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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第二章 教会と不良探偵
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第十五話 信仰のカタチ・後編

昔、ある町に一つの教会があり、そこに一人の若き青年が神父としてやって来ました。

神父の名はナーリン、彼は至って誠実な神父で、神への祈りを欠かさず、その優しい人柄で町の人々にも非常に好かれており、特にアニエスという少女とは一緒に朝のお祈りをする程でした。

いつまでもこの平和が続く……誰もがそう信じて疑いませんでした。


しかしある日、繁殖した魔物達が新たな居場所を求めて町を襲撃しました。

人々は神に救いを求めて必死に祈りましたがそれも虚しく、その町の半数の人々が魔物に食われ、亡くなりました。


結局、駆けつけた騎士団によって人々は助かりましたが、もう町の住人は神を信じず、聖書を焼き、十字架を破壊しました。

ナーリンはその人々に再び神の教えを説きましたが、人々は耳を傾けず、とうとう彼は町から追放されました。

彼に残ったのは着ている服と十字架と、彼を信じた故に同じく追放を受けたアニエスだけ、アニエスは出来る限りの慰めを言いましたが、彼の心の歪みを止める事は出来ませんでした。


人を信じなくなった彼が取った行為は実力行使でした。

教会の総本部から授かった十字架を用いて人々を無理矢理神の使徒と化したのです。

アニエスはそれを何度も諫めましたが、その度に彼女を罵って殴りました。


『うるさい、お前に何ができた。お前に今何ができる』と


そんな事を繰り返している内にある村で一人の少年が彼に立ちはだかりました。


金髪に茶色の瞳、星や雷のマーク、鎖のついた黒い服、そして十字架を逆向きに装飾した黒いズボンの少年


そう、遠藤拳太が――――――









「おおおおおおおお!」


拳太はナーリンに向かって駆け出す。両腕の拳を固く握り直して

しかし、彼の進路には様々な敵が立ちはだかるそれらを一瞥して拳太は己の力の一つーー雷をその拳に纏わせる


「邪魔だぁ! そこをどけ!」


雷を纏った拳は殴った敵を一撃でダウンさせ、次々と撃破していく

彼の雷が人体を麻痺させて動けなくしているのだ。


「はっ! やあ!」


バニエットも力不足ながらもラビィ族の強靭な脚力を使って敵を撹乱しながら手に持った剣で相手の腕を容赦なく斬りつける


「ハハハハハ! いくら勇ましくてもこの数はどうかな?」


ナーリンが合図すると同時、拳太の四方から数人が同時に飛びかかる


「ケンタ様!」


バニエットの叫びを聞きナーリンは彼が武器で串刺しになる未来を想像したが


「……なめるな」


低く、ぞっとするような凄みの籠った声を聞いたとき、余りに信じられない光景に思わず教壇から身を乗り出した。


「ははは! その体引き裂いて――――」


まず、拳太は真正面の男に拳を振りかぶり相手がそれを迎え撃たんと武器を横に薙いだと同時、拳太は身を低くして片足を大きく開く様に踏み込んだと同時右腕を弓の弦を描く様に振り抜き男の顎に素早く当て、カコンと小気味いい音を立てる


「がっ!?」


「なっ!? このガキ!」


それと同時気絶した男の持っていた武器を奪い取り右の盗賊の女の足に投げつける、拳太の投げた武器は彼女の足と地面を縫い合わせ、彼女の悲鳴が響く

そして投げた勢いを利用して手に持っていた気絶した男を左に投げつけ複数の洗脳された村人を同時に巻き込み倒れこむ


「なぁ……ぁ!? あり得ねぇ!?」


最後に背後の敵が動揺している隙に雷を纏った拳で鼻っ柱にストレートを叩き込んだ。


「このオレが、たった数人囲まれたくらいでくたばる素人と思うなよ」


ゆっくりとナーリンに振り返り、怒りでギラギラした瞳を彼に放つ、髪で影になっているはずなのにその輝きは陰りもしなかった。


「ば、馬鹿な……! こいつ、相当戦い慣れているッ!?」


ナーリンは侮っていた、所詮少し賢いだけの生意気な小僧だと、数で掛かれば必ず勝てると

しかし、彼の予想を越えて遠藤拳太は次々と敵を倒していく


「どうした……オレに同じ手は通用しねーぜ」


ありえない、ありえない、ありえない


何度もその言葉を心に唱えた。これは夢か何かと、こんなはずではないと、でなければこんなたった一人の子供が何故大人数の敵を倒し続ける事が可能なのかと


しかし、彼の願いに世界は全く応えない、ただ、今ありのまま起こっている事を見せるだけだ。ゆっくりとこちらに、しかし確実な彼の近づく足音を


とうとう彼の二メートル前まで迫って来た。教壇の高低差が無ければとっくに彼の射程範囲内だろう


「弱ェなぁ……テメー、まだ勇者の方が歯ごたえがあったぜ」


そうは言いながらもやはり大人数相手は厳しいのか、彼の体に所々かすり傷ができていたし、息も荒い、拳に走る雷の少なさから見るに残り魔力も僅かだろう


「くっ……このガキがァァァア!」


ナーリンが尖った十字架を拳太に向け、先端から一つの光線が走る

疲労した拳太に避ける術は無いと確信した神父はとても聖職者とは思えない笑みで拳太を見た。実際拳太は何もせずただ迫り来る光線を眺めているだけだ。

しかしそこで彼は違和感を感じるものを見る


―――彼の顔には焦りも諦めも浮かんでない、落ち着いたものだった。


「オラァ!」


拳太が光線に向かって拳を突きだし、光線と激突した。ナーリンはこれで勝ったと思い笑みを深める

しかし瞬間、彼の思惑に反して光線は一瞬の内に消滅する


「何だと!?」


「今、オレに攻撃するために腕を出したな?」


「ハッ!?」


慌てて腕を引っ込めようとしたナーリンだったがもう遅い、それよりも早く跳躍した拳太が彼の腕を掴み教壇から引き摺り落とす。ナーリンは顔面から地面と激突し、手から十字架が離れた。

拳太は彼が立ち上がろうとした時彼の顔面に思い切り蹴りを入れ、ナーリンは再び仰向けに倒れる


「う……ググゥ」


「…………」


霞む視界の中でバチバチと閃光の走る拳太の拳を見てナーリンは自らの敗北を悟る、しかし諦めがついたせいか心の何処かで何故か安堵も覚えていた。


「おおおーーーー!!」


いよいよ拳をこちらに向けた。ナーリンは安らかに眠る様に目を閉ざした。


「……」


「……?」


しかしいつまでたっても衝撃は来ない、もう死んだのかと思いナーリンは目を開けると、彼が今日一番信じられない光景があった。


「や、やめて下さい……もう、やめて欲しいのです……」


なんと、彼の前に一人のシスターが拳太から守る様に立っていた。

彼は、そのシスターが誰なのか、それはここにいるなかで一番知っていた。


「ア……アニ、エス」


「……はぁー」


拳太はやれやれと言わんばかりに首を振ると構えを解いた。

すると体から力が抜けたのかぐったりとその場でへたりこむ


「ケンタ様! 大丈夫ですか!?」


「ああ、ちっと疲れた。」


バニエットを安心させるように片手を上げると座ったままアニエスに顔を向ける


「で? 何でそいつを庇う? つっても訳アリなんだろ?」


拳太の急かすような言葉にアニエスは言おうかどうか迷ったが、理解を得られると思ったのかポツリポツリと話し始めた。


「……実は」









「――――――なのです」


「よォーするに纏めるとこうかァ?」


面倒臭そうに頭をボリボリと掻いた拳太は聞いた話を頭に纏める


「そいつは昔フツーにいい神父だったが魔物襲撃の際に信仰心を失った人達の説得に失敗して、それがきっかけになって人間不振に陥った挙げ句心が歪んで今に至るって事か?」


「は、はい……」


「……ハァ~~~」


拳太は深いため息を吐いてナーリンに向き直り


「あのさ、お前馬鹿じゃねぇか?」


そして心底馬鹿にしたように言った。


「なっ!? 貴様に何が!」


「わっかんねーよ、分かったらこんなこと言わねー」


その一言でとりあえずナーリンは一旦黙る、それを見た拳太は続ける


「まずな、いざって時助けてくれねー奴なんて誰だって信用しない、例え神様でもな、そしてそれはテメーも一緒だ。自分の思いに答えてくれない町の住民に嫌気が差したんだろ? まぁ、別にそれは悪くねぇ、けど、それで人間不振になるのはお門違いってモンだぜ」


その言葉があながち間違いでない事は理解しているのかナーリンは苦虫を噛んだような表情をする


「……どれだけ誠心誠意接したって、所詮人間なんて欲望にしか生きられない哀れな生き物よ、だったら私が」


「『征服して解放してやろう』……てか?」


「…………」


自らの言葉を先取りされてナーリンは言葉が続かず押し黙る


「なぁ……本当は分かってんだろ? それもエゴから来る欲望の一つだって、だからオレ達と戦う時も躊躇っていたんだ。」


「私は躊躇ってなど」


「じゃあ何でオレにあの光線を不意打ちで撃たなかった? バニィに殆ど人員を回さなかった?」


「!」


図星だった。ナーリンは顔こそ凶悪な表情を浮かべていたものの心の奥底では自分でも気付くか気付かないかで迷っていたのである

それを突かれたナーリンは表情を驚愕にし、体をビクリと硬直させる


「それに、人間にだってちゃんと良いところはあるんだぜ……見ろ、この教会を」


「……?」


ナーリンは言われた通りに教会を見渡すが、なにもおかしなところは無いただの教会だ。


「オレ達が暴れちまったから散らかっちゃあいるが……綺麗だろ? これはこの村の人達が建てた物だ。」


「それがどうし―――!!」


言葉の途中でナーリンは拳太の意図を理解し、その事実に言葉を詰まらせる


「そう、この教会は村の僅かな蓄えに少ない人手を使って完成させた物だ。どんなやつか知らない、そもそもちゃんと来るかも分からないお前達のためだけにな」


「わ、私は……」


ナーリンは何か言おうと思った。何か言わねばと思った。しかし、色んな思いが混ざって、絡んで、喉から何も出てこない


「お前の言う通り人が自分のための欲望でしか生きられないなら……こんなことができんのか?」


その言葉が止めだった。もうそこにいたのは心の歪んだ狂人でも、力を振りかざす神父でもなかった。


―――ただ過去を悔やんでいる、一人の男だった。


拳太は言いたい事を言い切ったのかヨロヨロと立ち上がると、教会の扉を開く


「もう何もしないってんならこの件をどうするかはお前らに任せる………………正しい事なんてわかんねーんだから、せいぜい後悔しない選択をするんだな」


最後にそれだけ言ってから拳太は教会を出ていった。バニエットもトテトテとそれについていく、そしてバタンと音を立てて教会の扉は閉じた。

静かな時間が、緩やかな小川の様に流れていく――――――






「いいんですか? あのままにしちゃって」


すっかり暗くなった帰り道、バニエットは心配そうに教会の方角を見ている、また悪さをしないか案じているのだろう


「心配いらねーよ、あいつは元々善良な人間らしいからな、それに……」


「それに?」


バニエットがおうむ返しに訪ねると拳太はフッと微笑んでバニエットと教会の方へ振り向く


「かけがえの無い心の支えがいるからな……なんて、これはちょっとキザっぽいな」


少しおちゃらけた風にそう言うと拳太は再び歩き出す。

バニエットはしばらくほえーっとした顔をしていたがおもむろに拳太の前へ回り込む

するとバニエットが少々緊張した面持ちで拳太の顔を覗きこむ


「あのっ、私はケンタ様のこと……ちゃんと支えてますか?」


それに拳太は、人間が呼吸をするぐらいに当たり前の事を言うかのように


「ああ、勿論だ。」


即答した拳太にバニエットはパァっと花が咲くような笑顔を浮かべ、跳ねるように拳太の傍をぴったりついてくる


「私、もっと頑張りますね!」


「そうしてくれ」


優しい夜風が、二人の間を通った。


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