part3 ナーリン
「ふぅ……」
ここはヒルブ王国の王都から徒歩一週間程でたどり着くとある田舎村
かなり田舎な見た目に反して王都から近いため初心者の冒険者などがよく泊まりに来るこの村に建てられたばかりの教会に、私ことナーリンは住んでいた。
「あ、ナーリン様、お仕事お疲れ様です」
「ですー!」
私が教会付近の掃除をしていると二人の姉弟がやって来た。
この子達は私の弟子になった聖職者見習いで、日々私の元で修行を行っている
と言ってもやらせているのは治療魔法の練習が主となっており、そこはあまり魔法使いと変わらないかもしれない
他の神父だったら真っ先に聖書を覚えさせたりするのだろうが、私はただ祈るだけではダメだと身をもって体験しているので先ずは技術を優先して覚えさせている
正しく生きようとする姿勢は素晴らしいが、無情な事にこの世界は力が無ければ潰れてしまう、ちょうど悪しき私を正そうとしたアニエスの様に
「……アニエス、か」
アニエスは元気だろうか、私はふとそんな事を考えてみる
あの少年がいる限りは大丈夫だとは思うが、それでも親代わりとしては心配だ。
かつてアニエスに暴力を振るった私にそんな資格は無いとわかってはいるのだけれど
「あの、ナーリン様? どうかされましたか?」
「……いや、何でもないよ」
しまった。考え事をするあまり目の前の弟子に心配されてしまった。
きっとアニエスも頑張っているのだから、私も精進しなければ……
「み、皆ー! 大変だー!」
とその時、あの少年と仲の良かった農夫が随分と慌てた様子で走って来た。
汗まみれのその様子にただ事では無いと感じた私はすぐさまその農夫の元へと駆け寄った。
「どうしました?」
「な、ナーリンさん……! これを……!」
疲労で震える農夫の手が握っていたのは一枚のくるめられた羊皮紙だった。
私はそれを受けとり、中身を開いた。
「なっ!? これは……」
「ちょっとちょっと! ケンタさんが指名手配って本当か!?」
「一体国では何があったんだ?」
その騒ぎはすっかり村中に広まり、今では村の掲示板がある広場に村人が総出で集まっていた。
羊皮紙にはあの少年がヒルブ王国に正式に指名手配される犯罪者となる事が記載されており、今は掲示板に張り出されている
この村の者達は当然驚きを隠せずに困惑している
何しろここでは彼は英雄なのだ。悪役であるこの私すら救った真の英雄
その英雄が犯罪者と言われればそれは驚かない方が珍しいだろう
「ケンタさんが犯罪者なんて、きっと何かの間違いじゃないか?」
「ああ! 僕、彼と話した事があるけど悪人って感じじゃ無かったよ!」
村人達のブーイングも高まり、今にも何かきっかけ一つあれば爆発しそうな勢いだった。
あの少年がそれほど慕われているのは喜ばしい事だがこのままではいけない
私は一度彼らを落ち着かせるべく数人の人々を押し退け前へと行き、出来る限り落ち着いた大声を上げた。
「皆さん! 一度落ち着いて私の話を聞いて下さい!」
私がそう声を高らかに上げると村人達は少々不満げな顔をする人もいたがしんと水を打ったかのように静まり返った。
やはりここの人々は気がいい、こんなこと前にいた町ではあり得ない事であった。
なにしろ自らの事で一杯一杯だったのだから
「皆さんが騒ぎたい気持ちは私にもよく分かります、しかし私達が無闇に騒ぎ立てたところであの少年の迷惑にしかならない」
思考が少しずれかけたが私の言葉に村人達は理解はできるが納得はしていないといった複雑な表情をしていた。
「そこで、今この村を離れても一番支障が無く旅の経験のある私があの少年の無罪を証明しに行きます」
村人達は当然、私の突拍子も無い提案に目を丸くする
しかし私自身この案が一番有効な気がするし、最近のヒルブ王国は何か不穏な物を感じている、何時までもここに居続けるつもりは無かった。その為に弟子を取ったとも言える
もちろんここが私の帰る場所である事には変わらないので何時かはここに戻って来るのだが
最初は私を心配する声が多かったのだが私が何度も説得している内に私の熱意が伝わったのか最後には皆納得してくれた。
「ナーリン様! 気を付けて下さいよ!」
「ごはんちゃんと食べて下さいね!」
「ケンタさん達によろしく言っといて下さい!」
翌日、準備を整えた私は村人の皆の一時の別れの声を浴びて荷物を背負っていた。
手には修行時代から大切にした杖と、教会に携わった尖った十字架、実用性を考慮した厚手の修道服を羽織っている
「では皆! 行ってくる!」
私は村の者達に手を振り返して村の外へと踏み出した。
「待っていろ少年、私が、いや私達が少年の味方だ」
まさかこの男が動くとは皆さん予想外だったのでは無いでしょうか?
少なくとも書いている私は登場当初はただのかませ犬キャラだったので驚きです