第四十話 魔将の勧誘
「この辺りってこんな奴も頻繁に出んのか!?」
「いや、あり得ないよ! ドラゴンなんて魔族でも滅多に見ないよ!?」
レベッカもまさかドラゴンが出現するとは思わなかったらしく、かなり狼狽した様子で剣を引き抜く、しかし彼女の目を見る限り、まともに戦って勝てる相手では無さそうだ。
「取りあえず逃げるのです!」
「ケンタ様! 裏路地ならドラゴンは入れないはずです!」
「ああ! 一先ず逃げろ!!」
拳太達は我先にと道幅の狭い裏路地へと飛び込み、一旦バラバラに散開して各々逃げ出す
「ギャオオオオ!」
「はぁ!?」
だが、あろうことかドラゴンは拳太に向かって突進してくる、建物に激突して一瞬は動きを止めたが構わず突っ込んでいく、その力に押されて建物はヒビが入り、古いものから倒壊して無理矢理道を拡げていく
「なんでオレなんだよ!? 勇者の差し金か?」
口でそう言いつつ拳太はその考えが妥当な気がしてならなかった。
今まで直接力を持つ勇者とばかり戦ってきたが洗脳や召喚をするタイプの勇者がいてもなんら不思議ではない
もしかしたらこの間勇者の襲撃が無かったのはドラゴンの召喚や運搬に時間がかかったからだろうか、だとしたら最悪だ。第二第三のドラゴンが来るかもしれないし、それ以前にまた消耗した状態で複数の勇者と同時に戦う事になるかもしれない
いくら最近『電磁装甲』(バニエット命名)が使え始めたとしても、とても複数人相手に使えるものではない、未だに調整が済んでいないし、魔力の燃費も悪い
「とにかく逃げるか……! 今はそれしかねぇ!」
幸い、ドラゴンは崩壊する建物の瓦礫を食らってダメージを受けている、街の人には申し訳ないが建物を崩壊させ続けて地道にダメージを蓄積させて止めを刺すのがいいだろう
「持ってくれよ! オレの体力!」
だが、次の瞬間、そんな願いも儚く散る事となる
何故ならドラゴンは口元を赤く揺らめく光を発するとドラゴンと拳太を繋ぐ直線上の建物を焼き払ってしまったからだ。
「なぁ……!? この距離まで飛ばすのかよ!」
ドラゴンの頭部の位置が高いおかげで拳太には命中しなかったが、およそ三十メートル離れた地点にまでブレスを飛ばされれば拳太にかなり不利だ。
となると、残された選択は一つ
「接近戦で、倒すしかない……!」
拳太は荷物を軽く触って手持ちの武器を確認する
ナイフが三本に、消毒用アルコール、そしてトラップ設置用工具にワイヤー
「ナイフは目に刺すとして、アルコール……は燃やしても効かなさそうだな、となると後は工具で鱗を砕く位か……?」
そうこう言っている内にドラゴンとの距離はどんどん詰められていく、開戦までの時間は近い
「魔力回復薬があるのが救いか……こうなりゃ、やってやんぜ!」
拳太は、己の体に魔力をたぎらせて叫ぶ、彼の新たな力の名を
「『電磁装甲』!」
拳太の全身が一瞬だけ光って、次の瞬間には不可視の反発力が彼の身体を覆い尽くしていた。
「ぐっ……! 結構、キツいな、これは……!」
だが、それは同時に彼を蝕み、押し潰す力でもあった。身体中を圧迫されて目や内臓が飛び出るかと思ったが、その出口さえ押さえられているのでそれも叶わず、より多くの苦しみを拳太を襲う
苦痛に顔を歪ませながらも拳太は己の敵を見据えるために頭をあげて、ドラゴンとの目線を交差させる
「いくぜ、ドラゴン! 解体して、鍋に、してやるぜ!」
拳太が思いきり地を蹴り、ドラゴンの頭上へ行くほど高く跳ぶとナイフを引き抜いてドラゴンへと投げつけた。
◇
「ハァ……! ハァ…!」
レベッカは一人で夜の街を駆けていた。どうやら逃げ続けている内に騒動の中心地へと向かっていたらしく、周囲には炎が吹き荒れ、魔物が蔓延っていた。
「ま、マズイな……! ドラゴンから逃げれたのは良いけど……!」
と、そこで飛び出してきた犬の魔物を死角から『見えざる騎士』で尻尾から頭まで一気に貫通させる
「っとと……これでもボクは強くなっているんだから、舐めないでよね」
レイピアを一回転させて血を払いつつレベッカは既に死体となった魔物に告げる
拳太と会う前ならすぐに魔力切れが起こって数匹くらいが限界だろうが、今ならこの局面は乗り切れるだろう
「取り合えず、そこらの魔物倒してケンタの援護を――」
とそこまで呟いたところで上空から再び落下物がレベッカのすぐ側にやってくる
その落下物の持つ物量が大きすぎるせいか、周囲に突風が吹き荒れレベッカの身体を吹き飛ばしてしまう
「う、うわあああ!?」
なんとか空中で翼を広げて風魔法で体勢を立て直したレベッカはその落下物を観察する
それは、獣のように剛毛で、体の内側から爆発が起きたかのような筋肉を持っており、一瞬レベッカは獣人かと見間違えたが、土煙が晴れ、露になった紫色の毛と赤い目ですぐに正体を当てる
「魔族……!?」
「む……?」
レベッカが思わず呟いた声に反応して剛毛の魔族は軽く視線を動かしてレベッカを見る、その目に見られただけでレベッカは全身が怯む感覚がした。呼吸さえおかしくなり、喉が枯れた声を出す
「な、なんでこんなところに……!?」
「なんだ、そう言う貴様も魔族ではないか」
おかしな事を言うと言外に伝える魔族はレベッカをじろじろと見ると軽く肩を竦めた。
「フン、『赤目』の中でも落ちこぼれの魔力量ではないか、通りで某が気付けぬ訳だ」
侮辱するような魔族に対してレベッカは見る見る内に怒りに目を光らせて眉間に深く皺を刻み、レイピアに纏わせる風の出力を上げていく
「なんだと……お前だって『赤目』のくせに!」
「某には精々肉体補助の魔力で十分だからこうなっておるだけだ。
それに比べて貴様は……そんな人間がするような小細工までして、せせこまし過ぎて呆れ返るぞ」
「なっ!?」
その一言にレベッカの頭には完全に血が上りきった。
せっかく拳太達と共に編み出した技を馬鹿にされるのもそうだし、何より自分の強さを根本から否定された様でレベッカにはそれが受け入れられなかった。
「お前……ッ! 言わせておけばァァァーーーー!!」
レベッカは己の感情に従ってレイピアを発射する、それは今まで放った物の中でも強く、正しく獲物を仕留める会心の必殺
「この程度か?」
――――の、はずだった。
その魔族は避けるどころか、眉一つ動かさなかった。
レベッカのレイピアはその刃を魔族に刺し込むかと思いきや、その毛で阻まれ、皮一つ傷つける事すら叶わなかった。
「なぁ……!?」
「下らんな、本当の技とは、このような物だッ!」
魔族は掌をレベッカに向けた。
それだけでとてつもない衝撃がレベッカの全身を襲って、彼女を紙吹雪のように吹き飛ばした。
「グ、ァァ……い、今のは……」
悲鳴を上げる事すらできない衝撃を受け、建物の壁に叩きつけられたレベッカはそのまま逆さの姿勢で下へとずり落ちていく
「分からんのか? 貴様と同じく風魔法を使っただけだぞ」
なんでもないように答える魔族にレベッカは唖然として魔族を見る
その瞳は興味無さげにレベッカの無様な姿を映しているだけで、嘘の類いは見当たらなかった。
そしてその瞳を見て気づいたことはもう一つあった。
「あんな衝撃波を出して……回りに被害を出していない!?」
レベッカを一撃で再起不能にしたあの衝撃、当然高威力であるためてっきり周囲の建造物の一つや二つ破壊している物だとレベッカは思っていたが、実際は道端の石ころ一つ巻き込んではいなかった。
「無闇な破壊は趣味ではない、もっとも、そのおかげで本来の七割の威力が損なわれてしまったがな」
その魔族の言葉にレベッカは再び衝撃を受ける
自身を吹き飛ばし、全身をズタボロにしたあの一撃が本来のたったの三割だとはとても信じられなかった。
しかし、魔族が次に放つ言葉に比べれば、こんなのは全然マシだった。
「力も技術も精神も何もかもが未熟ッ! 今の貴様に魔族を名乗る資格無しッ!」
「……!!」
もし、この言葉を言ったのが魔族で無かったのならなんでもなかったのかもしれない
もし、この言葉を言ったのがレベッカに負けた者ならなんでもなかったのかもしれない
だが、この言葉を言ったのはレベッカを倒した魔族だ。
現実に放たれた言葉は刃となって、残酷にレベッカの心中へと斬り込む
彼女の大切な物が切られた音が聞こえた気がした。
「さて、ケンタとやらを探さねば……むッ!?」
魔族の言葉にピクリと反応したレベッカだったが、直後に何かがかなりの勢いで突っ込んできて魔族の身体をぶっ飛ばす
レベッカはそれが何なのかをよく見ると、片方の眼球が破裂したかのように抉られたドラゴンの首だった。魔族に激突したせいか顎の部分が潰れてしまっている
「よぉ、テメー、何してんだ?」
首の飛んできた方向から抑え抑えの声がした。振り向くと、そこには拳太がゆったりとした足取りで近づいていく
「ケンタ……に、逃げて……あいつ、とんでもない強さだよ……」
「フハハハハ! 貴様がケンタか! なるほど、人間にしてはやるそうだな」
レベッカの言葉を遮るように魔族が拳太へと向かってくる、毛に多少血が付いていたが大して効いていないだろう
「にしても、いくら幼体とはいえドラゴンを倒すとはな、それにあの首の切断面は何だ? 焼き切ったにしては断面がキレイだったぞ!」
その魔族にとっては予想外な事だったのだろう、目を子供のように輝かせながら拳太に次々と捲し立てる、拳太はその様子を見て一つため息を吐くと小さく口を開いた。
「簡単だ。目を、抉った後、ワイヤーを、入れて、内側から、焼き切った」
拳太はその証拠を見せびらかすようにプラプラと焦げたワイヤーを揺らす。
魔族はそれを見てまた豪快な笑い声を上げた。
「ガッハハハハ!! まさかそのような方法があったとは! 貴様は実に面妖な技を使うな!」
笑い続ける魔族に苛立ちを覚えたのか、拳太の表情がますます厳しい物となる
「御託は、いい、さっさと、本題を、言え」
「フッ、まぁ待て……某は貴様と争うために来たのではない」
拳を握る拳太をなだめるように魔族は片手を拳太に向けて制する
そしてその手を自らの胸に当てて告げた。
「我が名は魔国『バレーズ』の将、ディルグス! 我らが魔王様の命で貴様の勧誘に来た!」
「……勧誘?」
オウム返しに聞き返す拳太にディルグスは再び腕を組む
「そうだ。貴様の体質、そして今わかった事だが将来性の望める力……我らの元へと来いッ! それならば――」
「お断りだ、クソボケ」
ディルグスの言葉を最後まで聞く間もなく拳太は吐き捨てるように一蹴する
ディルグスがそれに苛立つのも構わずに拳太は続ける
「同族、平気で殺る奴の、事なんて、信用できるか」
「フン、同族だなんだと下らんッ! 魔族は強き者こそが正義であって友よッ!」
心底どうでもいいといった様子で鼻を鳴らすディルグスに拳太は冷めた目を向ける
「なら、諦めろ、そんな奴の、下につく、つもりは無い」
拳太のその答えはある程度は予想内だったのかディルグスは特に感情を荒げる事無く拳太を見据える
「ならば仕方ない、少々力づくで行かせてもらうぞ」
「……」
互いの拳が握り締められ、いざ激突するかと思われた瞬間、ディルグスの元へ大量の矢が降り注いだ。
「むっ!?」
その矢には何かあったのかディルグスは地を爆発させるように蹴って回避する、その勢いで壁に激突して粉砕された石の欠片が転がってくる
「そこまでだ」
矢の飛んできた方を見るといつの間にいたのか綺麗に整列された兜で顔の見えない兵隊がボウガンを構えており、その集団の一歩手前には海賊が被りそうな黒く大きなつばのついた羽付き帽子を被った四十代あたりの男がいた。
手には兵隊と同じくボウガンを、腰に剣を引っ提げて立っていた。
「ムゥ……警備隊かッ!」
ディルグスは悔しげに彼らを見ると拳太の方へと向き直る
「今回はここまでにしようッ! だがまた別の機会に某か他の者が貴様に会いに来るぞッ!」
ディルグスは最後にそう告げると地面を思いきり踏み込む、すると地面が捲れるように上がって一本の柱となってそれを蹴って射出する、ディルグスはそれに乗ると大空へと消えていった。
「……随分ダイナミックな帰宅方法だぜ」
『電磁装甲』を解いて元の喋り方に戻った拳太が思わずといった様子で呟く
と、そこに男が護衛を連れて拳太の元へと向かっていった。
「事情聴取を受けてもらう、着いてこい」
男はそれだけ言うとさっさと歩き出してしまう、特に逆らう理由もない拳太は着いていく事にした。
だがその前に、拳太はレベッカの元へと駆け寄った。
「レベッカ、立てるか?」
「う、うん……なんとか」
フラフラと立ち上がったレベッカは、問題なく歩ける体を見て今更ながらに本当に手加減されのだと気づく
「………………」
「……レベッカ?」
心配そうに訊ねる拳太にレベッカは慌てて拳太に笑いかける
「だ、大丈夫大丈夫! まだ少しフラつくだけだから!」
「……そうか」
まだ拳太は訝しげだったがこれ以上は言及せずに、レベッカの元を離れると拳太は彼を囲む兵隊達に何か伝えている、恐らくバニエット達の事だろう
「……」
レベッカは自分のレイピアを拾い上げてしばらく眺めると、思いきりその手を振り上げ、またしばらくそのままの姿勢でいると力なく鞘に納めた。