第四十三話 蜘蛛の巣
拳太達は馬車に乗り込み街へと戻ってパーグの屋敷にてパーグと合流を果たしていた。
そして一夜を明かした今は、お互いの情報を交換しあっている
「……なるほど、恐らく我々が交戦した兵団も彼が操っているのだろう、奴等も突如として姿を眩ました。そのヤシロジとやらが撤退したのと同時刻の辺りでだ」
そこでパーグは一旦言葉を切ってソファにもたれ掛かる、何か思い詰めた表情で深い溜め息を吐いた。
「いくら奴が勇者だと言えあれだけの人数を一人で操るなど普通では考えられん、一体どんな手段を使ったのだ?」
「それについては、私が説明しよう」
レネニアは人形の指を鳴らすと机の上に塵や埃が集まって一つの図となった。そこには人形の中に一点を始点とした線が枝分かれを繰り返しながら大量に走っている
「奴の魔法はイマイチ要領を得なかったが、魔力を解析した結果、あの兵士一人一人にこのような状態の魔力が糸のように身体中に張り巡らされていた。
恐らくはこれで奴等を操るのだろう、しかもこの魔力糸の維持は入れられている本人の魔力を消費しているから操る本人の使用魔力は最小限……
何より驚くべきなのはこれは己の指から糸を繋いでなくとも遠隔操作が可能でしかも目的さえ設定すればあとは常にある程度は最適な動きができるようプロセスを組む魔法があった。」
たった数分の戦闘でそこまで導き出したレネニアに舌を巻きつつも拳太は背筋に寒気が走るのを感じた。
彼女の説明が本当なら、社茲は己の魔力を殆ど消費しないで少なくとも一つの兵団を作ってしまうほどの力を持っている
もし大量の兵士を一斉に送り込まれたら拳太はあっという間にグロテスクなミンチになってしまうだろう
「しかし魔法の構成内容が読めん……もう少し時間があったら逆算して解除できるかもしれないが」
「……つまり今は現状維持って訳か?」
「そのようだな」
結論を出して各々が楽な姿勢に居座り直す。
そしてアニエスがふと思い付いたように聞いた。
「そう言えば、あれは結局アンデットだったのですか?」
「いや、実際は彼が用意した人間だろう、恐らく王家が貸したのだろうさ」
パーグは疲れた笑みを浮かべて軽く手を振る、杞憂で済んで良かったと思う反面今までの気遣いを返せといった思いが混ざっているような笑みである
「……なぁ、オレからも一ついいか?」
「うん? なんだ?」
拳太が再び居住まいを正してパーグに問うと、パーグもまた背筋を伸ばして続きを促す、そこから彼の誠実さが伝わってくる
拳太は頃合いを見計らって口を開いた。
「テメーはなんでまだオレ達に協力してくれるんだ? 一応は脅威を退けたが」
「一応、だろう? 私にとっても奴は潰しておきたい、それまでは手を貸そう」
「そうかい、そいつはありがてーこって」
大方予想した通りの返答を得られて満足したのか拳太は茶を一気飲みして一つ息を吐いた。 とそこで軽い足音がこちらへ向かってくる
「ケンタ様ー! 一緒にお外行きましょうよー!」
先程まで熟睡していたバニエットが勢いよく扉を開き、その傍らには彼女の護衛として付けていたレベッカが立っていた。その様子を見る限りどうやらいつも通りに戻っているようだ。
バニエットは今の今までロクに街を回った経験が無いためか非常に楽しそうだ。
「おう、今行く……じゃあオレはこれで」
「私達はもう少し会議を続けるとしよう、何かあったら伝書鳩を寄越す」
拳太はレネニアの言葉に適当に返事しつつ会議室を後にする
「わわわっ! 私も連れてって欲しいのです!」
その拳太の後をアニエスが慌てた様子でついていった。
「……しっかし何だな、本当獣人が多いな、ここ」
「きっと居心地がいいんでしょうね、アドルグア自然国に比べれば扱いは酷いですけど、それでもこの国にしては厚待遇ですから」
パンをかじりながら言うバニエットにそういうものかと納得して改めて周囲を見てみる
獣人達の格好はお世辞にも良いとは言えなかったが、それでも怪我をしているものは見当たらない、肌も見えるところでは健康的だ。
「きっとこの街を見たら主もお喜びになるのですよー……もぐもぐ」
「ヒルブ王国の信仰する神なら激昂しそうだけどな」
骨を持ち手としたワイルドな焼き肉をアニエスが幸せそうに頬張っている、アニエスの好物が肉なのは旅の途中で知っていたが、実際に見てみるとこちらが胸焼けを起こしそうだ。
「つーかアニエス、修道女がそんなガッツリ肉食って良いのかよ……」
うんざりした様子で呟く拳太にアニエスはムッとした顔つきで拳太へと向き直る、その口元には肉汁が付いていた。
「いいのです! 個人の好物に口出す程神は器の小さい御方じゃありません、それにどの道動物は他の動物に大抵食べられちゃうからあんまり変わらないのです!」
「……ボクは宗教とかよく分かんないけど、アニエスの発言が不味いのは何となく分かったよ……」
最後の方にはっちゃけたアニエスに弱肉強食の文化が根付いたレベッカでさえも少々顔をひきつらせる、拳太は溜め息混じりで再び口を開く
「そんなに食うと、太るぜ」
「私は育ち盛りなので、背の方に行くのです!」
どや顔で胸を張るアニエスを見てに思わず「背じゃなくて胸じゃねーか?」と言いかけた拳太だったが、要らぬトラブルを巻き起こすのは明白なのでやめた。
「というより、ケンタさんは好きじゃないんですか? お肉」
「嫌いじゃねーが……そういう濃い味付けのモンは苦手なんだよ」
そのため拳太の用意する食事は大体さっぱりした野菜物が中心になる、一応野菜にドレッシングをかけたりはしているが、油ものはかなり少ない
そんな拳太の食事事情を知っているアニエスは人指し指を立てて諌める様に言った。
「ダメですよ、そんなのばっかりだからケンタさんは背が小さいのです」
「…………」
無言で苦い顔をする拳太に気まずいものを感じ取ったのかバニエットが慌てて会話に割ってはいる
「ま、まあまあ! 背が小さくても良いじゃないですか! 小さいケンタ様でも私は好きですよ?」
「……おう、なんかフォローになってる気がしねーが、サンキュー…………」
バニエットの言葉に半ば無理矢理元気を取り戻した拳太は深呼吸して気分を入れ換えようと顔をあげる、とそこであることに気がついた。
「人が……居ない?」
拳太の呟きに反応してバニエット達も周囲を見渡すが、先程までそこそこ賑わっていた通りには今や人一人の気配すら感じさせない
「やあー、昨日ぶりだねーケータくん」
間延びした緊張感の無い声と共に彼らの前に杖に腰掛けた一人の人物が降り立つ、昨夜戦った社茲穂だ。
「ッ! テメー……」
「あーあー、そう身構えないでよー今のぼくは戦力なんて持ってないんだからー
て言っても君が殴ろーとした瞬間空に逃げればいいんだけどねー」
社茲は両手を上げてすぐさま降参のポーズをとる、見たところ何も持っていないが、彼が完全な無策で拳太達の前に立つとは思えない、拳太は距離を保って話を続ける
「何しに来やがった」
「んー? 色々言われてるから目的は一つじゃないんだけど……そーだねー、今は回収かな?」
「回収?」
おうむ返しに聞き返す拳太に社茲は頷く、その様子はあくまで間延びした緊張感の無いものであり、変化の無い不気味ささえ醸し出していた。
「うん、何を回収ってケータくんがよく知ってると思うよー? だって昨日見たばっかりなんだし」
社茲の言葉を聞いて、それが何なのか理解したのか拳太の顔色が青ざめ、冷や汗が流れてくる
「あの……ケンタ様、なにか知ってるんですか?」
「……こいつの、目的は――」
拳太がその答えを言う前に、後方から轟音が炸裂し、土煙が舞い上がった。
そして、大気を震わせる咆哮が響き渡る
「そう、ぼくの目的は――」
その時、奇しくも二人の声は重なった。
まるで回答と答え合わせを同時にやるように
「「ドラゴン」」
昨夜、死闘を繰り広げた拳太にとって、その言葉は戦慄を抱かせるのに十分だった。
「ドラゴンはこの街の広場に移動させとくよー、ぼくもそこにいるから、また会おうねー」
社茲は気軽そうにそう言うと杖の高度を上げて街の中央へと飛んでいった。
「ケンタ……どうするの?」
「……そりゃ、決まってんだろ」
レベッカが心配そうに拳太に問いかける、それほど拳太には緊張が生まれていた。
額にはうっすらと汗が滲んでおり、握りしめる拳には必要以上の力が込められている、それでも拳太はどうするか、それは社茲が出てきた時点で決まっていた。
「やるしかねーだろ、今ここで」
確実に罠はあるだろう、もしかしたらここで敗北するかもしれない
だが今迎え撃たなければこの先で絶対に誰かがいなくなって『負ける』だろう、社茲はそれを感じさせるほどの実力者だ。
それだけは何としてでも阻止しなければならない、拳太は深呼吸をして緊張を解してから広場へと向かった。
「わー、やっぱり来たねー……昨日頑張った甲斐があったよー」
口元に薄ら笑いを浮かべながら社茲は拳太達を見渡す、だがそこで不思議そうな表情になった。
「あれー? あのシスターちゃんは? 助けを呼びに行ったのかな?」
「さあな? オレから言ってやるつもりは無いぜ」
つれないなぁと社茲は息を吐いて眠り眼で拳太を見据える
「んぅー…………まぁいーやー、ぼくはケータくんの事しか頼まれてないし、じゃあやって来てーぼくのドラゴンー」
社茲の呼び掛けに答えるかのように地面からドラゴンが隆起して道のレンガを弾きながら姿を見せる
昨夜の戦闘の影響か首には光る太い糸が荒々しく縫い付けられている、あれが社茲の魔力糸だろう、顔は半分潰れておりもう片方の顔も眼がつぶれてしまっている、一度倒した相手とは言え再びアレと戦うと思うと嫌でも鳥肌が立つ
「あれは昨日の……!」
「『見えざる騎士』が通じるのか……?」
「……『電磁装甲』に、あとはレベッカとバニィの剣だけ、か……」
もしものための応急セットや魔力回復薬以外は殆ど何も持ってきていない拳太達に、ドラゴンが再び襲いかかった。
「ッ! 散れ!」
拳太の一喝にレベッカは翼に風魔法を当てて、バニエットはその強靭な脚力を使って俊敏な動きでドラゴンの踏み潰しを回避したが、拳太だけが『電磁装甲』の展開がギリギリ間に合っただけでドラゴンの足が覆い被さってしまう
「ケンタ様!」
「ケンタ! 今助けに――」
「あ、それだめねー」
バニエットとレベッカが拳太の元へと飛び込もうとしたが社茲が用意した兵団に阻まれてしまう
「ぐっ……!? こ、こいつ、昨日より、強く、なってやがる!?」
何とかドラゴンの足を両手で支える事はできたが、その力は高まっており、拳太はすでに膝を着いてしまっていた。
「……魔法だ! レネニア程精密には分からないけど、そのドラゴンは魔法で強化されている!」
「魔法? それなら、スキルで……!!」
そこで拳太は気づく
現在拳太は『電磁装甲』、つまり電磁の反発力を利用してドラゴンの足を支える事ができている、そのため正確に言えば拳太の両手はドラゴンの体に『触れていない』、そのため触れなければ発動しない『正々堂々』は使えない
しかし触れるために『電磁装甲』を解除してしまえばただの人間の力しか持たない拳太はその質量に叩き潰されてしまう、正に八方塞がりだった。
「ふふふー、読み通りー、やっぱりそのスキル、すぐには使えないんでしょー? もしすぐ使えるならあの時普通に使ってたんだもんねー」
拳太は何も答えない、いや、答える余裕が無かった。
肉体的にもそうだが、社茲の手際のよさに精神的にも圧倒されていた。
――こんな奴に勝てるのか? 出し抜けるのか?
そんな疑念が拳太の頭の片隅にうっすらと浮かんできた。
「ぐ、ぅぉぉ」
それでも拳太はこの状況を打破しようと使える魔力を抽出して雷を纏う、ドラゴンの体を麻痺させようと、少しでも強めていって放電の準備を整えていく
「あ、いいのかなーそんなの撃っちゃって」
しかしそんな拳太の努力を嘲笑うかのように社茲は指を軽く振る、すると拳太の周りに人影ができた。
拳太は社茲の兵士が妨害に来たと思って早く放電しようとした。
――――だが
「い、いやだよぉ……」
「……は?」
人影から聞こえた声は、子供の声だった。その声に拳太は思わず電気を引っ込めてしまった。
「…………」
拳太は、恐る恐る、自分の考えが間違っている事を祈りながら顔をあげた。
「な、なんでからだ動いちゃうの……?」
「た、助けてぇ……」
「ぱぱ、ままぁ……」
拳太の周りに居たのは、子供だった。
中には、獣人や、屈んだ体勢でさえ目が合う程の幼い子供がいた。
その顔には、皆共通して恐怖が刻まれており、瞳からは留めなく涙が流れていた。
「――――ッ!」
「確かに放電されればドラゴンの体が痺れて出られるだろうけど……その子達はどうなるのかなー? ケータくんのすぐそばにいるけど、感電、しちゃわないかなー?
いや、それだけじゃないねー、ドラゴンの足をそらしても何人かはぺっしゃんこ! だねー」
恐らく、子供達には社茲の糸が張られているのだろう、それでこのような場所にいるのだ。
だが、拳太の心はそんなことは考えてなかった。もっと単純な感情だった。
確かに、拳太だって汚い事はしてきた自覚はあるし、花崎達の心まで壊したのだ。
だからこそ、社茲の策が『勝つためにはいいもの』だと言うことは理解できる
この感情が自分が持っていい物でないのは分かっていた。分かっていたが――
「やし、ろじ……」
それでも彼は納得出来なかった。
「やし、ろじ……!」
仮にも、仮にも勇者と呼ばれたものがした事だと思うと押さえ込めなかった。
「社茲ッ! 穂ゥゥゥーーーッッ!!」
悪人の自分が『守るための戦い』をしているのに、『奪うだけの戦い』しかしない社茲が許せなかった。
拳太は己の感情――『怒り』を爆発させて一気にドラゴンの足を押し返し、己の足を立たせる
だが、社茲の策は残酷なことにそこまで計算済みだった。
拳太がドラゴンごと押し返そうとした時、拳太の背後が赤い光に包まれた。同時に熱も伝わって来た事から、ドラゴンが吐いた炎のブレスであることはすぐに分かった。
「黙って惨めに膝つけてなよー、次は『当てる』から」
ドラゴンの圧力に再び拳太は屈し、歯が砕けかねないほどに食い縛る
「最悪だ……」
拳太は思わずそう呟いた。呟かずにはいられなかった。
バニエット達の方を見てみる、彼女達も怒りを宿しているものの自分の身を守るのが一杯一杯だった。
「最悪だ……ッ!」
拳太は、もう一度、吐き捨てるように呟いた。