第四十二話 異質な勇者
「……矢の音が止んだな」
「つー事はそろそろ出番ってわけか」
改造された馬車に乗って数分、屋根から頭が痛くなるほどに連続して響く金属音が鳴り止み、先程とは打って変わって車輪が地面を滑る音のみが響いていた。
「ったく、遠慮無しにガンガン矢ァ飛ばしやがって……テメーら大丈夫か?」
両手を耳から離して拳太はバニエット達の方へと向き直る
「ボクは平気だよ」
「うう……」
「あわわ……バニエットちゃんが倒れちゃってるのです!」
レベッカは流石魔族というか、あの音の中でも涼しい顔をして座っていた。
バニエットは耳が良いことなのが災いして拳太達の中で一番ダメージを受けており、アニエスが治療魔法で治しているようだ。
「テメーらは……平気そうだな」
「執事ですから」
「人形にダメージなどない」
拳太の傍らに座る彼らは別段特に変わった様子はない、しかし拳太の感じた限りではベルグゥは己の耳を塞いでいなかったが、気にしないことにした。
彼は『何故そんなことができるのか』と訊ねると『執事ですから』としか答えないからだ。
レネニアは心なしか張るほど無い胸を張ってどや顔をしている気がするが、拳太は何も言わない、面倒事は大抵スルーするのに限ると学んでいるからだ
と、そこで、これまでとは違った衝撃が馬車を大きく揺らし、屋根から人の気配をこれでもかと言うほどに漂わせる
「! ……来たようだな」
「ここまで露骨とは、我々も舐められたものだな」
拳太は拳を握りしめてそこから僅かに雷を走らせて調子を確認する、先程の戦闘で多少魔力が減ってはいるが、まだ戦える
そこでふと、拳太はレベッカの方を見た。なんてことはない、あの魔将とやらに受けたダメージが残っていないか気になって見たのだ。
「なぁ、レベッ――!?」
だが、拳太は彼女の様子をみて思わず息を飲んだ。
「レベッカ……?」
「どうしたの」
レベッカには目立ったダメージは見られない、だが彼女から発せられる殺気が尋常ではなく、どうみてもいつもと同じとは思えなかった。
「いや……無理はするなよ?」
「大丈夫、平気だよ」
レベッカは無表情のままそう返すとさっさと馬車の外へと降り立ってしまった。
「…………」
拳太はいつの間にか自分が一番最後に残っている事に気付き、怪訝な顔つきをしながらも馬車から降り立った。
「……テメーか、今度の勇者は」
「うん、そーだよー」
拳太の問いに場違いなほどのんびりとした声で返答したのはやはり、聖桜田丘学園の白い制服に身を包んだ人間だった。
だがその生徒の容姿は他の者とは随分と違った印象を与えてくる
拳太よりも頭一つ分は低い身長にサイズが合っておらず手まで覆うブカブカの上着、そして拳太の金髪と違い地毛であることを伺わせる茶色っぽい麦のような髪
そして男とも女とも取れる幼さの残った可愛らしい顔立ち、ズボンを履いているが、聖桜田丘学園は事情によっては男子のスカート着用、女子のズボン着用が認められているのであんまり宛にならないだろう
そんな一見すればマスコットに見える人間が、拳太の前に敵として立ちはだかっていた。
「一応ゆーしゃだし、自己紹介するよ、ぼくの名前は『社茲 穂』」
「そりゃ御丁寧にどうも、で? 一応オレに楯突くとどうなるかあのハーレム野郎で見せたつもりだけど?」
「あーだいきくんのことー? まぁ彼は『表側』だしねー、仕方ないよ」
社茲の言葉に拳太は首を傾げる、無論『表側』という単語に
「『表側』? その言い方じゃあまるで――」
とそこまで言ったときに社茲目掛けて銀色の閃光が走り、激しい風切り音を唸らせて迫っていく、その閃光が社茲の所まで到達したとき砂埃が舞い上がった。
「……どうでもいいじゃん」
拳太の中でそんな真似ができるのはレベッカしかいない、そのレベッカは相変わらずの無表情のまま、平淡な声で告げた。
「表とか裏とか関係無いよ、ボクたちは敵を倒すだけ、そうでしょ? ケンタ」
そんなレベッカの様子に拳太は今度こそ絶句した。
何かあったとしたらあの魔将との戦闘以外に考えられないが、一体何があったらこんなに豹変するというのだろう
「……レベッカ、テメー一旦馬車に戻れ」
「は? 何言ってるの? ボクは至って普通だよ」
威圧感を増して声をかけるレベッカに拳太はそれ以上の声量で怒鳴り返した。
「いいから戻って頭冷やせ!!」
「っ!?」
レベッカもまさか拳太に怒鳴り返されるとは思っていなかったようで、一瞬ではあるが驚いた表情をし、俯きがちに返事をした。
「……うん、わかった」
レベッカはレイピアを鞘に戻すと馬車のある場所へと戻っていった。
拳太はそれを見送った後、改めて社茲の方へと向き直る、砂埃はもう収まりかけていた
「いいのー? せっかくの戦力がバラバラになっちゃうけど」
「テメーこそ、オレ達が話している間に攻撃しなくて良かったのか?」
「うーん、質問に質問を返すのは減点だよー?」
不満げな声を上げながら社茲はその身を起こして杖を握り直す。
「それに、ぼくはいいんだー。もう準備は終わったし」
そう言って杖の先で軽く地面を突くとそれに合わせるかのように拳太達を囲んで十人程の兵士が地中から飛び上がって現れた。その顔は虚ろであったが、健康的な肌色からみてアンデットと言うわけではなさそうだ。
「……大方、複数の対象を任意で操れるのがテメーの特技ってところか?」
「御名答ー、まー流石にこれくらいは分かるかー」
社茲は袖に隠れたままの手で拍手をすると杖を軽くつつく
すると杖が横倒しになったかと思うと先端に取り付けられた石が光って浮き上がる、社茲はそれに乗って空中へと昇り、拳太達を見下す位置についた。
「ぼくはここにいるよー、近接戦闘苦手だし」
「チッ……自らの弱点も対策済みって訳か」
忌々しげに舌打ちすると拳太はレネニアへ目を向ける、彼女はそれだけで拳太の言いたいことを察して口を開いた。
「あの石は『浮石』を加工したものだな、直接魔力を注ぎ込むことで爆発的な浮力を得る、魔法使いが一つは持っているものだ。と言っても、箒に改造したりして石を隠すのがほとんどだがな」
だから魔法使いの乗り物は箒のイメージがある、とレネニアが締め括って社茲の方へと視線を向ける、社茲は指を踊らせる様に動かしており、それに合わせて兵士達も剣を構え、戦闘体制へと入っていく
「一先ずこいつらをどうにかしないとならねーみたいだな」
「ケンタ様、聴いてみたところ、今は伏兵はいないようです!」
「そうか、ならこいつらに集中するぞ!」
「はい!」
拳太はグローブを引き締めて雷を纏わせ、バニエットは剣を引き抜き正面へと構える
「こちらはいつでも万端でございます」
「私はこの術の解析を行う、援護頼むぞ!」
ベルグゥは何らかの武道の構えを取り、レネニアは自身の周りに幾つもの光る窓を召喚する
「じゃーやっちゃってー、できるだけ手早くね」
「「ヴァァァァァム!!」」
奇声を上げながら拳太達へと向かっていく兵士達、拳太達も彼等へと突撃し、戦いが始まった。
「パーグ様! 現在敵の数は五十から変わらず!
それに対して我々の兵力は負傷者が増加し二百を切りました!」
「何? ……死傷者は?」
「そちらはまだ……しかしこのままだと時間の問題かと!」
一方パーグ達警備隊は謎の兵団達に大苦戦していた。倒せないのもそうだが、なんと彼らは一人一人が十人分に相当する力を持っていたのだ。
いや、地の利が圧倒的にこちらに傾いた状態での予測なので実際はもっと強いかもしれない
「クッ……奴等に火を放った後、一度城壁付近まで退却だ! そこで兵を交替させながら時間を稼ぐ!」
「ハッ!」
去っていく兵士を見送り、パーグは戦場の方向へと目を向ける、そこには赤い線が走っている、恐らく放った火によるものだろう
「早く彼に何とかしてもらわなければならんか……」
それが情けない選択であるのを知っていながら、それしか選べない自分を憎み、パーグも撤退を開始した。
「クッソ!!」
拳太達は防戦一方だった。拳太、バニエットに三人、ベルグゥに四人と分断されてしまい実質一人でそれぞれ多人数を相手取る様になっていた。
そして、一番苦戦しているのが拳太だ。
理由は簡単、彼が一番リーチが短く、速さが無かったのである
バニエットは剣、ベルグゥは大きな腕があるためなんとか反撃ができるが、拳太にはそれがない
おまけにバニエットのような瞬発力も無いので距離も縮められないのだ。
そして何より厄介なのは――
「コイツら……無理な攻めをしてこねーな……」
そう、彼らの動きは実に堅実だった。
今までの勇者と違い、無駄に感情的になったり、大ダメージを狙って大技を連発したり戦闘中に他の事に気を取られたりしなかったのである
それは、社茲が今までの勇者らしくない、勝利だけを求めた勇者……異質であることを示していた。
「野郎、確かにアイツらとは違うな……これは骨が折れそうだぜ……」
拳太は兵士達の剣を時には沿うように体を捻らせ、時には剣を直接叩いて軌道をずらし、時には剣を振るう腕を引いたりしながらかわしていき、魔力を全身に巡らせていく、そして――
「お、おおォォォ!!」
発動した魔法――『電磁装甲』の圧力に全身を軋ませつつも、拳太は反撃の雄叫びを上げた。
「ウルァァ!」
兵士達が拳太の技を中断させようとしたのか一斉に向かって剣を振るってくる、だがそれは無駄な事だった。
「オラァァ!!」
「ギッ!?」
拳太が思いきり腕を振るうとまるで丸太を振るうような低い空気の振動音を響かせ、彼らの持っていた剣を弾き飛ばす。そしてもう片方の腕が放ったラリアットのような二撃目が兵士達の錆びかけていた鎧を砕き、そのまま彼らを文字どおり数メートル殴り飛ばした。
「!! ……おおーすごいねー」
その拳太の技をみて社茲は驚いたような顔をして思わずといった素振りで拍手する
どうやら社茲は拳太の『電磁装甲』までは知らなかったようだ。使えるようになったのが最近で、つい先程初めて実戦で使ったばかりなので無理はないが
「んー……そだね、今日はここまでにしたほうがいいかなー」
社茲がそう言って軽く手を振るうと兵士達の動きがピタリと止まり、固まった姿勢のまま地面へと泥沼の様に沈んでいった。それは拳太が殴り飛ばした兵士も同様である
「じゃあ、また来るねー」
まるで友人に挨拶するような気軽さで別れを告げると、社茲は空の彼方へと飛んでいった。
「……あの野郎、オレの技を見た瞬間に逃げやがった」
普通なら技に恐れをなして逃げ出したと喜ぶような場面なのだろうが、拳太はとてもそんな気分にはなれなかった。むしろ次に戦うときに対策を立てられているハズなのでその事を考えると冷や汗が出てくる
「普通の勇者なら馬鹿みてーに突っ込んでくれるんだろうけどな……」
決して深入りせず、確実な勝利への道を歩み続ける『裏側』の勇者
これから相手取るのがそんな者ばかりだと思うと漠然とした不安に襲われる拳太であった。