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(旧)拳勇者伝 ~『チート殺し』が築く道~  作者: バウム
第一章 その拳は自由へ向かう
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第一話 勇者召喚

「はぁー……」


緑の若葉がちらほら見える季節、授業中にも関わらず屋上で昼寝を決め込んでいる一人の少年がいた。

少年は髪をくすんだ金髪に染め、学校指定の白い制服を着ず、黒い学ランをボタンもかけずに着ている

いかにも不良な身なりの少年だった。


少年が屋上に設置されているタンクに寝転び、穏やかな日に当たりながら眠りこけていると屋上の扉が派手な音を立てて荒々しく開かれ一人の男が入ってくる


「コラァ! やっぱりここにいたか遠藤拳太(えんどうけんた)!」


小麦色に焼けた肌に血管を浮かべながら男は拳太と呼ばれた少年に怒鳴りつける

少年はそれに気だるげに反応し、ゆっくりと上体を起こして方膝を立てると欠伸をし、うんと背伸びをした後に顔だけを男に向けた。


近藤(こんどう)先生よォ……毎度毎度オレに構わんで下さいって言ってるじゃねーっすか

オレに構う先生アンタだけっすよ?」


拳太が鬱陶しそうな視線を送るも近藤は慣れているのか、それともただ単に気にしていないのか毅然とした態度で言い返す。


「俺がお前に構わなくなったらお前は好き勝手するからな!

それに、俺は教師だ。どんな奴でも正すのが教師だ!」


近藤の仁王立ちする姿を見て、拳太は内心やれやれと呆れ返りながら項垂れた。

拳太はこれ以上何を言ってもどんな事をしてもこの男の前には無意味な事だということを身をもって知っている

この男、意気込みは本物で過去に自ら危険を犯して拳太を救出した事がある

後先考えない熱血バカだが、拳太はそんな彼を嫌いではなかった。


「ハイハイ、わぁーりましたよ すぐ戻ります。」


「おう、そうしろよ!」


近藤は拳太の返事に満足げに頷くと屋上から立ち去り、再び屋上には静寂が満ちる

まだここに居たいが、戻ると言った以上、拳太はここにいるつもりは無かった。


「ったく、つってもめんどくせぇなぁ……」


しかし、やはり教室に行くのは気乗りしない


何故ならば彼は、この『聖桜田丘学園』の唯一の不良なのだから





「チッ……帰ってきやがったぜあいつ」


「はあ、あんなゴミ虫さっさと消えてくれないかしら」


「なんでこの学園に居るんだよホント……」


教室のドアを開けるなり拳太はクラス中の生徒から軽蔑と悪意の視線を寄越してくる

授業担当の教師でさえ彼が抜け出した事より、帰ってくるほうが嫌らしい、それほどに彼は嫌われ者だった。


「遠藤拳太、早く席に着きなさい あとで反省文を書いて貰うわ」


「へーい」


美人教師の淡々としているようで憎々しさの篭った言葉にも拳太は受け流し席に着く

そして席に着いた瞬間、この教室全体に巨大な光る円の模様――よく見ると魔法陣っぽいもの――が突如現れる


「!?」


「え!? な、なにこれ!?」


「どうなってんだよ!?」


教室中が騒がしくなり、続いて大きな揺れが襲い掛かる

拳太はあまりにも非現実的な光景に呆然とそれを見ていた。


「お、おい! なんか、やべぇんじゃねぇか!?」


そして、思わず誰かが言ったその不用意な一言で教室は完全にパニックに陥ってしまう


「キャアアァァァ!!」


「だ、誰か助けてくれ!」


その中、周りがパニックになったことで我に返った拳太はいち早く動き、教室のドアに手をかける

しかし、ドアは何かに固定されたかの様にびくとも動く事は無かった。


「くそっ!」


次に拳太は窓をぶち破ることを考える

ここは幸い二階だし、高度もあまり高くない、怪我をする事はあっても頭から落ちない限り死ぬ事は無いだろう


「オラァ!」


拳太は窓に向かって駆け出し拳を思い切り叩きつける、普通ならガラス製の窓は砕け散り、脱出路が出来上がるが、今は何もかもが普通ではなかった。


「ぐぁ!?」


拳が窓に当たった途端、まるで弾き飛ばされるかの様な衝撃が拳太の全身に襲い掛かる、拳太はゴム鞠みたいに吹っ飛び壁に叩きつけられた。


「くそ……打つ手………無しか……」


激しく揺れる教室の中、魔法陣が激しい輝きを放ち視界が光でいっぱいになったのを最後に拳太の意識は落ちていった。





――この日、拳太達のクラス四十数名が姿を消した。





「おお! 成功したぞ!」


「それもこんなに勇者がたくさん!」


「これで王国も安泰ですな!」


一分だったか、一時間だったか、はたまた一日経ったのか

ぼんやりしつつも意識が段々とハッキリしてきたところでそのような喧騒が聞こえた拳太はその瞼を開いた。


「う……」


まだ覚束ないながらも拳太は自分の力で立ち上がり、周りを見渡してみるとクラスメイト達も同じく意識を覚まし始めているところだった。

次に拳太は騒がしい上を見上げると、そこには白いローブを纏った怪しげな集団が自分達を取り囲んでいた。

しかし、その誰もが疲弊している様子であり、全員例外無く息を切らしている


「……。」


拳太はまず、なぜこうなったのかよりどうやったらこの場を突破出来るかを考えた。

彼の長らく数々の修羅場をくぐり抜けた勘がそうさせたのだ。

それに、目の前の怪しい集団を見れば誰だってそっちを優先させるだろう


正面に扉がある、しかし目の前のローブには二人の槍を持った兵士らしき人物がいる、護衛が居る事から奴が親玉だろうか?

しかし兵士は鎧を着ているため普通に殴り倒すのは困難だろう

と言うより、無駄にこちらの拳を痛めるだけである


ならばやや右か左に飛び出して突破するか? この場合どちらかの兵と衝突するのは間違いないが仕方無いだろう

懸念があるとすれば、階段がやや急なため走り出すスピードが落ちかねない事だろうか


拳太がそこまで考え構えた時、中央のローブの人物が一歩こちらに歩み寄ってくる、その人物はローブの集団のなかでも背が低かった。


「皆様、よくぞ私達の召喚に応えてくれました! 私は――」


声からして少女だろう、そこで女はローブを脱ぎ、その素顔をさらす

周りのクラスメイトから感嘆のため息が聞こえる、少女は栗色の髪に翡翠色の瞳をした可愛らしい顔立ちの美少女だった。


「ヒルブ王国の第一王女、ヒルダ・ヒルブです!」


ヒルダと名乗った美少女は、拳太達に微笑んだ。

拳太は目の前の現実だかどうだか分からない光景に一言


「……ファンタジー?」





「ここが、私の父、ベスタ・ヒルブの王室です。」


あの後、ヒルダは拳太達に長い廊下を案内し、その間にこの国の事を簡単に説明されていた。


ここは拳太達の世界とは違うセイラルドという世界ということ

ここは人間が暮らす『ヒルブ王国』であること

ヒルブ王国は今、魔王率いる魔の国『バレーズ』に脅かされていること

そのため拳太達を召喚したこと


その説明を聞いて大半の者が「え……? 結局……?」と未だ戸惑った者や「異世界召喚かよ! スッゲー!」とはしゃいでいるものだった。

だが拳太は実に冷静にこの事を自分の価値観で考えていた。


――こいつら、人の都合ってやつを考えてんのか?


拳太は『やっとの思いで』平穏を手に入れたのに、それを平気な顔をして奪い、踏みにじってきた彼らに腹を立てていた。





「勇者達よ、よくぞ我らが召喚に応えた。

私がこのヒルブ王国の国王、ベスタ・ヒルブである」


部屋に入ると、いかにも高価そうな豪奢な装飾品に溢れた部屋に、これまたいかにも偉そうな太った男が座っていた。


「今回そなた等を呼んだのは他でもない、既にヒルダから聞いているかもしれんが我らの国を救って欲しいのだ。」


拳太はそこからは話を聞く価値が無いと判断し、窓の外へ目を向けた。

そこには広大な街が写っており、人々が豆粒よりも小さく写っていた。

とそこで、拳太の耳に空気が抜けるような、そんな音が僅かに響いた。


「?」


すぐ近くに聞こえたため周囲を見渡しても、その音の原因らしきものは見当たらない、空耳かと思いつつも拳太は首を傾げた。


「――それでは、そなた達に忠誠と、この国を救うと誓って欲しい、やってくれるな?」


「はい! この身を持って誓わせていただきます!」


そうこうしているうちに話が進み、拳太のクラスメイトが次々と国王に忠誠を誓っている

なんの感慨も抱かずにそれを眺めていると、不意に自分に視線が集まった。

王様からは期待の目を、クラスメイトからは蔑みの視線を


「……何すか」


「そなたにも是非力を貸していただきたい」


訝しげに尋ねた拳太に対し、国王は微笑んで応えた。

きっと、拳太も同じく忠誠を誓うと考えているのだろう

拳太はそう考えると彼の自分勝手極まりない思考に怒りがこみ上げてくるが表には出さず、ため息を吐くと


「断る」


とバッサリ切り捨てた。


「は?」


その言葉は誰が言ったかは分からないが、場が凍りついたのは確かだ。


「な、何故?」


「オレには関係ない」


拳太にとって、この国は全く愛着がない

目の前で人が苦しむのは流石に良心が痛むが、見捨てる事については全くためらいが無かった。

と言うよりむしろ、なぜ協力してもらえると思ったのか不思議でならなかった。

この世界もそうだが、この場にいる人物の脳内も十分にファンタジーな出来だと拳太は思った。


「そ、そんな!? お願いします! 我らのために力をお貸しください!」


ヒルダが悲壮な表情と声でこちらに詰め寄り、懇願して来る

これがもし現実で起こった唐突な出来事程度ならまだ話を聞くくらいはしたかもしれない

だが拳太は苛立ちを含んだ声音で返す


「テメー……そんなこと言える立場だと思ってんのか?」


「え? ……ひっ!」


拳太の雰囲気が変わったのを察してヒルダが顔を上げると拳太の顔を見て怯えた声を出した。

拳太の目はまるでゴミを見るかのように蔑みの冷え切った目をヒルダに向けていた。


「考えてもみろ、テメー人をいきなり拉致同然に攫っておいて力を貸せだぁ?

……寝言は寝て言えよ、このアマ」


その言葉にヒルダははっとする、今更ながらにその事に気付いたのだろう

その無自覚な悪が拳太を怒りという火種に更に油を注いでいく


「それに、召喚して勇者に任せてもらおうって魂胆が気にくわねぇ、テメーの国なんだろ? テメーが守らなくてどうすんだ?

そんな最低な国に力を貸す気なんか更々無いね」


拳太の物言いに耐え切れなくなって涙をポロポロと流し始めるヒルダ

しかしそんな光景を見ても拳太の心に罪悪感など一つも生まれなかった。

むしろ泣いて許しを得ようとしているみたいでますますストレスが溜まっていった。


「ご、ごめん、なさい でも、どうしようも、なくて」


それでも言い訳を続けるヒルダに拳太はついに自分の怒りを抑えきれなくなった。

思わず腕が上がり思い切り殴りそうになるが、そこをこらえて平手打ちにする

パチン、と軽快な音が辺りに響く


「テメーの悪さを何かのせいにすんじゃねぇ!!」


「拳太! いい加減にしろ!!」


そこにクラスメイトの一人が拳太を羽交い絞めにする


「最低なのはお前の方だろう! こんな女の子の必死の頼みを断って更には殴るなんて!」


「うっせぇ! 事実だろうが!!」


「君には正義の心って物が無いのか!?」


そのクラスメイトの言葉を受けて拳太は心の中で嘲り笑った。


――正義? 自分を害した。特に思い入れの無い人物にまで献身的なのはもはや正義ではない、ただの都合のいい奴隷だ。


「こんな奴らを助ける正義は――無いッ!」


拳太はしゃがんでクラスメイトの腕をするりと抜けるとそのクラスメイトを突き飛ばす

クラスメイトはまさか反撃されるとは思っていなかったのか無様に尻餅をついた。


「うわっ!?」


「大樹!」


大樹と呼ばれたクラスメイトに駆け寄る女子を見て拳太はようやく誰なのか思い出す。


――『花崎大樹(はなざきだいき)』、たしか成績優秀、ルックスもイケメンなモテモテハーレム野朗だった。


「拳太! あんた――」


「王女さんよぉ、最後に一つだけ聞く」


そのまま文句を言いそうな女子を遮って拳太はヒルダに向き合う

ヒルダは小さく悲鳴を上げると怯えた視線を拳太に向けた。


「貴様! これ以上娘に手出しさせんぞ!」


それまで呆気に囚われていた国王ははっと立ち上がると拳太に杖を向ける

それが何を起こすのかよく分からないが、きっと拳太を倒すのに十分な力を持つのだろう

しかし拳太はそれに怯むことなく国王に話しかける


「別に、ああこの際国王さんでもいいや、オレを元の世界に戻す術は無いのか?」


「それは魔王が奪っていった!」


国王の言葉はすぐに嘘だと分かった。


魔王が奪ったと言うならば普通はまず勇者を召喚させる召喚魔法の方を奪うだろう

それに、重要な魔法なら厳重に保管しているはずだし、よくある魔法なら一般に浸透しきって奪うなんて不可能だ。

そもそも、そんなことができる程の力があるなら回りくどい方法なぞ取らずにさっさとこの国ごと人間を滅ぼせばいいだけの話だ。


「だから被害者のオレに取りに行けってか? いかにもオレを魔王退治に行かせるバレバレの嘘だな」


拳太はそれ以上は話す事は無いと言わんばかりに扉へ向かう


「拳太! 話はまだ終わってないぞ!」


「いいや、終わった。オレは勇者にならない、好き勝手させてもらう

アンタ方は勝手に勇者ごっこでもしていな」


拳太は駆け寄ってくる大樹を遮るように扉を閉めると、静寂に包まれた廊下をつかつかと歩き出す。


「はぁ、なんでオレの人生ってこう、波乱万丈なんだか」


拳太は虚空にその愚痴を吐いたっきり、黙って歩き始めた。


感想、誤字指摘などお待ちしています。

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