第二十四話 ギャンブルスタート
「夕べはよく眠れたか? 客人達よ」
「おう、お陰様でな」
翌朝、再びレネニアの部屋を訪れた拳太達は椅子にもたれ掛かるレネニアと対峙していた、昨日とは違い、テーブルやら小道具やらが色々と用意されており、部屋の明かりも充分だった。
「で、先ずは何からすんだ?」
「ふふっ、そう急かすな少年、今ベルグゥが用意している……そろそろ来る頃だろう」
レネニアのその言葉を待っていたかの様に部屋の奥からベルグゥが銀のワゴンを押してやって来る、不思議とワゴンは音を立てずに押されていた
そしてワゴンには一つの人間一人分程の小さな柱が用意されていた。そして柱には赤と黒で着色された円盤が付けられている、それはーー
「ダーツ……?」
「む? 異世界にもこれはあるのか……そう、これはダーツと言う玩具だ。と言っても、貴族達でさえこれを知っている者はなかなかいないがね」
拳太は既に知っているが、バニエット達は不思議そうな顔をするだけだ。魔族とは言え一応貴族であるはずのレベッカでさえ知らなさそうな感じである
「ケンタ様、何ですか? ダーツって」
「オレも詳しいルールは知らねーが……小さい針をできるだけあの的の中心に当てるってゲームだったはずだぜ」
「……なんていうか、物凄くつまらなさそうだね」
レベッカには受けが悪いらしく、あまり興味はない、一方アニエスはシスターとして禁欲的な生活をしていた反動なのかかなりワクワクしている、と言ってもアニエスはそれを抜きにしても朝からずっとソワソワしていたのだが
「まさか、賭け事にはまったりしないよな……?」
拳太の心配はさておき、準備が完了したのかレベッカは指をパチンと鳴らして拳太達の視線を集める
「さて、これからこの第一回戦のゲームの説明をさせて貰う、と言っても簡単だ。あの的に刺さった部分の色を当てればいい、当てる色は事前に決めてから投げるぞ、被ってはいけないからな、三回やって色を多く当てた方が勝者だ。」
「待ちな、それだと投げる奴次第じゃあゲームに大きく不利有利が決まっちまうぜ」
拳太の言うことはごもっともだった。例えばレベッカが投げれば当然拳太達に有利になるように投げるはずだし、ベルグゥの場合はその逆だ。これではとても『賭け』とは言えない
「ふふ、当然そこもわかっている、だから条件を対等にするために二つ仕掛けを施させてもらう」
「ふーん……」
レネニアの言葉に拳太は自然と目を細める、ここに何かしらのヒントが隠されていると感じたからだ。
「なあに、単純さ、一つは投げる際にこの的は高速で回転する、そうすれば狙って当てる事などほぼ不可能だからな、そしてもう一つ、それでも狙えるかもしれないと思われるのは心外だ。だからこの紙で的を覆って色を判別不可能にする」
レネニアはそこで懐から一枚の紙を取り出す。薄茶色の丸い厚紙で、これなら透けて見える事も無さそうだ。
「いいぜ、それならイカサマも出来ねーだろう」
「なら、決まりだな」
深く笑みを深めるレネニアの言葉を合図に、ゲームが開始した。
「オレは赤だ」
「なら私は黒だな」
拳太とレネニアは手早く色を決め、レネニアは針を拳太に渡す。投げるのはこちらに任せる事で少しでもイカサマを疑われるのを阻止したいのだろう、随分と念入りなやつだと拳太は思った。
「じゃあ、私から行くのです!」
そして意気揚々と鼻息荒く針を持ったのはアニエスだ。端から見ても楽しそうであり、余程このゲームを楽しみにしていたことが分かる、一応命がけの賭け事なのだが、彼女は拳太が敗北するとは思っていないため、ゲームを楽しむ事に決めたのだ。
「あいつ、なんであんな楽しげなんだ……? まさか、本気でギャンブルに嵌まるんじゃねーだろうな……」
「え、ええーと……大丈夫だと思いますよ?」
しかしそんなことは当然、知る由もない拳太にとってはアニエスが危ない道に突っ走らないか心配である、バニエットはそんな拳太にとりあえず大丈夫とは言ったものの、彼女もアニエスのあのはしゃぎっぷりは初めて見たのでどうなるかはわからないと言うのが本音である
とそこまで言っていると的が柱との摩擦音を立てながら回転を始める、どうやら準備は完了したようだ。
あとは、投げるだけだ。
「えーい!」
アニエスが気合いを入れて勢いよく針を全力投球した。
―――が、彼女の気合いとは裏腹に針はゆっくりと飛んで行きさくっと的に刺さったと言うよりかは先っぽで張り付いたような感じだ。
「わー! 上手く当たったのです!」
「う、うむ……まさかここまでとは……」
レネニアはアニエスの非力さに驚いたのか汗を一つたらりと流すような呆れた表情をする、拳太は何も言えないのか無表情で見つめているだけだ。
バニエットはなぜ気まずそうな空気になったのかがわからないのか不思議そうな顔をしている、レベッカは早く結果が知りたいのか的を見たままじっとしている
「では、紙を剥がします。」
ベルグゥは手袋をしているというのに器用に拳太達に見せる様に針を落とさずに紙をゆっくりと剥がす。
針は赤色のゾーンへと刺さっていた。
「先ずは一勝だな」
「ふふ、だが勝負はまだわからないぞ?」
あと一回負ければこの勝負は負けだと言うのに、レネニアは余裕を持って答えた。
それは単にまだなんとかなると思っているのか―――――それとも勝利への確信を持っているのか
「じゃあ次はボクだね」
次にレベッカが針を持ち、既に投げの構えを取っている。準備が出来次第すぐに投げるつもりでいるらしい
レベッカの表情は険しく、レネニアをもはや睨み付ける様な目で見ていた。少しでも怪しい動きは見逃さないといった目だ。
「そんなに睨まなくても、私は何もしないよ」
「ふん、どうだか」
的が再び回転を開始する、次の勝負が始まった。
レベッカはレネニアから目を外すと軽く腕を振ると重い風切り音を唸らせ針がまるで弾丸の様な速度で的に刺さる、いや刺さった深さから見ると的を貫通しているかもしれない
「……あまり物を壊して欲しくは無いのだが」
「イカサマ疑われるよりはマシでしょ」
レベッカは悪びれもせずにレネニアに言い返す。先程投げた針には恐らく風の刃付の加速魔法を掛けたのだろう、そうすることでイカサマをする暇も無くし、イカサマの道具も破壊する魂胆らしい
「……まぁ、予備は十分に取ってあるから問題無いが、ベルグゥ」
「はい、かしこまりました。」
ベルグゥはいつの間にか持っていた全く同じ的と幾つかの道具を持って穴の空いた的を交換する、しばらくの時間をかけて先程の位置には新しい的が用意されていた。
「では、交換したところで結果を見ようではないか」
ベルグゥがまた丁寧に紙を外していく、徐々に空いた穴のゾーンにまで近づいていき、出てきた色は――――
「ふふっこれでまた勝負の行方がわからなくなったな?」
黒だった。