第十四話 信仰のカタチ・前編
「よぉ、邪魔すんぜ」
翌朝、再び教会の扉を開いた拳太とバニエット、拳太の視線の先にはシスターアニエスと神父ナーリンが佇んでいた。
「用事は……聞くまでもねーよな?」
その彼の挑戦的な視線にナーリンは飄々と言った表情で答えた。
「お祈りでしょうか? それとも懺悔に?」
「いーや、昨日言った事……犯人取っ捕まえに来たんだよ」
拳太の言葉にナーリンは僅かに表情を歪め、アニエスはほんの少し動揺したように見える、どうやら彼女も何か知っているらしいその反応を見て拳太は半々だった確信を完全なものにした。
「ここには私達以外いませんですよ……それとも、まさか私達が犯人だとも?」
「達? へぇー犯人って複数いたんだ。初めて知ったぜ」
はっとした表情でアニエスは慌てた様子で口を手で抑え、ナーリンは一瞬忌々しそうな表情をアニエスに向けた。
この反応で誰が犯人なのかは明白だが、遠藤拳太は敢えて話を続けるためやれやれと両手を挙げた。
「まぁ、言葉の揚げ足取っても仕方ねぇ、続き言っても?」
「……ええ、どうぞ」
先程の余裕の笑みを未だ浮かべつつもナーリンは声を強張らせ、額には僅かな汗が浮かんでいた。
「まず、今回の事件の犯人の特徴は三つだ。ひとつは高身長に黒っぽいローブ、そして新品の様な刃物、最後に魔法を使う事、いや……まだ一つ残っていたぜ、それは……」
「初回とその次の犯人は別人で、次の犯人は犯罪慣れしてない女だ。」
拳太の言葉に二人の表情に決定的な変化が起こる、ナーリンは今にも拳太を始末しようと、アニエスは親に悪事がばれた子供のような顔だ。
「ま、根拠は簡単だ。まず手際の良さが違うんだよ、最初は夜中に悲鳴さえ上げさせず、尚且つ自らの正体をばらさずに出来たっつーのに二回目になって急に村を無防備にぶらつくようになった。恐らく犯人はそれどころじゃあ無かったんだろうよ、何故なら 自 分 の 行 為 に 不 安 を 感 じ て い るからだ。きっとその時の犯人はまだ良心的な方だったんだろうな、きっと 」
アニエスは現実から目を背ける様に視線を下へ反らす。ナーリンはアニエスのその態度を見て舌打ちを漏らした。
「おまけにオレが押さえつけた時、その犯人の体は柔らかかった。身長は靴底の厚いブーツか何かで誤魔化したんだろう」
「ケンタ様! それならここにありますよ!」
拳太の言葉を肯定するかのようにやって来たバニエットの右手には靴底がかなり厚めの膝付近まで届きそうなブーツが握られていた。
「で、次に凶器だが……こいつは教会の物である可能性が高いんだよな」
「我が教会には確かに包丁ならありますが、だからと言ってここの物と言う証拠はありませんよ?」
「ばーか、誰が凶器は包丁と言った? 凶器は十字架だぜ」
拳太の予想外の答えにアニエスとナーリンは訝しげな表情をする、当たり前だ。なぜなら十字架は刃物では無い、したがって凶器は刃物の可能性がほぼ確定している以上十字架が凶器の可能性は無い
「失礼ですが、十字架は凶器にはなりませんよ? 十字架は神に祈る為にあるものです。」
「……旅の宣教師に支給される、特別な十字架」
拳太のその一言に、二人の動きがぴたりと止まる
何故なら、その十字架はーー
「『布教地にその証拠として 突 き 刺 す 』為の十字架……だったかな、確か」
「な、なんで貴方がそれを……」
「何で? やれやれ、つい2日前、この村に来て早々オレに小一時間十字架について説教かましたのはどこの誰だ?」
「あっ!?」
アニエスが拳太の言葉を聞いて思い出す。彼が十字架をズボンの装飾に使用している事に憤り、その事について説教した際に、ついでに十字架について解説したことを
「思い出したようだな、そうだ。テメーがありがた迷惑な説教の時に言った事だよ、その十字架なら先端部を使えばナイフの代わりは十分に可能だ。おまけに、この村の刃物は性能が悪くてとてもあんなパックリとした切り傷は作れないからな、オレの所有してる物は頑張れば出来そうだが……相当な腕が要りそうだぜ」
「そんでもって最後に魔法だが……これは簡単だ。この村で魔法が使えそうなのはオレかテメー等くらいだ。光魔法だしな、教会が真っ先に扱いそうだ。」
アニエスの顔は完全に青ざめ、小刻みに震えている、ナーリンは、先程の余裕が嘘のように消えており、まるで石像の様に無表情だった。
「さて……決定的、とまではいかねぇが、ここまで証拠があるんだが、神に仕える忠実なテメー等はどう返すんだ? まさか、神に仕える我々はそんな愚行はしない……なんて言わねーよな?」
「…………。」
沈黙が教会を包む、まるで時間が止まってしまったかのように、静けさだけが漂っていた。
そしてーー拳太が違和感抱いたと同時にナーリンの口元に笑みが浮かんだ。
「……ククッ、ハハハハハハッ!ハハハハハハハハハハハハ!!」
「!!」
そして弾け飛ぶ様にナーリンは笑い声を上げ、それが教会に反響して響く、それに反応するかのようにアニエスの怯えは完全なものとなりその場に尻餅をついて杖を抱いて震え始める。
「……いや、初めてだよ、見破られたのは」
「そうか、テメーはこれからぶっ飛ばされる訳だが、それも初めてか?」
拳太はそう言いつつも、険しい表情で構えをとる、相手が何処から何をするかわからないからだ。そして、違和感の正体にも気が付いていた。
―――昼前だというのに、さっきから静か過ぎる
そう、村の雑踏さえ鳴りを潜めていたのだ。なにか来るーーそう考えていた拳太の予感は的中することになる
「いいや、経験ならあるよ、ーー誰かをいたぶる経験ならねェ!」
ナーリンが凶器となった十字架を振り上げると同時に、拳太の周囲にぞろぞろと盗賊らしきチンピラ達と、虚ろな目をした老若男女が現れる
「この十字架にはちょっと特殊な効果があってね、傷付けた相手を忠実な神の僕へと浄化する力を持っているんだ。まぁ、それだけじゃあ不安だから護衛も付けてるんだけど」
「言い方変えただけで要するに洗脳かよクソッタレ」
苦虫を噛み潰したかのように歯を食い縛る拳太、盗賊連中ならともかく、洗脳された人々に容赦なく拳を振るえる拳太ではない、いよいよ絶体絶命という時には分からないが、それでも少しは躊躇するだろう
「け、ケンタ様……」
「離れんなよ、バニィ!」
不安げに寄りかかるバニエットを庇う様に構えを広くする
バニエットにも戦う意志はあるのか、腰に付けた彼女には少し大きいショートソードを引き抜いていた。
「アニエス」
「ひっ!?」
穏やかな笑みを向けながら慈しむように語りかけるナーリンに、アニエスは大粒の涙を流しながら恐怖の目を向けるその光景は、この二人の関係を表すかの如く酷く歪であった。
「よくもしくじってくれたね、お仕置きは覚悟してよ?」
「あ、あ……ごめん、なさい…………ごめんなさい……!」
必死に許しを乞うアニエスに一瞥もしないで、ナーリンは拳太達に向き直る
「さて、無駄話が過ぎたね、始めようか」
「…………。」
「ん? 怖くて声も出ないのかな? 何か言った方がいいよ、遺言になるんだから」
飄々と、己の勝利を確信したからなのか、笑みを絶やさず、拳太に優しく語りかける、さながら本当に拳太を救うように
「いや、ただ―――」
だが―――
「テメーみてえなヤツは―――」
拳太が発したのは遺言ではなく―――
「心の底からぶちのめしてえって思うだけだッ!!」
怒りを表す怒号であった。
それは、拳太の拳が振るわれる合図でもあった。