第四十四話 従者と仲間
「くっ! 先に進めない!」
「どうしましょう、レベッカさん、このままじゃケンタ様が……!」
バニエットとレベッカは互いに背を預けて社茲の兵団と戦っていた。
一刻も早く拳太を助けに行きたいのは山々なのだが、兵団の数が多く、近づくことさえできずにいた。
「……作戦が、無い訳じゃないけど」
「本当ですかっ!?」
レベッカの言葉にバニエットは目を輝かして彼女を見る、しかしレベッカの表情が硬いことからかなり危険な作戦のようだ。
「……レベッカさん?」
「いいかいバニエット、この兵団、あいつがドラゴンを操るためなのか昨日よりは動きが単純だ。それを数で補っているつもりだろうけど、そこに隙が出来てる……耳を貸して」
バニエットは言われた通りにレベッカの方へと耳を向けて、レベッカはそこで小声で話始める、全てを話終えたあとバニエットは驚愕の表情でレベッカに向き直った。
「ほ、本気ですかレベッカさん!? そんなことをしたら、貴女が……!?」
「あ、まず突っ込むのはそこなんだ……」
苦笑するレベッカだったが、その顔はすぐに真剣なものへと変わる
「でもこれしかないんだ。これが今のボクたちに尽くせる全てなんだ」
それでもしばらくは渋ったバニエットだったが、このままでは拳太が負けてしまうのと、それ以外の手段が無いのは理解しているためか、やがて黙って頷いた。
「よし、じゃあ始めるよ、まずは奴等の隙を突く所からだ」
「ぐゥゥ……」
「じっくり耐えてねー、魔力を空にしてくれた方が捕まえ易いし」
魔力が徐々に尽きかけている、元々メンバーの中の下辺りの魔力にしては頑張った方だが、このままでは確実に遠藤拳太の体はトマトのように潰れてしまうだろう
「ちくしょう……畜生!」
「もう少しかなー? ふふふふ…………」
苦しむ拳太の姿を見て社茲は心底たのしそうな微笑みを浮かべる、その顔だけで見るなら天使と呼ぶのに相応しいほどに可愛らしいものだった。
「『見えざる騎士』ォォォ!!」
「!?」
その時、レベッカが社茲に向かって何かを射出した。かなり高速なため何かは分からなかったが、相変わらず剣を持っているところを見ると恐らく手近に落ちてあった岩か何かだろう
「うわっとっと!?」
社茲は初めて慌てた声を上げてそれを間一髪で回避する、怒りの籠った瞳でレベッカを見ると彼女は得意気な顔をして社茲を見据えている
「どう? 余裕面しているときに肝の冷える一撃をされた気分は?」
「……全く、ムカツクことしてくれるねー、決めた。やっぱり先に殺しちゃお――!?」
レベッカに向かって兵士を一斉に向かわせようと社茲が指を動かしかけた時、ぐらりと社茲の視界が大きく傾く、それと同時に自分の体が引っ張られる感覚が襲う
「いったい何が……!」
原因を探ろうと周りを見渡した時、それを見た。
自分の杖が真ん中から真っ二つに斬られている事に、そして自分を覆う影――先程レベッカの投げた物が、形を変えている事に
「やぁああああ!!」
形を変えて出来上がったものは頭にウサ耳の付いた少女だった。その少女の指の隙間には三本のナイフが挟まれており、それが社茲に向けて投擲された。
二本は的外れな方向へと飛んでいったが、残りの一本は社茲の身体へと向かっていく、杖を失い、空中の移動手段の無くなった社茲に、それを回避する方法は無い
「くっ! 『剣の障壁』!」
――かと思われた。
卵の殻のように社茲の前方に張られたそれはいとも容易くバニエットのナイフを弾き返し、浮石の付けてある杖のもう半分を掴みとると、その杖にぶら下がる形で空中に留まった。
「そんな!?」
「残念だったねー、伊達に『裏側』じゃないから、こーいう時の対策はしてあるんだよー」
社茲は馬鹿にするような笑みをバニエットに向け、彼の手から風の刃が形成される
「一応暗殺しやすいよう風魔法は使えるんだー、ここから君の頸動脈に当てるのは簡単だよ?」
バニエットは自らの死のイメージが鮮烈に植え付けられたのか額から汗が溢れている
社茲はその首に照準を合わせたところで
――不意に彼女の顔に挑戦的な笑みが浮かんだ。
「やっちゃって下さい、レベッカさん」
それに何か反応する前に衝撃が走った。
見ると、杖を持った左腕の肩が大きく裂けており、そこから日光を受けて輝く鉄が生えている
次に地上に目をやると、兵士の一人から奪った剣を射出したレベッカがこちらを見ていた。
「下手に剣を与えたのは失敗だったね」
その言葉を皮切りに社茲の体は今度こそ地面へと落下した。
「ぐぅ!?」
幸い高度が落ちてそれほど高く無かったためか社茲は肺の中の空気を全て押し出される衝撃を受けど、どこかを骨折するようなことは無かった。
「や、やってくれたね……」
屈辱に声を震わせて社茲の体が蠢く、不気味な動きで立ち上がって剣を引き抜くと腕を上げて、勢いよく降り下ろして告げた。
「ドラゴン! あいつらを殺せーー!!」
「ふーん? 糸のねー相手にどうやって指示を出すんだ?」
社茲は背後から聞こえたその声にゾッとして、ゆっくりとその顔を後ろに向ける、するとそこには遠藤拳太が口には獰猛な笑みを、目には激怒を携えて社茲を見下ろしていた。
「なっ……なんで……!?」
「あん? そんなのバニィ達のおかげに決まってんだろーが、テメーがバニィ達に夢中になってくれたおかげで、抜け出す隙なんざ幾らでもあったぜ」
拳太の後ろには再び首と胴を千切られたドラゴンに、互いに抱き合って泣いている子供達がいる、もう彼を縛るための物はなにも無かった。
「さーて、よくもまぁ好き勝手に散々やってくれたなぁ、エエ? この落とし前はキッチリと払って貰うぜ……テメー自身でな!」
拳太の拳に雷が宿る、それを見て社茲は逃げ出そうとしたが拳太の方が断然素早い
「まず一発目! オラァ!」
「へぶっ!」
握られた拳が容赦なく社茲の顔面に突き刺さる、それに合わせて社茲の体が吹っ飛ぶが拳太の鉄拳はそれで終わらない
「二発目! 三発目! 一気に行くぜ!」
拳太のラッシュが次々と社茲の顔、肩、胸、腕、腹、脚と打ち抜き、アッパーで思いきり宙に上げられる、そこで拳太は改めて腰を落として拳に力を込める、その力がこれまでと違ったものであると悟った社茲は顔を青ざめさせた。
「最後は『電磁装甲』でシメだ……耐えろよ?」
社茲の体が落ちる、拳太の拳の軌道と重なる、その刹那、拳太は拳を振り抜いた。
「オオオラァァァァ!!」
「ごっ……がああああああ!!」
『電磁装甲』によって強化された拳太の拳が社茲にえぐり込まれ、一瞬の停滞の後、社茲の体が何メートルにも吹っ飛んで建物の中へと突っ込んだ。
「落とし前はつけたぜ」
拳太は手と服を軽く払った。
「ふ、ふふふふ……」
社茲は笑っていた。
拳太達にあれだけの敗北を期したにも関わらず笑っていた。
その理由は、彼の目の前にある糸でできたような光る球体があったからだ。
「ケータくんもドジだね、いやこの場合は仕方ないのかな……?」
その球体の正体は社茲の糸の結晶だった。それもただの結晶ではない『この街の住人の内122人を操れる』結晶だった。
「全く、大人数には核がいるって面倒だよねー、まぁそれのおかげで魔力切れをふせげるんだけど」
社茲はそうぼやきながら結晶に向かってある命令を送ろうとしていた。
『自害せよ』と
「とりあえず、この責任をケータくんに擦り付ければいっか、そーすれば国境を超えられても追えるでしょ」
社茲は、ただ一人を追い詰めるためだけに大量の人間を殺すのを何も躊躇わずに行おうとしていた。そして――
「なっ!?」
社茲の指先が核に触れようとした瞬間に核そのものが崩れ去った。
「そんな、まだぼくは指示をしていないのにどうして!?」
「ふぅ、やれやれ……間に合ったようだな」
建物の中に女の声が響いた。しかし社茲が振り返って見たのは不気味な肌の色をした筋骨粒々の執事が立っていた。
だがさらによく見てみると彼の肩には黒いゴスロリ調のドレスを着た10cm程の人形が座っていた。恐らく声は彼女のものだろう
「しかし、『裏側』と言うのは恐ろしいな、本来守るべき民を犠牲にすることすらいとわぬとは……もはや勇者以前に、人間とも思えないな」
「大方、『裏側』と言うのは勇者の力を利用した暗部の事でしょう、全てをただの飾りだと放棄するには勇者の力はあまりに強大ですからな」
二人から距離を取るように後ずさりする社茲だったが、後ろにあった扉が思いきり開かれ、中にズカズカと人が入り込んできた。拳太に付いていたシスターと、この街の警備隊である
「……話は全て聞かせてもらった。貴様をこの街に仇なす逆賊として捕縛する」
リーダー格の男が前に出てきて社茲に告げる、その眼は何処までも冷えきっていた。
しかし社茲はそんな状況でなお男に笑いかけながら口を開く
「いいのー? ぼくはこんななりでも勇者、なんだよー? きっと王さまが黙ってないだろーねー、それよりさーケータくん達捕まえるの協力してくんない? その方がぼくも無闇に人の命を使わなくて済むし万々歳だよー」
社茲の言葉を受け、男はしばらく沈黙したあとに溜め息を吐くそして渋々といった様子で口を開いた。
だがそれは社茲が想像したのとは違ったものだった。
「……ふん、この街はもうじき正式に『ランギル帝国』の領地となる、貴様の言葉に従う義務はないな」
「ふーん、なら、君も逆賊だねっ!」
社茲は今の今まで隠して溜めていた魔力を解き放ち、風の刃を発射する、このまま彼の首を切断してそこから糸を流し込むつもりだった。
だが、社茲の風の刃は放たれた瞬間に消失してしまう
「なっ!? なんで、なんでなんだよぉ!?」
「簡単な話だ。私は貴様の魔力を解析しつくした」
もはやパニックとなった社茲の言葉に人形は律儀に答えていく
「解析しつくす……つまり貴様を知りつくすと言うことだ。
知りつくすと言うことは貴様の全ての構造を理解し、干渉する事ができる……あの少年のように、例外はいるがな」
社茲は自暴自棄になって魔法を連発しようとする、だがそのことごとくが発動する前に霧散してしまった。
「そして、解析しつくした相手に私は勝てるのだよ、『絶対』にね」
人形がわざとらしく指を一つ鳴らす、それだけで社茲の全身から魔力が抜けてしまい、手足も中になにか異物が入ったかのような違和感に包まれて動かなくなってしまった。
「そこで眠るがいい、外道よ」
その言葉を最後に、社茲の意識が抵抗する間もなく真っ黒になった。