拳太の怒号も気にせずにレネニアはその人形の体を関節を揺らしながら笑う
そう、メイド服の獣人『エリーゼ』は拳太だった。
なぜわざわざそのような事になったのかと言うとネコミミを装着するところまでは良かったのだがアニエスはともかく、短髪のためかなり髪の分量が少なくなっており、着けている部分が見えてしまっていたのだ。
そこで、それを誤魔化すためにカツラを被る事にした。そこまでは良かったのだが
「ふざけてあんな格好させやがって! どうしてくれんだテメー!」
そう、レネニアがそこで女物の髪留めとメイド服を取り出して拳太にコスプレするように迫ったのだ。当然拳太は拒否したが着ないとネコミミも貸さないと言われて渋々女装することにした。
「でも、ちょっと可愛かったよねエリーゼちゃ――」
「あぁ!? なんか言ったか!?」
「ナンデモナイデスッ!」
からかう様に喋ったレベッカに対して拳太は本気の怒気をぶつける、全身を圧迫されん程の怒りをその身に受けたレベッカは即座に謝罪の言葉を口走った。
「つーか、なんも疑問持たれずに通されたのが一番納得いかねー!」
「ケ、ケンタ様……私にとっては、ケンタ様はとってもカッコいい人ですからね!」
バニエットの精一杯のフォローも届かず、自分はそれほどまでに女っぽい顔なのだろうか、と思い悩む拳太であった。




