第十七話 出会った彼女は……
前章のあらすじ
遠藤拳太はバニエットと共にとある村に訪れ、そこでシスターアニエスと、神父ナーリンと出会い休息を取っていた。
しかし、村で通り魔事件が発生し犯人の疑惑をかけられた拳太はやむ無く犯人探しを開始する、途中犯人と交戦するも、ついに犯人を追い詰める拳太、犯人は十字架の効果により村人を洗脳していたナーリンだった。
手下の賊も使い、拳太と激しい戦いを繰り広げるがナーリンの予想を遥かに越えた拳太の戦闘能力と、彼自身戦いに迷いがあったため拳太が勝利する
そして拳太に諭されたナーリンは己の罪を告白、村人達はナーリンを暖かく迎え入れた。
そしてアニエスは自らの意思で拳太についていき自らを磨く事を宣言、新たな仲間を加えて、拳太の旅はまだまだ続く……
「……なぁ、バニィ」
「……はい」
村を出て三日、アニエスが家事が得意だと言うことが発覚し、旅もますます順調、このまま次の町まで移動しようと意気込んだ矢先、先程の勢いはどこへやら、その場の人間の体をまるで旧式の洗濯機に備え付けられている水分を絞るローラーで圧迫せんほどの緊張感漂う雰囲気に拳太達はさらされていた。それもそのはずーー。
「生きてんのか? つーか、人なのか?」
「……分かりません」
目の前で角を生やし、背中に蝙蝠のような羽を生やした少女が血溜まりを作って倒れていれば誰だってそうなる
「どうする? オレとしてはこのまま見なかった事にしたいが」
拳太がこう言ったのも、別に彼が冷酷だから出た台詞では無い
うろ覚えではあるものの、たしかこの世界は人間と魔族は敵対していて今にも戦争を始めそうな状態であると聞いた事がある
ならば目の前の彼女は見捨てるべきだ。と拳太は言ったのだ。
最も、治療道具をなるべく消費したくないとも思っている拳太はここに倒れているのが人間でも同じことを言っただろう、そもそも人間=味方とは限らない、盗賊の可能性がある
「私は、この人を見捨てたくない……です」
バニエットはその事を理解しつつも目の前の彼女に同情を禁じ得ないようだ。
アニエスもそれは同じなようで、拳太に目線で訴えかけてくる
拳太はしばらく黙って立っているだけだったがとうとう折れて
「……わかった。治療具に余裕もあるし今回だけは認めてやる」
ため息混じりに吐き出した言葉に二人は自分の事のように嬉しそうな顔をする
最近、拳太は子供の押しに弱くなってきている事に気付き、ますます嘆いた。
「じゃあ、傷口の消毒はオレがする、終わったら合図を出すぞ」
「わかったのです」
緊張した面持ちでアニエスは天使の羽を模した白い治療の杖を握りしめる
傷にはすぐ治療魔法をかければいいか、と言われればそうでもない、購入した魔法入門書には治療魔法はあくまでもかけられた人物の生命エネルギーを増幅させてそのエネルギーで肉体を再生させるというものだ。
だから病気には特殊なものを除いて殆ど効かないし、もし傷口に異物が入ったまま治療魔法をかければ取り返しのつかない事態に陥る事がある
分かりやすい一例を上げると、破れた血管に小石が入り、そこで治療魔法をかけたせいで血が詰まって体の一部が腐敗、最悪の場合には死に至る場合もある
そのため治療魔法をかける前には事前に消毒と何か傷口に入っていないか確認することが重要となる、もっとも、上位の治療魔法となればその作業自体魔法が自動でしてくれるのだが
「……えい!」
消毒を済ませ、アニエスに手を上げて合図を送るとほぼ同時にアニエスは掲げた杖を少女に向けて振るう、羽の間から黄緑色の淡い光の球が出現し、その球は少女の傷へとゆっくり移動し、溶け込んで行く、するとみるみる内に傷口はふさがり、服の損害部分からどうやら腹部を切り裂かれたようであった。
「助かるでしょうか……」
「さあな、血が足りてたら助かると思うが」
心配そうに耳を傾けるバニエットに拳太は気休めを言わず、ただ思った事を口にする、その方が最善だといままでの経験上知っていたからだ。そこでふとバニエットの耳を見ていたら不意に思いつく
「なんなら、そいつの心臓の鼓動を聴けばいい」
「あ、そうですね!」
言うが早いかバニエットは少女の側に駆け寄り顔を覗き込む姿勢で聴きに入る、人間と違って直接耳を当てなくとも聴こえるのだろう、ウサ耳は伊達ではないと思っていると、バニエットが嬉しそうにぴょんと跳ねた。こうして見るとますますウサギの仕草をしているとわかる
「ケンタ様ケンタ様! ちゃんと生きてますよ!」
バニエットの様子に拳太もまたその表情を綻ばせた。
あまり助ける気が無かったとは言えやはり目の前で死人が出るのはいささか後味が悪い、拳太にとっても出来れば助かって欲しかったのでついつい顔が緩む
「それにしても、これだけの出血量で生存、か……」
最初に見たときからわかってはいたのだが、やはり目前の少女は人間では無いのだろう、瀕死とは言え、これだけの血溜まりを作って無事な者はまず人間ではあり得ない、と言うより物理的に体に血が入らず無理だろう、あくまで人間であれば
「まあ、とりあえず目を覚ますまで休憩だ。」
お前ら飯の準備だ。と拳太の言葉を皮切りに、獣道の道中に賑やかな会話が花咲いた。
「……ん、うう」
昼食の準備を始めてしばらくすると、少女の意識が戻ったのかうっすらと目を開く
「ん、起きたか?」
少女は目を開けてぼんやりと拳太達を見ていたがやがて段々と意識が回復して、肘を立てて頭だけを起こす。
「こ、ここは……貴方達は……?」
「通りすがりだ。たまたま倒れてたアンタを介抱した」
実に簡潔に済ませた拳太の言葉がかえって状況を理解させやすくしたのか、それとも彼女が思いの外聡明だったのか自分が何をされたのか直ぐに理解し、拳太に頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「礼ならあの二人に言いな、オレは元々助ける気は無かった」
そうですか……と呟いた後、体力が尽きたのか再び寝込む、横目でそれを見た拳太は木の容器に緑色のスープを入れ、スプーンで掬った物を少女に差し出す。
「ホラ、そんなんじゃ食い辛いだろ、食わせてやっから体起こせ」
「え?」
拳太の行動に戸惑っているのか少女は困惑した表情で彼とスプーンを見つめるだけだ。
「バニィ、手伝ってくれ」
「はい!」
それを見た拳太は自力で起き上がる体力も無いと判断してバニエットに上体を起こさせる、無論傷口が開かないようにしながら
「口開けろ、少し熱いから気をつけて食え」
「え、あ、あーん……」
少女は戸惑いながらも拳太の差し出したスープを食し、結局三杯分食べるまでその状態が続いた。
「はい、お水なのです」
「ありがとうございます」
その後アニエスが引き続いて介護をし、その甲斐もあってか少女は自力で起き上がる位には回復していた。
「ケンタ様、服の修理終わりました!」
「畳んで置いてくれ」
「はい!」
アニエスが介護している間拳太は後片付けを、そしてバニエットは少女の破けた服の修理をしていた。何処から習ったのか、相変わらず高い裁縫能力でほぼ破ける前と思わしき姿を取り戻していた。ただ、少し裾が短くなっている気がする
「ありがとうございます、何から何まで……」
「構わねーよ、それより傷は平気か?」
「はい、まだ違和感のようなものは感じますが、痛みはありません」
「そうかい、なら良かった。」
一先ずはもう大丈夫だと思い、安堵した拳太はふぅ、と一息つく、二人も少女が助かった事を喜んでいるのか疲れながらも顔には笑みが浮かんでいた。
「で、アンタ何者だ? 見たところ獣人でもなさそうだし、そもそもここは人間の国の筈だぜ」
もし彼女が獣人であれ魔族であれ、好んでこの辺りに来る事はまず無いだろう、アニエスの持っていた地図によると、このヒルブ王国は所謂『人間至上主義』といった所で、魔族を激しく憎み、獣人は家畜並みの扱いをし、挙げ句の果てにはピンチになれば此方の都合お構い無しに召喚して戦わせる、拳太にとってはおよそ褒めるべき所が殆どない唾棄すべき国だ。
「私はレベッカ・ヴィルツフ、魔の国バレーズのヴィルツフ領領主『リモーネ・ヴィルツフ』の娘です」
やたら長い上に殆ど分からない単語を並べてレベッカは自己紹介をした。
人間の拳太にそんな事言ってどうするというのか、と言うよりどうすれば良いのか聞きたい衝動に駆られるが、そんな事をすれば話が逸れる上長くなること請け合いなのでぐっと我慢した。
「オレは拳太、このラビィ族はバニエット、そんでこのなのですシスターがアニエスだ。」
「よろしくお願いします!」
「ち、ちょっと待って欲しいのです! 何だか私だけおざなりな気がするのですが!」
紹介の仕方と言い明らかな違いがーー言い換えれば適当な扱いをされたアニエスは思わず反射的に突っ込んだ。
「気にすんな、冗談だぜ」
こいつ何か強張ってるからな、と拳太はこっそりアニエスに耳打ちして納得させる、案の定アニエスはなるほどといった表情で小さく頷いた。
「おほん、では改めて……改めまして、アニエスなのです。」
杖を片手にきっちりと頭を下げるアニエス、シスターとしての教育でそうなったのか、とても子供とは思えない凛とした物を拳太は感じた。これで改めてを二回言うというミスを犯さなければ完璧に見えただろう
「それで、どうして私がここで倒れていたか、ですよね」
「いや、その前に体を洗っときな、何時までも血がベタつくのは気持ち悪りーだろ」
この話は長くなると確信した拳太は、汚れたまま話させるのも酷だと思いレベッカの体を洗わせた。勿論バニエットとアニエスが手伝い拳太はその間にゆっくり話すための準備をしようと四人分の水とそれを置く簡易的な折り畳み式のテーブルを設置した。ちなみにバニエットは拳太と一緒に水浴びをしたがったが、アニエスの強い反対により断念した。
「さっぱりしたか?」
「すみません、気を遣わせて……」
レベッカに水を拭き取るための布を投げ渡した拳太は改めて彼女の姿を見てみる
青く背中の中程まで伸ばした外側へ毛先が跳ねた髪に、魔女を連想させるような黒いトンガリ帽子、裾が短くなったせいかへその辺りが露出した籃色のタートルネック、その上から服を固定して肩を守るためと思われる紫色の金属パッド、水の雫の形状をしており、中に光の粒が波のように漂うネックレス、肘まで覆うようなビンを入れるポケットのついた皮のグローブに白の短パン、膝にまで達する黒いブーツ、腰には高貴な身分である事が伺えるレイピアが一振り
非常にボーイッシュな格好をしており、胸の僅かな膨らみが無ければ中性的な男性と判断していたかもしれない
そして拳太にとって印象深かったのは、それぞれが頭の半分はあるのではと思わせる頭部についた羊の角に、変わる事無い真っ赤な瞳、背中に生えた蝙蝠を連想させる小さい羽だった。
「ええっと、私が倒れていた理由はですね……」
そこまで考えている内にレベッカは既に準備完了していたようだ。拳太は意識を戻してレベッカの次の言葉を待つ
「ここであるモンスターを討伐するためなんです。」
レベッカのその言葉をきっかけに、再び拳太に戦いが訪れようとしていた。
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