第三十八話 逃れられない咎
今回で第六章終了です
「……終わったぜ」
花崎達を取り囲む民衆の中から拳太はバニエット達の元へと歩み寄って来た。
だがその顔は先程まで花崎達を嘲笑うような表情ではない
むしろ苦虫をそのまま噛み千切ったような苦渋に満ちたものだった。
「そうか」
レネニアが表情一つ変えず、頷くこともせずにただ目を瞑る、その姿は何かを諦めたような悲しい姿だった。
「……どうだった? オレのショーは」
「ああ、最悪だったよ」
本来なら悪口と捉えられるその言葉も、今の拳太には救いだと言うように拳太は一つ失笑をもらした。
「なら、もう少なくともあいつらは来ねー……よな」
そう、先程の拳太の拷問の目的は『花崎達の心を徹底的に叩き折る』事だった。
今回の戦闘で花崎達が予想以上に実力を着けており、拳太達が少しでもミスをするともしかすると敗北していたのは拳太達の方だったかもしれない
そうなると、殺さないように手加減するなんて不可能だ。今回の事だって花崎が咄嗟に全員を庇ってなければ何人かは死んでいたかもしれない
しかし、彼らは物理的に叩き伏せたところで止まるような人物ではない、綺麗事ばかり言っているような甘い連中だが、実力は確かだ。むしろ実力があったからこそああなったのかもしれない
ならば、彼らの信念をねじ曲げ、信頼を打ち砕き、世間からも蹴落とす事でしか止められないのは当然だろう
「……いや、ただの甘えだな」
拳太はそこまで考えて首を振った。
わかっている、今採った方法はあくまで『実行できる中で最も手っ取り早い』方法であっただけでしかない
話し合うことくらいならできたかもしれない
時間をかければ説得できたかもしれない
和解の手がかりはあったかもしれない
だが拳太はそのどれも採らなかった。失敗してしまうのが恐かったから
きっとレネニアはその事も踏まえて先程の行動を『最悪だ』と答えたのだろう
「ハハッ、あの王女サマは笑ってこんなことしてたのか、すげぇなオイ、もはや一つの才能だぜ、全くよ……」
その言葉は果たして皮肉だったのか、それとも素直に称賛したものだったのか、それは当の本人にもよく分からなかった。
「少年、君には後悔する時間も権利も無いぞ、あの勇者達が立ち直らないとは限らないのだから」
「……そうだな」
理由はどうあれ、拳太は花崎達に、彼自身が嫌悪する行為を強いたのだ。
その事実は、拭えもしなければ言い訳もできない
「行こうぜ、早く次の場所へ」
拳太は進む、罪を背負ってでも仲間を守る、他ならぬ自分のために
「……ケンタ様」
バニエットの心配そうな呟きが、仲間達の心を表していた。
「くっ、早くこの事を大樹に知らせなくては……」
拳太達が去ってしばらく後、野次馬達の中に突っ込む二人の男女がいた。
男は深緑の落ち着いた長髪に四角い眼鏡、ナルシストになったとしても納得できるような整った顔立ち
身長は175cm以上と高身長の出で立ちをしていた。
――彼の名前は『翠鳥幸助』
女は黒髪を腰まで伸ばし、東洋人にしては白い肌、折邑よりかは控え目だがそれでも勝ち気そうなつり目、その目は水色に輝いている
そして制服の上からも分かるその体型はまさに『男の理想像』を表していた。
――彼女の名前は『望月巴』
拳太の指名手配にヒルブ王国への疑問を確信へと変えた二人は花崎達が拳太と戦っている隙を伺って王族専用の書斎へと侵入していた。
そして、そこで彼らは恐ろしい物を見ることとなったのだ。
「敵は拳太じゃない……! 今、確実にそう思えるよ」
「当たり前でしょ、そもそもアイツ見た目があれだったから分かりづらいけど、目立つ行動はむしろ嫌っていたんだから」
それぐらいクラスメートなんだから察しなさいよね、と望月に叱咤されて幸助はばつが悪そうに頬を掻く
そして幸助は、きっかけなど無くとも遠藤拳太に歩み寄ろうとしていた望月の行動に舌を巻く
今思い返せば、彼女は入学当初から拳太の事を気にかけていたし、会話内容が注意とは言え聖桜田丘学園で毎日彼に話しかけていたのも彼女だった。
もしかしたらあのクラスでの一番の人格者は花崎ではなく望月なのではと幸助は今まであまり興味の無かった望月への株が急上昇していた。
「くそ、それにしてもこの人だかりは一体なんな…………ん……だ……?」
「? どうしたのよ幸……助…………」
ようやく野次馬の群れを抜けた彼らの目に映っているのは死の光景だった。
首や手を拘束されて虚ろな目をしている花崎達はまさに生きた屍と言うのに相応しい物だった。
「くっ! 遅かったか!」
「なんでよ……」
悔しげにその光景を眺める幸助の横で望月の膝から力が抜け、焼けた地面に力なく座り込む、呆然としたままの顔からは何筋もの涙が落ちていった。
「同じ仲間なのに、同じ人間なのに…………なんでこんなにすれ違っちゃうのよ、ばかぁ……」
「……とにかく、彼らを開放して、あの事を話そう……これ以上悪化させないためにも」
幸助は花崎達へと近づき、馴れない手つきで拘束具を外していく、望月も静かにそれに従って手を動かし始めた。
「ちくしょう、いつになったら僕たちは彼の味方ができるのだ……」
翠鳥幸助に応える者は誰もいない、花崎達も、望月巴も、何も言わなかった。
幸いにも勇者達の襲撃もなく、ついにヒルブ王国と獣人の国『アドルグア自然国』の国境付近地域へとたどり着いた少年達
しかし私達は見ることとなる、ヒルブ王国の残酷な一面と、一人の不器用な男の戦いを
そして、魔国『バレーズ』からの将軍の参入により、事態はますます混乱化していく
次章! 拳勇者伝!
『その力は誰がために』
たが少年、君の戦う理由は変わらないはずだぞ