第四十五話 国境に向けて
今回で第七章終了です
「やれやれ……恐ろしいな、アイツそんなことしようとしやがったのか」
「ああ、今後は『裏側』に対する警戒心をより一層上げた方がいいと思うぞ? 少年」
社茲を捕縛し、街の修復作業や巻き込まれた住人のケアに一段落ついてから拳太達とパーグは屋敷にて互いの経緯を報告し合っていた。
拳太はあわや自分が百人以上の人殺しにされそうだったことを聞いてうんざりとした様子で片方の手で顔を覆って天井を仰いだ。
「しかし、君は自らの命が危ない状況でよく子供達を守ろうとしてくれたな……ありがとう」
素直に感謝の言葉を送るパーグに拳太はばつが悪そうにそっぽを向いて頬を掻きながら言った。
「別に……オレはただ約束を守っただけだぜ、感謝なんてされてもな……」
「約束?」
興味深そうに尋ねてくるパーグに、珍しく拳太はいつもの不機嫌そうな顔から照れたように頬を赤く染めて言った。
「詳しい事は省くがバニィとな、したんだよ、『優しいままでいる』ってな……」
小声で話した拳太だったが、周りが静かだったため全員にその言葉は届き、バニエットはその顔一杯に満面の笑みを浮かべて瞳を輝かせながら拳太を見ている
「ケンタ様……!」
「――チッ! あーもう! やめだやめ! こっ恥ずかしいッ!」
「ケンタ様ー!」
「うおっ!?」
顔をますます赤らめた拳太は掻き消すように声を荒げたが、バニエットが感極まって拳太に飛び付き思わず後ろに倒れ込んでしまう
「ケンタ様、ケンタ様!」
「ちょっ、離れろ! 顎擦り付けんな! 暑苦しい!」
ジタバタしている二人を置いておいて、残りの人達は話を進める
「さて、勇者も倒した事だし、報酬を貰ったらさっさとここから出ていかなければならない訳だが……」
「でも、お金とか貰っても正直仕方ないよね、ボク達はもうすぐアドルグア自然国に行くわけだしここの通貨が通じるか分からないんだし」
「それに、いざとなればレネニア様の収集した物を幾らか捌けば十分な路銀は手に入りますからな」
「おいベルグゥ! 貴様、私のコレクションを売るつもりか!?」
しれっとした様子でベルグゥが言い放ちそれにレネニアが彼の耳元で騒ぎ立てる、しかしベルグゥは溜め息一つ吐くと半眼でレネニアを睨んだ。
「レネニア様、貴女がそう言って集めるだけ集めて手付かずの物が一体どれだけあるかご存知ですかな? 貴女の魔法倉庫は確かに便利ですが、そこを整理するのは非常に大変なのですぞ」
「うぐぐぐぐっ…………ふんっ!」
何も言い返せなくなったレネニアは拗ねたように鼻を鳴らすとベルグゥの肩にドカリと座り直す、当然その程度のことで堪えるベルグゥではないが
「と言うわけで出来れば現物支給の方がありがたいですな……」
「そうか、なら水をかけると膨らむ三ヶ月分の保存食をつけよう、あとは……」
パーグはそこでしばらく悩むように辺りに目を配っていたが、あるところを見るとそこを指差して答えた。
「私の隊のボウガンを三つと、馬車に取り付ける万能型バリスタを付けよう、矢もこちらでできるだけ邪魔にならないように積めておこう」
パーグの言葉にベルグゥ達は驚いた顔をしてパーグを見つめる
「よろしいのですかな?」
「その、人間の兵器はボクにはよく分からないんだけれども、それって凄いものなんじゃない?」
しかしそんな彼らの言葉も気にかけずにパーグは口元にニヒルな笑みを浮かべる
「ふっ、問題ないさ……君達、と言っても主にあの少年のおかげでいい品の新品が手に入りそうなのでな……」
「……ああ! ドラゴンの!」
レベッカは得心のいったように手を叩き、それから何か思い付いたような顔をする
「そうだ、良かったら魔族のドラゴン素材の技術、少しだけだけど聞く気は無いかな? きっと役立つと思うんだけど……」
レベッカの提案にパーグは鳩が豆鉄砲を食らったような表情になるがすぐさま元の顔に戻って聞く
「しかし……いいのか? そんなことをしても」
「いいよ、いいよ、貴方には恩返ししたいし、それにボクってあんまり愛国心は無いからそう言うの気にしないんだ」
「そうか……それならばありがたく」
パーグはレベッカに素直に頭を下げるとレベッカ達に向き直った。
「それではその間に旅の準備を済ませて欲しい、報酬もその時に手配しよう」
「分かった。……おい、ラビィの少女よ、そろそろ行くぞ、あまり少年を困らせるな」
拳太とバニエットを起こし上げ、部屋から出ようとしたときパーグから一つ制止の声がかかった。顔をそちらに向けると彼は至って真剣な表情で口を開いた。
「別れの前に細かいことを言って申し訳ないが、今後私のような領主、特に貴族なんかと出会ったときは必ず丁寧に対応することだ。でないと非常に面倒な事になるぞ
そこの少年は勿論、魔族である君もだ。祖国ではどうだったかは知らないが、ここでは君も一人の平民か、それ以下に過ぎないからな」
「……ご丁寧にどうも、以後気を付けるぜ」
「うん、そうだね、ボクも無意識に誰とでも対等だって思っちゃってたかも」
「私もそうするとしよう、やれやれ……これでも昔は名の売れた者だったのだがな……」
拳太とレベッカ、そしてレネニアはパーグの叱責を素直に受け入れた。彼の言っている事は間違いではないし、むしろこれから起こり得ないトラブルを避ける機会をくれたのだから感謝するべきだろう
パーグは素直に返事をした三人に笑いかけると場の空気を変えるように穏やかな声で言った。
「そうか……すまなかったな、引き留めてしまって」
「いや、こっちも感謝するぜ、テメーには色々世話になった」
「フッ……全てのいざこざが終わるとまた来るといい、その時はお客様として歓迎しよう」
「へっ、そうか、ならそん時は美味いご馳走でも期待してるぜ? 領主様」
拳太もまた彼に笑いかけると、レベッカを残して旅の準備をするべく外へと出た。
拳太の旅は、アドルグアへと舞台を変える
バニエットの故郷まで、あと少し……
ついにバニィの故郷がある国、『アドルグア自然国』へと入国したオレたち
勇者の追撃は無いもののしかしここはヒルブ王国を反転させたかのように人間に非常に厳しい国だった。
チッ、このままじゃバニィの故郷に行くどころじゃねーな、何とかして信用取らねぇと……!
けどそんな時に不幸中の幸いと言うべきなのか魔物の襲撃があったんだが……
次章! 拳勇者伝!
『信用の対価』
はぁ!? この国の王女様!? なんでこんな所に居やがるんだよォ!?