第三十一話 最強VS不良
「あがああぁぁ!!」
山の入り口の岩場で女性の絹を裂いたような悲鳴が響く
無事に着地したベルグゥとバニエット達には羽帽子の女剣士が襲いかかって来たが、別段苦戦はしなかった。
と言うよりベルグゥが普通に強すぎたのだ。
女剣士の剣技を悉く回避し、服や紙が攻撃を無効化すると分かると今度は間接技を繰り出し、彼女の肩を脱臼させたり骨を折ったりしてボロ雑巾にしたのである
その赤子の手を捻るかのような余りの手早さにバニエットは剣を抜く間も無くポカンとし、今ではオロオロと二人の様子を見守っていた。
「どうしました? 私達を遊び殺すのでは無かったのでは?
私はまだまだ余裕ですぞ?」
ボロボロにされつつもベルグゥの挑発に対して女剣士は眼光を乗せてベルグゥを睨み付ける
「ク……クソがッ! 調子に乗ってんじゃ――」
「おっと失礼します」
未だ毒を吐く女剣士に対してまだ折っていなかった指の骨をメキリと逆にへし折って、女剣士の口を痛みで強制的に遮る
「うあああぁぁぁあああ!!」
耳のいいバニエットはその悲鳴に再度体をびくつかせてベルグゥにおずおずと申し出た。
「あの、そろそろケンタ様の所へ行かないと」
「おや、そうでしたな……ではこれだけ」
ベルグゥはその槌のような足蹴りを女剣士のズボンを捲った素肌に直撃する、紙が防御する間もなく放たれたそれは、彼女の足を砕き滅茶苦茶にするには十分だった。
「ぎゃああぁぁあ!」
「では行きましょう、これだけ痛めつければ追ってこれますまい」
「は、はい……」
平然と人体を破壊するベルグゥにかなりドン引きしながらもバニエットは彼へとついて行った。
「――クソッ、良いようにやられるなんて……このあたしがッ!」
やがて二人がいなくなった頃合いを見計らって彼女は血ヘドを吐きつつも震える手で十字の書かれた青い札を取りだし、それに魔力を込めて掲げる、すると彼女の体はまるで時間を過去から切り取ったかのように一瞬で元の状態へと戻った。
「まぁいいわ、後で叱られるけれどあいつらもセルビア様に任せてしまいましょう
今ごろあの小僧は……ふふふふ」
セルビアの姿をよく知る彼女は、拳太が自分よりもボロボロにされる様を想像し、溜飲を下げていた。
戦いはあまりに一方的だった。
――一方的に、セルビア・ヒルブが遠藤拳太を圧倒していた。
「『爆 ぜなさい』」
地面が爆発し、まるで豪速球のように飛んでくる大小様々な石を拳太は体を縮め、手で石の進行方向を逸らしながら回避する
しかしそれでも全ての石をどうにかできる訳ではない、百を越える石を人体一つでどうにかするのは逆立ちしたって無理だ。
拳太の頬に小石が通り過ぎ、彼の頬に赤い線を描く、他にも彼の腕、脚、胴に石が殺到する
バニエットの特別製の学ランのおかげでダメージは軽減されるが、全くの0というわけにはいかない
「ぐはっ……!」
「『飛びなさい』」
拳太に休む間もなくセルビアは次の言葉を発する
拳太の足場だけがが急速に上昇し、まるで地面を見えない指が摘まみ取ったかのように真上へと舞い上がった。
「う、うおお……チッ!」
そしてセルビアと同じくらいに上がったとたんに今度は一気に下へと落ちていく、そのスピードは速く、拳太と墜落する地面が離れる程だった。
拳太は完全に地面から離れる前にその地を蹴りつけ、前方へと転がる事で落下のダメージを殆ど軽減した。
落ちた地面は粉々に砕け、あと少しタイミングがずれていれば拳太もああなってぐちゃぐちゃのミンチになっていた事だろう
「……ッ!」
「『凍って、砕けて、行きなさい』」
次は川の水が軋むような音を立てて凍りつき、それが手のひらサイズに割れた後、拳太目掛けて飛来してきた。
「はっ! こんなもんオレに効かねーぜ」
「ええ、でしょうねぇ」
あっさりとそれを認めたセルビアに疑問を感じた拳太だったが、答えはすぐに出た。
防御もせず氷の破片の群へ突進した拳太、氷は彼のスキル『正々堂々』によって消滅する
――しかし、彼が無効化するのはあくまで魔法の効果であり、魔法にかかった物質そのものではない
「なっ!?」
拳太のスキルによって確かに氷は無くなった。
だが氷から水に戻ったそれはそのまま拳太の顔面へと直撃し、彼の視界を奪う。
「し、しまっ――!」
「狙い通りぃってねぇ」
彼が視界を塞がれ、思考に空白ができた一瞬の隙を見逃さずセルビアは彼の背に蹴りを食らわす。
華奢に見えるその体とは裏腹に拳太の体が吹っ飛ぶ位に蹴りの威力は高く、拳太は受け身も取れずに地面を転がった。
「……ふぅん?」
セルビアが何か気付いたような声を上げるが拳太にはそんな事を気にしている余裕は無い、一刻も速く目を開いて体を起こそうとして、突然感じ取った悪寒に従って横に地面を転がった。
「あらぁ、勘がいいのね」
直後、拳太の頭のすぐ後ろで鋭く、重たい音が響いた。恐らく剣が地面に刺さったのだろう、このままでは不味いと拳太は転がった勢いを利用して跳ね起きた。
「くっ!」
セルビアに追撃するような真似はせず、拳太はバックステップをとってセルビアとの距離を取る、セルビアもまた空へと飛び上がって再び状況をリセットする
「ほらほらぁ、もう少し頑張ったらぁ? まだまだ遊び足りないわよぉ?」
確かにセルビアの『言霊魔法』は拳太には効かない
だがそれなら拳太の触れるものに一切の魔法が関与しない方法で彼を攻撃すればいい、その方法は彼女の魔法をもってすれば先程飛ばした石の数より多いだろう
「うふふふ……いつまでも逃げ回ってないで攻撃したらぁ?
避けるだけじゃ私は倒せないわよぉ?」
拳太が空中へ攻撃できない事を知ってかセルビアが完全に拳太を見下して嘲笑している
だが拳太は腹を立てる事なく、むしろ逆にセルビアを見下し返すかのように口元を歪めた。
「へっ、そんな御大層な魔法まで使って未だにオレを殺せねーなんて、ちょっとテメー弱すぎるんじゃねーか?
……ああそうか、だからビビってずぅーっと安全地帯なんて場所に居るんだなァ納得だぜ」
その言葉にセルビアの纏う空気が変わった。顔に笑顔を浮かべたままだが怒気を含んでいる、あれはどうみても怒っているだろう
「……いいわぁ、そこまで言うなら次の攻撃のあと生きてたらご褒美に降りてあげようじゃないのぉ」
セルビアは己の感情を全て叩きつけるように拳太へと左手を向ける
「『来なさい』」
膝をつく拳太を見下しつつセルビアは次の言葉を紡ぐ、彼女の言葉に答えてある物が彼女の元へと引き寄せられる
「オイオイ……冗談だろ?」
拳太はその光景に引きつった笑いを浮かべた。
まず最初に、何かが折れる様な音が連続して聞こえた。
次に、周囲から地鳴りの音が響き始めた。
そして、拳太の周りから自身の下半身を隠すほどの砂煙が舞って来た。
拳太が周りを見渡すと、前よりも見晴らしのいい景色が映っていた。
そしてセルビアの方を見上げれば――
「さぁ~~て、頑張って避けてねぇ?」
――大量の木が、空に林を形成させていた。
「くっ、ううおおおおおお!」
木という木が一斉に拳太の元へと襲来する、拳太は即座に背を向け全力疾走するが、落下する木の方が断然速い
やがて、全ての木が彼の元へ到達すると轟音と更に大量の砂煙を生み出して拳太の姿を覆いつくしてしまった。
「ん~、そろそろ死んだかしらぁ?」
砂煙が収まり、砕けた木材の山に降り立つと、セルビアは退屈そうに呟く
「口の割には弱かったわねぇ……まぁ、そこそこ楽しめたからいいわぁ」
「へぇー、なら次は刺激的な衝撃でも食らってみるか?」
セルビアの視界が回転した。それが振り返ろうとしてそこを思いきり殴られたのだと気づいたのは無様に地面を転がった後だった。
「う、あぁ……!」
セルビアは頬に感じる痛みに地面をのたうつ、元々彼女は無敵に等しい『言霊魔法』を使って攻撃も防御も完璧だった。
故に痛みを受けた事などないので、痛みに対する耐性が全く無いのだ。
「残念だな、葉っぱが茂っているから分かりづらいが、木と木の間は枝で隙間だらけなんだぜ? それでも無傷って訳にもいかねーけどな」
見れば確かに拳太は身体中に傷を負ってボロボロの出で立ちだった。
しかし、そのどれもが掠り傷程度の浅さでどれも致命傷には至ってない
「くっ……! よ、よくも――」
「オラァァ!」
セルビアが口を開いたと同時、拳太はセルビアの元へとあっという間に駆けつけ、岩のように固く握り締めた拳を彼女の顔へと叩き込む
「あっ! がッ!」
「ああああああああ!!」
セルビアが怯んだ隙に拳太は一気に畳み掛ける
ここだ、勝機はここしか無い
そう確信した拳太は何度も何度もその拳をセルビアへと叩いて叩いて叩きつける
「トドメだ」
最後に拳太は今まで温存していた魔力を雷に変えて拳に纏えるだけ纏う、激しく火花を散らす腕は、月明かりしかない夜の暗闇をかき消す程だった。
「『――――』。」
「オオラァァァァァッ!!」
セルビアが口を開いて言葉を紡ぐ寸前、拳太の全身全霊の一撃がセルビアへと入り、彼女は派手にバウンドしてぶっ飛んだ。
「ケンタ様ー!」
疲労しきって座り込んでいた拳太の耳に聞き慣れた少女の声が響く、バニエットだ。
「おうバニィ、今終わったぜ」
顔だけ振り向いて拳太は軽く手をあげる、見たところ傷ひとつ無く、どうやら無事に終わったようだ。ベルグゥがうまくやってくれたのだろう
「ありがとな、ベルグゥ」
「いえいえ、当然の事をしたまでです」
頭を下げる拳太にベルグゥは何でもないように微笑み返す。
とそこでベルグゥの懐からレネニアが這い出て来た。
「ふぅ、いきなり飛ばされるから焦ったぞ」
「よく壊れなかったな」
「まあベルグゥの体重位なら落ちてきても耐えられるのだがな」
まあ少年が触れた後なら話は別だが、とレネニアが一息ついた所でバニエット達と反対方向から足音が聞こえる
「あれ? もう終わっちゃった?」
「お、思ったより早かったのですね……」
まだ戦闘が続いていると思っていたのかアニエスとレベッカは驚いた表情で此方へと来る、彼女らも消耗こそしていたものの対した傷も無かった。
「テメーらも思ったより全然無事じゃねーか」
「ってケンタが一番怪我してるじゃないか!」
「待ってて下さい、今治療するのです!」
アニエスが慌てた様子で拳太の元へと駆け寄る中
――拳太の視界の端で、動く影があった。
「――――。」
それは一瞬の出来事だった。
拳太が無意識に感じた危機警報に対し、反射的にアニエスを突き飛ばしバニエット達を守るように前へ出た。
直後、拳太の胴へ一つの線が走り、彼の体から赤い液体が吹き出、彼が地面へと伏した。
「――――え?」
アニエスの場違いなまでに間の抜けた声がその場の全員の耳に届く
決して大きな声ではないハズなのに、ハッキリと彼らの耳に残った。
そして――――
「……ふふ」
倒れた拳太の向こう側から月光をバックに、剣を振り切った姿勢で口を三日月に歪めたセルビアが佇んでいた。