父親小珍
確かに触れた。
しかし、つかめなかった。
指先からするりと逃げていった。
わたあめのように、あやふやな感触だった。
何とも言えない不気味な『なにか?』だった。
なにをやっているんだ!!
捕まえなければならなかった。
いや、捕まえるんだ!!
ロアの状態は、一秒単位で悪くなっている。
心を落ち着け、精神を研ぎ澄ます。
私は今幽霊なのだ、幽霊とは精神体であるから人間には出来ないことが出来る。
だからこの手でロアを助ける事が出来る。
理屈やら道理やらはいらない。
出来るといったら出来るのだ!!
手をのばす。
見えないものがみえる。
小さな肉体の小さな肺から入ったものが、心臓を通って全身へ回ってゆく。
心臓を満たした『何か?』は、肺へと逆流して危険な濃度になっている。
つかまえた
逃がさない!
魂を集めた指先にちからをこめて・・・
引っこ抜く!!
やった!
抜けた瞬間に入ってくる。
何が起きたのかわからなかった。
痛かった。
細胞の一つ一つが焼けるような、痛みを通り越した感覚。
全身が燃え尽きて灰になったようだ。
床に這いつくばって、声も出せずに震えている。
痛みと苦しさでうめき声さえ出せない。
それでも、痛みに波のようなものがあって、少しだけましになる瞬間にロアを見る。
不自然に膨れていた身体が、戻っている。
疲れて窶れた顔をしているが、呼吸をしている。
生きている。
生きているんだ!!
うつ伏せていた身体を仰向けにする。
「良かった・・・」
・・・え?!
声が出ている。
耳から聞こえてくる。
・・・からだがある。
小さな手がある。
その手で触ると・・・
赤ん坊になった私がいた。
中年太りではないが、ぽっこりしたおなか。
異様に大きな頭に、尻を掻くことも出来ない小さくて短い手と足。
「おおっ!」
ふわっと浮き上がる。
「よし、思いっきりっ!」
飛び上がる。
かなりの高さまで飛び上がった。
これまでは十メートルが限界だったが、百メートル以上の高さにいた。
さらに上にも行けそうだ、ただ高さというのは距離の把握が難しい。
地上で行動範囲を測るほうが良いだろう。
そろそろ下へ・・・
下と言う言葉で思い出したが、今私の姿は赤ん坊なのだ。
そっと下を見る。
私に付いた私の息子も赤ん坊だった。
幽霊になって使う予定が無いとはいえ、これはちょっと凹む。
肉体的にも精神的にもボロボロになって戻って来ると、土蔵の床に転がった。
この身体は物質を透過できるのに、物質の影響を受ける。
幽霊の身体のように何も出来ない訳では無いのだ。
赤ん坊の姿でロアの隣に立つ。
わずかな時間で、寝顔が安らかなものになっていた。
見飽きることのない寝顔を見ているだけで、全身を襲う激痛を忘れられそうだった。
ちょっと慣れてきたのかもしれない。