第二十六話 賽を投げる
「……ほう、まぁ最初はこんなものか」
拳太側の赤いサイコロが示した数は『2.5.2』総合で9
対してレネニア側の黒いサイコロが示した数は『4.4.1』総合で9
普通なら更にジャンケンでもして勝者を決めるのだがレネニアからハンデとして同数の場合拳太が勝利するようにしている
因みに、先に六回勝利した方の勝ちである
「さっきのダーツといい初っぱなの出が悪いな?」
「うむ、幸先は良くない……が、結末も同じ訳ではないだろう」
「言うねぇ」
拳太の挑発にもレネニアは余裕を持って挑発し返す、まだ自分が優位であると思っているのだろう、目を細めて拳太を見つめている
「んじゃ、次行こうぜ、次」
「わかった」
両者は散歩にでも行くかのような気軽さで己の命を預けたサイコロを再び振るう、二人の気軽さに合わせるようにサイコロはコロコロと軽快な音を立てていた。
「……またオレの勝ちだな」
拳太の出た目は『5.5.4』総合で14
レネニアの出た目は『6.3.3』総合で12
「む……また負けたか」
「全力を出した方がいいと思うぜ、じゃねーとテメーはオレに負ける」
「ふふっ可笑しな事を言うな少年、賭け事に全力も何も無いだろうに」
「……そうだな」
拳太のカマ掛けの言葉にも引っ掛からずレネニアは平然とした様子で答えた。
もっとも拳太としてもこの引っ掛けには掛からないと思っていたが、重要なのはそこではない
「にしては随分と余裕そうに見えるが」
「焦っても仕方ないだろう、それだけさ」
レネニアの様子には強がりも達観したような感じではない
まるで己の勝利は確定しているというような安心感といった物を拳太は感じた。
「……次、投げよーぜ」
「ああ」
レネニアの挙動を注意深く観察しながら拳太はサイコロを投げる
「……!」
「おや、これは……」
拳太の出た目は『3.2.4』総合で8
レネニアの出た目は『4.4.5』総合で13
拳太はここに来て初めて敗北する、レネニアは拳太を見ながら笑みをますます深めた。
「私にも運が向いてきたかな?」
「……さあな、まだ一回目だぜ」
レネニアの態度は十分に怪しいが、まだ一回しか彼女は勝っていない
そもそも拳太が三連勝する方がよっぽど怪しいハズだ。
なので、今現在レネニアの秘密を見破る事は出来ない、そのことに拳太は歯噛みした。
「ふふっそうだな」
続けてサイコロを振るおうとする、とその時
「あっ、悪い」
拳太はいつの間にか出されていた紅茶を飲もうとした時にカップを滑らせてしまった。
落としはしなかったものの中身の紅茶が少々溢れてテーブルクロスに染みを作っていた。
「む、気にするな、ベルグゥ」
「畏まりました。」
ベルグゥはこんなことも予想していたのか、もしくは手際が良かったのか、三十秒と立たない内に新しいテーブルクロスを掛けていた。
何かしようとズボンのポケットからハンカチを出した拳太は仕方なくティーカップに付いた水滴を拭き取った。
「ふふ、緊張で汗でもかいていたのか? 可愛いげのあるところもあるのだな」
「……オレがそんなヤツに見えるか? さっきのはついうっかりだ」
「そうか」
ニヤニヤと笑うレネニアを吹っ切る様に拳太はさっさとサイコロを投げた。
「不味いよ……追い詰められた……!」
それからと言うもの、あれから拳太は一勝も出来ずにゲームは進んで行き、とうとうレネニアがリーチをかけた。
レベッカの焦燥に満ちた声が、彼女達の心情を表していた。
「お、おかしいのです……何でレネニアさんはあれから一回も負けてないのですか……!?」
「絶対何かイカサマしてるよ! ケンタはなんで何も言わないの!?」
拳太はここまで来てもレネニアのイカサマを糾弾するどころか、彼女のイカサマを探す素振りさえ見せていなかった。
このままでは負ける、彼女達はそう感じた。
「いいえ、ケンタ様は勝ちます!」
しかし、バニエットは違った。
「バニエット……! 一体何を根拠にそんなこと言うのさ!」
何故ならば、彼女は――
「あの目をしているケンタ様が負けたところ、見たことありませんから!」
この世界で最も拳太と戦った 相棒であったから、例え過ごした時間が短くとも、二人は互いに協力し、成長し、困難を乗り越え合った。そんな時を過ごした二人が互いを知らない訳がない
ただそれだけの、当たり前の事だった。
「そ、そんな事……」
「ケンタ様が私を信じる様に、私はケンタ様を信じています!」
拳太の目は、爛々と澄んだ光を帯びていた――――。
「ふふっあと一勝すれば私の勝ちだぞ? 少年」
「そうだな」
レネニアはもはや隠すことなく笑みを深め、拳太の様子を伺うように少々身を乗り出して拳太の顔を覗き混む
だがレネニアの予想に反して拳太の顔は落ち着ききったものだった。不思議に思ったレネニアは自然ときょとんとした表情となる
「何だ? 顔に何か付いてんのか?」
「いや、意外だと思っただけだ。てっきり焦りに焦った表情をしていると思ったのだが」
「賭け事に焦っても仕方ないと言ったのはお前だろう」
「それはそうだが……追い詰められたら少しは焦燥に駆られるものだぞ?」
レネニアの言うことももっともだろう、普通の人間ならば、例えそれが何も産み出さないと理解していても追い詰められたら多少は焦り、それを表に出してしまうだろう
だが拳太はレネニアの疑問にただ一言
「ああ……だが、勝つのはオレだ。焦る必要は無い」
当たり前のように、分かりきっている事のように言い切った。
「……ふふふ、面白い冗談だな少年よ」
「冗談かどうか試すか?」
「なら、そうさせてもらおう!」
レネニアと拳太が同時にサイコロを勢いよく投げ、しばらくテーブルの上を転がっていたが、やがてその動きは徐々に収まっていき――
「!?」
「言った通りだろ……? 勝つのはオレだぜ」
サイコロの数字は拳太の勝利を示していた。