part2 ある国々にて
「報告します!」
ここはとある城の一室
ヒルブ王国の王宮と違い、この城はとにかく機能性を重視した物となっており、全体的に装飾品が少ないせいか余計に広々とした空間に見える
その中でも装飾品が多めの王座の一室に、銀髪の青年は座っていた。
青年はちょうど二十歳前後のようで、直接見ていない人間さえ畏縮させるような鋭い金色の眼光を携え、鋼のように鈍く光を反射する銀髪はオールバックに短く纏めている
そして服装もおよそその席に座る者には相応しくない武骨な鎧姿で、赤いマントと竜の頭部をあしらった杖が唯一、その青年の身分を示していた。
「どうしたのだ。そのように取り乱して」
「先程入った情報によりますと、セルビア・ヒルブが撃破された模様!
死亡には至ってませんが、戦線復帰は困難な状態のようです!」
伝令兵の無礼も気にせず、その男性は驚いた顔をして思わず目をぱちくりさせ、伝令兵に再度確認する
「あのセルビアがか? 確かに奴は戦闘技術は並程度だが……『言霊魔法 』の事を知らぬ訳でもあるまい、あれは我でも勝てぬぞ」
「それが、どうやら例の勇者召喚によって出現した者の一人に撃破された模様……」
「何?」
続けて報告をする伝令兵に青年は訝しげな表情を作る
しかし無理もないだろう、勇者召喚を行ったのはヒルブ王国で、その召喚された者達もヒルブ王国に味方している、他国の者達は大体そう認識していた。
故に、彼らは知らない、その勇者達に離反した一人の少年の事を
「一体其奴は何者だ?」
「は、名は『ケンタ・エンドー』と言うそうです」
「よし、詳しく話せ」
伝令兵は、そこで可能な限り集めた『ケンタ・エンドー』なる人物の事を青年に伝える、聞き終わる頃には青年は顎に手を当てて考え込んでいた。
「勇者と同じ場で育ったにも関わらず、魔族と組み世界の破滅を望む史上最悪の逆賊……か」
「如何致します?」
伝令兵の問いにまたしばらく唸っていたが、やがて顎に当てた手を落とすと、立ち上がってマントを翻した。
「接触を試みるぞ、幹部達にはそう伝えておけ」
「よ、よろしいのですか? あの王国が真実を言うとも思えませんが、だからと言って奴が味方だとは……」
「よい、敵ならば早期に叩き潰す
だが味方ならこれ程頼もしい存在はなかなかいまい」
迷う事なく言い切った青年に伝令兵は多少躊躇いがちではあるものの了解の意を返して部屋を出ていった。
「良かったの? 接触って言っても、向こうが応じてくれるとも限らないわよ?」
「……レイチェルか」
玉座の裏からの声にも同様する事なく青年は静かに答える
「それにはコイツを利用する、面倒事も解決出来るし一石二鳥だ。」
青年は袖から一枚の手紙を出すとどうでも良さそうにピラピラと手紙を振る、その青年に声もまたどうでも良さそうに相槌を打つと話題を変えて話し続ける
「それにしても、『これ程頼もしい存在はなかなかいまい』って私はともかくあの子達が聞いたら憤慨すると思うわよ?
『自分達は違うのか』……てね」
「とんでもない、彼らも我が臣下であり戦友だ。それは貴様も当てはまるぞレイチェル」
「あら嬉しい、そんな事言われたらお姉さん頑張っちゃうわ」
とても王に向けるような言葉では無かったのだが、青年はそんな事も気にせずに一つ笑みをこぼすと苦笑の籠った声で返す。
「そうしてくれ、『竜族』の力、頼りにしているぞ」
青年はそう言うと部屋の出口へと歩き出す
青年――『三正勇者』の一人であり、ランギル帝国の王『レックス・オータム』はその腰を上げた。
「……以上が集めてきた情報デス、これで一気に人間側の戦力がダウンって訳デス」
所変わって、ランギル帝国の城と違い薄暗い城の中、細長いテーブルの十人前後の席に六人程の男女が座っていた。
人間と皆一様に違って角や翼等が生えていたり、皮膚や瞳の色が異常であったり耳が尖っている所から、この集まりは魔族の集まりだと言うのが伺えた。
そして幼い体を縛るように露出の高い拘束具のような修道服を着用する黒髪白眼の少女の言葉に牛の角を生やした筋骨隆々の剛毛男は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「フンッ! あの甘ったれが、いい気味じゃわいッ!」
「それにしてもそのケンタって奴は不思議な奴ですねー、獣人の少女に人間のシスター、魔族の貴族にどの種族か判別がつきづらい魔女にその執事……一体どの種族の肩を持つのでしょうかねー?」
無気力系と言った男にも女にも見える中性的な魔族はだらしなくテーブルに顎を乗せて眠気満載で言葉を発する
「ケッ! 俺はそんな落ちこぼれヤロォ魔族とは認めねェ、聞いた話じゃあそイつロクな魔力も持ってねェんだろォ?
それよりさっさとヒルブ王国ぶっ潰そウぜェ?」
ガサツそうな魔族の男性は早く暴れたいと言わんばかりに尻尾を地面に何度も叩きつけ苛立ちを表現する
「そのような態度は感心せんな、魔王様の目的を忘れたのか?」
物静かな雰囲気漂うクールな魔族の男性は諫める口調でその男性の方を見向きもせずに答える、それに対し彼は吐き捨てるように言い切った。
「で? これからどウすんだよォ、『現魔王の妹』さん?」
かれの言葉に中央に座っていた水髪の女性は凛とした表情で口を開く
「やることは変わらない、だが可能ならそのケンタという奴を味方に引き込むようにしてくれ」
「アっそォ」
つまらなさそうにテーブルに両足を投げ出すともう話しは聞かぬといった姿勢で眠り始めた。その様子に剛毛の魔族は全身を震わせて額に血管を浮かせる
「こ、この小僧……ッ! 我らが魔王様の前で……ッ!」
「そ、それよりケンタ・エンドーには誰が接触するんデスか?」
「私は絶対行きませんからねー、そんな遠い所」
なんとか場の空気を逸らそうと修道服の少女の努力も虚しく、無気力系魔族の即答の拒否のせいで剛毛の魔族はますます怒りのオーラを膨らませる、魔王の側に控えた物静かな魔族は溜め息を一つ吐くと整理する様に言い出した。
「俺と魔王様は不可能、お前も情報収拾で無理、貴様も行く気は無いのだろう?」
「アァ、雑魚に時間割イてやるつもりはねェよ」
「なら……貴様か、頼めるか? 『ディルグス』」
ディルグスと呼ばれた剛毛の魔族はその事を待っていたとばかりに勢いよく椅子を倒して立ち上がり、その巨体をアピールするかのように見下ろす
「フッ! 任せておけいッ! 某 にかかれば小僧の一人や二人連れてくるのは造作もない事ッ!」
「……わかっているとは思うが、あくまで説得でだぞ?」
「承知しておりますぞ魔王様ッ! それでは某、準備に参りまするッ!」
聞いているのか微妙な感じと豪快な笑い声を残してディルグスは音の振動とも言える足音を響かせて走り去って行った。
それを魔王は疲れた溜め息を吐いて頭を落とす
「……まぁ、芯の通った奴ではあるし大丈夫なのではないか?」
物静かな魔族は居心地悪そうに頬を掻くと魔王は再び顔を上げて腕を組む
「とりあえず、どれだけ状況が動こうと我らの目指す物はかわらない、それは覚えておいてくれ」
「わかってるのデス」
「まぁ私は貴女に付いていった方が楽できそうってだけですけどねー」
「しっかし、なかなか面白いモン目指すよなァあんた」
仲間達の言葉を聞いて魔王は目を瞑って改めて己の意思を再確認する
「ああ……私たちの目的、世界平和の実現だ」
魔の国『バレーズ』の魔王の妹は、その意思を静かに研いでいた。