第十二話 疑惑
「おいおい! クソッ、どうなってやがる!?」
あまりの出来事に拳太の頭が混乱し、まともな思考ができなくなる、暫くごちゃごちゃしたまんまの思考だったが、次にするべき事を考え始める
「おいっ! 医者は呼んだのか?」
「もう教会の方へ神父様を呼びにいってるよ! 多分もうすぐ着くはずだけど……!」
近くにいた青年に声をかけ、取り敢えず治療可能な者が呼ばれているらしい事に少し安堵する、しかしこのまま待っているのも不味いと感じた拳太はバニエットに一冊の本を渡す。そう、王国の国立図書館で購入した魔法入門書だ。
「バニィ! この中にある治療魔法で少しでも傷を防げ!」
「は、はい!」
拳太の声で我に返ったバニエットは農夫の側まで駆け寄り本を開き、数ページ捲った後、そこにあった魔法についての記述を食い入る様に眺めながら片方の手を農夫へかざす。それを拳太は祈る様な気持ちで見ていた。
遠藤拳太は魔法が使えない、少し前に魔法が使えるか試してみたのだが全然駄目だった。正確には雷魔法なら使えるのだがそれ以外はさっぱりだ。原因はよくわからないが、恐らく彼のスキル『正々堂々』が魔法の発動を阻害していると拳太は考えている、何故雷魔法だけが使用可能なのかは分からないが、少なくとも今なんの役にも立たないスキルなのは確かだ。
「ええっと……ここをこう……」
バニエットの手から淡い黄緑の光が生まれ始め、そこから農夫の傷が時間を巻き戻したかのようにゆっくりと塞がっている
拳太はそれを見ている事しかできなかった。どれだけ喧嘩が強くても、どれだけ勇者達を出し抜く程の頭脳を持っていようとも、結局は所詮彼はただの人間なのだ。
拳太は己の無力を痛感しながら、ただ、見ていた。
「バニエットちゃんが頑張ってくれたお陰で後遺症の心配も無いのですよ、本当に感謝感激なのです。」
バニエットが魔法をかけ終わった後、直ぐに神父―――ナーリンとアニエスがやって来て農夫は教会に運ばれた。幸い傷は浅かったらしく、バニエットの治療効果もあり数日ちゃんと休めばすぐ復活出来るらしい
「えへへ……ありがとうございます。」
バニエットは照れたように顔を赤らめ、もじもじと手を組む
「で、結局犯人は不明なのか?」
拳太はさっきから気になることを隠しもせずアニエスに尋ねる。拳太としては犯人が割れてない状態でこの村に留まるのはよろしくない、さっさと荷物を纏めて村を出たい心境だった。
「はい、『黒い服装をした者』としか……」
と、そこまで言ってアニエスはハッ!と何かに気付いた様な顔になり、次に拳太に敵意を含んだ視線を向ける
「……どうした? オレに何かあんのか?」
「どうしたもこうしたもありませんよ! 貴方が犯人だったのですね!」
「……はあ?」
アニエスの突然の物言いに拳太は思わず威嚇的な声音で返答する
「だって黒い服装って貴方以外いないじゃないですか!」
「オレがそれをやる動機が無いぜ、というより、黒い服装ならテメーも十分怪しいじゃねえか、その修道服黒っぽいしな」
自分も怪しいと言われてアニエスの顔に汗が浮かび、その流れを打ち消すかのごとく早口で捲し立てる
「そういう他の人に濡れ衣着せようとするところも怪しいのですよ!
大体、私だってここの人を襲う動機が無いのです! 旅人である貴方と違って私はずっとここに住むから住む場所に事件なんて起こしたくは無いのです! 第一神に仕える従順なシスターが同じ同胞を傷付けるなんて愚かしい真似はしないのです!」
何度も此方を指差してくるアニエスに対して拳太は疲れたような返答を返す。
「オレも無実なんだけど……はぁー」
「しかし現状貴方が怪しいのは変わり無いのです!」
「……わかったよ、ようは真犯人が見つかればいいんだろ?」
そこで拳太は呆れ顔を変え、真っ直ぐとアニエスに向き直る、その瞳から発せられる『凄み』にアニエスは思わず唾を飲んだ。
「だったらオレが取っ捕まえてやる」
拳太の意志の強さに、アニエスはただ黙って頷いた。