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part1 花崎大樹

「なんだ? 『緊急議会』?」


『はい……今すぐこちらに戻って欲しいと……』


俺はある朝、何時ものようにヒルダと朝の定時連絡を取り合っていた時、珍しく彼女の口から公的な言葉が出てきた。

それに、今日は随分とヒルダが落ち込んでいる、何かあったのだろうか?


「転移石があるから戻れると言えば戻れるけど……何かあったのか? 拳太の事はいいのか?」


俺が拳太の事を口走った瞬間、通信石の向こう側から息を飲む声が聞こえた。恐らく身も固めているだろう


『そのケンタさんの事です……』


「なんだって?」


まさか、奴がまた何か起こして誰かを傷つけたのだろうか

もしそうなら、俺はますます拳太が許せない


『とにかく、一度こちらへといらして下さい、お願いします……』


懇願するような声を残して通信石は切られた。

あとにはただの白っぽい石が静寂を保っている


「何だ……一体何が起こったんだ……」


訳がわからぬまま、俺は香織達を連れてヒルブ王国の王宮へと向かった。


そして、俺達はそこで見ることになる

俺の懸念が当たっていた事に……そして拳太と戦う決定的な理由を得る事となる
















「何これ? クラスメートが全員いるじゃない」


王宮の更に奥、ちょっとした広場になっている薄暗い室内には、召喚された他のクラスメートや先生まで揃って一つの雑踏を形成している

その様子を見回していた俺は、ある一人の人物を発見した。


「ヒルダ!」


「あ……大樹様!」


ヒルダは俺を見ると嬉しそうに笑ってこちらに駆け寄って来た。

その光景を香織は不機嫌そうに見ている


「あーらら、あんたよっぽどその子に惚れられてる様ね」


「大樹さん……貴方って人は」


「ちょ、ちょっと有子まで! いきなりなんなんだ……」


なぜか有子まで怒りと悲しみの混ざった瞳でこちらを見てくる

一体俺が何をしてしまったのだろうか?

あわてふためく俺に追撃を加えんと千早がニヤニヤしながら近付いてくる……心なしか胸元を強調して


「ははぁ~ん? こらまたおもろい事になっとんな~大樹……て、ん?

ヒルダちゃんどしたん? なんかやつれとうで?」


途中でキョトンとした表情の千早の言葉に俺はヒルダへと再び視線を向ける

よく見ると確かに千早の言った通り彼女の目の下には化粧で多少誤魔化されているが隈が浮いており、目元も赤く腫れている、泣いていたのだろうか?


「ヒルダ? なんでそんな……」


「……それは、今から父が説明致します……」


ヒルダの顔から笑顔が消え去り、顔を俯かせて暗い表情となってしまう

どうしたものか焦っていると部屋の奥から威厳溢れる声が響いてきた。


「勇者殿たちよ! どうか静粛にしてもらいたい!」


ベスタ王の一喝に俺を含めた全員が黙る、ベスタ王はいつの間にか俺達の前へと立っており、杖を力強く握りしめていた。


「この度諸君らを呼び出したのは他でもない! 勇者殿達と同じ場で育ったにも関わらず、この国、いや世界の平和に仇なす逆賊『ケンタ・エンドー』の事である!」


ベスタ王の今までに無い大声で話すものだからクラスメート達はざわざわと騒ぎ続ける

それによく見たらベスタ王の顔は憤怒へと染まりきっており拳太に対する怒りのボルテージが上がりきっている様に見える

この数日の間に一体何があったのだろうか?


「ケンタ・エンドーは先日、我が国が誇る三正勇者最強の勇者であり、我が愛娘でもある『セルビア・ヒルブ』、及び『リリーシス・クライシュルテルス』がケンタ・エンドーによる卑劣な手段によって重傷を負い、今も生死の境をさ迷っている!

セルビアの側近であるリリーシスに関しては未だに消息不明だ!」


ベスタ王の演説に合わせて俺を含めた勇者達全員がますますざわつき、ヒルダはより一層悲しそうな表情を深めていく


「なんだって!? 拳太が……」


「あのバカ……」


香織は忌々しげな顔を隠すことなく表へと押し出す。

人一倍負けん気が強く正義感のある奴だ。卑劣な手段を使った事にも、セルビアさんとやらを重傷へと追い込んだ事にも怒りを覚えているのだろう


「ひ、ひぅぅ……」


有子はその様を想像したのか青ざめて頭を抱えている、とても優しい有子の事だ。今は顔も知らないセルビアさんとやらを深く心配しているに違いない


「拳太クン……キミはどこまで堕ちたら気がすむんや……」


静かに、されど確かに炎を燃やして千早は握り拳を作っていた。

なんだかんだで千早は寛大でみんなでの大円団を目指す思想家だがその千早にまで怒りの炎を燃やされるとはいよいよ拳太も救えない奴なのかもしれない


「さらに、辛くも生き延びた同じくセルビアの側近『カレン・マッケンロー』によるとケンタ・エンドーは魔族とも手を組んでいる情報が入った!」


ベスタ王から告げられる衝撃の真実に俺達は驚愕を禁じ得なかった。

まさか、俺達はこの世界を混乱に叩き落とす魔族を退治しに来たのに、いくら拳太でも魔族に手を貸すとは思わなかったからだ。


しかしここまでくれば、遠藤拳太は正真正銘の外道だ。


「拳太……ッ!」


俺は今まで、拳太にはまだ猶予はあると思っていた。

彼もいつかは分かってはくれるだろうと心のどこかで希望を持っていた。

だがそんな幻想は今、粉々に砕け散ってしまった。


「このままケンタ・エンドーの凶行を許していいのか!?

いや、よいハズが無い!」


ベスタ王は演説にますます力を込めて俺達を見渡す。

彼の爆発するような眼光に感化されたようにクラス全員に燃え上がる物を感じた。


「私は今ッ! ここで宣言するッ!

我がヒルブ王国はその力を持ってケンタ・エンドーを捕縛し、然るべき報いを与えるのだッ!」


「「オオオオオオオォォォォォォォォォッ!!」」


ベスタ王と共に、俺達は高く高く握りしめた拳を振り上げ、雄叫びを上げた。















「……よく来て下さった、ハナザキ殿」


あのベスタ王の宣戦布告とも言える熱演の後、俺達はヒルダの伝言を通してベスタ王に呼ばれ、とある一つの部屋の前に来ていた。

前々からベスタ王には楽にしてもいいと言われているが、それはなんのなく此方の気が引けるので今は膝を地面に着け、頭を垂れて話を聞いている


「それで、ベスタ王……一体何用でしょうか」


「うむ、その事だが……実は、セルビアの事でな」


ベスタ王の言葉に俺は思わず体を硬直させた。

セルビア・ヒルブ、遠藤拳太が徹底的に痛め付けたとの話だが……どんな仕打ちを受けたのかは俺は想像もつかなかった。


「セルビア様の事……ですか?」


「ハナザキ殿には、一度彼女を見てもらいたくてな……」


ベスタ王のあまりに突発的な発言に俺は今度は疑問符が頭を支配した。

今は勇者とは言え、もともとただの一般人である俺に?

それも何でこんな時期に?


「すまない、いきなりで混乱しているだろうが

実は本来セルビアがケンタを捕らえ、その時に紹介する予定だったのだ。

我が国……いや世界が誇る三正勇者であり、かけがえの無い一人の娘を、な」


まるでお見合い相手を紹介する口調のベスタ王に俺は思わずドキリとしたが、極めて冷静でいるように努める。

顔はともかく声は普通を装って話を続ける


「そ、そうだったんですか……」


「うむ、そして酷なことかもしれんが、その眼に焼き付けて欲しいのだ。

我が娘が、どのような仕打ちに合ったのかを……」


その悲しげな声音を聞いて俺は全てを理解した。


知って欲しいのだ。自分の悲しみを、そして共有したいのだ。拳太への怒りを


「……わかり、ました。俺は行きます」


「私もよ」


「わ、私も……」


「ウチも!」


ようやく頭を上げて仲間達と共にベスタ王の顔を見て返事をする

その俺達の言葉にベスタ王は嬉しそうな穏やかな笑みを浮かべると軽く扉を開いた。

恐らくその部屋がセルビア・ヒルブの部屋なのだろう


「父上!」


とそこで、一歩踏み出した俺達にヒルダが意を決した様に同じく一歩前へと踏み出す。


「お願いします……私にも、見させてください!」


「……よいのか?」


たった一言だけで答えたベスタ王に、ヒルダもまた一言で答えた。


「私も、共に行きます!」


力強く言い切るヒルダに驚いたように目を見開いたベスタ王だったが、直後に真剣な顔となって部屋へと入る

俺達も、そこに続いた。













「生きているのか……?」


「……なによ、これ」


「あ、あぁ……! これは、これは……!」


「……酷い」


俺達はその姿に絶句するしか無かった。


元は美人だったのだろう、しかしその顔は無惨に切り裂かれ、殴られて原型が変化している程だった。左目には眼帯が着けてある所から失ってしまったのだろう


下顎は何か透明な硝子のような素材で出来ており、そのせいで顎の断裂図が鮮明に目視することができた。それを見る限り爪か切れ味の悪い刃物で切断したのだろうか

そして、長い髪の毛に隠れているだけだと思いたいが、耳から頭をぐるぐる巻きにしている包帯を見れば文字通り嫌でも理解できる、無いのだ。両耳が


そして左腕は肩から先が見当たらない、これもやはり拳太の魔の手の傷痕を象徴する物となっている

だが他の皮膚の一部が鎧の欠片らしき金属と融合している気分が思わず悪くなるような光景を見ればまだマシな方なのかもしれない、腕が無いのがマシとは相当なイカれ具合だが


そんな状態で、生きているか死んでいるかも分からない表情でセルビアさんは目を瞑っていた。


「い……いやぁ!? セルビア、セルビアぁ!」


ヒルダもこの惨状は予想外だったのか、聞くに耐えない悲壮な金切り声を上げてセルビアへと膝から崩れ落ちて泣きつく

ベスタ王はそれを沈痛な面持ちで眺めて俯く事しか出来ない


「こんなの……人間がしていい怪我じゃないわ!」


まるで実際に拳太を目の当たりにしたかのようにその顔一杯に怒りを滲ませて怒鳴り散らす香織、それを咎める人はここにはいなかった。


「こ、これ……嘘、ですよね……?

だってこれは、あまりにも……」


すがるように声を放ち、その目に涙を流して嗚咽を漏らす有子、やはり彼女はまるで自らの事のようにセルビアさんの傷を嘆いていた。


「これがホンマに……ヒトのする事かいな、拳太クン」


千早は表情こそ窺う事はできなかったが、地の底から響くような震えた声を聞けば、彼女の感情は大体理解できる、握った拳に血が滲み赤いカーペットに小さな黒い染みを作っていた。


「……拳太、俺は、必ずお前を――倒す」


俺も静かに眠るセルビアさんを見ながら、一つの悪を捉えていた。

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