第四十一話 不器用な男
「ドラゴンに加えて魔将の介入、挙げ句の果てには原因が国際手配の犯罪者……か」
男――この街『アルッグ』の警備隊の隊長であり、このアルッグ街の長である『パーグ』は椅子に背をもたれさせて溜め息を一つ吐いた。
拳太達は現在、パーグの私有地の屋敷に招かれていた。
と言っても勇者達に行われるような歓迎は当然無く、味気ない事情聴取だった。
彼らの傍らには兜を被った兵士が拘束するように側に立っている、特に拳太が犯罪者だと割り出された後は隠す気もなく剣の柄に手をかけている
そして、兵士を観察しているうちにある事柄に気づく
「ケンタ様、この人達……」
「……ああ、『匂う』な、間違いねー、獣人だ。」
隣にいるバニエットと周囲にバレないように声を潜めて話す。
これは普段バニエットと至近距離でのコミュニケーションの多かった拳太だから気づけた事だが、獣人にはある程度存在する特別な匂い……ハッキリ言って獣臭さがあるのでこの兵士達が表皮の毛を刈って耳などを隠すために兜をしているのだと気づけた。
「何故、獣人を直属の部下にしているか気になる……と言ったところか?」
パーグの言葉に拳太は思わずギョっと身を固める。
まさか気づかれていたのだろうか、流石は自分達から誤魔化す隙を与えずに暴力を使わず洗いざらい吐かせた人間だ。
と拳太が感心と共に警戒してパーグを見つめるが彼は首を軽く振った。
「君達が何を話していたかは知らない、だがよく言われるからなんとなく予想できた。それだけだ」
拳太はそういうものかと納得しかけて一つの疑問にたどり着く
――『何を話していたかは知らない』?
「オイ、つー事はテメーまさか……」
「うん? 君はあれで隠していたつもりだったのか? それこそまさかだ」
声色の変わらないパーグに拳太は顔の筋肉が引き釣るのを感じた。
――この男、やはり油断ならない
「さて、無駄話はそろそろ止めて、本題に移ろう」
パーグは用意していた紅茶を一口含んで口のなかを潤すと一つ息を吐いてから告げた。
「ドラゴン退治や魔物討伐の協力には感謝する、だが国際手配の犯罪者を見逃す訳にはいかん、よって貴様らは今すぐ追放だ。夜明けまでに出ていけ」
「少し待て、それは重すぎるのではないか?」
パーグの刑にすぐさま異議を申し立てたのはベルグゥの肩の上で寛いでいたレネニアだ。
彼女は少し身を正すとその小さな体を真っ直ぐパーグへと向けた。
「なんだ。捕縛しないだけ十分譲歩した方だと思うが」
「そもそもの原因は、自らの力で問題の解決をしようとせずに、勇者召喚なぞに頼った王国の責任だろう? 因果応報だと思うが」
「だが、犯罪者に至るまでの行動を起こしたのは間違いなく彼の意思だろう、どんな事情があったにしろ、な」
パーグの言葉にレネニアは口をつぐむ、彼の意思でやった証拠がないと言えばそれまでだが、逆に拳太が故意ではない証拠も無い
それに今論ずるべきはそこではない
「……確かに、この国に不満を抱く感情は理解できなくもない」
だがそこで、パーグが珍しく感情を含んだ声で喋り出す。同情の色を乗せて
「しかし、なにもこんなやり方しか無かった訳では無いだろう、反撃したいのならもっといい方法はあったはずだ」
そう、もし拳太が本気でヒルブ王国を潰したかったのならもっと賢く手っ取り早い方法はあった。
例えば、一旦は勇者として服従してヒルブ王国の決定的な『闇』を掴んだらそれを世界中に公開して政治的にヒルブ王国を追い詰めたり
城の構造や兵力や兵器情報をもって他国に亡命してその後武力的に制圧したりだとかやりようはいくらでもあった。それでも拳太が今こうしてしまっているのは彼が感情的になりすぎたミスだとしか言いようがない
もっとも当時は早く自由になりたいの一心で行動していたためそんなことはできなくて当然だったのだが
「……悪いが、私にも守らなければならない物がある、何がなんでも出ていってもらうぞ」
その言葉に、拳太はこの男の事を少し知った気がした。
彼も自分と似ているのだ。ヒルブ王国のやり方に納得出来ずに抗っている人間
彼が獣人を従えているのは恐らく自分の庇護下に置くことで安全を守ろうとしていたのだろう、そうでない獣人にも最低限の施しはしていたように見える
そして、わざと厳しく聞く耳を持たない事で自分達の憎しみを自分に向けようとしている
厄介者でしかないハズの自分達さえ守るために
その考えは拳太の都合のいい妄想でしか無かったのかもしれない
だが、彼の心は誰にも分からない、だからこの考えが答えだと、拳太は信じる事にした。
「……」
そんな拳太の様子を察したのかレネニアは口を閉じたまま拳太を見ていた。
ベルグゥも黙ってレネニアを支えるように肩に片手を添えていた。
「た、大変です!」
とそこで獣人だと思われる兵士の一人が慌てたようすで足音を荒げながら部屋へと入室してくる、部屋が静寂に包まれていたせいかその足音は嫌に耳に響く
「どうした!」
「な、謎の集団が此方に向かって進軍しています! 数はたったの50程ですが、異様な能力のせいで太刀打ちできません!」
「何!? 」
そこでパーグは思わず拳太を見た、しかし拳太は顔色一つも変えずに首を振った。
「オレの知り合いにそんな奴はいねーよ」
と言っても拳太にはこの騒動の原因が大体想像がついていた。
――勇者
彼らはきっと拳太達を追うために居場所くらい把握してそうだし、この街には魔国の将とドラゴンが来た。
前者はともかく後者の死体は未だ残っているので貴重なドラゴンの死体を回収しに来たとしても不思議ではない
「……そうか、ならさっさと出ていけ」
「まぁ待てよ、まだ言うことがある」
拳太はパーグの肩に手を置いて嫌でも自分に意識を向けさせる
パーグは煩わしそうな顔をしたがすぐに拳太に向き直った。
「なんだ、時間が無い、手短にしろ」
拳太はある一つの案が思い付く、恐らく今即座にこの街を離れても勇者か、それに準ずる者が待ち伏せをしている可能性が高い、そうなれば最悪、多勢に無勢での状態で戦う事になる
――ならば、使える力は使った方がいい
「詳しい事はオレにも分からねーから説明は出来ねーが、オレには特異な能力を打ち消す力がある……ここまで言えば分かるよな?」
「犯罪者の力を借りろとでも?」
パーグはあり得ないといった感じで拳太の言葉を一蹴する、しかし拳太は即座に返した。
「それはこの街の安全を天秤に掛けてでも取るべき判断か?」
「……ッ!」
パーグは苦渋の表情で葛藤していた。恐らく拳太を使うことによる今後の弊害と今目の前にある脅威との優先度を考えているのだろう
「さて、無駄話はここまでだぜ? 答えを言ってもらおうか」
「……あとで報酬を用意しよう」
「もちろん」
そして決意した。それは長としては正しい判断ではなかったのかもしれないが、それでも彼は一人でも民の命を優先的に守ることを選択した。
「さーて、行くぜテメーら、この不器用なやり方しかできねー男のためによ」
「はい!」
拳太は脱いでいた学ランを再び羽織るとバニエットと共に外へと向かう
「治療は任せて欲しいのです!」
「……ボクも行くよ」
杖を握りしめたアニエスと強い眼光を携えてレベッカが立ち上がり、彼女たちも外へと向かう
「……ふぅ、報酬が割に合うのを期待するのみだな」
「その辺りについては心配ない、きっと君達の助けになれるものだ」
「それでは、それまでの間は私たちがあなた方を助けましょう」
レネニアはなんとも疲れた顔をして肩を竦める、パーグは側に立て掛けていたボウガンを握り直し、ベルグゥはいつもの態度を崩さずに外に向かう
――ここに、『街』という大きな物を背負った拳太の守る戦いが始まった。
「さて、つってもオレらだけであんな大勢相手仕切れねー訳だが、なんかいい作戦でもねーか?」
「なら私に提案がある」
街を守るための城壁から敵勢を見下ろした拳太の呟きにパーグが答える、彼の廻りには獣人の兵士達が直立不動で立っており、彼への忠誠心がありありと見てとれた。
「先程部下に特異な能力について訊ねたところ、奴等は『殺したハズなのに死なない』と言うものだった。アンデットの類いかと思い火を放ってみたが何故か『光属性』の魔法で保護されていた」
「ち、ちょっと待って欲しいのです!」
拳太が黙って聞いていると、アニエスが思わずといった様子で手をあげる、アンデットについて拳太は詳しくは知らないが、恐らく今の部分に看過できないものがあったのだろう
「アンデットと光属性って確かかなり相性が悪かったのです! 普通そんなことしたら……」
「ああ、触れたとたんにそこから体が崩れるだろうな、だから奴等は特殊なアンデットか、そもそもアンデットではないかだろう」
「まぁそんな事はどうでもいいとしてだ。オレ達はどうすればいい?」
話が脱線しそうだったので拳太は直ぐに言葉を挟む、アニエスがまだ納得していないような顔をしていたが、それは戦闘の後で解消してもらうことにする
「ああ、つまりだな、それほど強大な種が現れたのなら大抵の場合王国から知らされるか、『強い奴は魔力を多く持ちやすい』という特性を利用した警鐘が鳴る」
さらっと機密情報な事を話すパーグに拳太は何か違和感を覚える
しかし今は彼の言葉に耳を傾ける事が重要だと判断した拳太はこの違和感を気のせいだと片付ける
「つまり、奴等は実はそれほど強力な存在ではない、奴等を強化している親玉が街の魔力探知機の範囲外にいる
君達にはそれを撃破して奴等を弱体化して欲しい」
作戦は決まった。大方の方針しか話し合っていないがもう時間が無い
パーグが指を鳴らすと部下達が拳太達の馬車を持ってきた。だがそれは前と見た目が無骨な物へと少し変わっていた。
「んだこりゃ……鉄の屋根に、頑丈そうな扉?」
「報酬の前払い分だ。これに乗って敵陣に突っ込んで欲しい、これなら我々の援護射撃も存分に振るえるだろう」
拳太達は早速馬車に乗り込んだが、唯一レネニアだけが何処か不満そうだった。
「まったく、人の馬車を勝手に改造しおって、ブツブツ……」
バニエットが気にした様子で視線をやり、アニエスが慰めるようにレネニアの頭を撫でようとしてベルグゥとの身長差で届かず、レベッカはチラリと目だけを向け、ベルグゥが少し慌てた様子でレネニアを宥めながらアニエスに合わせられるように屈む中、拳太はスルーしてさっさと馬車の椅子に座った。
「茶番やってねーで行くぜ」
拳太の呆れた声に反応するように鎧に身を包んだ馬が嘶きを上げた。
活動報告を書きました。
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