第二十七話 トリッキーに、不可思議に
今回で第四章終了です
「さて……と、続きをやろうぜ?」
今度は拳太が余裕を持ってレネニアに話しかける、状況はまだまだ拳太が不利だというのに、今この勝負の流れが変わっているのをレネニアはひしひしと感じていた。
「……まあ、いい、状況は依然として私が有利だ。」
「の割には声が硬いぜ?」
レネニアは己の動揺を押し殺すように拳太の言葉を無視してサイコロを振るう
拳太もまた軽やかにサイコロを投げた。
「……!」
ここで初めてレネニアはその動揺を表に出した。声こそ出してはいないがありえない物を見た顔となっている
拳太の数字は『3.5.5』で13
レネニアは『2.6.4』で12
一見何もおかしな数字では無いが、これまでレネニアが全勝した事を考えると異様な数値だ。レネニアは動揺しながらも、思考を止めず、ある一つの可能性に気がついた。
――遠藤拳太のイカサマ
しかし彼女はそれに気が付いても何も言うことは出来ない、数字は別に不自然なものでは無いし、そんな状態でイカサマだと言っても返って自分が怪しまれるだけだ。
そのような状況でするべき事とは? 答えは直ぐに出た。
――多少怪しまれようと強引に勝ちへと持っていく
幸い拳太はレネニアのある『仕掛け』によって勝てないようになっている、そしてその仕掛けはまだ健在だ。
大丈夫、勝てると己に念じながらレネニアは次の勝負へ挑む
「……」
拳太とレネニアはもはや言葉さえ交わさずにサイコロを投げる、その様子には何も変わった様子は無い、拳太の挙動もいたって普通だ。
これでレネニアは己の勝利を確信して安堵の息をついたが――
「どうした? 勝負はまだ終わってねーぜ?」
「……なっ!?」
レネニアはサイコロの結果を見て今度こそ驚愕の声を漏らした。何故ならサイコロの示した数字は彼女の 選 ん だ数字のどれにも当てはまらなかったからだ。
拳太は『5.4.6』で15
レネニアは『2.1.4』で7
「さて、あと一勝でオレもリーチだな?」
「……ッ!!」
もうレネニアには全く余裕は無い、自らの予想が外れ、変えられ、予測不能な事態に頭の中が真っ白になってくる
今、彼女は完全に遠藤拳太に『飲まれていた』
「く、ぅぅ……っ!」
「……」
レネニアは少しでも自らの動揺を消そうと自暴自棄になってサイコロを叩きつける様に投げる、拳太はそれを静かに見据えながらサイコロを滑らせる様に投げた。
「……っ、ば……馬鹿な…………」
「追いついたな……リーチってやつだぜ……」
だが、レネニアは無情にも、現実を見る、自暴自棄になったところで変わらない現実を
拳太の数字は『5.6.5』で16
レネニアは――
『3.3.4』で10
レネニアは確信した。
勝てない、と
彼女は気付いた。もう手遅れであると、どうあがいてももう彼の勝利は決定したのだと
「……どうした? もういいのか?」
それを思い知った彼女が
「……降参だ。……少年、君には敵わないな」
戦意を失うのは、当然であった。
レネニア・ベア・トリーチェは 勝負を降りた。
「……正直に言うと、私は絶対に勝つと思っていたよ」
勝負が終わり、道具を片付けて再び殺風景な部屋になって落ち着いた時、レネニアは幾分か疲れた様に呟いた。その目はどこか遠くへと向けられていた。
「負けたから言うが……私は勝負の時必ず勝つように仕掛けを施していた」
「……!! 君、やっぱりあの時イカサマしてたんだね!」
「まあ待て、それはお互い様だろう? でないと私は今頃君達に勝っているさ」
「それ、は……」
レベッカが責めるように問い詰めるが、レネニアはふっと微笑んで軽く手を振って煙に巻く、レベッカの方も後ろめたいことがあるのか強くは突き詰められないようだ。
「それで、少年……一つ聞きたいのだが」
「オレが何に気付いたか、何をしたか……だろ? いいぜ、教えてやる」
拳太もその事は分かっていたのか紅茶を一気に飲むと口を開いた。
「まず最初にやったダーツ勝負だが……最初におかしいと思ったのは的に厚紙を取り付けるってところだ。あれに何か仕掛けてあるってオレは考えた」
「ふむ……まあそこまでは私も予想していた。だからあの時厚紙の表裏を見せて仕掛けが無いのを確認させたが」
「ああ、それを見たときオレは的とセットで使う道具だとアタリをつけたんだ。完全に勘だったが」
その言葉にレネニアの目が僅かに細められる、どうやら図星のようだ。
「大方、的の構造は色が逆の薄い二重になっていて剥がす際に都合の良いように上の色ごと剥がすか選べるってところか?」
「よく分かったな少年、その通りだ」
「元の世界で同じ手を使われて負けた苦い思い出があるからな」
「なるほど……その勝負の前に戦っていれば私は勝っていたかも知れなかったか……運が無かったな」
レネニアは哀愁漂うため息を吐き出し、座っている椅子に深く腰かける
「それで……サイコロ勝負は何をしたのだ? あれが一番予想外だったぞ」
「それは……そのサイコロを砕いてみな」
「……いいのか?」
「ああ、もう使わねーだろうしな」
拳太の了承を得たレネニアは遠慮無く石製のサイコロを軽く摘まんで押し割る、すると中から幾つか輝く石が出てくる
「これは……魔石? いや、私の探知魔法にも反応しなかったから原石か?」
「ご名答、浮石だぜ」
「しかし、これで一体何を?」
レネニアの知識には浮石は高密度の空気魔力に反応して浮力を得る程度でしか無い、加工すれば多少は使い道は無くはないが乗り物の動力にしか使えないはずだ。
少なくともレネニアの思い付く限りでは、だが
「それをサイコロの適所の場所に入れてある程度目を操るようにしたんだ。テーブルの下から魔力を放出してな」
「なるほど、そのような使い道があったとは……しかしこのサイコロの仕掛けがバレた時どう言うつもりだったのだ?」
「たまたま使った石材に混じってたって言うつもりだったぜ、まさかさっき言ったやり方には気づかないだろうと思ってな」
「まあ確かに……だがよくその仕掛けを発動させるだけの魔力があったな」
「いや、オレはそんなに持ってないと思うぜ、現にもう魔力はすっからかんな感じがするしな」
「魔力が空? そうなったら普通は気絶するはずだが」
「いや、かったるいがそこまでじゃねーぜ、異世界人には耐性があるんじゃねーか?」
「ふむ……つくづく非常識だな異世界人は」
とレネニアは嘆息をつく、これまでの疲れを含んだ深いものであった。
「しかし私の仕掛けにはそれをどうにかできるくらいの性能はあったはずだが……」
「ああ、それな、テーブルクロス取っ替える時に『正々堂々』で消したんだ。つっても一部だけだったみてーだがな」
「なるほど、少年がハンカチを取り出した際に……」
顎に手を当て唸るレネニアに拳太はボリボリと頭を掻きながら付け加える
「けどまぁ……正直結構ピンチだったぜ、あと少し魔力がテーブル下に貯まるのが遅かったら負けてたし、テーブルクロスがなきゃあ貯まる魔力が足らなかったかも知れねー」
「少年は用意周到に見えて中々ギリギリなのだな」
「ぶっつけ本番だったから仕方ねーよ」
「そうか」
レネニアは微笑みを浮かべてはいるものの若干未練が入っていた。
もしどれか一つの要素でも欠けていたら勝利していたのはレネニアだったのかも知れなかったのだ。
「……それで、少年はこれからどうするんだ? あの時は私の全てをやるとは言ったが私はここから出られないぞ」
「あん? そうなのか?」
「まぁ、大人には色々事情があるのだよ少年」
「ふーん、まあいいぜ、欲しいものはそれほど多くねーからな」
拳太はレネニアの聞いてほしくない雰囲気を察したのか、それとも本当に興味が無かったのかさっさと話を進めていく
「ふむ……では少年は何が欲しいんだ?」
「多めの保存のきく食料、それを積む馬車と馬
あとはこの森の抜け道を教えてくれ」
「む? それだけでいいのか?」
「いいんだよ、あれこれ取ったってオレ達にはただの荷物だ。」
「そうか――分かった、手配しよう。
だが今日は森を出る頃には日が暮れる、明日の早朝にしないか?」
「ああ、いいぜ」
こうして、拳太達の命を掛けた館での二日間は幕を閉じた。
「――で、なんでテメーここにいるんだ?」
そして翌朝、まだ太陽が見えるかどうかの時間帯に館を出た拳太達の目の前には指定しておいた馬車と、2m程の巨漢執事が馬の手綱を握っていた。
「レネニア様からケンタ殿達の同行を命じられております」
「でも、レネニアさんはそれで大丈夫なんですか?」
「心配することはない、ラビィ族の少女よ」
バニエットの声に反応してレネニアの声が ベ ル グ ゥ の 肩 か ら聞こえる、そこをよく見ると――
「うわぁ!? ち、ちっちゃい!?」
10cmの体をしたレネニアがベルグゥの肩に座っていた。
「それか? 迂闊に出れねーって理由は」
「いや、これは人形に感覚を共有させた物だ。だからこれは厳密に言えば私ではない」
「へぇー、まるで精霊さんみたいなのです!」
「それと、館についてだがベルグゥがいなくとも人形があるから人手は足りている、もっともベルグゥの茶がしばらく飲めないのが少し寂しいがな」
「それは知らん、で、そこの執事の肌の色はどうすんだ?」
「ご安心を、魔法で誤魔化すことができますので」
「ならいいか、じゃあそろそろ行くぜ」
拳太は馬車に乗り込み、バニエット達もそれに続けて乗り込む
それを確認したベルグゥが手綱を震わせ、馬が歩み始めた。
「ふぅー……遭難した時はどうなるかと思ったが、思いもよらない拾い物だったな」
「あ、じゃあじゃあボクのお陰かもね! 遭難しなかったら馬車も手に入らなかったんだし!」
「あ?」
「じ、冗談でーす……」
レベッカは拳太の刺すような視線に即座に前言を撤回する
流石のバニエット達もフォロー出来ないのかレベッカを見る目は非常に冷めていた。
「ところでケンタ様、私の故郷まであとどのくらいなんでしょう?」
「ん? そうだな……地図を見る限り3分の1ってところだ」
「あ、お昼は何を食べますか? 食材たくさんあるのです!」
「私のオススメでよろしければ、一つ提案が――」
拳太達の仲間が増え、賑やかな旅路を行きながら拳太の旅はまだまだ続く――
次章予告
馬車を手に入れた事によって一日に進む距離が増えて順調に旅路を歩むボクたち
このまま順風満帆と思いきや勇者が再びボクらの行く手を阻む!
しかもその勇者はこの世界出身の勇者、『三正勇者』の内の最強の勇者だった!
絶体絶命のボクらのピンチにケンタが……!?
次章! 拳勇者伝!
『スキル『正々堂々』の謎』
あ、あの力は一体!?