第十九話 試練の再試験
「このッ……待てコラッ!」
時は少し経ち、林の中を駆ける一つの黒い影を拳太は必死で追いかける、しかし黒い影は素早い動きで走るのに対し拳太は慣れない林の地形に足をとられ全力のスピードが出せずにいた。
両者の間隔はどんどん開いていき拳太が影を見失う直前、林の木の上でざわざわと木の葉が揺れる音がする
「やあ!」
すると突如、黒い影の先から更に一つの人影が躍り出てギラリと輝く白い光を一閃させる、すると黒い影は赤い血を噴き上げたあとに断末魔さえ上げずに息絶えた。
「よくやったバニィ」
拳太は軽く乱れた息を整えて人影ーーバニエットの側に駆け寄る、するとバニエットはふふんと一つ鼻息をついて胸を張る、これは褒めて撫でて欲しい時のサインだ。
拳太は彼女の耳の付け根辺りーー本人曰くここを優しく撫でられるのが一番気持ちいいらしいーーをゆっくりと労るように撫でる、彼女は耳をペタンと倒してうっとりとしていたが、やがて我に返ると倒した黒い影ーー黒い毛並みを持った犬ーーを指差した。
「ケンタ様ケンタ様! 今はとりあえずあれを持って帰りましょう!」
「ん、わかった。」
拳太は犬を回収すべくその死体を持ち上げる
どうやら頸動脈を斬られたようで、それ以外には殆ど傷が無い事から拳太に気をとられていたとは言えかなり正確に斬る事が出来たようだ。
バニエットもまだまだ未熟者とは言え、確実に成長している事を実感した拳太だった。
なんだか身内が偉い人にでもなったような誇らしげな気分になり、高揚感が込み上げて来る、しかし彼の高揚の理由はそれだけではない
「ブラックドックの革は、こんだけありゃあ足りるよな?」
「はい! これだけあれば十分です!」
「頼んだぜ、オレの装備だからな」
「勿論ですよ!」
そう、拳太の新しい装備の素材が揃い、あとは完成するのみとなっていたのだ。
道具製作の能力は高いバニエットの事だからきっと良い一品を仕上げてくれるだろう
胸を叩くバニエットに拳太は頼もしさを感じた。
「はあぁぁ……やぁ!」
「あ、お帰りなさいなのです!」
林から出て、作られた簡易的な拠点に帰るとレイピアを縦横無尽……とまではいかずとも高速で操っているレベッカに鍋を煮立てて料理をしているアニエスがいた。
「おう、帰ったぜ」
「わぁー、結構操れる様になりましたね」
感嘆の息を漏らすバニエットの言葉にみみざとく反応したレベッカはこちらに一気に駆け寄ってきた。
「でしょでしょ! ボクのコレだいぶ様になってきたでしょ? ふふふ、やっぱりボクだっとやれば出来るんだ! 今まで落ちこぼれだってバカにされてきたけどこれでもうボクだって立派な魔族にーーーー」
「うるさい」
ものすごい勢いでマシンガントークを展開するレベッカに拳太はチョップと共に一喝する、本人は手加減したつもりだったがやはり不意打ちの一発は堪えるのか頭を抱えてレベッカは撃沈した。
「な、なにするんだよケンタ!」
「調子に乗んなレベッカ、テメーはただ技を一つ覚えただけだ。そんぐらいで大きく実力が付くわけがねー」
「くっ……!」
拳太の言うことに納得できるだけの理解力はあったのかレベッカは言葉を詰まらせなんとか反論しようとしたが、結局言い返す言葉が見つからず羞恥で顔を赤く染めただけだった。
「もう! なんでケンタさんはこう、人が傷つくようなこともズケズケと言っちゃうのですか!」
「甘やかして痛い目を見るよりかはマシだろーが」
実際に拳太はあくまで悪意を持って辛辣な事を言っているのではなく、その人を思っての言動であることが多いのでアニエスはそれ以上は強くは言えず、黙って容器にスープを入れ始める
「けどま、形にはなってきたし、そろそろ行っても良いんじゃねーの?」
「ケンタ様、それじゃあ私の装備作りが終わったら……?」
拳太を見上げて尋ねるバニエットに、拳太は「ああ」と頷き返す。
「大蝙蝠の洞窟へ行くぜ」
「よしお前ら、準備は万端か?」
一週間の間レベッカのレイピア操作練習や、バニエットとのコンビネーションアタック、アニエスの治療優先順位判断訓練などを行い、実力を付け、連携もそれなりに合わせられるようになった拳太達は遂に、レベッカの目標とする大蝙蝠の生息する洞窟へとやって来ていた。
「はい! 装備の手入れもバッチリです!」
「私も治療具はキッチリともっているですよ!」
「ボクは元々いつでも準備万端だよ」
バニエットは何時もの白いワンピースの上に皮の装備を取り付けた地味な茶色の装備に耳を守るための特別な作りになっているフード、拳太から買い与えられ、訓練を共にしたショートソードを携えており、彼女も幼いながらも立派な戦闘員の一人である事が窺える
アニエスはシスター服であることは代わり無いが、腰に白いバッグがかけられており、赤い十字が刺繍されている、拳太が示した医療品用のマークだ。
レベッカは元々旅の道具は身につけており、対した変化は無い、強いて言うならレイピアの他にナイフを隠し持っている事ぐらいだろうか
そして拳太は、魔物相手にスキル『正々堂々』はあまり役に立たないことを予想し、拳を保護する薄く黒い頑丈なブラックドックの革製のグローブを付けていた、指の表面には鉄板を取り付けて攻撃力上昇に電気を通しやすくしてあり、その上指の内側は露出させておくことによりスキルを扱う事が可能となる優れものだ。これもバニエットが仕立てた一品であり、拳太が思わず唸った程だ。この一週間はこのグローブを作る為の準備期間でもあったのだ。
「なら……行くぞ!」
「「「おぉー!」」」
彼女達の勇ましい声を合図に、拳太達は暗い洞窟の中へと足を入れた。
「レベッカ、周りの石が浮いているが、こりゃなんだ?」
松明の灯りだけが頼りな洞窟の中、不気味な程静けさを保つ辺りには拳太達の足音と話し声だけが響く、バニエット達は警戒して首が千切れんばかりに辺りをキョロキョロ見回していたがレベッカは視線を動かすだけで、拳太に至っては話しかける程に余裕綽々としていた。だが完全に油断している訳でも無くいつでも反応できるように松明をもっていない右手を握りしめ、耳に神経を集中させて辺りを警戒していた。
「それは『浮石』だね、高密度の魔力に反応して反発したり引き寄せられたりする魔石の一つさ、この洞窟はあの大蝙蝠のせいでアイツの種族以外は生物がいないから、きっと空気中の魔力が溜まったんだろうね」
「ん? 生物が多いと溜まんねーのか?」
「うん、空気中の魔力が溜まる条件は3つはあるんだけどその内の一つは『生物が少ない事』なんだ。生物の呼吸には魔力を吸う力があって、生物が集中すると空気中の魔力の殆どは生物の中へと溶けてしまう、だから村や町で浮いている浮石を見ることはまず無いだろうね」
要するに煙草の煙みたいな物かと拳太は納得する、真っ先に煙草の煙が思い付く辺り非常に不健康ではあるが拳太の知り合いにヘビースモーカーがいるから致し方ないだろう
「それで二つ目なんだけど、それは『狭い場所である』事なんだ。といってもこれは簡単で、ただ単に魔力が溜まりやすいんだ。コップに水を入れるにしても小さいコップの方が早く溜まるだろう? それと一緒さ」
いつの間にかバニエット達も聞いていたみたいでなるほど、と首を縦に振る、その様子に先程までは過剰なまでにあったはずの警戒心は欠片もない
「そして最後は『魔脈の近くであること』、この世界にも葉っぱの筋や体の血管の様に魔力の出る脈が無数に広がっているんだ。逆に魔力を吸い取る場所もあるんだけどね、その中でも多くの魔力を放出する場所を『魔脈』、そしてさらに多くの魔力を放出する九つの場所を『九大魔脈』って言うんだけどーーーー」
とそこまで説明した時はたとレベッカが何かに気づいた様で拳太を見る
「というより、流石に『九大魔脈』の事くらいは人間たちの間でも常識のはずだって聞いたんだけど……知らないの?」
「ああ、知らねーな」
「そうなの? ケンタって田舎出身?」
「そうじゃねーよ」
「それじゃあ何?」と何気なく聞いたレベッカに対して拳太は
「そもそもオレ、この世界の出身じゃあねーからな」
あっさりと、そしてさりげなく初の異世界人カミングアウトをしたのだった。
当然、そんな事を言うものだからレベッカとアニエスは凍ったように動きを止める
バニエットは気付いていたのか、はたまた気にしてないのか平然としていた。
「「えぇー!?」」
そして二人揃って驚愕の声を上げる
「う、うううウソ!? えっ、異世界人!?」
「ケンタさん!? 初めてきいたのですよ!?」
「ん? そういや言ってなかったな、まぁこれが証拠だ。」
拳太は荷物袋のくつ袋の中からトランプ四枚分の一枚のカードを取り出す。最初に見て以来全く使用していないギルドカードだ。
レベッカはひったくる様に拳太からカードを受けとると書かれている項目を見た。
―――――――――――――――
ケンタ・エンドー 十七歳
Lv 18
スキル:『正々堂々』
『喧嘩の達人』
『雷魔法Lv2』
称号:『行動』奴隷を持つ策士
『心情』ひねくれ者
『身分』異世界人
『力量』電撃使い
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「うわ本当に異世界人って書いてある!?」
「というより他の称号も色々おかしな物がある気がするのです!?」
その二人のあまりの驚き様に拳太は思わず少し面白いと心の中で笑った。
そしてそんな中でも平然としているバニエットに二人の関心は向いていく
「て言うか、なんでバニエットはそんなに平気な顔しているの!?」
「驚いたりしないのです!?」
「い、いえ、私は……」
勢いよく二人に迫られ押され押されではあるもののバニエットは答える
「勇者の人達と知り合いみたいですからなんとなく想像してました。」
バニエットの答えに拳太は内心ほうと感心する
てっきり良くも悪くも天真爛漫とした性格であまり物事を深く考えない様に見えていたが存外賢かったようだ。
そう考えているとバニエットは「それに」と言葉を続ける
「ケンタ様がどんな人でも、私を救ってくれた大切な人には変わりありませんから……」
その混じりけの無い想いを込めた一言には二人に衝撃を与えたようだ。
「な、なんて純真無垢なんだろう……ボクがなんだかあほらしくなってくるよ……」
「うう……そこはかとない敗北感を感じるのです……」
がっくりと項垂れる二人にどうしようかわからず、バニエットは拳太に助けを求める視線を送るが拳太は首を横に振るだけだった。
「やれやれ……ところでお前ら、こんなところでふざけてていいのか?」
拳太の言葉にはっとしたバニエット達はサッとすぐに警戒体制に入る
「武器を抜いて構えな……そろそろ来るぜ」
拳太の言葉を皮切りに、暗闇の向こうから大量の小さな蝙蝠が押し寄せて来た。
「はあぁぁ……! 食らえ! 『 見えざる騎士 !』」
レベッカがレイピアを回転させながら向かってくる蝙蝠達を切り裂いていく
レイピアには『一本の線の周りに高速で回転する小さなリングが並んでいる』というイメージで風を纏わせて安定させる事に成功した、これでリング一つ一つの出力を調整し、レイピアの方向や打ち出す向きを操っている
レベッカのレイピアを恐れて、蝙蝠達は後ろや横へと後退する、その瞬間を狙って拳太は走り出した。
ーーーー蝙蝠達へではなく、洞窟の壁へ
「オラァァ!」
拳太はその拳に込めれる最大限の雷を纏わせて思いきり壁を殴る
すると雷は拳太の拳から壁へ、壁から蝙蝠の体へ、そして更に蝙蝠からその近くにいる別の蝙蝠へと次々と伝わっていく
流石に奥の蝙蝠までには届かなかったがそれでも視界に収まる範囲の蝙蝠は痺れて地面に落ち、殴った壁際の蝙蝠の大半は死滅した。
「今だ! バニィ!」
「はい!」
拳太が言い出す直前からバニエットはその足に溜めた力を使って落ちた蝙蝠達の元へと跳躍、タンタンと短く、力強い足音をたてながらあっという間に落ちた蝙蝠に止めをさしていく
「レベッカさん! 魔力を!」
「お願い! アニエス!」
そうしている間にレベッカはアニエスの杖を通じてアニエスから魔力を受け取り、アニエスは魔力を回復させるために魔力増加の効果のある薬草を煎じた薬を飲む
「よし! 行くぞ! まだまだぁぁ!」
そして再びレベッカはレイピアに魔力を込め、蝙蝠達を壁際へと追い込んでいったーー。
「……あらかた片付けたか?」
そんな戦闘を続けて数分か、はたまた数十分か、足場の殆どが切り裂かれ、感電死した蝙蝠の死体だらけになると、蝙蝠の襲撃がようやく止まった。
「テメーら、まだ行けるか?」
無言で肯定する彼女らを見て、拳太は先へと進むとどうやら広い広場へと出たようだ。
慎重に先に進む、すると広場の奥の辺りから声が聞こえた。
「ヌゥゥ……どうやらァ……我が下僕どもの群れを突破したみたいだなァ……」
その声はしわがれた男の声で、人間の声帯が出せるような声ではなかった。
大蝙蝠だ。と拳太は理解した。
「前に始末しそこなった小娘もいるようだなァ……懲りぬというのならァ……今度はその身を食らいつくしィ……我が血肉の一部としてくれるゥ……」
攻撃が来る、拳太はそう思い前へ構える
ーーだが、直後に襲いかかった打撃は正面ではなく、また横からでもなかった。
「な、にぃ……!?」
爪のような硬く、冷たい物で頭を殴られた拳太はその声の主を視界に捉えた。
声の主の大蝙蝠は、前からでも、横からでも、ましてや背後から襲って来たわけでもなかった。
ーー 上から、いつの間にか襲って来た。