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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第五章 スキル『正々堂々』の謎
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第三十三話 悪魔の拳太

※今回もグロいかもしれないです。でも前回に比べればまだマシ……だと思います

あと今回で第五章終了です

吹っ飛んだ。


今起こった現象を、結果だけで捉えるとその一言で済むだろう

しかし、その過程を辿るととても言葉で説明するには不可解すぎる事が起こった。


セルビア・ヒルブを吹っ飛ばしたのは遠藤拳太ではない


突如出現した得体の知れない赤い『何か』が思いきり彼女を殴り飛ばし、彼女はまるでバットに打ち返されたボールの様に一直線に飛んで行き、木片の山に土煙をあげて激突した。

その『何か』は赤い腕の形を示していた。

だがその腕は拳太の腕に比べて太く、筋肉らしき部分も険しい岩山のように荒々しい物であり、鍛えられたものである事が伺えた。


だがその腕もまるで蜃気楼のように霧散し、風に散って消滅した。


「………………は?」


その言葉は敵である女剣士の言葉であったが、彼女の呟きはこの場にいる全員の気持ちを代弁していた。

それほど今起こった事が何なのか理解できないし、現実味さえ持たせないのだ。


「…………」


拳太はボロボロになってロクに動かないハズの体を何事もない様にゆっくりと起こし、まっすぐにセルビアの方へと目を向ける


「ひっ……!」


だが、その目はセルビアの方を見ているとは言えなかった。目の中がからっぽなのだ。


彼の瞳は、怒りに輝いても、悲しみに濡れてもいない、ただ冷静に、冷淡に――冷酷に彼女を捉えていた。過ぎた怒りは人を返って冷静にすると言う言葉をそっくりそのまま表しているような、虚空の瞳


「……」


拳太が立ち上がり、砂利を歩む音を立ててセルビアへと近づく

その音は日常において聞き慣れた音であるハズなのに、セルビア達には今はその音が恐ろしい怪物の足音に聞こえる


そしてバニエットの側を通り過ぎた時、彼女の視界に奇妙な物が映った。


「赤い……風?」


それは風としか言えない形の物だった。

しかしそれはハッキリと赤と認識させる色を持っており、拳太の足元から徐々に体の上へと拳太の周りを旋回しながら上昇していく、大した速さではないのだが、その風は鋭い風切り音を唸らせて通過していた。


「な……何をしているの! 早くこの死に損ないを殺しなさいッ!」


近づいて来る拳太に言い知れない恐怖を覚えたセルビアは弾かれたように魔法の込もっていない『命令』を下す。

それはセルビア本人が最強と信じた己の力に始めて疑問を感じた瞬間であったのだが、彼女はそれに気付く事も、気にする余裕さえ失っている


「う、じゃ……楽しみの邪魔をするなぁぁーーーー!!」


女剣士は己を奮わせる様に、あるいは己の不安を掻き消す様にがむしゃらに叫んで拳太へと剣を振り下ろす、拳太はそれに顔だけ向けて女剣士へと視線を合わす。


「ひ、あ……!」


その目を見た瞬間に彼女の脳裏にいくつもの言葉が頭を埋め尽くす。


――――無理だ。無理だ。無理だ。


死ぬ、ここにいたら死ぬ、逃げろ、あれは人間と認識してはいけない


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げ――――


「あ、ああアアアアアアアアア!!」


しかしセルビアの命令には逆らえないのか、それでも彼女は剣を納めない、震えるままの腕で拳太へと剣を叩きつける様にぶつけた。


「……」


拳太はそれを素手で受け止める、着けていたグローブが防いでくれたものの拳太の手に深く剣が切り込められ、傷口からは血が垂れ流しになり、彼女の剣の刃を伝って赤く染め上げていた。


「は、はははハハハ!! なんだ、結局ただのこけおどしじゃないか!」


剣が効くとわかった女剣士は高らかに笑うと拳太の手から荒々しく剣を引き抜こうと剣を持ち上げ、彼の手から筋肉の抉れる不愉快な水音が立つ

だが、そこで彼女は顔を驚愕に染めた。


「ぬ、抜けない……!?」


理由はいたって簡単で、拳太が手に更に傷をつけるのも厭わず剣を握り込んでいるのだがそれでも1mmも剣が引けないのはおかしい、その疑問に答えを出す間もなく事態は進んでいく


「……」


拳太はつまらなさそうに、本当に退屈そうな顔をして彼女の剣を持ったまま手首を曲げる

剣はしばらくは悲鳴のような金属音を立てながらも耐えていたが、やがて彼の手首が90度に曲がった時に断末魔の音と共に剣がほぼ根元から折れた。


「なッ!?」


「……」


拳太は折れた刃を投げ捨てると、彼の傷口から赤い風が噴出し始める、その光景を見たものは拳太の纏う赤い風が何なのかが検討がついてきた。


「血液……? コイツの赤い風は、コイツ自身の血液でできているの……?」


それなら先程の剣の事についても説明がつく、あの時彼女の剣を押さえていたのは拳太の握力ではなく、彼の手や刃に着いた血液が剣を固定し、剣をあっさりと折る事ができたのだろう


「……はっ!?」


そこで彼女は一つの事に気付く、刃に垂れた血液はその後どこへ行った?

答えは簡単である、重力に従って血液は刃を伝い、柄に到達し


――そしてそれを握る手に付着する


「ま、マズイ!」


女剣士は慌てて己の着けている手袋を脱ごうとしたが、それがいけなかった。

刃を無くし、柄だけになった剣を放棄して手袋を開いた瞬間に赤い風が彼女の顔を縦に裂く、その一陣の風は彼女の右目を完全に潰した。


「うぐぁああ!」


女剣士は未だ拳太の血液が残っているかもしれないというリスクを考慮する余裕もなく両手で顔を庇う、両手の隙間から雨漏りでも起こしたかのように血が漏れ出て足元に小さな赤い染みを形成する


「……」


拳太はそれで女剣士を相手にするつもりが無くなったのか、再びセルビアの方へと体を向け、一歩一歩距離を詰めてくる


「ひぃっ、あ…ああ」


セルビアは倒れた姿勢のままそれを見ていた。

今すぐ立ち上がって走り去れば逃げ切れるハズなのに体は縫い付けられたかのように動いてくれない、拳太の赤い風はとうとう彼の全身に巡り、それは一つの形へと変貌させていく


その姿は、頭に角を持ち鋭い眼光を宿した禍々しい瞳、バランスの取れていない細い胴体に先に行くに従って大きくなった手足、指とほぼ同化したような巨大な爪


その姿を見たものは、誰もが同じ感想を抱いた事だろう、人を蹂躙する怪物の姿を、人々は畏怖を持ってこう呼ぶだろう


「あ……悪魔……!」


風を纏って普通の人間より一回り大きくなったその怪物は、ついにセルビアの僅か二メートル先に到達した。


「……ハハ」


そこで始めて悪魔(拳太)は声を出して笑った。

顔の部分にあたる赤い風が横に歪な形で裂け、楽しそうな愉しそうな、笑みを作った。


その顔を見て、セルビアの中の理性が弾けた。


「う……あああああああああ!! 『暴風大爆発業火落雷凍結圧迫斬殺窒息消滅毒殺千本針軋轢死』ーーーーーーーー!」


自らが被る被害さえ考える事を放棄して与えられるだけ与えられる攻撃を口走る

瞬間、まるで世界が崩壊したかのような様々なありとあらゆる『天災』が四方八方から大きすぎて殆ど聞こえない位の轟音を立て、目を瞑ってもなお瞳を焼き尽くす程の光を放ち、虚空さえ切り裂き、破壊する不可視の斬撃や打撃、全てを無に帰す圧倒的な風と熱の壁が拳太の元へと飛来し、落下し、押し潰す。


――だが


「頭悪ぃな、テメー」


友人を小馬鹿にする時のような軽い口調で話す拳太の言葉が聞こえた途端に轟音も光も、風や熱さえ消滅した。

いや、一つ語弊があった。音は一つだけ残っていた。拳太が魔法を打ち消した音が


だがその音はいつものパソコンの電源を落としたような気の抜ける音ではない


その音はとにかく『割れて』いた。

ガラスが割れた音と言われればそうかもしれないし、液体が凍りつく時のような砕ける音と言われればそうかもしれない、金属をハンマーでかち割った時の甲高い音と言われても納得できる

強いてこの音を表現するなら魔法を『喰割れる』音だろうか、無機質な音なのに、食べ物を咀嚼するような妙な生々しさが残っていた。


「なんの工夫も無しに魔法(ソレ)放っても無駄だってのもう忘れたのか? あぁ?」


セルビアにはその言葉は届かない、彼女はもはや自我さえ壊れつつあった。

それでも彼女は思考を続け、今に至るまでの事を走馬灯の如く反復していた。


つい数秒前まで完全に自分達が勝者だった。

万に一つも負ける要素など無かったはずだ。

それなのに今の状況は何だ?

全ての魔法を無効化され、力で立ち向かってもねじ伏せられ、小細工無しの全力も叩き潰された。


「信じらんねーって顔だな? そらそうだ。オレだって夢でも見てる気分だぜ、こんなご都合主義の三流脚本家が書いた様な展開(シナリオ)なんてよォ」


だが、今ここで起こっている事は絵本でも映画の出来事でも無い

偶然かもしれない、それとも何か理由のある必然かもしれない

ただ一つ、確かな事は――


「けど幻想と思うんなら諦めろ、どうやらこれは紛れもない現実らしいぜ」


この逆転劇は、夢だったとしても決して覚める事の無い夢だった。


「ところで、さ」


「ひぁ!?」


拳太はその悪魔の腕を伸ばしてセルビアの左腕を鷲掴みにする、セルビアはそこから自分の体が氷になっていく感覚を受けた。

彼の風の赤色を補充するように腕の血液が彼に奪われ、自分の体温が無くなる錯覚さえする程だった。


「離して、離して!」


「テメーら散々バニィを痛め付けて笑ってたけどよぉ……あれって楽しいのか?」


拳太の問にも答えず幼児の様に手足を振り回して彼の腕から出ようとセルビアはもがいている、そんな彼女を面倒臭そうに見てため息を吐いた拳太は


「あーもう、うっせーな少し黙れテメー」


なんの迷いも無く、彼女の腕を握り潰した。


彼女の肩から下が粘着質な水が弾ける音と共に血液がトマト汁のように飛び散り、拳太の触れていない腕は地面へと落下し、軽くその場でバウンドしてピクリとも動かなくなった。


「う、ああぁぁぁぁアアアアアッ!!」


「おっ?」


黙らせるために腕を潰したのに叫び声を上げるセルビアに対して拳太は意外と上機嫌な声を出していた。


「んー……存外、あんまりイラつかねーなぁ……むしろ楽しくなってきたぜ」


拳太は新しく与えられた玩具で色々な遊びを試すかのようにセルビアを楽しげにいたぶり始めた。


「じゃあ先ずは一発目」


拳太の拳が互いの皮膚を引っ張り合い、関節が軋む程に力を入れてセルビアの腹部へと突き刺さる、その衝撃にセルビアの体が思わず少し浮いたくらいだ。


「うぶっ! う……お、おええぇ……」


セルビアは堪らず胃の中の物と血液を吐瀉し、嫌な音を立てて地面へと飛び散る、その飛沫が拳太の腕に掛かった。


「……ふざけんな、汚ねーモン付けてんじゃねぇぞクソッタレがああああ!!」


ただでさえ悪魔の顔をした拳太の表情が憤怒の形相へと歪められ、セルビアの顔を思いきり掴む、そこから圧迫による激痛が走るがセルビアは声も出せない


「――――!」


拳太の腕の力は強まっていき、彼女の顎の辺りから肉の千切れる音と骨が歪になっていく音が断続的に鳴り続け


ついに、決定的な音と共に下顎が顔から離れ、セルビアの腕と同じく地面へと落下した。


「お、ごあああああああ!」


「ク、クカ、クカカカカ! あー……ちっとはスッキリしたぜ」


無くなった下顎を庇うように顔の奥へと残った手を沈ませ、吐瀉物の上に行くのも構わずに地をのたうち回るセルビアを嘲り笑い、拳太は今までに出したことの無いような笑い声を上げた。


「あァ……でもまぁまだまだ物足りねーし、ちょっと飛ばして行くぞオラァ!」


拳太は再び握り拳を握ると、生き地獄という名の拷問を再開した。















「な、何……アレ」


バニエット達は固まっていた。

辛うじて声を出したレベッカの問いにも答えられる者はいなかった。

それはあの謎の赤い風の事もそうであったが、今の彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あれは……あれはケンタ殿なのでしょうか?」


ベルグゥの言葉が全てだった。

今彼らが見ているのは拳太の姿をした別の何かだと思う程だ、それほど目の前の悪魔の姿をした少年は歪んでいた。

今の拳太は敵に容赦なく拳を浴びせ続け、体をメチャメチャに破壊していっている

拳太が容赦しないのは元々だが、必要以上に敵を痛めつける様な人間ではない、ましてや自らの刹那的な快楽のために拳を振るう事は今まで無かった。

時折見せる優しさの影さえ無くして拳太は口を裂くように笑い、生かさず殺さずに絶妙な加減を加えて拳で叩き、爪で切り裂き、時には引きちぎっていく


「ケンタさんが……ケンタさんが……うぅ」


彼の行う先程見たバニエットへの拷問よりも凄惨な光景にアニエスは青ざめた顔で思わず顔を反らし、口元に手を宛てた。

とそこで、ある一つの事に気付く


「動ける……?」


アニエスのその一言に全員が覚束ない足ではあるものの立ち上がった。

傷や疲労のせいで体に倦怠感があるものの、『言霊魔法(ワード・マジック)』による拘束は感じられなかった。


「これはいったい……」


拳太はバニエット達に指一本とて触れてはいない、にも関わらず彼女達にかかっていた魔法は全て消え去っていた。


「レネニア、何か分かる? …………レネニア?」


レベッカの問いにレネニアは何も言わない

そこには無表情のままだらしなく手足を投げ出す人形があるだけだった。


「バ、バニエットちゃん!? そんなボロボロでどこに行くのです!」


アニエスの焦燥を含んだ叫びに振り向くと、この中で一番の重傷を負っているハズのバニエットがその体を引きずって拳太の元へと向かおうとしている


「行かないと……!」


「待って下さいバニエットちゃん! 今のケンタさんは、私たちの知っているケンタさんじゃないのですよ!」


バニエットの腕を掴んで制止するアニエスの手を、バニエットは重傷人とは思えない力で振り払った。


「それでも! 私はケンタ様のパートナーです! 守られるだけじゃない、奴隷と主人っていう関係だけじゃない!」


バニエットの気迫にアニエスは思わず呻き声を出してたじろぐ


「ケンタ様は言ってました! 『いつか助けて欲しい』って! だったらそれは今なんです! 今、ケンタ様は泣いてるんです! 本当は嫌がっているんです! ケンタ様は私の世界を地獄から救ってくれました。

だから今度は……私がケンタ様を救う番です!」


バニエットはそう言い残すと再び体を引きずって拳太の元へと急ぐ、傷だらけの顔に光る瞳は拳太を映していた。


「待って下さい! 行っちゃ、行っちゃ駄目なのです! バニエットちゃん! バニエットちゃん!」


アニエスの声も虚しくバニエットは拳太の元へと歩いていく

追う者は、いなかった。

今の悪魔(拳太)に、近づくのが怖かった。
















「ギャッハハハハハハ! ……あ?」


セルビアを痛め続け、左目を抉り、両耳を千切って拳太はそれでも笑っていた。

セルビアはボロ雑巾よりも酷い有り様となっており、砕け、ひび割れた鎧と肉の境界線が曖昧になり、地面は真っ赤に染まっていた。それでも生きているのは彼女が勇者であるが故か、とにかく今の状況ではそれは不幸な体質としか言い様が無かった。

とそこで、拳太が疑問の籠った声でセルビアを見る


「う……あ、あ……」


「なんだァ? もう壊れちまったのか? ……チッ、つまんね」


興が冷めた様子で拳太は片手の爪を構える、完全に止めを刺すつもりだ。


「あーあ……もういいや、死ねよテメー」


拳太が冷たく吐き捨て気だるげに爪を振り上げる


「やめてぇぇーーー!」


だがその爪は振り下ろされる事は無かった。

一人の少女の切実な声が、拳太の動きを引き留めた。


「おぉ、バニィじゃねーか、見ろよ、さっきまで完全に見下しやがったこのクソ野郎も今やズタボロの袋だぜ? ざまぁねえよな」


嬉しそうに喋る拳太を前に、バニエットは悲しそうな顔を浮かべるだけだ。

拳太は訝しげな表情を浮かべるが、気にしないように言葉を続ける


「あー……アレか? バニィもコイツに仕返ししてぇ口か? 確かコイツの剣はまだ壊してねーからそれ使えばいいと思うぜ」


バニエットは何も言わない、ボロボロの体に鞭打って立ち続け拳太を、悪魔の先の姿を見据えている


「……おい、何か言えよ、軽蔑してーならそう言えばいいじゃねーか……こんな悪党をよ…………糾弾してぇなら、そうすりゃいいだろうがッ!!」


拳太の悲痛な怒号に合わせて赤い風が吹き荒れ、バニエットのすぐ側を通り抜ける

バニエットはそれに怯える事も、動揺することもなく拳太へと歩を進めていく


「ケンタ様……もうやめましょう?」


バニエットは歩き続ける、拳太に会うために

悪魔と化した少年はそれに怯えるように叫び続け、力を振るわせる


「来るんじゃねェ! こんな化物に近づいてみろ! テメーは死ぬぞ!」


「大丈夫ですよ……」


バニエットは確信を得たように近付く、拳太の赤い風はバニエットに当たる事はなく通り過ぎて行く


バニエットが回避するから当たらないのではない

拳太の調子が悪かったから当たらないのではない

まして偶然が重なったから当たらないのではない


バニエットを遠ざける様に叫びながらも、拳太自身の意思でバニエットには当てなかった。

まるで助けを求める様に、彼女の迎えを待ちわびている様に


「ケンタ様は……ケンタ様でしょう? だったら絶対、私の味方です。」


「……何で、だよ」


拳太はとうとう風を納め、膝を着いた。


「何でお前は、そんなに、優しいんだよぉ……」


悪魔の目から、涙が流れた。その涙は、確かに人間の流す様な、暖かい涙だった。


「ふふふ……私は、ケンタ様につまらない人間になって欲しくないだけですよ……」


バニエットは、拳太を慈しむように微笑む、痛みを訴えるハズのボロボロの笑顔で


「ケンタ様は、優しいままでいて下さい」


「……!」


その言葉に、拳太の脳裏に再びある言葉がよぎる


それは、この世界で初めて何かのために戦った時、かつての大切な人との交わした約束

奇しくもそれは、バニエットのために戦った時の言葉だった。


「そうか……オレ、また約束破っちまうところだったのか……」


拳太の体から段々と赤い風が薄れていき、人としての拳太の姿が浮かび上がってくる


「テメーにもそう言われたら、もう何もできねーな……」


「ケンタ様」


拳太の元へとたどり着いたバニエットは再び笑みを浮かべる

花が咲いた様な、年相応の明るい笑顔が


「帰りましょう? ケンタ様は、『帰る場所(私達)』を守ってくれたのですから」


拳太はその言葉にフッと微笑む、少し疲れたような笑みだったが、普段の不機嫌そうな彼からは意外な程に喜色に満ちていた。


「そうだな……帰るか」


その言葉と同時、赤い風は完全に消え去り、一人の少年は悪魔から人間へと戻った。















「おい」


「ひっ……!」


アニエス達の元へと向かう途中、拳太は片目を押さえている女剣士に声をかける、彼女は完全に恐慌状態で、ビクビクしながら拳太の方へ顔を上げた。


「さっさとあのボロ雑巾もって国へ帰れ、今ならまだ助かると思うぜ」


「は、はいぃ……」


何度も頷く女剣士に拳太は付け加える様に声を出した。


「それと、わかってるとは思うが、次はねぇと思えよ?

次来たら……今度こそ容赦しねーぜ」


その言葉に女剣士は涙を流しながら四つん這いで拳太の元を去る

と言っても拳太はもう誰かを殺すつもりなど無かったのだが


「もう間違わねぇ……」


誰にも聞こえない様に、一人呟く


「今回の事で思い知った。やっぱオレは『悪性』の歪んだ人間だ。

だけど、それでも、オレはあいつらを守るために」


――戦おう


拳太の誓いは夜空へと届いたのか、それは誰にもわからない

次章予告


今回の戦いがきっかけで遂に、ヒルブ王国で指名手配をさせられてしまうケンタ殿


一刻も早くバニエット殿の故郷を目指す我々でしたが、以前戦った勇者と再び合いまみえます。


街中で戦闘をする事になった上に、対策を練られたケンタ殿は苦戦を強いられる事となってしまいます


しかし勇者の中で二人、妙な連中がいておりまして……


次章! 拳勇者伝!


『再戦! 成長した勇者達!』


ふむ、私の出番ですかな?

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