第三十話 魔族と、聖者と
「食らえ、『見えざる騎士』! 」
レベッカの風の刃を纏ったレイピアが司祭目掛けて射出される、しかし司祭は避けるそぶりも見せずただ棒立ちしているだけだ。最初はそれに疑問を感じたが、その答えはすぐに出た。
「『聖障壁 』」
司祭がその一言を呟いた瞬間、彼女の周りに薄い球体の光の幕が出来上がりレベッカのレイピアを弾いてしまった。
「障壁魔法!?」
「レベッカさん! あれはただの防御壁ではないのです!
あの幕の中にいる人は傷が自動で回復できますし、何より光属性の魔法を増幅して通す力があるのです!」
「何だって!? それってつまり――!」
「そう、私の浄化魔法も威力を増すのよ」
レベッカの考えに被せるように告げた司祭は次々と光弾、光線を飛ばしてくるその大きさは先程の放った魔法の比ではなく、レベッカは風魔法も駆使して素早くアニエスと共に岩影に潜むのが精一杯だった。
「くそっ……不味いよ、ここもそう持たない……!」
隠れた岩に何度も司祭の光魔法が直撃する、生物以外には効果が薄いのか派手な見た目に反して岩へのダメージは少ないが、それも積み重なれば致命的な傷となる
「レベッカさん……風魔法でこういう事はできますか?」
そんな中アニエスは何か思いついたようでレベッカに聞こえやすいように耳打ち己の考えを打ち明ける
「……そうか! そんな手があったのか!
よし、やってみようアニエス!」
レベッカはアニエスの提案に何度も頷き、再び腰に戻したレイピアに手をかけた。
その顔には獰猛な笑みを浮かべていた。
「……『見えざる騎士 』!」
岩からレイピアを発射して回転を加えながら司祭へと飛ばしていく、風切り音を唸らせ飛来するそれを司祭はなんの表情も浮かべずに見ていた。
「何をしても無駄よ、そんな剣じゃあ私の『聖域』には届きやしないわ」
司祭の言葉を裏付けるかのようにレイピアは幕に弾かれてしまう、だが弾かれた後再びブーメランの様に戻って来て司祭の『聖障壁』へと接近する
「だから無駄だと言って――」
そこまで言って司祭の顔色に変化が訪れた。
今度のレイピアの回転はブーメラン式のではなく、ドリル式の回転だったのだ。
武器にかかる負担は大きいがその分より威力を発揮する事ができる、しかもレベッカの武器はレイピアである、当然刀身は細身なのでより一層力が集中するのだ。
「くっ! けど並のナマクラに私の『聖障壁』は突発は無理よ!」
だが司祭は余裕を持って告げる、確かに『聖障壁』は物理攻撃力に対しての耐性は低いが、彼女は腐っても三正勇者のお供を務めているのである、その障壁の物理耐性は、並の魔法使いの放つ本来の物理障壁魔法よりも硬度は上だ。
「悪いけど、ボクだって貴族の端くれなんだ! ナマクラなんか使わないよ!」
しかし、レベッカのレイピアは並のレイピアではない、彼女は旅立つ際に自分の実力不足を少しでも補うために装備は揃えられる物の中では一番いい物を揃えた。
特にレイピアはわざわざ追加で装飾を付ける程に愛着のある一級品だ。弱いハズがない
レベッカのその言葉通り、レイピアは折れるどころか欠ける気配すら見せず、ジリジリと彼女の『聖障壁』へと食い込んで行き
――――ピシリと音を立てて、遂に幕にヒビが入った。
「よし、このまま押し込めば!」
レベッカの顔に喜色の笑みが浮かぶ、あと少しでレイピアは完全に幕を突発し、あの体にダメージを与える事ができる
「くっ!」
司祭は悔しそうに歯噛みした後、魔法でレイピアを弾いて再び幕を張り直そうと現在張ってある光の幕が粒子状へと変化する
「ここだぁーー! 『見えざる騎士』ォォーー! 」
「なっ!?」
レベッカは懐から隠していたナイフを3本司祭へ向けて投擲する、司祭はまさかレベッカがまだ武器を持っているとは思わなかったのか、それともレベッカの対応の早さが予想以上だったのか、とにかく司祭の隙を完全に突いてナイフは司祭へと風を纏って飛んでいく
狙った場所は武器を持った手と脚だ。
問答無用で殺してもいいと思うが、そうなれば人間の魔族嫌いがますます深まって魔族の人間の戦争が勃発しかねないし、人間に指名手配されて狙われる様になったら自国の領地に無事戻れても領主を継げれるか分からない
レベッカは無意識の内にそれを気にしてか司祭の急所へ狙いをつける真似はよした。
――だが、それは完全に裏目に出る事となる
「――何ッ!?」
「……うふふ、あははははは!」
ナイフは一本も刺さらなかった。
外したのではない、完全に弾かれたのだ。
その司祭のつけた薄い服も、手袋も、かすり傷さえ負わせる事ができなかったのだ。
その事実に、レベッカは唖然とし、司祭は勝ち誇ったような高笑いを上げていた。
「そ、そんな……何故!? 『聖障壁』は完全に突発したハズ!
その装備も見た目だけで、ただの布製なのに……ッ!! 」
「惜しかったわね、でも仕方ないわ、格が違うもの」
司祭はもはや自分の勝ちは決まったかの様に言い放ち、レベッカへと、ゆっくり歩みだす。
「くそっ! なら顔はどうだ!」
レベッカは今度は服に防護されてない顔面を目掛けてレイピアを発射するが
「言ったでしょ? 何をしても無駄よって」
袖から飛び出た一枚の紙がレベッカのレイピアを簡単に受け止め、押し返してしまった。
「まただ! あれも特に魔力を感じないただの紙ッ! なのにボクのレイピアを弾き飛ばした!?」
「最期になるから教えてあげるわ、私の服やさっきの紙にはセルビア様が事前に壊れないようにしてもらって、自動で防御するようになっているの」
その言葉にレベッカは堪らずショックを受ける、もし彼女の言うことが全て真実なら、今までの戦いは――
「遊ばれていた……? さっきの戦闘はほんの暇潰しだと言うの!?」
「ふふふ……正解」
レベッカの絶望へと染まっていく表情を恍惚と観察しながら司祭は艶かしく告げた。
レベッカを決定的に叩き落とす、死刑宣告を
「さぁて、そろそろセルビア様達も遊び終えてる頃だろうし……この魔族を片付けて…………?」
司祭はそこで一つの違和感を覚える、が大したことでは無いだろうと判断してレベッカへと歩を進めるが、彼女の体に異変が起き始めた。
「な、何? う、上手、く…………歩け……な……」
突然全身に倦怠感がまとわりつき、次に口が回らなくなって最後は足に力が入らなくなって地面へと伏した。
「もうっ! ちょっと時間かかり過ぎだよアニエス!」
「ご、ごめんなさい……予想以上に耐性があったのです」
あっさりと調子を取り戻したレベッカにアニエスが申し訳なさそうに頭を下げる、今ではロクに思考さえ回らなくなってきた司祭だったが、違和感に気付くことができた。
――そういえば、あのシスターは今まで何をしていた?
「う、く……何を、した?」
精一杯の虚勢を張って睨み付けてきた司祭にレベッカは舌を出してバカにしたように見下して言った。
「教えてやーんない!」
司祭はその顔に心底殺意を抱きながら意識を手放した。
「ふぅ……かなり危なかったけど上手くいってよかったね」
「はい、魔力がもう少しで尽きそうだったのです」
司祭を倒し、拳太達の元へと向かう途中で疲れていては元も子もないと言うことで澄んだ川の水を飲みながらアニエス達は休憩していた。
先程の作戦とは、アニエスが『聖障壁』の特性を逆手に取った戦法だった。
治療魔法は基本的に水か光の属性であり、傷を治す方は光の属性が主流である。当然アニエスの使っている治療魔法もそれだ。
さて、治療魔法とはかけられた者の生命エネルギーを増幅させ、そのエネルギーで傷を回復させる魔法である
その増幅されたエネルギー力は自然治癒では時間のかかる傷でさえ僅かな時間で回復できる事から相当な物だと伺えるだろう
ではその治す傷が無い場合に治癒魔法を受けるとどうなるか?
少しかけた位ならしばらくの間いつもより調子がいいで済むが、もしエネルギーが肉体の許容量を越えた場合は別だ。
空気を入れすぎたボールが破裂するように、肉体が膨大なエネルギーに耐えきれなくなり身体機能に障害が発生する、この事を『過治癒』と呼ぶのだ。
「しっかし過治癒って本当にえげつないね、あの司祭がそれをしてたらボク達もヤバかったんじゃないかなあ」
「うーん……でも過治癒は時間がかかるし、消費魔力もかなりのものなのです」
過治癒は通常の状態異常回復魔法ではむしろますます悪化する上、完治するのにも時間がかかる、その上下手をすれば後遺症が残る程の荒技なのだ。
しかし消費魔力が多い上致死性は少なく、効くまでには調子のいい敵を相手にしなければいけないと言うことで実用はほとんどされてなかったのである
「まぁ、何らかの防御手段はあるかもだったんだし、これでよかったよ」
「はい、レベッカさんのレイピアの作戦だけだったら完全に負けてたのです」
「んー……アニエスも中々ケンタに似てきたねぇ、そうやって頭の回るところ」
「えっ? そうですか?」
と雑談を交えた後、魔力を十分に回復した二人はやや急ぎ足で拳太達へと向かっていった。
活動報告書いてみました。どうでもいい内容かな? とは思うのですが差し支え無ければ見ていただけると幸いです。